◆第六話『ダナガ上空戦』
ルピナ・リア・フォルツティアは、ダナガの空を黄竜とともに翔けていた。
周りはどこを見ても帝国の空車輪が映り込む。どれだけ撃墜しても、すぐにまた穴を埋めるように敵の援軍がやってくる。まったくもって終わりが見えない。
1人でさばききれる数を完全に越えている。
それでも生きていられるのは、すべてダナガの迎撃機能のおかげだ。
中央を守るように展開された障壁が敵の風銃による攻撃を完全に防ぎ、また障壁内側に配された大量の風銃が敵を迎撃していた。ダナガの中央を奪取せんと外縁に上陸を果たした敵歩兵が進軍するものの、どれも障壁に達する前に倒されている。
短期間でよくこんなにも凄まじい要塞を造れたものだと感心するばかりだ。ただ、本当に恐ろしいのは……。
「怯むな! ガリアッドさえ上陸できれば形勢は――」
視界上空に、映り込んだ輸送船に吊るされたガリアッドの姿。あれらが上陸すれば風銃では迎撃しきれない。
ただ、それらが上陸を果たすことはなかった。ダナガの中央側から迸った極太の光線によって呑み込まれのだ。光線が細くなり、やがて消滅したとき。ガリアッドの姿は綺麗さっぱりなくなっていた。
「ほらほら、のんびり飛んでると撃ち落としちゃうぞー!」
後方から聞こえてくる、あどけない声。
振り返ると、中央施設屋上に立つサクラの姿が見えた。彼女の隣には、巨大な砲台が置かれている。あれこそが、いましがたガリアッドを消滅させた代物だ。
「助かった、ナナツガネ!」
「こっちもやられないように必死なだけだよ!」
にかっと勝ち気な笑みを向けてくるサクラ。
彼女自身に力はないが、彼女がもたらす戦場への影響は、間違いなく13輝将級か、それ以上だ。
自分も負けていられない。
そう思いながら新たな敵へと肉迫せんとした、そのとき。
強烈な殺気を感じた。
とっさに黄竜を制してその場に留まる。と、視界の上部から下部へと黒い影が恐ろしい速度で翔け抜けていった。すぐさま黄竜を傾けて下方に目を向けると、黒竜が映り込んだ。
ほかに視認できたのは、肩の辺りで揃えられた淡い金髪に、褐色に彩られた大柄な肉体。そして槍斧を手にした女だけだ。
女が乗った黒竜は止まることなく地表を翔けたのち、はじかれるようにして上昇。またもこちらに向かって突撃してきた。勢いに乗った攻撃だ。まとも受ければ押し負けるのは必至。
再び回避を選択するが、女の手にした槍斧の先端がこちらの顔面を捉える軌道で迫ってきた。縦に構えた剣を割り込ませ、なんとか上方へとそらす。が、少なくない衝撃が抜け、思わず顔を歪めてしまう。
だが、敵の攻撃がこれで終わりではない。あの女の性格からして終わらせるわけがない。翻れば、すでに女が槍斧を突き出してきていた。またも辛うじて弾く。さらに1撃、2撃と休みなく繰り出され、5撃目を凌いだところでようやく敵が攻撃の手を止めた。
ルピナは手のしびれを押し殺し、剣の柄をぐっと握りなおす。
「ナタトリア……!」
「久方ぶりだな、ルピナ」
帝国の王ディメルの娘であり、13輝将の1人。
ナタトリア・ジル・ジグレール。
それが眼前の女の正体だ。
ナタトリアが余裕に満ちた笑みを浮かべながら、片手で自身の髪をかきあげる。そのさまからも窺えるとおり、彼女は自分が圧倒的に強者であることを疑っていない。
「お前はもっと賢い選択ができると思っていたんだがな。残念だ」
「賢い選択かどうかを決めるのは貴公ではない」
こちらの返答をナタトリアが鼻で笑った。
「その顔はまだ知らないみたいだな」
「……なんのことだ?」
「いいだろう。いずれにせよお前たちの敗北はもう決まっているからな」
ナタトリアは楽しげに言うや、続きを口にする。
「いま、お前たちの後ろには北西要塞島がいる」
「……そんな見え透いた嘘でわたしが釣られるとでも――」
思っているのか。
そう口にしようとしたときだった。
フォルツティアのアストラ使いによる交信術が届いた。
『ル、ルピナ様っ、後方に北西要塞島を確認しました! 追従する島の数はおよそ20とのことです!』
心臓が大きく跳ねた。
世界の北西、北東、南の3箇所に配置された帝国の要塞島は周辺の島々に睨みを利かすため、基本的に動くことはない。というより動いたことを見たことがない。
もしかしたら要塞島を動かしてくるかもしれない。その考えはあったものの、結局、移動の手間や、要塞島を動かす危険性を考慮し、〝動かすことはないだろう〟と判断に終わった。それがいま覆されたわけだ。
こちらの動揺を見て取ったか、ナタトリアは口の端をにぃと吊り上げていた。
「行かなくていいのか? 行くというのなら、せめてもの慈悲だ。追わないでやろう。もちろん、そのときはこの島を落とさせてもらうが」
後方からの奇襲にもそなえはしている。ただ、北西要塞島に駐屯しているであろう13輝将を押さえるだけの戦力は当然ながらない。
いますぐにでも戻るべきか。いや、戻ればナタトリアを自由にさせることになる。現状、拠点としてもっとも機能しているのはダナガだ。ここを死守することが、いま打てる最善の手。
そうわかってはいるものの、捨てるなんて選択はできなかった。かくなるうえは、一刻も早く眼前のナタトリアを倒すしかない。
一瞬の逡巡を経て、ルピナは前へと出た。いまも笑い続けるナタトリアの顔面へと剣を振るが、あっさりと躱されてしまう。それどころか背後に回りこまれた。繰り出された槍斧による突きが肩上部をかすめる。
わずかな血が視界内に散る中、すぐさま体勢をたてなおして反撃の払いを見舞うが、敵の黒竜が即座に後退したことで虚空を斬るハメになった。
「どうした? キレがないぞ」
ナタトリアの言うとおり、動揺を押し殺せていなかった。自分にはまだ精神的な弱さがある。充分に自覚はあったが、これほどまでに剣に出てしまうとは思いもしなかった。
胸中で自身を叱咤し、再びナタトリアへと斬りかかる。が、相手はこちらを弄ぶように戦場を翔けはじめる。周囲では、いまも多くの帝国兵がダナガ中央施設を奪取せんと猛攻をしかけている。ナタトリアが相手をしているとあってか、こちらにも目もくれない。
ナタトリアの背が迫り、ついにその背に剣が届く範囲に達した。即座に剣を振り下ろすが、途中で遮られてしまう。ナタトリアが後ろも見ずに槍斧で防いだのだ。こちらが一瞬動揺したのを機に、眼前の黒竜が急上昇。一瞬にして背後に回り込み、咆哮とともに風撃を放ってきた。
回避を選択するものの、黄竜の動きが間に合わなかった。とっさに振り切った剣で裂いたが、少なくない風の奔流に全身を襲われた。服が裂け、さらに後方へと追いやられる。大した傷ではないし、戦闘にも支障はない。
すぐに体勢を整え、剣を構える。が、ナタトリアは追撃をしかけてこようとはしていなかった。先ほどまでの楽しげだった感情も顔から消えている。
「黄金のルピナも所詮はこの程度か。父上もなぜこのような女を13輝将に迎え入れたのか……やはりわたしには理解できないな」
帝国の将である彼女に落胆される覚えはない。だが、自分自身に対する落胆はあった。こんな不甲斐ない戦いしかできないようでは、ナタトリアに勝つことはできない。また国を失うことになる。
どんどん苛立ちが募っていく。このままでは剣が鈍る一方だとわかっていても止まらない。その事実が、さらにまた苛立ちを加速させる。
「ルピナ様ぁッ!」
ふいに声が聞こえてきたかと思うや、1本の光線が視界に飛びこんできた。虚空を突き進んだそれはナタトリアへと真っ直ぐに届いたが、まるで虫を払うかのごとくあっさりと弾かれてしまう。
ここは、ダナガに配された風銃の射程圏内から離れている。味方からの援護が届く距離ではないはずだが……。
光線の出所――地上を見れば、障壁から飛びだした1人の男がいた。こちらの危機と感じて援護をしにきてくれたのかもしれないが、障壁の外では敵の風銃による猛攻にさらされる危険がある。
現にいまも無数の風銃から狙われ、命からがらといった様子で障壁の中に駆け込んでいた。助かったのは完全に運が味方したとしか言いようがない。
「なにをしている、下がっていろっ!」
「ルピナ様、我々のことは気にせず戦ってください! ルピナ様なら絶対に勝てるはずです!」
地面に尻をついたままこちらへと叫ぶ男。
見覚えのある顔だと思ったが、フォルツティアの兵だ。今回、最前線となるダナガの防衛部隊は多くが有志で構成されている。つまり、彼は危険な場所にもかかわらず、自ら望んできてくれたわけだ。
なんとも不恰好な姿だが……。
彼の放った言葉と勇気ある援護は、痛いほどこの胸に突き刺さった。
「まるで本気を出せばわたしに勝てるとでも言いたげだな」
ナタトリアが男を嘲るように吐き捨てた。
そんな彼女に相反して、ルピナは男に感謝をこめた言葉を紡ぐ。
「大丈夫だ。わたしは負けるつもりはない」
これまで間違った道を歩んだこともあった。
だが、己の信念は一度たりとも曲げてはいない。
すべては国のため、民のため。
もとより愚直に剣を振り続けることしかできない身だ。いますべきことは、眼前の敵を倒すこと。
みたび黄竜とともに翔け、ナタトリアに肉迫する。心が定まったからか、自然と剣の迷いも消すことができた。繰り出した薙ぎの一撃は、敵の得物によって防がれたが、たしかな衝撃を与えられたようだ。ナタトリアの舌打ちが聞こえてくる。
「その程度でわたしに勝てると思うなよっ!」
猛攻をしかけられるが、なんとかさばききっていく。合間を縫って、こちらも剣を振っては牽制する。先ほどまでとは打って変わって互角に近い状況だ。だが、得物の長さもあって、なかなか肉を裂ける距離まで接近させてもらえない。
このままでは時間だけが過ぎる一方だ。
どうにかして肉迫する方法は――。
「さ~ん、にぃーっ! いーちっ!」
突然、戦場に不釣合いな甲高い叫びが聞こえてきた。
これは……サクラの声だ。
いったいなんのつもりかと肩越しに振り返る。向けられた巨大砲台の口を見てすぐさま理解した。ダナガの中央側を背にルピナは一気果敢に攻め立てる。やがて聞こえたサクラの「ゼロ」の言葉を機に、黄竜を急速に降下させた。
「なっ」
ナタトリアの驚愕する声が聞こえたと同時、極太の光線が頭上を翔け抜けた。
通過するさまを間近で見たのは初めてだが、おそろしい迫力だ。いくらナタトリアといえど無事ではすまないだろう。もちろん、当たればの話だ。
光線が消滅した瞬間を狙って黄竜を再び翔けさせる。と、視界内にナタトリアの姿が映り込んだ。やはり回避に成功していたようだ。ただ、黒竜の大きな体は無事とはいかなかったようだ。尻尾を失っている。またその痛みからか、動きがわずかに鈍い。
相手は絶対に生きている。その確信もあって気を緩める暇もなかった。対してナタトリアは予想外の攻撃にさらされたことや、黒竜の損傷からわずかに気がそれているようだった。
肉迫と同時に振りぬいた剣は、ナタトリアの右腕に届いた。腕を飛ばすには至らなかったが、決して浅くない傷だ。その証拠にナタトリアの顔が苦痛に歪んでいる。
「ちぃ……まさかお前がこんな手を使うとはな!」
「己の矜持よりも、わたしは仲間のために勝利をとる!」
卑怯と罵られようが構わない。
いまはナタトリアを倒せさえすればいい。
それこそが民を守ることに繋がるのだ。
「カフルがやられた……? バカな、早すぎる……!」
ナタトリアが急にはっとなったかと思うや、虚空に向けて喋りはじめた。おそらくアストラの交信術による報告を受けたのだろう。
カフルとは、南要塞島に配されていたであろうもう1人の13輝将だ。そして倒したのは敵地に乗り込んだゼノで間違いない。
「早すぎるなんてことはない。彼の強さはわたしやお前の域を遥かに超えている。多少の精鋭を幾人つけたところでその差が埋まることはない」
こちらの平静さがより神経を逆撫でしたようだ。
ナタトリアがその顔を怒りで塗りつぶした。
「コディンめ……奴はなにをしている!」
予定では、すでに北西要塞島がこちらの背後をついていたのだろう。だが、なぜかその気配がない。不思議だとは思っていたが、ナタトリアの苛立ちを見る限り、いまだ北西要塞島は攻撃をしかけていないようだ。
突然、大きく息を吐いたナタトリア。たったそれだけで憤懣を押さえ込んだのか、先ほどまで見せていた動揺が嘘のように落ちついていた。
「ルピナ、お前とはいずれ必ず決着をつけてやる」
言うやいなや、脇目も振らずに要塞島のほうへと退却していく。
追撃をしかけたいが、後方に北西要塞島がいる事実は変わっていない。いまだ攻撃をしかけてこないことも不気味だ。このまま報告が入るまでは、ダナガ防衛を続けるべきだろう。
ナタトリアと戦闘していたこともあり、多くの帝国兵に上陸を許してしまっていた。
ガリアッドも10機以上がすでに降下を果たし、前進している。散発的ではあるが障壁内にも侵入され、迎撃用の風銃も幾つか破壊されている。いずれ中央施設が破壊されてもおかしくない状況だ。
――クラーラは自らの役割を十二分に果たしてくれている。彼の奮戦を無駄にしないためにも、ダナガを落とさせるわけにはいかない。
ルピナはそう自身に言い聞かせ、再びダナガを侵蝕する敵の排除へと向かった。




