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49話・メイドは主の元へと

妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉の中層域に広がる森の中で、そこだけ不自然に盛り上がる小高い丘。

その中を抉り作り出した空間に出来た、しかしそうとは微塵も感じさせないほど優しい灯りに満ち満ちてとても清潔で過ごしやすい居住空間に転がるはメイド。

セルヴァは自室の中でもさらにプライベートな寝室に、オーク材でシンプルに組まれながらも艶があり一流の職人が仕上げたかのようなベッドに少し固めのマットレス、真っ白なシーツの上で自らの主をデフォルメさせたぬいぐるみを胸に抱き、サラサラとして手触りの良い質の高い紙とガチョウの羽ペンでなにかを黙々と、少し考えるように手を休めぬいぐるみに顔を埋めながら書いている。

ベッドの傍らには他に文字がびっしりと敷かれている紙が積まれ、散乱され、中には文字以外に絵のようなものも描かれているものもある。


部屋にはベッドの他に壁に棚をつけられ、くり抜かれて作られた本棚とクローゼットや丸太を半分に割って作った足の短いテーブルが2卓とアンティークな椅子が1脚あるが、それらは本と紙に埋もれていて、この部屋の住人でなければぱっと見それがなにかわからないような有様になっている。

特にテーブルは、灯りを放つはずだった蜜蝋を立てる燭台と水晶でできた繊細な飾りが美しいピッチャーとコップが置かれているはずだが、同じく白の山に飲まれて発掘には大々的に時間を割かなければいけない。

その時間も、エミルらが離れたことで出来ただろうに実行に移さないということは、もうそれら美術品と見まごうばかりの品々が日の目を見ることはなくなってしまったと見ていいだろう。

そして、そんな時間を使ってなにを書き連ねているのかといえば――


「くひっ……。

魔法使いは少年の菊の花弁を優しく撫で上げると、嬉しそうに上がる嬌声に目を細めてシワの一枚一枚を数えるように丁寧に、蛤の貝殻に収めていた塗り薬をたっぷりと掬い塗り広げていく。

そして、健気に立ち上がる朝顔の蕾の先から見える、艶やかな桃色から垂れる蜜に群がる蟻の列をなぞり上げ、焦らすように触れるか触れないかという力加減で、その輪郭を指で作った輪で囲み上下に擦る。

少年の嬌声が大きくなると、魔法使いは静かに口角を上げて、焦れて懇願するように急かす声に微笑みながら答えると――」


いかがわしいのか純粋に花を愛でる物語を綴っているのかは読み手の心情と前後に続く文脈によるところだが、興奮したように赤らめる顔を見てしまうとどうしても勘ぐってしまう。

だが、そんなセルヴァの休息時の趣味を見咎める者なぞいないので、思う存分と綴る内容を口に出し、自らが書き連ねていく文章に勝手に興奮して鼻息を荒くしている。

その表情は手元に置かれている、永久光鋼石のランプと頭上を照らす小さなシャンデリアが掲げる蜜蝋の揺らめく光にて鬼気迫ったものとなっているのは、手がけている文章にのめり込みすぎている故にだろう。

そんなセルヴァが、ふと顔を上げ妄想から現実へ意識を浮上させると、


「そうでした、挿絵の枚数はどうしましょう。

多すぎたら負担が大きくなってしまいますし、少なすぎても昂りませんし……。

ドミケの締め切りとすり合わせないといけませんからね。

――ん?すり合わせるとは……なんだか卑猥ですね、自家発電が捗ります。ぐへへへ」


誰もが見とれるであろう整った顔立ちからは似合わない。

いや、もはや馴染んでしまった笑い――酒場の呑んだくれが酔った勢いで若い女にちょっかいをかけるような下卑たものを零し、虚空にドミケと呼ばれる〈妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉内で密やかに開催される様々な創作物を披露し合う祭りに想いを馳せているのか、笑いそのままに下卑たことでも考えているのだろう。

千年の恋も冷める、賢者もドン引きする有様だが、次の瞬間に響く声に吹き出し居住まいを正す。


《――あ、セルヴァ。今、話できるかな?》


聞こえたのはこの場にいるはずのなく、そして事前に決められた時間に外れたエミルからの声だった。

エミルは常に人間の目に囲まれているために無駄な連絡は取らないはず。

つまり、この〈念話(コネクト・センス)〉を送られたという一点のみですでにセルヴァがあずかり知らぬ場所で緊急事態が起こっているということだ。

なので、声から感じる緊迫感がないなと疑問に感じる間も余裕もなく即座に返す。


《いかがしましたかエミル様ッ!?賊の襲撃でも?即座に殲滅しますので『ゲート』にて向かいます》

《違う、違うよ!実は色々あって……セルヴァにこっち来てもらうことになるかもしれないから、聞いてもらえるかな?》

《色々、ですか……。

わかりました、お聞かせください》


それでも、エミルの言葉に一旦落ち着き、危険な状況に落ちっていないことを聞くと、胸をなでおろし一息ついてすぐに落ち着く。

しかし、〈念話(コネクト・センス)〉を使用してきたということは変わらず、身の危険以外の理由があるので、ベッドに落ちる自分の影に魔力を通しポッカリと口を開ける闇へと変質させ、そそくさと手に持つ羽ペンと紙をその中に沈め込むように仕舞い立ち上がると、話を聞きながらもすぐに出られるように支度を進める。

まずは換金出来そうなものを、エミルへの負担を最低限に抑えるように幾つかの宝石の入った小袋を、テーブルに山となっている紙たちを脇にどかし床に下ろしたりとして探し出すと、セルヴァの後に続く影の中に放り投げる。

仕事道具は予めいつでもどこでも使用できるように影の中に常備させてはいるが、折角なので美味しい料理を作れるようにと部屋を出て、備え付けられているキッチンへと早足で向かい、食材を吟味しながら影の中に沈み込める。

牛、馬、羊、鳥、竜の各種各部位の肉を、兎の腸詰めやオリーブの塩漬けなどの加工食品を、ニンジンやトマトなどの野菜にリンゴやザクロなどの果物を。

次は着替えを、同じメイド服を数着とシンプルなワンピースは同じく予め入っているので、エミルの話ではプリメロが服を台無しにしてしまった為にその分を用意して影に詰めていく。


そうした準備をしている間にエミルの話は終わり、思案する。

簡単にまとめると、エミルとプリメロ、そして人間の一行はダンジョンで魔族に会い打倒したが、その処理をどうしようかということだ。

ダンジョンまでの行程とその内容についての情報は、昨日の晩に定時連絡として受け取っているので理解していたつもりだったが、なぜ魔族が存在しているのかということについては、それが話す内容を除けばセルヴァも全く予想もつかない。

言葉の真偽を確かめるマジックアイテムをすぐさま部屋を漁り、少しだけ、ほんの少しだけ手こずり見つけたので問題はないと思うが、これを持たせて誰を向かわせるかということで悩む。

エミルからの依頼は、セイブルスと名乗る人狼の魔族が情報を流すような行動や魔素溜りを取り込むような行動、そしてツリービング・ドラゴンを追い出してしまうといったダンジョンを荒らして周囲に影響を与えるような行動を抑止してほしいとのことだが、その強さが公爵級(デューククラス)のプリメロが手こずるほど、おそらく侯爵級(マーキスクラス)となれば悩む。

戦闘用メイドの中でも優秀な位に値するプリメロが、生け捕りという困難な条件を付けられたとはいえ苦戦する相手であるならば、他の戦闘用メイドを代わりに向かわせても2体以上でなければ安心できない。

しかしとて、それを実行するのは力を使いすぎるし、魔力の供給元が安定しなければ使い物にすらならない。

セルヴァが動くのならば人狼の管理という面では問題ないが、〈妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉の管理が疎かになってしまう。

全てを自分で処理しようとせずに、どちらかを適任者に任せようと思考を巡らせているのだ。

だが、その時間も――


《あまり、お待たせさせてしまうのもいけないのですよね》

《うん……ごめんね。

フィーユたちにかけてる魔法が解けるまでに全部終わらせたいんだけど》


そう、あまり割くわけにはいかないので、本来ならばじっくりと考えるところだが、適任者として脳内で検索した際にすぐに思いついた者に、さらに数瞬程だけ考えて決定する。

ミスを考えてしまうと尻込みしてしまうやり方だが、多少のミスならば挽回できると言い聞かせる。

ここで無駄に時間を消費していたら、それこそ大きなミスへと繋がってしまうのだから。


《エミル様、どうぞ気に病まないでください。

対応としては仕方が無かったですし、問題ありません。

……私がそちらへ向かいます、がエミル様からいただいた〈妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉の管理、その代理の任は私の独断で他の者に任せてしまいますがよろしいですか?》

《うん、頼んでおいてこう言うのはいいことじゃないけど……お願い。

ブリズウルとかも考えたけど、魔力を抑えることになれてる準支配者級(セミボスクラス)以上の実力者で監視も出来てって人がセルヴァくらいしか思いつかなくて》


ブリズウルというのは下層をまとめている者の1人で、インセクス・レオロードでしたねと心の中で名と姿を一致させて、たしかに条件なく任せるのならばそちらのほうがいいですねと頷く。

しかし、エミルの言うようにダンジョンへ影響を与える可能性を鑑みれば、また違ってくる。

セルヴァの他にも、準支配者級(セミボスクラス)以上の実力者というならファハンと呼ばれる巨人であるヒューアットもそうなのだが、いかんせん彼は直情的で下手すれば口の悪いセイブルスを殺してしまうかもしれないく、監視もそれほど得意というわけでもないのだ。

エミルとしても、頼んだ仕事を放って他のことをしろと頼むのは心苦しいだろうに、消去法を使って残った候補がセルヴァだけなのだからこうして頼んできたのが分かると、フッと頬を緩ませ安心させるように言う。


《そうですね……確かにです。

では、3分後に向かいますので》

《ごめんね、ありがとう》

《いえ、失礼します》


頼まれた初めは、正直ムッとしてしまったが、セイブルスとの遭遇が避けられないものだったにもかかわらずに、最善かは疑問の余地が残るものの見事乗り切ったエミルが、さらに選択の幅がない後始末を頼む先について、セルヴァが文句を言うなど酷というものだろう。

準備は終わったものの、仕事の引継ぎに時間がほしかったので、そしてなるべく早く呼ばれた先へと馳せ参じるために、言葉を飾る時間も惜しいとばかりにエミルの謝罪と感謝を耳に残しながら〈念話(コネクト・センス)〉を切る。


「さて……では」


ひと呼吸、まずは自分が落ち着く時間を置き連絡をする先の魔力を探り早々に見つけると、


《ロゼットさん、いいですか?》

《はい、なにかごようですか?》


迷うことなくその主である蔦と葉の魔族であるデモニック・ディオネアのロゼットへと〈念話(コネクト・センス)〉を繋ぐ。

繋がれた先も、突然の連絡に慣れているのですぐに返事が返ってくる。

打てば鳴るこの会話のテンポの良さも、彼女?の面倒見の良さからくるものだろう、話が早くて助かる。


《実は、貴女にお願いしたいことがありまして》

《なんなりともうしてください。

エミルさまがいなくてひまですし、なんでもしますし》


本当に、話が早くて助かる。

ここの者は全てエミルが中心として働いていたり動いているので、いなくなってしまってすることが減ってしまったのは事実だろうが、そうホイホイ言質を取られてしまうようで大丈夫なのでしょうか?と無用心具合に心配になってくる。

だが、この場合は自分に都合がいいので、あえて注意はしないでおこうと心の中で勝手に大人の汚さに苦悩し、見切りをつけて話を続ける。


《ん?今、なんでもと言ってくれましたね?》

《いいましたが、なんだかふくみがあってこうていしずらいですし……》

《良かったです、私はこれからエミル様のもとに向かいますので、いない間に〈妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉の……そうですね、中層の管理をお願いします》


少し、口の端に不穏さを乗せすぎたか、言葉を濁して断ろうとする雰囲気を感じたので、強引に話を進める。

まるで些細なことのように、誰かへ届け物をして欲しいというような気軽さでさり気なく頼む。

こんな頼み方は重要な仕事を頼む際にはあまり好ましくないのだが、なにより時間がないので引っかかってくれることを期待する。


《は……?え、いえいえいえ、セルヴァさま、じょうだんになってないですし》


――無理だった。


《大丈夫です、貴女は他の方の意見を聞くことが多いではないですか。

今回はそれの範囲が少し広がっただけで、対応に少し忙しさが付くだけです》


だが、それも仕方がないので、ひと押し説得を重ねる。

モルレウスからの話では、ロゼットは中層の面倒事の落ちどころとして色々な者から話を受けているそうで、妙な信頼も厚くこの役には最適だと思ったから、ぜひとも受けてもらいたい。

中層だけとはいえ、管理を任されるのは荷が重いと語尾が震えているが、他の皆もそれが分かっている中あえて負担をかけるようなことはしないだろうし、大丈夫だと考えているからだ。


《じょうだんじゃないんですね……。

わたしがほかのかたにきかされるのは、おそらくたよられているとかではないとおもうのですが……セルヴァさまがわざわざたよってくれたのは、こうえいなのでつつしんでおうけさせてもらいます》


ロゼットも、セルヴァの言葉に真剣さを感じてくれたのか、わざわざ頼む先が自分だったのを察して受けてくれる。

こうした物分りの良さと物腰の柔らかさがロゼットに様々な厄介を押し付けられる所以なのでしょうね……と、少しかわいそうになりながら、実際にそのおかげで助かっているわけなので素直にお礼を言うと、


《ありがとうございますね。

帰ってきたら、真っ先に貴女にお土産を持っていきますよ》

《それはうれしいですし、がんばらせていただきます》


すごくいい笑顔を〈念話(コネクト・センス)〉の向こう側でしているような弾んだ声が返ってくる。

大体、お土産に反応したのだろうが、ロゼットもドミケの参加者であり、これくらいの埋め合わせは考えておかなければいけないだろうと考えていたのだ。

植物の種や珍しい食べ物、にやけてくるネタなどを持ち帰ろうと密かに決定すると、改めて感謝と別れを告げて〈念話(コネクト・センス)〉の繋がりを切る。


これで中層の管理は頼むことができた。

後は上層と下層の管理の頼む先だが、


「下層は……モルレウスさんが他の方に頼んだので大丈夫として、上層ですね。

といっても、あそこは住んでいる方は〈支えるものの木(サスティン・ツリー)〉で通じているケット・シーさんたちくらいですから――」


影の使い魔ファミリア・シャドウスピリッツ


どちらも管理を改めて頼む必要なほどではないので、魔法によって影より召喚獣を生み出す。

下層はたしか主な住人であるグール・ド・シャドウ、インセクス・レオロード、デモニック・ディオネアの3種族の中から1人ずつが集まり行っている。

上層も住んでいるのは防衛を任されている精霊や、気象を微調整するための精霊くらいしかいないので、何かが必要になることは早々ないだろう。

ケット・シーたちも、食事以外に対してはそれほど拘わりがないのでそれほど手間はかからない。


なので、戦闘用メイドのプリメロとは違い、清掃用メイドのクリーという名のメイドを、


「用向きはわかっていますね?」

「はい、セルヴァ様のお仕事の引継ぎ、上層の問題発生時の対応とロゼット様のフォローです」


このように立てることにした。

クリーは、セルヴァと同じようなシンプルなメイド服を着ているが、動きやすいように左右の腰からスカートにスリットが入れられ、前は膝下丈で後ろ脛丈、前に垂らしているエプロンがかなり上質な光沢をもっているという些細な違いもある。

他には、スリットの合間から除く生足に括りつけてあり、擦り切れ使い込まれているとひと目でわかる革の脚バッグが異彩を放っており、首には顔半分を覆うためのナプキンが巻かれていて、光の当たり具合によって緑色の光沢が浮かぶ黒髪はショート、なんだかメイドというより庭士といったほうがシックリくるような格好をしている。


「よろしい。

対処できない事態が起きたら私まで連絡をしてください」

「わかりました」


クリーはセルヴァの影の中で意識を共有させていたので、自分のすべきことを理解していたが、一応確認のために聞いてみると、淀みなくすべきことが答えられたので、頷き頼む。

戦闘能力はプリメロには劣るものの、ポテンシャルの殆どを清掃能力に回しているクリーは、創り出した召喚獣の中でも一番の傑作だと自慢できる一体なので、信頼も相応に高い。

すべきこと、しなければいけないことは多いが、問題なくこなせるだろうと確信しているので、余計な文言は口にせず背を向けると、影の中にしまいこんでいたモノを取り出す。


それは水晶。

ただの水晶ではなく、エミルの魔法を秘めているので〈拓留石(エピック・ストーン)〉という名のマジックアイテムと化している代物だ。

使い捨てであり扱いの難しい〈巻物(スクロール)〉とは違い、こちらは封じ込められている魔法を触媒としている宝石が耐える限り何度でも使えるという利点がある。

中には〈不思議の国へと続く洞ラビットホール・オブ・アリスワールド〉が込められ、静かだが強力な魔力を感じる。

ズィズィとジェジェが日の終りに交代するためにと創られた物であるが、緊急時の使用も視野に入れられていたので、セルヴァにも2つ持たされていたのだ。

これを制作するには魔法を通常発動させるよりも幾分か多めに魔力を消費して、魔法に耐えうるよう相性のいい素材でも純度と大きさがそれなりのものを用意するという、中々に骨が折れる作業を必要とするのだが、素材を選ばなくて済む分〈巻物(スクロール)〉を作成するよりは街にいる間にこなしやすかったのだろう。

だがどちらにせよ、手間のかかる作業であるのには変わらず、それをわざわざ必要数より余裕を持って作成してしまったのだから頭が上がらない。


使用には微量の魔力を流してやり、目的地か〈念話(コネクト・センス)〉のように近くに転移したい対象者の魔力を探ればいいという優れモノであるから、内心これを売ってしまったほうが金貨を手っ取り早く稼げるのでは?とも思わなくはない。

ただ、それを実行に移さないのは現場にいないセルヴァには測れぬことであり、進言せずにいて実行にも移されなかったからこそエミルのいる場へと赴くことができると嬉しく思う。

なんだかんだで、エミルはそうは思っていないのだろうが仲間はずれは寂しい。

故に勝手に出て行ったフールドラには青筋を立てたものだ。

今頃なにをしているのやら……。


何はともあれ、今は現状に集中すべきだろう。

手に持つ拳大の水晶に魔力を少しだけ流し、数分前まで会話をしていたエミルの魔力を辿り魔法を発動させる。

部屋に顕現するは積み上がる本を取り込む大木と、そこにポッカリと口を広げるウロの闇。

まるで初めからそこに存在していたと主張してくるような自然さで、見えづらいものに焦点があったように現れたそれを確認すると、再び振り向きクリーへと向き直り、


「では、行ってきます」

「お気をつけて」


しばしの別れを告げる。

異空間を渡るというのは、距離的な意味での遠いとはまた違う隔絶さがあるが、ここは家でもあるのだ。

今生の別れのように言い募る必要もないので、淑やかに頭を下げて送ってくれるクリーへと背を向け、穴へと脚をかける。

と、言い忘れたことが思い浮かび、急いで告げるが、


「あ、そうでした。

ドミケには私の代わりに回ってください。

作品はあちらで執筆させて必ず完成させますので、どうか特にモルレウス様×エミル様本の確保を――」


その全てが口から上がる前に、ウロの底へと落ちていってしまう。

後に残るのはセルヴァの言葉に顔を上げたままのクリーと、部屋に漂う微妙な雰囲気と魔力の残滓だけ。


「……わかりました」


虚空に響くセルヴァの欲望の声の残響にクリーは恭しく一礼すると、姿勢を正しまず部屋の有様を冷たい眼差しで一瞥する。


「まずは、ここからですね」


ドミケ参加の際に作品を出すのはセルヴァだけではない。

それに、仮にも〈妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉を取り仕切る1人の私室なのだから、だらしない有様では他の者に示しがつかない。

まあ、何度も進言してはいるが改善されないことと、他のことは完璧にこなすことから既に諦めてはいるが、クリーが手を加えられる機会があるのならば放置するいわれはありはしない。

足元の影から箒を取り出し、まず手近な山へと取り掛かる――

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