48話・十字架片手にお話を
『あぁ?全力出すって言ってホイホイ強くなれたら誰も苦労しねぇよ』
「貴方が言わないでください」
プリメロの言葉に眉をひそめるセイブルスは、自分の事を棚に上げそう言うと『ていうか、武器庫ってなんだよ』とボヤいて拳を鳴らして睨みつける。
しかし、当の本人は涼しい顔で、手に持つ〈大鴉の尾羽〉をクルクルと手の中で弄び逆手に握り直すと、両手を前に出して交差させるような構えになり人狼からの攻撃を受ける体勢を取る。
『……精々足掻け、同じ結果になるだけだがな!』
その、まるで今度はうまく返り討ちにしてくれようという態度に人狼は呆気にとられると、一気に凶悪な笑みを浮かべて飛び出す。
一直線に向かうのではなくプリメロの右側に一歩、そして体の軸をずらした位置から左手を突き出し、右の剣で攻撃を受け止めようとも腕ごと粉砕しつくしてみせようと、一つ一つが黒刀と同じ程の大きさの鈎爪を叩き込む――
『……あ゛?』
が、轟音を置き去りにして殴りかかった腕が、プリメロへと到達する前に切り落とされた。
エミルも、当のセイブルスですら咄嗟の思考が痺れたが、その断面をつくった金属の輝きは見間違えようがないものだった。
プリメロの右の手のひらから、よく見れば穴が空いている部分から伸びる、長い槍の先端に斬ることに重点を置いた大きな片刃を取り付けた武器――グレイヴがそびえ立ち、セイブルスの攻撃の勢いも利用してカウンターとして決まったのだろう。
実際、腕を交差させた構えからそれほど動いていなく、手首を少し傾けて刃の角度を調整しただけで、突如現れたグレイヴの切れ味と、人狼が振るう暴力に押し負けない腕力を行使しただけで技の入る余地はない。
だが、そもそも今もプリメロの手から生えている武器はどうなっているのかさっぱりわからない。
(セルヴァにそこらへんのこともちゃんと聞いてたほうが良かったかなあ……)
今更ながら、プリメロの実力の内容について聞いていなかった自分に後悔するが、そんな思惑で戦いが待ってくれる訳もなく戦況は流れていく。
プリメロは、セイブルスの腕を両断したグレイヴをそのまま横に薙ぎ、致命傷とまではいかないまでも動きにかなり影響が出るのを期待して前へと出るが、片腕を失った人狼の動きは素早く、腹に赤い真一文字の赤をザックリと刻みながらバックステップをし避けると、離れ際に切り落とされた左腕を右手でキャッチしたのか器用に掴んでいる。
そして――
コォオオオオ
くっつける。
断面を合わせ、体の周りに漂い吐き出す白く重い呼気を接着剤にして。
瞬く間にプリメロから受けた傷を無きものにすると、体に巻きつけていた鎖に繋がる宝石の一つである月長石の輝きをより煌めかせ、その内に封じ込めていた魔法を解放させる。
それは雨。
拳よりも少し小さいほどの無数の魔力の塊がセイブルスの周囲に現れ、プリメロへと降り注いでいく。
もちろんその発生源である人狼もただ突っ立ているわけでなく、共に彼女へと走り寄り、両手の武器を警戒しながら両手を動かす。
速度重視ではなく、様々な状況に対応できるよう小さく鈎爪の攻撃を繰り出してくるセイブルスに、プリメロは冷静に打ち払う。
魔力の塊はグレイヴで――すでに手のひらからまっすぐ伸びるではなく握っているそれを使い、爪の攻撃はそれと合わせて黒刀で。
だが、その全てに対処するには腕が足らない。
脅威度の高い、鈎爪を繰り出される両手は最優先で捌くが、放たれた先からどんどん生み出されては撃ち出される魔力の塊はグレイヴの柄で片手間に打ち消すか体を捻り避けるか、それでも避けきれないものは比較的ダメージになりづらい箇所に当たるよう留めている。
形勢的には不利だろう、押され押されと猛攻の嵐に晒されているが、その表情は苦痛に歪むことはなく、むしろ実験動物の行動をつぶさに観察している科学者のように冷淡に澄んでいる。
そして、魔法の塊がおよそ3桁にも上る数を撃ち終えるとセイブルスが飾る月長石が独りでに砕かれ、それを合図に反撃を開始する。
右のグレイヴを脇腹へと狙い突き出し、掴まれ防御される際に軽く斬りつけて手を離し、新たな武器を手のひらから取り出す。
「エミル様、対象の実力が想定外だったので、多少乱暴になってしまいます!」
(今までは乱暴じゃなかったんだ……)
それはパラッシュと呼ばれる剣、身幅が広く切っ先の鋭い直剣は刺突に優れていて、武器を奪ったことで僅かに右手の〈大鴉の尾羽〉へと移った集中力を掻い潜り、右肩をまるで何の障害も無いかのように筋肉を切り裂き骨を砕き貫く。
間髪入れずにグレイヴの柄を押し、剣を抜こうと動いた右の手のひらを逆手に持っていた黒刀で切り裂き、同時に繰り出された蹴りを脇腹で受け止める。
受け止めるといってもモロに攻撃を入れられているので、衝撃で体がくの字に曲がる。
内臓どころか、背骨がポッキリと折れてしまったのではと目を見張る光景だったが、プリメロの表情は変わらない。
二の腕までを傷つけた黒刀は、蹴られた際に腕から外れるが充分な働きをしたのだろう証に、共に真っ赤な血を大量に引き連れている。
そして、血のシャワーをその黒い体の全体に浴びたかと思うと、手品のように手の中の短剣が戦闘用のツルハシであるウォー・ピックへと切り替わり、武器の重さそのままに振り下ろしてくちばし部分を深々とめり込ませ、太腿の筋肉を抉る。
『グ、ア゛アアアアアアアアアアア!』
突然の反撃からの激痛の嵐に吼えるセイブルスは、体中から巨大な風の刃を放ち嵐のドームを作ってプリメロを弾き飛ばすと、右手にクレイヴ左手にパラッシュを持ち躍りかかる。
無手になってしまったプリメロは、避けることも構えることもせずに腹に両の拳を叩き込む。
なにをしているのかと思うが、柔らかな素肌にめり込む手が即座に引き抜かれて武器を――左手に鍔が異様に長く、柄を覆うよう盾のように大きな護拳を備える短剣、マン・ゴーシュを左手に、刃がなく菱形で長大な刀身が特徴の刺突剣であるエストックを右手に収めているのを目にする。
(プリメロ、いくつ武器を持ってるんだろう……?)
いささか的外れなツッコミかもしれないが、目まぐるしく移り行く状況に思考が追いつかない。
こうして疑問を浮かべている間にも、体重を乗せたグレイヴの一撃をマン・ゴーシュで受け止め、返しにエストックで突きをするがパラッシュの腹で叩かれ軌道を逸らされると、金属同士を引っ掻く音を鳴らしながら突きをさらに返され、と2人とも器用に両手に持つ武器を駆使して戦っている。
プリメロはセイブルスの突きを、エストックを引き戻して蛇のようにパラッシュへと絡みつかせて脇へとどかすと、どかして少し浮いた腹に一歩引いてひと呼吸する内に3回の突きを当てる。
1度目は柄に近い場所に、2度3度目は剣先へと集中させて。
そうして握る剣が押される勢いで崩れた体勢のセイブルスへと追撃をかけようとするが、左腕が後ろにもっていかれる勢いを利用してグレイヴを叩きつけてくる。
驚異的な治癒能力ですでに治りつつあるとはいえ、骨まで砕くように破壊された右腕、しかも片手だけではうまく扱えるはずもなく、マン・ゴーシュでその重量に半分弾かれながら辛うじて受け流すことに成功すると、セイブルスの右側に回るように避けて右脚へ刺突剣で突き刺す。
苦痛がより一層高まるように脚を斜めに貫通したエストックは、そのまま地面へと届き人狼の動きを縫い付ける。
そして、
「これで終いです。
貴方には幾ら傷をつけても無駄なようなので、〈麻痺〉の効果を宿す剣でもって動きを止めさせていただきました」
そう宣言し脱力すると、マン・ゴーシュを腹の中に戻し脚を剣で貫かれたのとは別に動けなくなっているセイブルスから、エストックを除き次々と武器を回収していく。
しっかりと握る拳を指から丁寧に解いていきグレイヴとパラッシュをそれぞれ手のひらの中に収め、脚に突き刺さっているウォー・ピックの柄をグリグリっと揺らし抜いて仕舞う。
その際に筋肉を中から引きちぎられる感覚に絶叫するのを、聞かなかったことにして無視して作業する様に少し戦慄するが、ならばどう反応すれば納得するかと問われても答えようがないので、黙って眺めていることにする。
(といっても、あの実力の相手に生け捕りは無茶ブリだったかな?まさかあんな隠し玉持ってるとは思わなかったや)
『ぐ……魔剣か!?コスいもの使いやがって』
「はい、この子は大食らいでして、あまり使いたくはなかったのですが他に方法が見当たらなかったので、手っ取り早く実行させていただきました」
〈麻痺〉の効果は発揮されているようだが、セイブルスの首から上そして内臓系は特に問題なさそうだ。
首をブンブン振りながら叫べども、体幹はしっかりしているのか倒れることなくシュールな画を見せてくれる人狼に微笑ましいものを感じつつ、戦闘が終わり比較的静かになったその近くに寄っていく。
その際、フィーユたちになにかあっては困るので周囲の気配を探ってみるが、2人の戦いの音に威圧されてなんの息遣いも感じられなかった。
『くっ、殺せ!』
「お断りします。
……エミル様、終わりました」
なんだか騎士の物語の本で読んだことがあるようなやりとりだなあと、取り留めもなくなんとなく思いながら、動けないセイブルスはひとまず置いておいてプリメロへと向く。
魔力を消費することでその内に秘められた魔法の力を行使できる魔剣の中で、大食らいであまり使いたくなかったというものを使ったのだ、かなり消費したのだろうし見た目も無残な有様になっている。
これで心配しないほうがおかしいというものだ。
「お疲れ様!傷は大丈夫?キツかったら気休め程度だけど治せるし、治癒ポーションもあるけど」
『お気遣いありがとうございます。
ですが、見た目には派手ですが実際は皮一枚ほどの傷なので問題ないです』
だが、プリメロは自分に対してなにかを消費させるのが恐縮というように頭を下げて言う。
たしかに近くで見るとそれほど深い傷は負っていないようだが、なにしろ出血の量が量である。
体力と魔力を大量に減らして本当に問題ないわけがないので、黙って治癒のポーションを押し付けると、有無を言わせぬように荷物から取り出した手拭いと雨具用の簡単なローブを渡す。
女の人が素肌をそう長いあいだ晒すのは良くない。
「それじゃあ、僕はお話聞くからフィーユさんたちのこと見ててね」
「……わかりました」
他にも何か言いたげだったが、黙殺しておく。
ひと仕事を終えた仕打ちとしては酷いものだとは自覚しているけど、無理をしなくていい時にする必要もないし、休める時には休んでいてほしい。
一礼して去っていくプリメロの後ろ姿を見送ると、クルリとセイブルスへと対面しニヤァと笑う。
少し(プリメロが)手間取らせてもらったがここからはこちらのターンであり、相手の行動する余地のない一方的な尋問が待っているだけである。
フィーユたちが起きてくるまでどう料理してくれようかと嗜虐的なものがムクムクと顔を出してきても仕方がないだろう。
『てめぇ……何する気だ?話つっても大したこたァ知らねえぞ』
「ん~、ただなんでこんな場所に魔族のセイブルスさんがいるのか聞きたいんだよね」
『そんな事を聞くためにここまでしたのか?』
その笑みに含んでいるものを察したのだろう、文字通り手も足も出ない状態になっているので焦りながら威圧してくるが、さすがにこの状況で恐いとは思えないので気楽に答えてあげる。
こちらも脅すように聞くと気持ちが衝突してしまうだろうし、このほうが話しやすくなるだろう。
なにより少し頭を冷やして欲しいというのもあるが、その結果が呆れたような物言いだと納得いかないものがある。
「セイブルスさん、話聞く前に戦う気満々でそれどころじゃなかったよ……」
『いや……あれだ、縄張りに入ってきたから的なあれだ』
魔族が自分の領域に入った者を警告なしに攻撃するという事態に対して冷たい目を向けるが、それなりの理由があるのかと聞いてみれば、人間なんぞそこらの獣と同じようなものだから特に理由なんていらないだろと真顔で答えられてしまった。
ここら辺は価値観の違いなので、どうこうと強くは言えないが、その前に酷くどもっていたのがあからさまに怪しい。
どう控えめに見ても、取ってつけたような言い訳で、それが上手くハマったのが嬉しかったのかドヤ顔で見返してきてイラッとくる。
首から上しか動かないくせに。
「それで、もう一度聞くけど、なんでこんな場所にいるの?大山脈を越えるなんて面倒くさい真似、些細な理由じゃしないでしょ」
そう、わざわざ空気中の魔素量が乏しく獲物から取れる魔力もそれほど多くないオウス・テレノへ出張ってきた理由が知りたい。
そして、ここでなにをしているかも。
『あ~、散歩的なあれだ、俺様クラスになると行動範囲もパないからな』
「…………」
セイブルスの脚から生えているエストックをクリクリっとしてみる。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あああ、や、やめろやめろやめろバカ野郎ッ!筋肉に力も入れられないからあああああああ!?』
見た目が子供だからって舐められてるのだろう、この状況でも軽口を言わせる自分の容姿にため息をつきたくなるが、まだまだ元気がある相手の体力を削るために、静止の懇願だか罵りだか絶叫だかを聞き流しながらウリウリする。
広がった傷口は出来るそばからセイブルスの口から垂れる白い息によって塞がれていくが、関係なしにウリウリする。
痛みによって筋肉が硬直して刃が動かしづらいということもなく、なんともやり易い。
さすがプリメロが大食らいというだけのことあっての効果だろう、ただの毒だとこう都合良く動きだけを阻害してくれないし、魔法を使ってこないことを見るに魔力も封じているのかもしれない。
やめろと言われて簡単にやめたら尋問改め拷問の意味がないので、セイブルスの絶叫が掠れ切れるまで傷口を開けては修復させるという工程を何度も繰り返し神経を刻んでいってあげると、変身した際の魔力を使い果たしたのか元の姿――角も生えていなければ白目も紅くなっておらず、鈎爪も毛皮も魔法的に強化されていない、2mばかりの“ただの”人狼に戻る。
体の大きさに合わせてチャラリと鳴る鎖はその大きさを合わせていくが、脚に刺さっているエストックにもその甲斐性を求めるのは酷というもので、より一層骨と筋肉に寄り添っていく刀身に呻いている様は、なんだか気の毒に思えてくる。
……やめないが。
「んと、ちゃんと話して欲しいなぁ?」
『ぜっ……ハァハァ、クソガキが、調子に乗りやがってッ』
そうして一回りほど体は小さくはなるものの、小柄なエミルでは普通に立っているだけでは顔を見れないので、少し離れて上目遣いになりながら再度訊ねてみる。
セイブルスは魔族としてもタフネスなほうだろう、脚にエミルの拳ほどの穴があいているというのにここまで憎まれ口を叩けるのはさすが戦いに身を置いていた戦士というべきだろう。
ただ、そこまでして口をつぐむ内容にも興味があるので、容赦しない。
「……ん~?」
『わかった!わかったからもう触るな!』
気分は櫂漕ぎのそれだ。
剣の柄を握り、質問の答えにたどり着くまで櫂を動かし続けようと笑顔のまま力を入れると、ようやく観念したのか、お手上げというように掠れた声を上げる。
まあ、実際には手を上げることすら出来ないのだが……。
何はともあれ、苦痛を訴えるものと罵る言葉以外が出てくるのならば良し、ワクワクしながら続きを促してあげる。
『ここへ来たのは、あっちにはなくてここにしかない……いや、まあ探せばあるだろうが、ソレのために来た』
「ソレって?」
アッチにはなくて、コッチにはない。
ナゾナゾみたいだなあとぼんやり思いつつ、答えになっていないのでセイブルスの瞳を覗き込みながらエストックの表面を撫でるようにナゾってあげてみたりする。
『ッチ、ダンジョンだよ、ダンジョン。
ここは外よか魔素が多いからな』
「ん~、確かに多いけどディセンダント・オーブラにもこれくらいの場所は幾らでもあるでしょ?」
そう、いくらダンジョン内の魔素の量が外よりも多いとは言っても、それはあくまでオウス・テレノとしては、の一文が前に付く程度でありわざわざ寒く巌しい大山脈を超えてくるほどではない。
空気中の魔素量が多ければ多いほどそこに住み取り込む生き物の魔素量が、ひいては保有する魔力量が多くなり、さらにその生き物たちを取り込めば僅かにその力を自分のものとしてできるのだが、労力と結果が釣り合っていないのでイマイチ納得できない。
その、魔素が沢山ある土地を全て他の魔族に押さえられ、かつ手も足も出ないほど弱いというなら話は別なのだが……プリメロと戦った姿はとてもそうは見えなかった。
『……魔素溜りは、そうそう見つからないだろうがよ』
「魔素溜り?」
確かにディセンダント・オーブラで魔素溜りが起きるような事態になれば、土地が吹き飛ぶような大災害が起きてしまい、魔素はある程度残るだろうが即座に霧散してしまうだろう。
だけど、魔素溜りをどうするのか見当もつかない。
剣をトントンしてあげながら話の先を催促してみる。
『いちいち弄るんじゃねぇよ!?分かった分かったわぁーいいいってえなッ!魔素溜りを喰って腹の中で飼えば魔王になれるくらい強くなれるって話を聞いたからだよ!』
「へえ……」
魔王になれるくらいというのは漠然としているが、魔素を撒き散らし吸収しと永久機関となっている魔素溜りを体内に取り込みながらもその働きを持続させられたら、確かに魔力の量はハネ上がるだろう。
ただ、生き物に取り込まれながらも効果があるかは分からないし、暴走でもして腹の中で魔法が暴発したら目を覆いたくなる惨事に発展しかねないリスクも当然付いて回る。
どこの誰がそんな発想をして実行に移ろわせようというか呆れもするが、手っ取り早く力を手に入れたい命知らずなら問題ないのかなとセイブルスを眺めてため息をつく。
(命は投げ捨てるものじゃないんだけどねえ……)
「それで?その話は誰から聞いたの?信憑性がある情報だから来たんだよね」
『そいつだ』
そして、一人呆れているエミルの様子に青筋を立てつつも、手に握られている神経を物理的に逆撫でするモノに辟易して投げやりに答える。
しゃくる顎の先はエミルの後ろで、
「ん?狼さん……?」
『そいつの元になった人間だな』
エミルが相手をしていたファナティック・ウルフを指している。
元が人間で、魔素溜りについて知っているというのは分からないでもないが、魔族に対しての影響なんて知っているというのはどうだろう。
そもそも――
「人間がディセンダント・オーブラにいたの?」
『あ?お前知らないのか?ちょくちょく弱っちいのが武器担いで来てるだろ。
……なにしに来てるかは分からないけどな』
と、どうやら冒険者のようだ。
だが、冒険者でも大山脈を超えることなぞあるのだろうか?フィーユたちへは自分の身分をそっち関係に繋げていたことを棚に上げるわけでもないが、フィーユたちに突っ込まれなかっただけで実力的と労力的におかしいだろうと。
セイブルスの口ぶりからするに魔族の間……少なくともグラットン・ワーウルフの一族内では常識のようだが、箱庭である〈妖精達の輪冠世界〉からあまり出たことがないエミルには判断のつけようがない。
右手に嵌る〈妖精の指輪〉を撫でながら、考える。
この話が本当の場合、嘘の場合。
もし本当だったら、他の魔族にも遅かれ早かれ知れ渡り、次々と力を求める魔族が押し寄せてくるだろう。
そして、内容の如何問わず魔素溜りを奪われた場合、ダンジョンが消滅して魔物が散らばり大変なことになる。
嘘の場合であるなら、情報を持っていた人間の意図、もしくは情報を流した者の意図によっては面倒なことになるかもしれない。
思い込みなどの推測からの話であるならば問題はさほど無いのだが、意図して流した情報であったのならその目的が気になる。
ダンジョンを解体させるのが目的か、魔族たちをディセンダント・オーブラから追い出して何かをするつもりか、それとも他の影響を期待してのことなのか。
「ほむぅ……。
で、その人がなんでその情報を持っていたっていうのは?」
『分からない。
いや、本当だ!下僕化させるとある程度の情報は引き出せるようになるが、記憶が混濁して内容はボヤけるんだよ。嘘じゃねえぞ』
下僕化……身近なところだとルートミックがおじ、じゃなくルイスに施した〈根毛仕立ての人形作り〉くらいしか思いつかないが、そもそも他者従わせる魔法は、一旦死体にしてから対象の意思が消えかかったところに使うような勝手の悪いもので、制限も多く種族固有魔法とひと握りの方法でしか出来ないようなので、あまり詳しくない。
隣にルートミックがいればなにか分かるのだろうが、無いものねだりは不毛だ。
これまた後回し、街に帰るまで少なくともこの話に対する考慮ができないので、いっそ情報共有時に皆の意見を聞いたほうがいいなと見切りをつける。
「それが出任せかどうかが分からないんだよねえ……」
『じゃあ、最初から話聞く必要ないだろ……』
エミル自身の感覚では、セイブルスは嘘をついている風ではないように思えるが、胸を張って言い切れるほど人を見る目があるわけではない。
ただ、セイブルスの言葉は元も子もないので知らない。
一応、皆に話す前に自分の中で情報を整理しておきたかったし、次に聞くときに話の内容に矛盾があれば追求しやすいからという理由も浮かんだが、後付けのようなものなので黙っておく。
「何か言った?」
『何も言ってねえよッ!で、でだ、これから俺様をどうするんだ?開放してくれるのか!?』
「んー、それだけど、生憎と僕たちは素性を隠している真っ最中で、あんまり僕たちの情報は流したくないんだよねえ」
『なら安心しろ!俺様は一族一、口が堅い男として名高いからなッ』
その代わり、こちらを伺うプリメロの傍らで、静かに寝息を立てているフィーユたちを見て、そして宙に視線を漂わせて口にする。
プリメロが名乗りを上げる以前に、エミル――は分からないが、少なくともプリメロが魔族という事がバレてしまったので、このまま放すことはないというのは最初から決まっていた。
他の魔族に知られて広がれば、殆どは関心も持たないだろうが、興味を持つモノ好きも出てくるかもしれない。
そして、その綻びからエミルが魔王の息子だとバレてしまったら非常に面倒くさいことになる。
同じく、人間側に知れ渡ったりでもしたら、魔王の息子が云々の話は出ないだろうが、その存在だけで街を追い出されるか排除されるのは考えないでも出る結論だろう。
「だから、少しの間だろうけど監視下に入ってもらうね」
『聞けよゴラァ!?』
話半分に、監視してもらう人は誰にしようか、場所はどこがいいかと考えているとセイブルスの大声に意識を戻される。
この結論は当然のものとしてセイブルスも覚悟しているものだと思っていたが、どうやらそんなことはなかったらしい。
「だって、僕にここに来た理由話しちゃってたじゃん。
そんなに口堅くないよね?」
『……話なかったらどうしてたんだよ』
自分としては当然のことなので、それよりも過酷な環境で戦いながら生きてきた人狼がなにをぬるいことを言ってるんだろう、と首を傾げながら視線を戻す。
「右脚が形がなくなるまで刺さってる剣をグリグリしていって、左脚、手と次々に――」
『理不尽!?八方塞がりじゃねえかッ』
「それでも、ダルマさんになるよりはいいでしょ?安心して、優しい人だから変なことしなきゃ今まで通りここにいていいから。
あ、魔素溜りは食べちゃダメだよ?」
何言ってんのこの人!?みたいなリアクションをされたが、それはこっちのセリフなので甚だ心外である。
臓物を引きずり出すとか言っていたくせにこれくらい……ではないけど、死にはしない程度に留めておくつもりだったから比較的ヒドくはない、はず。
とりあえず義理として説明すべきことはし終わったので、まだ納得できないのかブツクサと悪態をついているのを横目に、おとなしく待っててねと告げてセイブルスを預ける先へ連絡を取ることにする。
《――あ、セルヴァ。今、話できるかな?》




