◆第八話『風人』
――シルファ・グラーベン。
その名を聞いた途端、かつての相棒であり、シャラの姉でもあるソフィアのことを思い出した。シルファを殺したのは、ソフィアが殺された日でもあるからだ。
あの日、襲撃をしかけてきた4人の13輝将。
そのうちの1人がシルファという女だった。
つまり眼前の青年は復讐のために動いている。
「クラッ、ダァッ!」
ノイツが涎をまき散らしながら飛びかかってきた。
あわせた両手を槌のごとく振り下ろしてくる。
ゼノはとっさに身を右方へ投げた。後方から聞こえる凄まじい衝撃音。すぐさま体を起こして振り返ると、大きく抉れた地面が映り込んだ。
わずかな動揺を消し、敵へと肉迫。横腹目掛けて戦斧を薙ぐが、接触の直前で腕で防がれてしまった。重く鈍い衝突音が響く中、敵が大きく吹き飛んでいく。
動きこそ単調だが、ひとつひとつの動きが凄まじく速い。13輝将をも遥かに上回っている。
――このノイツの力は異常だ。
仮にここまでの力があったとすれば、数年前の戦いでも13輝将に数えられていたとしてもおかしくはない。だが、ノイツなんて名を聞いたことは1度もなかった。
復讐という目的のために力を得たのだろう。
だが、おそらくそこに努力というものは介在していない。
そう思わされるのは、緑色に光った彼の目や体の血管のせいだ。
こちらの動揺を感じたか、上空で観戦していたナタトリアが「驚いただろう?」と勝ち誇ったような声をあげた。
「だが、無理もない。素体がよかったとはいえ、我々もまさかそこまでのものができるとは思いもしなかったからな」
「……こいつに、なにをした?」
「見て察しがつくだろう。風翔石を体のあちこちに埋め込んだ」
もちろん予想はついていた。
だが、できれば嘘であってほしいと願っていた。
帝国ならやりかねないとは思っていたが……。
ついに人体の改造にまで手を出したというわけか。
「まあ、本来よりも多くのフェザリアを扱えるようになった代償として、自我はほとんど飛んでしまったが、お前を倒すという目的だけをとれば、これ以上ない戦士と言えるだろう」
ノイツの意思で改造を受けたのか、あるいは帝国によって無理やり改造を施されたのか。どちらかはわからないが、ナタトリアの様子を見る限り後者な気がしてならなかった。
「さあ、やれグラーベン! いまこそお前の姉の仇をとるときだ!」
姉という言葉に呼応したのか、ノイツがみたび咆哮をあげると、襲いかかってきた。あの破壊力だ。まともに攻撃を受けつづければこちらの腕が潰れる。
ゼノは回避を最優先に動き、敵の猛攻を凌いでいく。これまで13輝将級を1人相手にするだけなら、そう緊張感はなかった。だが、このノイツ相手では、たった1撃でもまともに受ければ体が粉砕される。一瞬たりとも油断はできない。
「ゼッ、ゼゼゼッ、ラァアアアアッ!」
顔面目掛けて真っ直ぐに繰り出された右拳。ゼノは、わずかに身を左方へとずらして回避する。敵の拳がとてつもない速度で眼前を貫く中、腰を落として思い切り敵の腹へと戦斧を叩きつける。
が、接触の瞬間に敵の左手が割り込んできた。構わずに振り抜くと、敵が大きく吹き飛んだ。ただ、敵はまるで堪えた様子もなく立ち上がる。
隙を見つけて攻撃しても驚異的な反応で対処されてしまう。……なんとも厄介な敵だ。
「鍵さえ手に入れられれば、父上もわたしを認めざるを得ない! さあ、大人しくわたしのもとにこい!」
頭上からナタトリアの声が振ってきた。
視線をあげれば、シャラが追いかけられていた。
敵がなにより優先しているのはシャラだ。
ノイツの危険性を察して一度は距離をとらせたが、このまま別行動をさせるのはまずい。いまはちょうどノイツを離したこともあり、合流するには打ってつけだ。
ゼノはノイツから距離をとる格好で駆けだす。
「シャラッ!」
応じて高度を下げ、地上すれすれを飛び始めるシャラ。隣に来る機を狙ってゼノはシャラの背に飛び乗った。
「ぁあああああああああ――っ」
ナタトリアが頭上から突っ込んできた。ちょうど上昇の最中を狙った、これ以上ないタイミングだ。受ける以外に選択肢がない。
戦斧で敵の槍斧を受け止めると、シャラがぐいと下方へ追いやられた。ここぞとばかりに聞こえてくる荒々しい息と足音。地を蹴りつけて跳躍したノイツが、勢いよく飛びかかってくる。
「その翼竜には手を出すな!」
ナタトリアがそう叫んだものの、ノイツには通じていないらしい。その攻撃先はシャラの身に向いている。
受けるにしても、ほぼ背面なうえに体勢も最悪だ。シャラから降りるほかないか。またナタトリアから追われるかもしれないが、シャラの命が散ることに比べればまだ取り返しはできる。
そう逡巡して飛び降りようとした、直前。
ナタトリアが槍斧をノイツにぶつけた。どうやら彼女にとってシャラはそれほどまでに価値がある存在のようだ。ノイツの勢いが勝り、ナタトリアが上方へ弾き返される。
その間にシャラが翼をはばたかせ、一気に高度を上げた。眼下ではノイツが降りてこいとばかりに咆えつづけている。
「獣めが……っ」
ナタトリアがノイツにそう吐き捨てながら、同じ高さまで上がってきた。
「制御できていないようだな」
なぜ最初からノイツを当ててこなかったのか。
おそらく、あの見境のなさが理由で間違いないだろう。
ナタトリアの悔しげな顔を見れば、答えは明らかだった。
「わたしとて戦士だ。覚悟を決めて戦うつもりだが……お前はいいのか?」
いったいなんのことを言っているのか。
こちらの怪訝な目を見てか、ナタトリアがなぜか驚いていたが、次の瞬間にはにやりと笑っていた。
「そうか、まだ知らないのか。お前たちの後ろには、いま、北西要塞島が来ている」
偽りの可能性を疑った。
だが、ないとも言い切れないのが現状だ。
南要塞島に配されていた13輝将が2人だけだったからだ。こちらが3人の13輝将を要する北西要塞相手に勝利したことは敵も知っているはずだ。であれば、その数よりも少ない数で戦いに臨むとは思えない。
カフルこそ簡単に倒せたが、ナタトリアはそれ以上の手練だ。負ける気はしないが、すぐに仕留めるのは難しいかもしれない。仲間たちの現状を確認するためにも、あまり時間はかけたくない。
「シャラッ!」
こちらの意図を汲んでシャラが翔け出し、ナタトリアとの距離を一気に詰めた。こちらが戦闘を選ぶと思わなかったのか、わずかな動揺が相手に見て取れた。そのせいか、敵が選んだのは受けの一手。……狙いどおりだ。
ゼノは手首を捻り、ナタトリアに向けて払った戦斧の軌道を強引に下げた。力任せに振り下ろした先、刻んだのは黒竜の右翼だ。
悲鳴とともに身悶えた黒竜が体勢を崩して落下していく。普段ならここまで簡単には落とせない。黒竜の動きが悪かったおかげだ。おそらく尻尾を斬られていたことが原因だろう。
「くっ!」
黒竜が落下する直前にナタトリアが身を投げて衝撃を和らげていた。大した傷は負っていないようだが、問題はない。狙いは落下による負傷ではないからだ。
ゼノは眼下へと声を張り上げる。
「ノイツ! そいつはゼノ・クラーラと縁を持とうとした女だ! いいか、ゼノ・クラーラの関係者だ!」
「な、なにをバカなことを!」
ただナタトリアへの興味を持たせればいい。
そう思っての虚言だったが、どうやら思った以上に効果があったようだ。
ノイツがすぐさまナタトリアに飛びかかっていた。
必死に応戦するナタトリアだが、相手の力に圧倒されて受けるたびに吹っ飛ばされている。おそらく、あの様子では長くもたないだろう。
「シャラ、一旦ダナガに戻るぞ」
『ゼノ、関係者とはどういうことですか』
「……ノイツを動かすための嘘だ。とにかく急いでくれ」
わずかに不機嫌なシャラだったが、飛行に支障をきたすことはなかった。いつもどおり――いや、いつも以上の速度でダナガへ向けて翔けだした。




