◆第十話『混沌とした世界』
「……そうか」
シュボス中央塔6階テラスにて。
ゼノはレイカから報告された被害状況に、そう簡素に応じた。
「とにかくいまは負傷者の手当てを最優先に動いてくれ」
「わかりました」
南要塞島が従えた島々を南から迂回する形で、いましがた東へと抜けたところだった。視界には、まだ帝国の島々の姿がうっすらと見える。だが、追ってくる気配はなく、どんどん小さくなるばかりだ。
「……ゼノさんも休んでくださいね」
「ああ。もう少ししたらそうさせてもらうつもりだ」
すぐには休むつもりがないと知ってか、困ったような顔を向けてくるレイカ。ただ、彼女はそれ以上強く言うこともなく去っていった。
手すりに身を預けて遥か遠方の帝国の島を見つめていると、「あんま背負い込むなよ」と後ろからヴィンスの声が聞こえてきた。彼は隣まで来ると、同じ格好で手すりに腕を置いた。
「ひとつも島を落とさずに勝ったんだ。しかも、あの要塞島相手にな。最初の頃を思えば信じられないぐらいだぜ」
「……だが、被害は少なくない」
「っても、これ以上の結果なんて難しかっただろ」
もちろんわかっている。
いざとなれば一瞬で割り切れる。
ただ、なかったことにはできないだけだ。
「焚きつけたのは俺なんだ。そこんとこ、忘れないでくれよ」
言いながら肩に手を置いてくるヴィンス。
顔を見ずに言ってくるあたりが彼の優しさだった。
「にしても本当に追ってこなかったな、もうひとつのほう」
ヴィンスが言ったのは、北西要塞島のことだ。先の戦争中、後方につけながら攻撃してくることはなかった。それどころか、「追わない」と明言し、本当に追ってこなかった。相手に情けをかけない帝国の方針とはかけ離れた動きだ。
「こっちとしては助かったが……」
「不気味だよな」
相手があの狡猾なコディンというのも気になるところだ。とはいえ、現状でできることはない。
「とりあえず南要塞島は突破できたし、あとはもう連合国と合流するだけだな」
「その前に一戦ある。連合国を包囲する帝国軍だ」
「あ~……忘れてたわ。でもま、そっちは連合国と連携できるし、いけるだろ」
あまりに軽い考えだが、ヴィンスの言い分もわからないでもない。なにしろ連合国は長らく帝国を退けてきたのだ。戦争による疲弊はあったとしても、いまも少なくない戦力を有しているのは間違いない。
指揮所のほうから足音が聞こえてきた。
振り返ると、シャラとミリィ、サクラの姿が目に入った。なにやらミリィがきょろきょろと辺りを見回している。と思いきや、こちらと目が合うなり全力で駆け寄ってきた。そのまま止まることなく、抱きついてくる。
「どうした……?」
そう問いかけたものの、腹に顔を埋めたままミリィは答えようとしない。
「ずっと心配だったみたいです」
優しい声音でシャラが言った。
その答えが正解だとばかりに、ミリィが腰に回した手を強めてくる。
「ミリィ、俺は大丈夫だ」
少しでも安心させられればと思いながら頭を撫でた。だが、相反してミリィの抱きつく力は増すばかりだった。
「それよりミリィのほうだ。よくやったな」
「……ミリィはただアストラを使ってただけだよ」
「最前線で、な。怖かっただろ?」
「うん」
ようやく顔を上げてくれたものの、完全には離れようとしなかった。服を摘んだまま隣に居座っている。大人びた姿ばかり見ているため、こういった歳相応の姿は新鮮だった。
「親子してるねぇ」
そう口にしたのはサクラだ。
傷こそないものの、最前線にいたことを証明するように服が汚れに汚れていた。いや、服だけでなく顔もだ。ただ、彼女はすべてが勲章だとばかりに堂々としている。
「最高のダナガだったぜ、サクラ」
「だろ? って言ってもぎりぎりって感じで悔しさ一杯だよ。時間さえあれば、もっと上手くできた自信はあるんだけどなー」
「あれだけの戦果を出してくれたんだ。次は好きなだけ改造してくれ」
「いまの言葉、絶対に忘れないからね」
「……レイカが許す限りで頼む」
丸投げで悪いとは思うが、彼女に任せれば大丈夫だろう。
「っと、そうだ。連合国と連絡とるんだよね? 一応、ボクもいたほうがいいと思って来たんだけど……」
「ああ、そのほうが助かる」
サクラがソラール王家の血筋であることはもう仲間も知っている。そこから連想したのだろう。う~んと唸りはじめたヴィンスが、真面目な顔でサクラに問いかけた。
「もしかしてサクラ姫って呼んだほうがいいのか?」
「や、やめてくれ! ボクはそんな柄じゃないっ」
慌てふためくサクラに、シャラが淑やかな笑みを向けた。
「でも、あの衣装のときはまさにお姫様といった感じで、とてもよく似合っていました」
「うぅ~……」
顔を真っ赤にして縮こまるサクラ。
そんな彼女を見て、周りにも笑みがこぼれた。
「それぐらいにしておけ。サクラがこの調子で連合国と話せば、連携の話がなくなりそうだ」
そんな冗談で切り上げたのち、早速連絡をとる準備に入った。交信玉を指揮所の机に置いて、シャラがアストラを使用する。だが、しばらく待ってみたものの反応がなかった。
「……あれ、おかしいな。いつでも連絡とれるように手配してくれてるはずなんだけど」
「もう少しつづけてみます」
そうシャラが口にした、瞬間。
透明な交信玉に変化が起きた。
「お、繋がった!?」
サクラが安堵とともに声をあげたが、すぐさま眉根を寄せた。
無理もない。
映り込んだ相手側の光景がぼやけていたのだ。
応じてくれているのは、おそらくソラール王国の宰相リューキだろう。しかし、彼の顔も輪郭と肌の色がわかる程度ではっきりとは確認できない。
『もうしわ――ませ――』
「……聞き取りにくいな」
おまけに声までぶつぶつと途切れていた。
「これは、あっちの問題だ。アストラが上手く供給できていないんだと思う」
「でも、前はそんなことなかったんだろ?」
ヴィンスがこぼした疑問に、ゼノは「ああ」と頷く。
なぜアストラが上手く供給できていないのか。もしかすると、あちらはまだ帝国と交戦中で、一人前のアストラ使いを手配する余裕がなかったのだろうか。
そうしてなんとか相手側の状況を察しようと考えを巡らせるが、次の瞬間にはすべて吹き飛んだ。
『帝国の――を受け、すべ、の王、崩御――』
それは断片的でありながら、相手側の状況を想像するには充分だった。そして皮肉にも、最後の言葉は、はっきりと聞き取ることができた。
『――連合国は、壊滅しました』




