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シャラ・クラーラの奇蹟 ~かつて雷帝と呼ばれた男は、白銀の翼竜と自由を求めて空を飛ぶ~  作者: 夜々里 春
『灼陽が昇る時』第三章

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◆第十話『混沌とした世界』

「……そうか」


 シュボス中央塔6階テラスにて。

 ゼノはレイカから報告された被害状況に、そう簡素に応じた。


「とにかくいまは負傷者の手当てを最優先に動いてくれ」

「わかりました」


 南要塞島が従えた島々を南から迂回する形で、いましがた東へと抜けたところだった。視界には、まだ帝国の島々の姿がうっすらと見える。だが、追ってくる気配はなく、どんどん小さくなるばかりだ。


「……ゼノさんも休んでくださいね」

「ああ。もう少ししたらそうさせてもらうつもりだ」


 すぐには休むつもりがないと知ってか、困ったような顔を向けてくるレイカ。ただ、彼女はそれ以上強く言うこともなく去っていった。


 手すりに身を預けて遥か遠方の帝国の島を見つめていると、「あんま背負い込むなよ」と後ろからヴィンスの声が聞こえてきた。彼は隣まで来ると、同じ格好で手すりに腕を置いた。


「ひとつも島を落とさずに勝ったんだ。しかも、あの要塞島相手にな。最初の頃を思えば信じられないぐらいだぜ」

「……だが、被害は少なくない」

「っても、これ以上の結果なんて難しかっただろ」


 もちろんわかっている。

 いざとなれば一瞬で割り切れる。

 ただ、なかったことにはできないだけだ。


「焚きつけたのは俺なんだ。そこんとこ、忘れないでくれよ」


 言いながら肩に手を置いてくるヴィンス。

 顔を見ずに言ってくるあたりが彼の優しさだった。


「にしても本当に追ってこなかったな、もうひとつのほう」


 ヴィンスが言ったのは、北西要塞島のことだ。先の戦争中、後方につけながら攻撃してくることはなかった。それどころか、「追わない」と明言し、本当に追ってこなかった。相手に情けをかけない帝国の方針とはかけ離れた動きだ。


「こっちとしては助かったが……」

「不気味だよな」


 相手があの狡猾なコディンというのも気になるところだ。とはいえ、現状でできることはない。


「とりあえず南要塞島は突破できたし、あとはもう連合国と合流するだけだな」

「その前に一戦ある。連合国を包囲する帝国軍だ」

「あ~……忘れてたわ。でもま、そっちは連合国と連携できるし、いけるだろ」


 あまりに軽い考えだが、ヴィンスの言い分もわからないでもない。なにしろ連合国は長らく帝国を退けてきたのだ。戦争による疲弊はあったとしても、いまも少なくない戦力を有しているのは間違いない。


 指揮所のほうから足音が聞こえてきた。


 振り返ると、シャラとミリィ、サクラの姿が目に入った。なにやらミリィがきょろきょろと辺りを見回している。と思いきや、こちらと目が合うなり全力で駆け寄ってきた。そのまま止まることなく、抱きついてくる。


「どうした……?」


 そう問いかけたものの、腹に顔を埋めたままミリィは答えようとしない。


「ずっと心配だったみたいです」


 優しい声音でシャラが言った。

 その答えが正解だとばかりに、ミリィが腰に回した手を強めてくる。


「ミリィ、俺は大丈夫だ」


 少しでも安心させられればと思いながら頭を撫でた。だが、相反してミリィの抱きつく力は増すばかりだった。


「それよりミリィのほうだ。よくやったな」

「……ミリィはただアストラを使ってただけだよ」

「最前線で、な。怖かっただろ?」

「うん」


 ようやく顔を上げてくれたものの、完全には離れようとしなかった。服を摘んだまま隣に居座っている。大人びた姿ばかり見ているため、こういった歳相応の姿は新鮮だった。


「親子してるねぇ」


 そう口にしたのはサクラだ。

 傷こそないものの、最前線にいたことを証明するように服が汚れに汚れていた。いや、服だけでなく顔もだ。ただ、彼女はすべてが勲章だとばかりに堂々としている。


「最高のダナガだったぜ、サクラ」

「だろ? って言ってもぎりぎりって感じで悔しさ一杯だよ。時間さえあれば、もっと上手くできた自信はあるんだけどなー」

「あれだけの戦果を出してくれたんだ。次は好きなだけ改造してくれ」

「いまの言葉、絶対に忘れないからね」

「……レイカが許す限りで頼む」


 丸投げで悪いとは思うが、彼女に任せれば大丈夫だろう。


「っと、そうだ。連合国と連絡とるんだよね? 一応、ボクもいたほうがいいと思って来たんだけど……」

「ああ、そのほうが助かる」


 サクラがソラール王家の血筋であることはもう仲間も知っている。そこから連想したのだろう。う~んと唸りはじめたヴィンスが、真面目な顔でサクラに問いかけた。


「もしかしてサクラ姫って呼んだほうがいいのか?」

「や、やめてくれ! ボクはそんな柄じゃないっ」


 慌てふためくサクラに、シャラが淑やかな笑みを向けた。


「でも、あの衣装のときはまさにお姫様といった感じで、とてもよく似合っていました」

「うぅ~……」


 顔を真っ赤にして縮こまるサクラ。

 そんな彼女を見て、周りにも笑みがこぼれた。


「それぐらいにしておけ。サクラがこの調子で連合国と話せば、連携の話がなくなりそうだ」


 そんな冗談で切り上げたのち、早速連絡をとる準備に入った。交信玉を指揮所の机に置いて、シャラがアストラを使用する。だが、しばらく待ってみたものの反応がなかった。


「……あれ、おかしいな。いつでも連絡とれるように手配してくれてるはずなんだけど」

「もう少しつづけてみます」


 そうシャラが口にした、瞬間。

 透明な交信玉に変化が起きた。


「お、繋がった!?」


 サクラが安堵とともに声をあげたが、すぐさま眉根を寄せた。


 無理もない。

 映り込んだ相手側の光景がぼやけていたのだ。


 応じてくれているのは、おそらくソラール王国の宰相リューキだろう。しかし、彼の顔も輪郭と肌の色がわかる程度ではっきりとは確認できない。


『もうしわ――ませ――』

「……聞き取りにくいな」


 おまけに声までぶつぶつと途切れていた。


「これは、あっちの問題だ。アストラが上手く供給できていないんだと思う」

「でも、前はそんなことなかったんだろ?」


 ヴィンスがこぼした疑問に、ゼノは「ああ」と頷く。


 なぜアストラが上手く供給できていないのか。もしかすると、あちらはまだ帝国と交戦中で、一人前のアストラ使いを手配する余裕がなかったのだろうか。


 そうしてなんとか相手側の状況を察しようと考えを巡らせるが、次の瞬間にはすべて吹き飛んだ。


『帝国の――を受け、すべ、の王、崩御――』


 それは断片的でありながら、相手側の状況を想像するには充分だった。そして皮肉にも、最後の言葉は、はっきりと聞き取ることができた。


『――連合国は、壊滅しました』



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