◆第九話『2つの道』
敵の将はほぼ無力化したといっていい状況だ。
しかし、依然として視界の中には多くの帝国兵が映り込んでいた。
まるで波のごとくこちらの島々に襲いかかっている。最前線のダナガにいたっては、数えきれないほどの帝国兵に包み込まれている。
ただ、その光景に焦りは募ったものの、わずかな安堵も覚えた。あれだけの帝国兵がダナガに群がっているということは、まだ落ちていない証拠だ。
「シャラ、蹴散らすぞッ!」
応じて速度を上げたシャラがダナガを取り囲む敵陣に突っ込んだ。気づいた敵もすぐさま応戦してくるが、ただの帝国兵に後れをとることはない。ゼノは雷光を迸らせながら、すれ違う敵を排除していく。
「ば、化け物だ……っ!」
「なに弱音を吐いている!? とにかく撃て! 撃ちまくれ!」
「ナタトリア様のご指示はまだかッ!?」
圧倒的な優勢から一気に形勢が逆転したからか、帝国兵の多くが混乱しているようだった。勝負を決めるのであれば、いましかない。
攻撃を弱めることなくさらに敵を落としていくと、ついにダナガを取り囲んでいた帝国兵が引きはじめた。シュボス島を始めとした島々に向かっていた帝国兵も、ダナガを大きく迂回する格好で南要塞島側へと戻っていく。
ナタトリアが生き残って指示を出したか、あるいは前線の指揮官による独断か。いずれにせよ、戦力の乏しいこちらとしては助かる流れだ。
『追いますか?』
「いや、いい。それより状況確認が先だ」
ダナガの中央区画に張られた障壁はいまだ健在だった。ミリィが無事であることを証明するものだ。安堵はしたものの、同時にぞっとした。迎撃用に置かれた風銃の大半が破壊されていたのだ。つまり障壁の内側にも侵入されていたといたということだ。
『……間に合ってよかったです』
頭の中に聞こえてきたシャラの声は深い安堵を感じさせるものだった。
ダナガの中央施設のそばでは、サクラ一味の無事な姿も確認できた。とはいえ、遠くからでも疲弊しきっているのが見て取れる。サクラにいたっては屋上の砲台に寄りかかる格好で座り込んでいた。
「クラーラ!」
黄竜に乗ったルピナがそばまで飛んできた。
ぼろぼろな状態で顔には少なくない疲弊も窺える。
無事でいてくれたことや、ダナガを守りきってくれたこと。色々と感謝したい気持ちはあったが、いまはそれよりも優先すべきことがあった。
「後ろに北西要塞島が来てるのか!?」
「ああ、最後尾のフォルツィアットが現在も視認している」
ルピナが険しい顔をしていたかと思いきや、「ただ」と困惑気味に話を継いだ。
「なぜか攻撃をしかけてこない」
「ただ様子を窺ってる……ってわけじゃなさそうだな」
相手の意図はわからないが、後方についた北西要塞島の戦力は現状のナタトリア率いる南要塞島を大きく上回っていることは間違いない。
「とにかく俺が後方のフォルツィアットに――」
「待ってくれ。……いま、交信が入った」
おそらくフォルツティアお抱えのアストラ使いからだろう。ルピナが虚空に視線を向けながら交信術で会話を始める。ただ、その顔は先ほどよりも困惑しているようだった。
「なに? 本当にそう言ったのか? ……わかった。いま、クラーラがそばにいる。彼にはこちらから伝えよう」
ルピナが交信を終えるなり、再びこちらに向きなおった。
「帝国のアストラ使いを通じてコディンから伝言が入ったそうだ。『追いはしない』と」
その言葉を聞いた途端、喜びよりも不気味さを感じた。攻撃をしかけてこないどころか、追撃もしないという。無慈悲な侵略によって多くの島を潰してきた帝国とは思えない行動だ。
「……どうする?」
「もしコディンたちがナタトリアたちに合わせて攻撃をしかけてきていたら、俺たちの島は間違いなく落とされていた。最悪、すべての島をもっていかれる可能性もあった」
コディンの考えていることがまるでわからない。ただ、奴が狡猾であることはよく知っている。おそらくダナガの存在が、コディンにとってなにかしら利用価値があるものとなったのだろう。
「いずれにせよ、このまま挟まれた状態は避けたい」
「同感だ。敵を一方に纏めるためにもやはり……」
「ああ」
ゼノは頷きながら、いま一度南要塞島を見据えた。
味方は疲弊しきっている。
本来であれば戦闘に発展する行為は避けるべきだ。
それでも、いまは――。
「進むしかない」
◆◇◆◇◆
ナタトリアは島のひとつで治療を受けていた。
ゼノ・クラーラによって南要塞島に落とされたあのあと、ノイツと交戦するハメになった。いや、実際は交戦ではなく、一方的に攻撃をしかけられた。
ただひたすらに受け続け、意識が飛びかけたところで味方の救援が到着。島の端から身を投げる格好でようやく助かった形だ。
「くそっ、くそくそくそくそ、くそっ!」
完全な大敗だ。
父である帝国の王ディメルになんと報告すればいいか。あの男は、娘だからといって甘やかすようなことはしない。命をとられることはないかもしれないが、相応の罰を受けることは間違いないだろう。
だが、回避できる可能性はある。
なにしろ、今回の敗北は確実に〝あいつ〟が原因だからだ。
「クラーラを相手にして生き残るとは……どうやら殿下は悪運が強いようだ」
突然、断りもなく部屋が開けられた。
入ってきたのは眼帯の女を引き連れた、小柄な男。
帝国13輝将の1人――コディン・オーデュラッドだ。
「どういうつもりだ、コディンッ!」
いまも全身を苛む痛みは凄まじいものだ。しかし、そんなものなどどうでもよかった。ナタトリアは怒りに身を任せて駆け出し、コディンの胸倉を掴みあげる。
「なぜ加勢しなかった!? お前が動かなかったせいで南要塞島が陥とされた! カフルも死に、わたしもこのざまだ!」
喉が潰れるほど叫んでも怒りはまるで収まらなかった。対してコディンは冷め切った目を向けてくるだけで無言を貫いている。それがまた湧きあがった怒りを強くさせた。
「すべてお前のせいだ。この件は――」
左の脇腹に痛みが走った。
さらに体内を圧迫するような違和感を覚えた。
あまりに突然だったからか、なにが起こったのかを理解できなかった。ゆっくり左方に目を向けると、自分の身を貫く剣が映り込んだ。手にしているのはコディンと一緒に入ってきた女だ。
「な、なんのっ……つも、り……かはっ」
「ごめんなさい、ナタトリア殿下。前々からあなたを黙らせたいと思っていたの」
聞き覚えのある声だった。
よく見れば、付き人の女は13輝将のギュネア・マルシャンだった。化粧まみれだった以前の面影がどこにもないせいで、いままで気づけなかった。こんなにも顔面が変わるものなのか。
死を前にしたからか、あるいは限界を越えた痛みを感じたからか。まったくもってどうでもいい疑問が頭の中を駆け巡りはじめる。
そんな思考を再び怒りへと引き戻してくれたのはコディンの顔だ。ただ、互いの構図は先ほどと反対だ。いまはこちらが完全に見下ろされている。
「新たな時代の幕開けとして、あなたの死は足場として存分に活用させていただく」
世界の大半を支配する帝国の王の娘として生きてきた。そんな自分がまさか〝土台〟として終わりを迎えるとは――。
屈辱以外のなにものでもなかった。
「もう後戻りはできないぞ、ギュネア」
「心配はいらないわ。わたしはもう、あなたに一生ついていくと決めているから」




