◆第四話『南要塞島の上空』
翼竜化したシャラに乗って離陸した、直後。
ダナガ中央施設を守るように青い光膜が半球状に張られた。ミリィの豊富なアストラを使って生成された障壁だ。
シャラの力強いはばたきによって一気に加速し、障壁の内側から飛びだす。すぐさま振り返りたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。ただ、少し手に力が入ってしまったのか、シャラから交信術が飛んでくる。
『ミリィなら大丈夫です』
本当に彼女にはどこまでも見透かされているようだ。
ゼノは「ああ」とだけ返事をして、前を見据えた。
すでに敵の飛空戦力は、搭乗者の姿が視認できるほどまで迫っていた。先陣を飛んできた数は、200どころか300をも遥かに上回っている。まるで壁が襲ってきているかのような圧迫感だ。
「シャラ、回避優先で飛んでくれ!」
了解とばかりに咆哮をあげたシャラがさらに加速。敵陣へと自ら突っ込んだ。ついに敵の射程圏内に入ったことで風銃による球が数えきれない飛んでくる。だが、ただのひとつとしてシャラの身を捉えることはできなかった。
どこを見ても敵の空車輪ばかりになったのを機に、ゼノは戦斧を手にした。
「らぁあああああああああッ!」
放り投げた戦斧が、敵の空車輪と風撃によって埋め尽くされた光景を切り裂いていく。幾つもの悲鳴があがり、視界にわずかな空を覗かせる。だが、それは新たな敵の空車輪によって一瞬にして埋められてしまう。
「ちぃっ!」
戻ってきた戦斧を手にしながら、ゼノは舌打ちをした。いまの攻撃で倒したのは約10機程度。すれ違いざまにも空車輪を落としている。1拍の間に1機は落としている間隔だが、まるで減っている気がしない。
それもそのはずだ。いまも遠くに映る南要塞を始めとした島々からは、多くの空車輪が上がり続けているからだ。空車輪程度、何機出てきたところでシャラと一緒ならば負ける気はしない。だが、疲労は確実に溜まる。
この戦争は、空車輪をたくさん落とせば勝利となるわけではない。この先に控える13輝将を倒す必要があった。そのためにも、ここで空車輪ばかりを相手にしているわけにはいかない。
「シャラ、敵の島まで翔け抜けろ!」
ゼノは喉の奥から言葉を押し出すように叫んだ。これほどの戦力を放って敵陣に潜り込むには抵抗があった。だが、勝利のためにもいまは仲間を信じて突き進むしかない。
敵の空車輪や風撃によって作られた網目の中を縫うように高速で飛ぶシャラ。こちらも翔け抜けざまに戦斧を振っては敵を沈黙させていき、ついに敵の先陣といえる塊の中を抜けた。
後方の様子を肩越しに窺ってみたところ、先陣の中からついてきたのはおよそ50程度。思った以上に少ない。おそらく敵も、こうなることを想定した指示を出していたとみて間違いないだろう。
前方の敵の島々からは先陣ほどではないものの、いまも多くの空車輪が上がり続けている。途切れることはないと覚悟したほうがいいかもしれない。
以降も敵による猛攻は続いたが、しかしシャラはどれも見事に躱しきり、南要塞島の上空へと辿りついた。
北西要塞島と同様、無機質な壁や建物ばかりで物々しい空気感の島だ。防壁や建物の屋上には数えきれないほど多くの帝国兵が配されている。
北西要塞島のときは奇襲だったこともあり敵の守りが薄かった。だが、今回は敵も準備をしていた状態とあって凄まじい迎撃戦力だ。いまも要塞島からは、こちらを射抜かんと無数の緑光が迸っている。
このままでは戦いにくいことこのうえない。とはいえ、戦斧を放り投げて届く距離まで近づくのは厳しい状況だ。なら――。
「シャラ、アレで俺を落とせ!」
すぐに通じたようだ。シャラが高く舞い上がったのちに、急降下を始める。南要塞島の迎撃範囲に入る直前、ゼノはシャラの背を離れ、勢いを殺さずに眼下の建物へと落下。着地と同時に戦斧を叩きつけた。
轟音とともに広がる雷光をまとった衝撃。体を起こしたときには、周辺の建物群が損壊していた。粉塵が舞い散っていたが、遅れてそばに着地したシャラによってすぐさま吹き飛んだ。
視界が晴れると、辛うじて先の衝撃を受けなかった帝国兵たちが映り込んだ。全員が風銃を構えたまま、がたがたと震えている。
「こ、これが雷帝のクラーラ……」
「聞いていた以上の化け物じゃねえか……っ!」
しかし、そんな姿を見せられたからといって手を緩めるほどこちらに余裕はない。戦斧を放っていましがた怯えていた十人規模の敵兵を屠った。ただ、ほぼ同時にあちこちから風銃が飛んできた。
いましがた周辺の建物群を吹き飛ばしたとはいえ、全体で見れば一部にしか過ぎない。まだまだ南要塞島の迎撃機能は健在だ。
とっさにアストラの防御術を展開したシャラに飛び乗り、再び空へと上がる。まともにやれば、これほど厄介な島とは。面倒だが、地道に潰していくしかない。
「シャラ、もう一度――」
頼む、とそう口にした瞬間、背筋にいやな悪寒が走った。
敵が迫っている。振り向きざまに戦斧を振るうが、しかし感触はなかった。触れる直前で相手が回避を選択したのだ。そのままそばを翔け抜けた敵が、少し離れたところで停止するなり興奮したように声をあげる。
「これに反応するかよ! 聞いていたとおりやべぇ奴だな!」
男は、黒竜に乗っていた。
得物は長剣。細身ながら、一目で鍛え抜かれたとわかる体つきをしている。ほかに特徴的なのは髪型か。両側面を刈り上げにし、額の中央からうなじに向かった直線のみを伸ばしている。見たこともない愉快な髪型だ。
黒竜に乗っているうえ、先ほどの動き。
おそらく13輝将で間違いないだろう。
早く対峙するためにも過剰に暴れていたが、ようやく出てきてくれたようだ。とにかく敵が1人のうちにさっさと仕留めたい。すぐさま距離を詰めて仕留めにかかるが、幾本もの風撃に行く手を遮られてしまった。
出所を辿ると、何頭もの赤い翼竜が映り込んだ。およそ20程度か。乗っている帝国兵も赤い鎧を身につけている。しかも全員が女だ。
――赤い竜に赤い鎧を纏った女の帝国兵。
ルピナから聞いていた13輝将の1人と情報が一致する。
「……お前がカフル・ダイラーか?」
「あ~、そうか。フォルツティアの嬢ちゃんから聞いたのか。てことは、こいつらのことも知ってるんだよな!? 俺の可愛い可愛い――」
ぺらぺらと喋りはじめるカフル。
それを受けて、一瞬の緩みを見せる敵の女たち。
「シャラ」
『――はい』
こちらの声に応じて、シャラが弾かれるように加速。もっとも近いカフルの取り巻きの女兵へと肉迫する。
女が驚愕に顔を歪めながらすぐさま剣を構えるが、まったく障害となりえなかった。ゼノは戦斧を振り切り、剣を粉砕。女の首を飛ばした。女の体が血を噴出させながら落下していく中、ゼノはカフルのほうへと向きなおる。
「ああ、精鋭部隊の紅炎騎士と聞いている」
下方からどさりと音が聞こえた、瞬間。
これまで余裕に満ちていたカフルの顔が一気にこわばりはじめた。
「は、はは……てめぇ、マジでぶっ殺してやる……ッ!」




