◆第十話『飛翔のとき』
気づけば落下の勢いは収まっていた。
白銀の翼竜――いや、シャラが首を差し込んで受け止めてくれたのだ。
『ゼノ、あなたを縛るものはもうなにもありません』
先ほど庇うために抱きしめたときだろうか。
すでに手錠は外されていた。
ゼノはシャラの冷たくて硬い鱗に掌を当てた。
強い風に髪を煽られる中、静かに語りかける。
「……話したいことはたくさんある。けど、いまはただ力を貸してくれ」
『もとよりそのつもりです』
声が頭に届いてきた直後だった。
ぐい、と凄まじい圧に見舞われる。
シャラがその翼で大きく羽ばたいたのだ。
地面のすぐそばまで達していた高度は瞬く間に回復。それどころか中央塔の屋上を一気にとおり越した。
吹きつける風は全身を叩いてくるかのように強い。
だが、最高に心地良かった。
「これはどういうことだ……なぜ翼竜人がこんなところにいるっ!?」
中央塔の屋上でデジャンが呆気にとられていた。
いや、彼だけではない。
ヴィンスやほかの仲間たちも同様に空を見上げている。
「なにをしているお前たち! ほかはどうでもいい! あの翼竜をなんとしてでも仕留めろ! いますぐにだ!」
響き渡るデジャンの騒がしい叫び声。
中央塔の敵兵たちが風銃で攻撃をしかけてきた。
さらにあちこちから空車輪も向かってくる。
数えきれないほどの風撃が飛んできた。
だが、ひとつとしてシャラを捉えられていない。
それほどの速さで彼女は空を翔けていた。
ただ、このまま逃げつづけるわけにもいかない。
「シャラ、アストラを全開にしろ!」
指示に応じて、シャラの輪郭が青く光りはじめた。
アストラによる防御術を使った証だ。
久しぶりに使うフェザリアだ。
手加減はできないかもしれない。
ゼノは掲げた右手に全身に漲る力を収束。
拳を作るとともに外へ弾けさせた。直後、拳から迸った稲光が近場を飛んでいた2機の空車輪へと命中。激しい炸裂音が響いたのち、どちらも墜落していった。
通常のフェザリアでは、あくまで風による現象しか起こせない。だが、より強いフェザリアを持つ者は、こうして雷撃を放つことができた。
雷帝のクラーラ。
そう呼ばれるようになった所以だ。
シャラの速度もあって周囲の空車輪はすべて無傷で撃墜。さらに中央塔の各階から風銃を撃ってきていた敵兵士たちも早々に沈黙させた。
「シャラ、屋上に!」
指示に応じてシャラが屋上へと下り立った。
一対の翼が緩やかに下ろされ、優しい風が起こる。
「夢でも見てるみたいだぜ……」
「本当に……あの《雷帝のクラーラ》なんだよな」
「お前も見ただろ! あの馬鹿げた強さは間違いねえ……!」
ヴィンスを含め、屋上まで助けに来てくれた仲間たちはまるで子どものように興奮しきっていた。相反してガリアッドに搭乗するデジャンは恐怖に怯えている。
「な、なんなんだその強さは……ここまでとは聞いていないぞ……っ」
ゼノはシャラから飛び降りた。
こちらが1歩進むごとに、デジャンがうろたえたようにガリアッドを後退させる。
「わ、わかっているのか!? たとえここを切り抜けても、お前たちは我らが帝国から逃げることなどできはしない!」
「……俺もそう思っていた。けど、立ち上がった時点でもうできるかどうかなんて関係ない。もう、進むしかねえんだよ……!」
こちらに引く気がないとわかったか。
デジャンが必死になって説得にかかってくる。
「わかった! わかった、こうしよう! わたしがお前たちが自由でいられるように融通を利かしてやる! いまより美味い飯を食わせてやるし、寝床だってよくしてやる! 望むならほかにも幾つか聞いてやるぞ!」
「悪いが、俺はお前のことを信用していない。それにあいつらが……いや、俺たちが求めてるのはそんな仮初の自由じゃない」
ヴィンスたちのほうを見やった。
誰一人としてデジャンの甘言に耳を傾けてはいない。
瞳に強い意志を宿しながら首肯を返してくる。
「――本物の自由だ」
一度は望み、諦めた。
だが、いま一度望むと決めた。
ダナガの仲間たちと、ともに翔けてくれる彼女のために。
「くそがぁあああああああああああッ!」
デジャンの咆哮とともにガリアッドが駆けだした。
先ほどまでは圧倒的な脅威を感じていた。
だが、いまはもうフェザリアを使えることもあってか、1機のガリアッド程度にはなにも感じなかった。
ガリアッドがついに間近に迫った。
その鋭い刃を従えた手を引き絞り、突き込んでくる。
ゼノは全身にフェザリアを漲らせた。
ばちばちと肉体が雷光を纏った、瞬間。
思いきり地を蹴り、ガリアッドの懐に飛び込んだ。
驚愕するデジャンの顔を覗かせた、操縦席の透明で分厚い装甲。そこへ目掛けて拳を突き入れ、さらに振り抜いた。
操縦席の中に溢れる血。
間もなく、がしゃんと音をたててガリアッドが崩れ落ちた。
しばしの静寂が辺りを包み込み、やがて――。
「マジでやっちまいやがった……ゼノが、ゼノが勝ったぞッ!」
ヴィンスがあげた雄叫びを皮切りに、居合わせた仲間たちの歓喜の声がシュボスの空に響き渡った。




