◆第六話『繋がりは、とうに』
「なんか色々すっきりした感じだー! わーっ!」
「「オーッ!」」
翌日。
早速とばかりにハルたちがダナガを訪れていた。
ほかに誰もいない荒野の中、彼らはいままでの鬱憤を晴らすかのごとく叫んでいる。なんとも賑やかな面々だ。これからさらにダナガが明るくなることは間違いないだろう。
「にしても、本当にここでいいのか? 戦争じゃ真っ先に相手にぶつける島だぞ」
ゼノはそう問いかけながら視線を右方へ向けた。
そこには地下へと続く施設が置かれているが、隣接する格好で球形状の建物が2つ並んでいた。紛れもなく、アストス島でハルが拠点にしていた家だ。
ほかには代用できない設備が中にあるとのことで、わざわざフォルツティア王国からガリアッド輸送用の巨大船を借りて運び込んだのだ。
ハルが振り返り、いっさいの不安を感じさせない顔で頷いた。
「もちろん。全部理解したうえでの判断さ」
「人だってほかに誰も住んでない」
「騒音で揉め事にならなくて済む。ボクにとって最高の場所だね」
飄々と答えたハルに、「マジでお頭の作業音はうるせーからな!」とげらげら笑うゲンゴロウたち。そんな彼らにハルが「う、うるさいなあ! しかたないだろ!」と恥ずかしげに抗議する、いつもの光景が目の前では繰り広げられはじめる。
「強がってるわけじゃないんだな」
「心配させちゃったみたいだね。ボクがきみたちにできること……それを考えたらここが一番都合がよかったんだ」
そう答えたハルの目は強い意志を宿していた。
どうやら血迷ったわけでないことはたしかのようだ。
「なにをするつもりかは訊いていいのか?」
「そうだね……ひとまず最強の島を目指そうと思ってるかな」
ハルの趣味が機械いじりだということは何度も聞いたので知っている。ただ、実際に見たものは小物ばかり。それも戦争に使える武器や道具ではない。つまりハルから示された〝実績〟はない。
本来なら余計なことをしないようにと釘を刺すべきかもしれない。だが、彼女の自信に満ちあふれた顔に賭けてみたいと思った。
「必要な物があればレイカに言え。なにか言われたら俺の名前を出せばいい」
「きみのそういうところ好きだよ」
言って、ハルが子どものように無垢な笑みを浮かべた。直後、その後ろで話を聞いていたハルの仲間たちが一斉に口をあんぐりと開けて顔を見合わせはじめる。
「おい、聞いたかおまえら……」
「あ、ああっ。たしかに聞いた! ついにお頭にも春が来たぞ!」
「なっ!? いまのはそういう意味で言ったんじゃ!」
勝手に盛り上がるゲンゴロウたちを、ハルが顔を真っ赤にしながら攻撃して沈黙させていく。本当に愉快なことこのうえない集団だ。
騒がしい部下たちを制したハルが、ゆっくりと深呼吸をして息を整えていた。暴れて気が紛れたか、赤みもすっかり引いている。
「言い忘れてたんだけど、夜にそっち行っていいかな?」
「お頭、さすがに積極的すぎや――ぐぁっ」
話に割り込んできたゲンゴロウの髪を無言で引っ張るハル。どうやら真剣な話だったようで、こちらを真っ直ぐに見据えてくる。
「連合国に交渉するよ」
「交渉って……まだ信用を得られていないし、その算段もついていない。前回と同じになるだけだ」
「大丈夫。きっと大丈夫だから」
なにを根拠に言っているのか。
詳しい説明はしてもらえなかったが……。
ハルの目は、交渉が上手くいくことを確信しているようだった。
◆◆◆◆◆
『もう少しかかるものだと思っていました』
「ああ、俺もそう思っていた」
シュボス中央塔の指揮所にて。
多くの仲間が集まる中、ゼノは再び交信玉を通じて連合国のひとつ――ソラール王国の宰相リューキに話しかけていた。
『なにか面白い話を聞かせて頂けるのでしょうか』
「さあ、それはどうだろうな。なにしろ話をするのは俺じゃなくて、べつの奴だからな」
『……いったいどういうことでしょうか?』
リューキからいぶかられる中、ゼノは「ハル」と声をかけた。呼ばれた彼女が静々とした足取りで交信玉の前に立つ。
彼女は普段のツナギ姿ではなく、とても華やかな衣装に身を包んでいた。全身を覆う形で作られた厚い一枚布を、幅のある帯で巻きつけたものだ。〝キモノ〟といってとても特別な衣装らしいが、これまでに一度も見たことはない。
ただ、リューキはその衣装のことを知っていたのか。ハルの姿を見た途端、あからさまに目を細めた。ただ、次の瞬間、そのまぶたを大きく跳ね上げる。
『それは簪斜陽!? いったいどこでそれを手に入れたのですか……っ!?』
「べつにどこで手に入れたわけでもない。ただ、母から譲り受けたものさ」
言いながら、ハルは後ろ髪を結うために使っていたカンザシ――簪斜陽をとった。はらりと長い黒髪がほどける中、簪斜陽を見せつけるように持つ。見るからに高価なものであることは見て取れた。だが、リューキの反応を見る限り、それだけではないようだ。
『あなたはいったい……』
リューキに問いかけられる中、ハルがそばで見守っていたゲンゴロウと目を合わせる。
「……お頭」
「うん、いましかないと思う」
そうやり取りをしたのち、ハルが静かに息を吸い込んだ。
充分に間を置いてから意を決したように口を開く。
「ボクの名はサクラ。サクラ・ナナツガネだ」
場が騒然とした。
無理もない。紡がれたその名は、長く世界で名を馳せてきたナナツガネ商会。その当代頭領のものだったからだ。
いったいどういうことなのか。ハルに説明を求めようとしたが、彼女は意図的に質問を拒むように、ただ交信玉を真っ直ぐ見つめていた。
『ナナツガネ商会は潰れたと聞いていますが』
「たしかに商会は潰れた。でも、ボクはこうして生きている」
『……まさか本当に』
「だから言っただろう。ボクは本物だ」
強気になるハルに相反して、リューキからずっと放たれていた圧のようなものがなくなっていた。それもこれも、すべて〝ナナツガネ〟の名を出してからだ。
「ゲンゴロウ、どういうことか説明してくれ。ナナツガネだったとしたらなんの意味がある?」
「商会の創始者オウカ・ナナツガネが初代ソラール王の妹なんだよ」
「……つまり王家の血筋ってわけか」
なぜハルがソラール王国との交渉に自信を持っていたのか。いまになってようやく理解ができた。だが、いくら王家の血筋であっても長く国から離れていた身だ。果たしてリューキの求める信頼を得られるのだろうか。
そう思ったときだった。
ハルが簪斜陽を胸に抱きながら力強く言葉を紡いだ。
「――我らが心に勇ある限り、いかに闇が支配しようとも、いつか必ず陽は昇らん」
ソラール王国の言葉かはわからない。
だが、朝陽を思わせる簪斜陽にぴったりな言葉だと思った。
「べつにボク個人としてはそこまでソラール王国に思い入れはない。でも、この身に流れる血と、代々のナナツガネが深い付き合いをしてきた国だ。きみたちがいま、危機に陥ってると聞いて黙っていられなかった」
ハルたちは居場所を求めて仲間に加わった。だが、本当は祖国であるソラールを救いたいという想いもあったのだろう。
『……なるほど。よく似ていらっしゃる』
交信玉で会話を始めてからというもの、リューキはずっと厳しい顔つきだった。だが、いま初めて柔らかな笑みを浮かべた。
「わかりました。我々とてこのまま帝国に呑み込まれるつもりはありません。一縷の望みがあるのならば……わたしからあなた方との連携を進言いたしましょう」
どうやらハルのおかげで信頼は得られたようだ。
集まった全員が歓喜と安堵の入り混じった顔を見合わせた。
その後、翌日の話し合いも約束し、リューキとの交信を終えた。
連合国との連携に見通しがついたことで場は一気に明るくなっていた。ただ、ハルだけは俯いていた。彼女はばつが悪そうに近くまで来ると、「……ごめん」と呟いた。名前を偽っていたことに対するものだということはすぐにわかった。
「言えない理由があったんだろう?」
「うん。でも騙していたことには変わらないよ」
ゲンゴロウたちが庇うように声をあげようとしていたが、ハルによってすぐさま制されていた。
害を被ったわけでもない。
ただ、そんなことを言ったところで彼女が顔を上げることはないだろう。
ゼノは自身の背から戦斧を抜き取った。
その柄には『サクラ・ナナツガネ』の名が刻まれている。
「こいつは俺の仲間を何度も守ってくれた。こんな最高の武器を造ってくれた奴にずっと言いたいことがあったんだ」
無謀とも言える帝国への反抗に光をもたらしてくれたといっても過言ではない。この戦斧があったからこそ、いまがある。仲間たちもその功績を充分に理解しているようだ。全員が温かな笑みを浮かべながら頷いていた。
「ありがとう。俺がこうして生きていられるのはお前のおかげだ」
「……いま、そういうこと言うの、ずるいよ」
彼女――サクラが信用に足る人物かどうか。
それは仲間になるずっと前から証明されていたのだ。
こみあげてきた涙を手で拭うサクラ。そんな彼女をほかの者たちが温かい笑みを浮かべながら見守る中、ゼノはいま一度の歓迎の言葉を口にした。
「改めてよろしく頼む、サクラ」
「うん、うん……っ」




