◆第五話『血の彩』
一気に接近してきては回避。こちらの隙をついて反撃といったことを繰り返してくるカフル。その俊敏性は非常に高い。よく見れば黒竜もほかの13輝将のもの違ってわずかに細身だ。より速度が出やすい個体なのだろう。
なんとも面倒な戦い方だ。いまもまたこちらの戦斧による払いを躱し、反撃にと突きを繰りだしてきていた。ゼノは手首を強引に捻り、戦斧で弾こうとする。が、敵は無理をせずに得物を引いて、大きく後退する。
すぐさま追撃せんとするが、機先を制すようにあちこちから風撃が飛んでくる。シャラが回避すると、それを見越して5人の紅炎騎士たちが長剣を突き出した格好で突っ込んできた。それらの攻撃はすべてが鋭く、さらにシャラを狙ったもの。
反撃に出るのは困難と判断。さらに大きく回避行動をとるほかなかった。体勢が整う場所まで退避したときには、すでにカフルとの差は大きく開いてしまっている。
「お前ら気を緩めんじゃねぇぞ! 緩めたら一瞬で殺られるぞ!」
「「はい、カフル様っ!」」
カフルの声に凛々しい声で応じる紅炎騎士たち。
精鋭とはよくいったものだ。たしかにこれほどの力量を持った戦士たちが20人もいれば、大抵の相手なら屠ることは容易だろう。
13輝将1人なら早々に倒せるだろう。
そう思っていたが、少々てこずるかもしれない。
と、またもカフルや紅炎騎士たちが動きだそうとするが、その動きを妨げるように眼下の南要塞島から帝国兵の風銃による風撃が幾つも飛んできた。本人たちは援護のつもりのようだが、どう見てもカフルたちを妨害する結果となっている。
「こいつの相手は俺たちがやる! 邪魔すんじゃねぇ!」
カフルの怒鳴り声を境に、眼下からの風撃がぴたりと止んだ。
戦闘開始からずっと視界内のどこかで緑光がちらついていたこともあってか、不思議と落ちついた感覚を得られた。わずらわしい要因が消えたおかげで、こちらもより眼前の敵に意識を向けられる。
舌打ち後、仕切りなおしだとばかりに剣を構えるカフル。わずかな硬直ができたのを機に、ゼノはずっと気になっていたことを試しに問いかけてみる。
「13輝将はほかに何人いる?」
「そんなの教えるわけねーだろ。大体、お前の相手は俺1人で充分だ」
「……こんなに女を大勢従えた奴がよく言えるな」
「勘違いすんじゃねえ。こいつらは俺の一部みたいなもんなんだよ」
そのカフルの言葉に紅炎騎士たちは「カフル様……っ!」と感極まったような声をあげていた。双方ともに信頼関係は相当なもののようだ。
「つまりお前はこいつらがいないと13輝将にはなれなかったってことか」
「てめぇ……!」
カフルが青筋をたてて剣の柄をぐっと握った。そのまま黒竜をたきつけて突っ込んでくるかと思うや、ぐっと堪えたようだ。怒気を抜くように、ふぅと息を吐いている。
「っと、挑発に乗る気はねぇよ。お前の相手は俺がたっぷりしてやるからよ。ゆっくり楽しもうぜ……!」
もとより13輝将1人しかぶつけてこないのはおかしいと思っていたが、いまので確信した。おそらく、このカフルは足止め役だろう。となれば、やはり敵の狙いはダナガを先に落とすことか。――なら、なおさら急ぐ必要がある。
「来ないなら仕方ないな。こいつらから先に殺すまでだ」
周囲に複数の敵がいた場合、もっとも強い敵を標的にするのが基本だ。しかし、その強い敵がまともに戦おうとしないのなら、ほかの弱い敵から削るほかない。
「シャラ、取り巻きから削る」
応じて咆えたシャラが翼をはばたかせ、もっとも近い紅炎騎士に急速接近する。相手は即座に剣を構えていた。さらにそばで浮遊する2人の紅炎騎士も援護に入ろうとしている。
「2度目は――」
通用しないと言いたかったのだろう。だが、こちらと相手では、何度でも通じるほどの力量差がある。ゼノは眼前の紅炎騎士を翼竜ごと左右に両断。両脇から突っ込んできた紅炎騎士たちには得物ごと上下に両断した。
怒りと動揺が敵の中に走りはじめる中、いっさいの躊躇もなくゼノは次々に紅炎騎士を屠っていく。距離をとろうとする者もいたが、その背へと戦斧を放り投げて排除していく。紅炎騎士の数は瞬く間に残り2人となった、瞬間――。
カフルが黒竜を全速力で翔けさせ、突撃をしかけてきた。
「てめぇっ、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「――やっと来たか」
双方の信頼関係の高さから絶対に来ると思っていた。カフルの怒りに任せた一撃は、これまでより動作が大きい。とはいえ、敵の攻撃速度はかなりのもの。戦斧では間に合わない。
ゼノはとっさに伸ばした左手で敵の右手首を掴んだ。みちりと敵の骨が軋む中、敵の体ごと黒竜から引き剥がした。そのまま力任せに頭上へと引っ張りあげる。
「なっ」
頭上で驚愕するカフルの体は完全に無防備だ。頭部を含む上半身へと戦斧を叩きつけ、粉砕した。多くの血が降り注ぐ中、ゼノはカフルの右手を放り投げる。
「カフル様っ!」
残った紅炎騎士のうち、1人が嘆くように声をあげた。ゼノはシャラに指示を出して、すぐさまその紅炎騎士に肉迫。武器を弾いたのちに顔面を掴んで持ち上げる。
「13輝将はほかに誰がいる?」
「お、教えるものかっ」
ゼノは即座に戦斧を薙いで目の前の紅炎騎士を沈黙させた。残った紅炎騎士は1人。彼女のほうを見れば、怯えたように「ひっ」と短い悲鳴をもらしていた。逃げようとするが、シャラのおかげで早々に追いつけた。その後頭部を掴み上げ、もう再び同じことを問いかける。
「13輝将はほかに誰がいる?」
「ぜ、絶対に話すものか……」
「知ってのとおり、俺は必要なら殺しを躊躇しない」
流れる沈黙。
ただ、敵が逡巡していることは、閉じたり開いたりする手からありありと伝わってきた。
「ナタトリア様、だけだ」
「どこにいる?」
「……貴様たちの島だ」
望みの返答は得られた。
この女にもう用はない。
振り返らせたのち、目を見据えながら話しかける。
「いいか、お前はもう戦えない。もしまた俺の目の前に現れたら……わかっているな」
小刻みな頷きが返ってくる。
目を見ても完全に戦意を失っている。
もう敵の戦力となりえないだろうと判断し、放り投げた。
『どうしますか?』
「……1人ならルピナでも対処できるはずだ。ほかの敵も対応しながらだときついかもしれないが、サクラの迎撃機能もある」
敵はサクラによって改造されたダナガの迎撃能力までは知らないはずだ。少なからず不安はあるが、敵との圧倒的な戦力差を埋めるためにも、その誤算を利用しない手はない。
カフルが死んだことで、手出しをせずに硬直していた南要塞島の帝国兵たちが一斉に動きだしていた。再び騒がしくなった周囲を見回しながら、ゼノは戦斧の柄をぐっと握りしめる。
「相手もこんなに早くカフルが潰れるとは思ってなかったはずだ。この時間を使って可能な限り敵の島を潰す」




