◆第七話『狂人』
「本当に同じ人間なのか……!?」
「くそ、勝てる気がしねぇ……」
「怯むな! 撃ちつづけろ! 奴に休む間を与え――」
その瞬間、周辺に生き残っていた帝国兵の姿がなくなった。放り投げた戦斧によって搭乗する空車輪ごと粉砕したのだ。
「さすがに手こずったな。だが、これでもうこの島は終わりだ」
ゼノはシャラの背から飛び降りるなり、眼下に残っていた箱型の施設へと戦斧を叩きつけた。轟音が響いたのち、大きなくぼみができあがる。
周囲を見回しても高い建物はひとつも見当たらない。
建物の残骸ばかりが散った荒野が広がっている。
南要塞島と呼ばれていた影はもうない。
『次の島に向かいますか?』
そばに下り立った翼竜化状態のシャラが訊いてきた。
「そうしたいところだが、戦況がどうなってるのかを知りたい。一度、ダナガに戻るぞ」
南要塞島やその周辺の帝国兵は排除したが、そばの島々からはいまも続々と帝国の空車輪が上がりつづけている。ただ、こちらにはもうほとんど向かってきていない。おそらく無駄に数を減らすだけだと悟ったのだろう。
となれば、敵はダナガに大半の戦力を割いている可能性が高い。ルピナがいるとはいえ、敵の兵力は圧倒的だ。ここで一旦、味方の戦線を整えておいたほうがいいだろう。
と、シャラに飛び乗ろうとしたところで、翼をはためかせる音が聞こえてきた。視線を上げた先、黒竜に乗った褐色の女が映り込んだ。彼女は離れた場所に黒竜を着地させたのち、声をかけてくる。
「まさかカフルを殺るだけでなく要塞島まで落とすとはな。敵ながら大したものだ」
「……ディメルの娘か」
「ナタトリアだ」
荒々しさの中にも、どこか気品を感じられる。
高潔さを体現したようなルピナとはまた違った王族といった印象だ。
彼女の右腕には、深めの斬り傷が入っていた。13輝将相手に傷をつけられる味方となれば、現状は1人しかいない。
「ルピナと戦ったのか」
「……安心しろ。奴は生きている」
ナタトリアが苦々しげに口にしたのち、話を続ける。
「できれば勝負をつけたかったが、お前を止めるほうが先だと判断した」
一度ダナガに戻るつもりだったが、13輝将が目の前に1人でいるなら排除するべきだ。ゼノはすぐさま襲いかからんと戦闘体勢に入る。と、ナタトリアが焦り気味に「ま、待て!」と声を張り上げた。
「わたしは強い男が好きでな。どうだ、クラーラ。お前、わたしの男にならないか? そうすれば、本当の意味で雷帝になれるぞ」
まさか求婚されるとは思いもしなかった。
こちらは多くの帝国兵の命を奪っている身だ。
にもかかわらず冗談に聞こえない。
さすが帝国の王ディメルの娘だ。
隣では、シャラがナタトリアに向かって咆哮をあげている。相手が13輝将でなければ、噛みついていたのではと思うほどの迫力だ。
「検討してもいい」
『ゼノッ』
シャラの声が頭に聞こえてくる中、ゼノは「ただし」と付け足した。
「帝国が奪ったものをすべて返せ。それからお前の父親の首を持ってこい」
「なっ……そんなことできるわけないだろうっ」
「なら、話にならないな」
ゼノは地を思い切り蹴りつけた。一気に距離を詰め、敵の黒竜のごとナタトリアを潰さんと戦斧を振り下ろす。が、当たる直前のところで回避された。ナタトリアが慌てたように黒竜を飛翔させて空に逃げる。
「くっ、あいつを出せ! ……構わん! もとよりクラーラを殺すために連れてきたようなものだ! 早くしろ!」
交信術で誰かに指示をしているのか、ナタトリアが大声で叫んでいた。ほぼ間もなく、島の外縁辺りで浮遊していた輸送船から箱が投下された。
遠いこともあってはっきりとはわからないが、ガリアッドが入っているにしては小さい。せいぜい人が入れる程度の大きさだ。
いまのうちにナタトリアを仕留めたかったが、あの箱が気にかかって仕方なかった。なにか異様なほどの、圧迫感を覚えるのだ。これは……おそらく殺気の類だ。
と、まるで破裂するように箱が弾け飛んだ。
中から現れたのは1人の青年だったが、様子がおかしかった。まるで猛獣のように猛っているのだ。それに裸の上半身には血管をなぞるように緑の光が走っている。
――あれは人間なのか。
そう疑問を抱いた、瞬間。
青年が足場の地面を粉砕するほど蹴り込み、まるで撃ち出された風撃のごとく迫ってきた。その勢いたるや、人間が到達できる域を遥かに越えている。
「シャラ、離れろ!」
ゼノはとっさに構えた戦斧で青年の拳を受け止めた。がんっと硬質な衝突音が響き渡る。見れば、青年の腕から先が真っ黒に染まっていた。まさか肉体を武器と化しているのか。いや、問題はそこではなく、その威力だ。
これまでに対峙した13輝将を遥かに上回る。その場に留まりきれず、足で地に線を引きながら後方へと追いやられてしまう。
「ゼッゼッゼッ……ゼノォ、クラッ、クラァ……ッ!」
戦斧の先、緑色に光った青年の目は焦点が定まっていないようだった。仮にこの青年が人間だったとしたら、とても正気の状態とは思えない。
なにより気になるのは青年の口からこぼれる言葉だ。聞き取りづらいものの、こちらの名を言っているように感じられる。怒りや恨みのこもっていることがありありと伝わってくるが、あいにくと彼の顔に覚えはない。
ゼノは体ごと戦斧を傾け、力を後方へ流すようにして敵を弾いた。一旦距離をとって敵の姿をいま一度視界に収める。が、全身を見てみても、やはり彼に覚えはない。
そんなこちらの疑念を察したのか。
……いや、もとより明かすつもりだったのだろう。
上空から様子を見守っていたナタトリアが、愉快だとばかりに青年の名を口にした。
「そいつの名は、ノイツ・グラーベン。かつてお前が殺した13輝将シルファ・グラーベンの弟だ」




