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シャラ・クラーラの奇蹟 ~かつて雷帝と呼ばれた男は、白銀の翼竜と自由を求めて空を飛ぶ~  作者: 夜々里 春
【明日への旅立ち】第一章

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◆第十一話『旅立ちのダナガ』

 デジャンを倒したあとも多くの敵兵が残っていた。


 大人しく投降した者は拘束。

 反抗した者は容赦なく命を奪った。


 ここで手を緩めれば、のちにどう響くかは痛いほど知っていたからだ。


「ダナガの勝利にかんぱーい!」


 シュボス中央塔2階の食堂にて。

 囚人だった者たちが奪った酒で祝杯をあげていた。


「しっかし、よくダナガ発着場を落とせたな」

「さすがに人数が多かったし、なにより敵が思いっきり混乱してたからな」

「いま思い返してみてもめちゃくちゃだよな。島をぶつけるなんて」

「さすがあの《雷帝のクラーラ》だぜ。俺たちとは考えてることが違う!」


 すでに仲間たちには正体が知られていた。

 あちこちから《雷帝のクラーラ》の名が聞こえてくる。


「あ~、俺も中央塔の襲撃のほうで一緒に戦いたかったぜ」

「俺は近くで見てたけど、マジでやばかったぜ! あのガリアッドを1人で倒しちまったんだからな!」

「始まる前は不安だったけどよ、終わってみりゃ圧勝だもんな」

「こりゃあもしかすると、もしかするかもなっ」


 負傷者こそ出たものの、死者は1人としていない。

 そんな奇跡的な結果もあって仲間たちの多くが勢いづいていた。


「はは、みんなもう勝った気でいやがるな。でも無理もねえか。あの《雷帝のクラーラ》が仲間にいるんだからよ」


 隣で飲んでいたヴィンスが肩を組んできた。

 彼もまたほかの仲間と同様に浮かれているようだ。

 ゼノは肩に置かれた手をどかし、立ち上がった。


「おう、主役がどこ行くんだよ」

「俺はそんなものになった覚えはない」

「覚えがなくても、みんなはそう思ってるぜ」

「……まだ戦いの余韻が残ってるんだ。ちょっと外の空気を吸いにいってくる」


 本当はそんなものなどない。

 ただ、浮かれるだけの気分にはなれなかっただけだ。


 祝宴の場をあとにし、2階テラスに出た。

 手すりに両腕を乗せてゆっくりと視線を上げる。


 おそらく日はまたいでいるだろう。

 夜空を彩る星々は煌めきをより強くしていた。


 いつまでも見ていたい、と。

 そう思いながら、冷たい風に身をゆだねていたとき。


 静かな足音が後ろから近づいてきた。


「隣、いいですか?」

「ほかにも場所はあるぞ」

「意地悪なことを言うのですね」


 拗ねたような声で返された。

 声からわかっていたが、隣に立ったのはシャラだった。


「……悪かった」

「名乗ってくれなかったことについては、もう謝ってもらっています」

「改めて言いたかっただけだ」


 隣をちらりと見やる。

 シャラは同じように手すりに身を預け、空を見上げていた。


 腰に届くほどの長い銀の髪は月明かりを受け、まるで陽光を受けた水面のごとく輝きを放っている。


 彼女は外套を脱いでいた。

 下に着ていたのは純白に青い刺繍で彩られたローブだ。多くが肌に沿う形ではあるが、裾だけはゆったりとしている。


 銀の髪や青い瞳。

 また真っ白な肌も……。


 いまにして思えば、どうして気づかなかったのか。

 そう思うほどにシャラは〝彼女〟とよく似ていた。


「本当に……あいつの妹、なのか?」

「はい。あなたとともに空を翔け、そして《空の果て》を目指した翼竜人――ソフィアはわたしの姉です」


 どれだけ心構えをしていても無駄だった。

 心臓を強く掴まれた気分に陥ってしまう。


「……やっぱり恨んでるよな」

「どうしてですか?」

「俺はあいつを死なせた」

「あなたが殺したわけではないのでしょう」

「同じようなもんだ。あいつは俺を庇って……」


 帝国に追い詰められたとき、身を挺して庇ってくれたのだ。それが《雷帝のクラーラ》の終わりであり、戦いの終わりでもあった。


「であれば、それは姉の意思です。あなたが責を負う必要はありません」

「だが、俺にもっと力があれば――」

「姉は自分を守るために、あなたを乗せたわけではないと思います」


 シャラは続けて悲哀の顔で懇願してくる。


「どうかお願いです。あなたが姉を貶めるようなことはしないでください」


 救われた。

 たったそれだけでは表せなかった。


 ただ、ひとつたしかなことはある。


 ようやく思い出すことができたのだ。


 ソフィアと過ごした楽しい日々を。

 陽のように明るかった彼女の笑顔を。


 ただ、思いだした記憶はうっすらと霞んだ。

 そして、そばにいるシャラに重なっていく。


 ゼノはぐっと手すりを握りしめる。


「本当にお前も《空の果て》を目指すつもりか?」

「はい。姉が目指したというその場所を、わたしも目指したいのです」

「行けると思ってるのか?」

「あなたが……ゼノが一緒ですから」

「まだ行くとは言ってない」

「ですが、いまのダナガが行きつく先のひとつとして、これ以上ない場所です」


 示された答えは間違いではない。

 そこはもっとも安全な場所だからだ。

 しかし、現実的な案ではなかった。


「たしかに《空の果て》に辿りつければ帝国も手を出せないだろう。だが、あそこに辿りつくには聖王国の守りを突破する必要がある。帝国打倒も簡単じゃないが、そっちも相当に危険だ」


 帝国は言わずとしれた多大な武力を有した国だ。


 中でも《フェザリア》の扱いに秀でた13輝将と呼ばれる者たちは、今回戦った看守長デジャンとは比べ物にならないほど厄介な相手だ。


 個人での戦闘能力はもちろん、多くの戦力を擁している。正直、いまのダナガが攻め込まれればひとたまりもない。


 相反して聖王国の戦力はそう多くない。

 ただ、底が知れなかった。多くがアストラ使いであることもそうだが、聖王が凄まじい力を有しているのだ。


 噂では、その強大なアストラによって島を落とすこともできるという。もしそれが本当だとすれば、人の力で抗えるものではない。


 そうして頭の中で過酷な未来を想像していたとき、急に居心地が悪くなった。半ば無意識に隣を見やると、シャラの真っ直ぐな目に迎えられた。


「……やめろ。そんな目で見るな」

「わたしは諦めません」


 言って、彼女は綺麗な眉を逆立てた。

 大人びた雰囲気を纏っていながら時折あどけない表情を見せる。それがたまらなく苦手だった。


「……わたしも姉と同じです。守ってもらうためにあなたの隣に来たわけではありません。あなたとともに空を翔けるために、ここに来たのです」


 なにを恐れているのか。

 彼女には見透かされているようだった。


「ほんの短い時間ですが、あなたという人を近くで見たいまならわかります。きっと姉もいまのわたしと同じ気持ちだったと思います」


 シャラは自身の胸に両の掌をそっと当てた。

 誓いを立てるように静かながら力強い言葉を紡ぐ。


「ゼノ・クラーラ。わたしはあなたとともにあります」


 ソフィアは天真爛漫だった。

 シャラとはまったく違う性格だ。


 だが、根っこの部分はとてもよく似ていた。


 ――本当に姉妹なんだな。


 ゼノは胸中でそうこぼしたのち、真っ直ぐにシャラを見つめ返した。


「シャラ、一緒に来てくれ」



     ◆◆◆◆◆


 食堂に戻ってきた。

 いまだ仲間たちは勝利の美酒に酔いしれていた。


「みんな、聞いてくれ!」


 全員に届くよう声を張り上げた。

 一瞬にして喧騒が収まるや、視線が向けられる。


 初めは多くの者が浮かれた顔のままだった。


 だが、こちらの真剣な顔を見てか。

 揃って顔を引き締めていた。


 ゼノは隣に立つシャラと頷き合ったのち、全員の顔を見渡した。


「もう知ってるとは思うが、俺は過去に《雷帝のクラーラ》なんて大層な名前で呼ばれていた。派手に暴れたせいか、俺を英雄視する奴らがいることも知っている」


 実際にダナガの仲間たちもそうだった。


 誰一人として悪く言う者はいない。

 それどころか尊敬の目を向けてくれている。


 この囚人島に収容された者は、物を盗んだり人を傷つけたりして罰せられたわけではない。その敵意を帝国に向けたことで収容されている。


 ゆえに、中でも帝国に大きな痛手を与えた者として《雷帝のクラーラ》は持ち上げられているのだろう。


「だが、実際はもてはやされるほど華やかな過去じゃなかった。結果的に帝国には負けて大勢の仲間を失った。大切な相棒も失った」


 言葉にしているだけでも胸が痛んだ。

 隣では想いを共有してくれているのか。

 シャラもまた悲痛な顔を見せていた。


「帝国と戦うということが、どれだけ厳しいことかは誰よりも知っているつもりだ。だからこそ、いまの俺たちが置かれた状況を冷静に見てほしい。そして、この先に待っている道が決して楽じゃないってことも知ってほしい」


 きっとなんとかなる。

 そんな楽観視ができる状況ではない。


「それでも俺たちはもう立ち上がった。もうあとには戻れない。……1度失敗した奴に言われても説得力はないかもしれない。ただ、これだけは誓う」


 右拳で思い切り自身の胸を叩いた。


「俺は、お前たちが自由と、そして命が脅かされることなく暮らせる日々を得られるように全力で戦う!」


 いま一度、全員の顔を見回した。


 一癖も二癖もある奴らばかりだ。


 全員の過去を知っているわけではない。

 人として褒められないことをした者も少なくないだろう。


 だが、ともに島で暮らした日々もあってか。


 彼らを死なせたくはない。

 そう思うほどに彼らのことを好きになってしまった。


「俺についてきてくれ」


 二度と口にすることはないと思っていた。

 だが、不思議と重くは感じなかった。


「んなの、いまさらだろ」


 ヴィンスが肩を竦めながら言った。

 それを皮切りにあちこちから声があがる。


「もとよりそのつもりだぜ!」

「ゼノがいなけりゃ、こうしてまた酒を飲めてたかもわからねぇしな!」

「もうゼノに……いや、俺は兄貴についていくって決めたぜ!」


 ダナガに収容されてからというもの、心が氷のように固まっていた。だが、いまは冷たさは感じない。仲間たちから贈られる言葉がすべてを溶かしてくれたのだ。


 再び熱をもった心でゼノは叫ぶ。


「生きるぞ! 明日の自由のために……ッ!」




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