46話・森の中のオオカミさん
「おー」
思わず口をつく感嘆の声は小さいものだが、抑えられるものではない。
プリメロが踊るようにして作り上げたオーレ・スパーダーの死体を調べていき見つけた宝石、親指ほどの大きさのエメラルドの原石が松明からの光を受けて薄緑の輝きを返してくる。
六角柱のそれは、まだカットもされていないというのに己が宝石だという自己主張を、価値を見せつけてくるようで微笑ましいものだ。
〈妖精達の輪冠世界〉で見たことがあるものよりも大分小ぶりで傷もあるのだが、自分で剥ぎ取ったモノなので愛着がわく。
「綺麗だな~」
「さすがエミル様です、他の個体には宝石は見つかりませんでした」
ニヨニヨと緩んでしまっていた頬を手でぐにぐにと押さえ、いつまでも眺めていたい欲求を心の中で抑え込み横を向くと、屈んだプリメロが顔を寄せ物珍しそうにエミルに摘まれているエメラルドを眺めている。
戦闘する以外に呼び出される事が少ないプリメロは宝石を目にしたことはなく、あるとしても剣を交える相手が抗う際に使う魔法の贄であったり、装備であったりでじっくり鑑賞するのとは程遠かったのだろう。
緑の石に目を奪われながらも意識をエミルの前に転がる蜘蛛の死体に向け、他にめぼしい物が無いとわかると視線を引き剥がすようにして立ち上がる。
「エミル様、あちらで僅かですがお休みしましょう」
「うん、ありがとう」
手を伸ばして引き連れてくれるようになってくれたのは心境の変化か。
数日とはいえ共にした人間との暮らしがいい影響を与えているようで、またも頬が緩くなってしまう。
〈妖精達の輪冠世界〉ではこうして手を繋ぐことは、自分から求めなければされなかったので、かなり嬉しい。
ひんやりしていて気持ちのいいプリメロの手を感じながら、蜘蛛の死体を積み上げ壁にした一時的な休憩場へ向かう。
この死体らは1日もすれば魔素へと還元されて跡形もなく消え去るのだそうだ。
大量の質量であれ、命がなければダンジョンが魔素へと、そして魔物の生成や森を構成する木や草へと分配され巡る、と。
「プリメロ!さ、あの剣見せな」
「私もー」
壁の中にいそいそと入れば、蜘蛛に松明を抱えるようにして固定して荷袋を椅子に座っているキャマラダとソキーヌがプリメロに、そして隣にいたエミルにも抱きついてくる。
よほどプリメロの〈大鴉の尾羽〉に魅せられたのか、女として装飾品を眺めるよりも冒険者として武器を眺めたほうが楽しいと口にしていた通り、頬を紅潮させ揺さぶってくる。
苦笑しか出ない様子だったが、渦中の本人は困った顔をして「どうしましょう?」と窺ってくるので、行ってあげるように背中を押してあげる。
後で見せてあげると言ったのはプリメロだし、あの様子はじっくりと見せてあげなければ収まらないだろう。
もみくちゃにされながらも〈大鴉の尾羽〉を取り出すと、それをなにかの御神体かのように「おー」とか「ほー」とか言いながら舐めるように眺め、「さ、触っていいか?」「ええ、どうぞ」子供のようにはしゃいでいる2人。
よほど心躍らされたのか、この依頼が終わったら武器を新調するぜと姦しく話し合っているのを見るのは面白い。
と、
「思ってたよりやるねえ、いい拾い物したよアタイは」
「そ、そう?プリメロが役に立てたみたいで良かったよ」
蜘蛛の剥ぎ取りが終わり、荷袋を担ぎながらフィーユが背後から表れ、お尻を叩き入ってくる。
パァンといい音がするが、大げさに音が出るように叩いただけで痛くなかった。
ものすごく機嫌が良くウキウキと踊りだしそうなそのテンションのフィーユは、そのままぐしぐしと頭を削るかのように撫で回してくる。
プリメロの強さに舞い上がっているようで、なんだか自分も誇らしくなってくる。
「謙遜しなさんな、アンタにも期待してるんだよ?これからは魔法も使ってもらうからね」
「うん、がんばっちゃうよ~」
だが、フィーユはエミルの肩に手を回し「いい拾い物」はプリメロだけではないと言う。
自分はまだなにもしていないのだが、この期待のかけようはなんだろう。
と思ったら「その為に高いポーション買ったんだからね」と割と切実な理由からだった。
なんにせよ信頼とお金を投資してくれたことは嬉しかったので、姿勢が苦しそうだったのでフィーユの腕を解き、手を引いて座る。
「これからキツくなるからね、腹になにか詰め込んでおきな。すぐに進むからね」
「携帯食料かあ……」
座ると、下敷きにしていた荷袋から干し肉を何枚か出して手渡される。
フィーユの料理には劣るが塩辛く、カチカチでまともに噛めないもので正直遠慮しておきたい食べ物だが、渋々受け取る。
「言いたいことはわかるけど、これから休みなしで戦うかもしれないからね、今のうちに食べておいたほうがいいよ」
苦い顔をしていたのを見られてしまったのか、ため息混じりに言われてしまう。
たしかに、街の中のように安全が保証されているわけではない、表層部よりも奇襲の確率が高くなっている場所ならば、余裕のあるうちにエネルギーを補充しておかないとガス欠の状態のまま戦闘に突入してしまうことも有り得る。
必ずしも万全の状態で冒険をすることはできないのは仕方がないが、なるべく万全に近づけるよう常に気を配ることが大事なのだ。
「そうだね。――フィーユも一緒に食べない?」
「アタイは……まあ、腹がすいてるし食べようさね」
ただ、1人で食べるのはさびしいので誘ってみる。
フィーユもその切れ味が気になるのか、チラチラとプリメロが手に持つ短剣に目を向けていたが見た目が子供であるエミルを放って好奇心のままに行動するのを自制したのか、かなり残念そうな顔で、だが空腹は事実なのかお腹をさすりハグハグと干し肉を口に咥える。
エミルとしては無理に留めるつもりはなかったので、プリメロのほうへ行きたかったのならば我慢せず行ってもらってもよかったのだが、誘った手前で「やっぱりいいよ」などと言えるはずもなく、素直に嬉しかった旨を伝えてお礼を言う。
笑ってお礼を言いたかったが、ちぎって口へ放り込んだ干し肉が硬すぎて引きつったような表情になってしまった。
ハグハグ。
「それで、これから真っ直ぐ魔素溜まりまで行くの?」
「早めのペースで来れたからね、日が暮れるまでには着けそうだよ」
それなりの時間をかけて干し肉をほぐし、ようやく話せるようになり問うてみると、顎に手を当て少し考えて答えてくれる。
エミルたちが立っている場所は地下なので、日の出入りなぞ分からないのでは?とも思ったが、表層部から下りてきたような中が空洞になっている木が所々にあり、そこから刺す光を頼りに朝夜を判別するそうだ。
「それじゃあ、魔素溜まりで一晩過ごすの?大丈夫?」
「調査するにも時間がかかるからね。
危険は承知だけど、他の場所より少し危ない程度さね」
少しの度合いがどの程度なのかよくわからないが、元々深層部の危険度はかなりのもので、だからこうして食料を食べられるうちに食べているのでは?と問うと、思いっきり視線を逸らして不安になる。
ここでは4種類いる魔物のうち2種類が物量を盾に、群れとして迫って来るのだ。
安眠はもとより期待していないが、夢の中に落ちることもできなければ疲れは取れないだろう。
他にも、ダンジョンから出ていないツリービング・ドラゴンの個体がいれば遭遇する可能性も高く、出会ってしまったら調査どころではないだろう。
魔素溜まりについての文献はディセンダント・オーブラには少なく、〈妖精達の輪冠世界〉の中に置かれている書庫にも片手で数えるほどしかないのでエミルの知識にはあまり情報は入っていない。
未知の出来事に対面した際は、実力以上にそれまでの経験と知識がものをいうのだが、大丈夫なのかと。
いざとなれば実力行使してしまえばゴリ押しでなんとかなるであろうが、あまりその手段は取りたくないのだ。
故にちゃんと考えてほしくもあったが、戦闘を前提としても魔素溜まりの近くでは大規模な攻撃をしてくる魔物はいないので安心しな、と流される。
魔素溜りの近くで大量の魔力を使う魔法を発動などしてその流れを狂わせ魔素を拡散させてしまうと、近くの器――術者から魔力を奪って元の状態へと戻るよう作用するそうだ。
なので、強い魔法を使えばその分消耗して力尽きるらしい。
もちろんそれはフィーユだけではなく深層部に棲む魔物たちも承知しているので、例えツリービング・ドラゴンと出会う確率が上がろうとも、そこで襲撃された方が逆に魔法を使えないフィーユたちとしては助かったりするそうだ。
と、そんな話をしているうちに干し肉を3枚と乾燥無花果を1枚腹に落としていたりする。
塩気が喉を焼いて、口の中の水分は乾燥したものに奪われてしまうので革袋の中の水をこまめに取り、無花果の最後の一欠片を飲み込むとフィーユが膝を叩いて立ち上がる。
「さて!そろそろ行こうかね。キャマラダ、ソキーヌ、準備はいいかい?」
「おう、いいぞ」
「んー」
そうして出発してから約8時間後――
「まだ、かなあ」
「あと少しだ」
1時間前にも聞いた台詞を聞き流しながら歩いていた。
既に日は暮れているであろう、少し前から木の空洞を通る光が見えなくなっていた。
そして、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどのオペレッタ・バットの群れの襲撃を受けること3度とオーレ・スパーダーの襲撃を受け、手が足りないからとエミルも魔法を使い手伝ったので疲れた。
魔力的な消費は気にするほどでもないが、精神的に疲れたのが大きい。
何度目かはわからないため息をつきながら、それでも立ち止まるわけにはいかないので足を前へ動かす。
「いや、本当に――」
そんなエミルを慰めるように口を開いたキャマラダだったが、不意に動きを止めて手を横に出し、後ろに続く全員に止まるよう合図してくる。
その目の先には重なり合う何本もの結晶樹の間を通して動く影が見える。
しかしその影の大きさが、形が見覚えがないもので、首を傾げながらも警戒を一段階上げるには十分な理由だと近くの結晶樹まで寄っていき、一旦姿を隠す。
エミルも、それぞれが結晶樹の影に入りきれないのでフィーユと一緒に隠れると、キャマラダの視線を追って様子を伺ってみる。
「なんだい?魔素溜まりの近くにいられるのはツリービング・ドラゴンくらいのはずだよ」
「あれは……新種か?」
「あれがドラゴンを追い出したのかも」
「ということは、ドラゴンよりも強いってこと、だね」
そこには空間が歪み、紫色の燐光を気味の悪い何色もの光と一緒に吐き出している魔素溜りと、その傍に佇む4足の影が10。
エミルとプリメロは暗視を元々持っていたのでそれ以上にはっきり見えるが、ポーションによる付け焼刃の感知能力では限界があるのか、眉を寄せて凝視していたフィーユはすぐに相手の詳細を見ることを放棄し、ただ動きだけは確認するように結晶樹から顔半分だけ覗かせている。
(あれは……ファナティック・ウルフ?なんでこんなところに)
人間の大人ほどもある大きな身体に纏うのは黒が強い灰色で、毛先が真っ赤に染まっている一本一本が長く強靭な毛皮、そして闇の中に浮き上がるような白さの牙と爪。
グラットン・ワーウルフという人狼の――魔族の眷属であり家族の大狼である。
その存在は自然発生するようなものではなく、グラットン・ワーウルフが気に入った魔獣の死体を食べずに種族固有魔法でもって変化させて生まれてくる魔獣なので、こんな……オウス・テレノの、辺境のダンジョンという場所にいるはずのない魔獣だった。
「ねえ、フィ――」
プリメロからの目から見て、ツリービング・ドラゴンの強さは13階級で示すと下から5番目の子爵級だったらしい。
が、ファナティック・ウルフはその下の男爵級、たとえ群れであろうと伯爵級の力を持つグラットン・ワーウルフがいなければツリービング・ドラゴンを打倒することは不可能であり、そもそもこの場にいることもないだろう。
そのことについて伝えようとするが、
「ああ、幸いアタイらには気づいて――ああ゛!?」
なぜか気づかれてしまい、視線の先のファナティック・ウルフが一斉に顔をこちらに向けてくる。
おそらくどこからか臭いを嗅ぎつけたグラットン・ワーウルフが指示を出したのだろう。
そんな隙を許してしまった事と、お披露目していない魔法を軽々しく使えないので隠れている黒幕をあぶりだせない事に対して、フィーユたちはこの距離で気づかれたことに対して舌打ちする。
「っち、めんどくさそうな奴だ」
「魔法で援護するよ!」
「頼むよ!」
しかし対応は蜘蛛や蝙蝠が襲ってきた時と変わらない。
落ち着いて、風のような速さで近づいてくる狼たちを視界に収め魔法を紡ぐ。
〈追い風纏う鎧〉
口笛を使った音響魔法ではなく、詠唱魔法だ。
対象はエミル以外の全員に対してで、対象者の身体に魔力を含んだ風を纏わらせて受けた物理攻撃を僅かに減少させ、移動速度を底上げする鎧とする。
「上出来!アタイは左、ソキーヌ真ん中、キャマラダ右で!プリメロはエミルを守ってやんな」
「あいよ」
「了解」
「はい」
10匹のファナティック・ウルフは2匹を魔素溜まりの傍に残し、前後に分かれてくる。
第一波は正面に2匹、そして左右に1匹づつだ。
第二波が戦闘に入った3人へと隙を突く形で襲いかかるであろう事が目に浮かぶ。
なので、プリメロを引き連れたまま自分も前に出る。
「ちょっ、エミル!?」
「任せて!プリメロがいるから大丈夫だし――」
戸惑うフィーユをよそに魔法を行使するための魔力を一瞬で練り上げると、
〈鎌鼬の鈎爪〉
魔力によって研磨し含ませた風を生成し、ソキーヌを左右から噛み付かんと大顎を開けている2匹のファナティック・ウルフのうち1匹。
左側から走り寄ってきているモノの右半身に斜めの3本線が走る。
出血は派手ではないが、前足を切断するほどの切れ味でもって毛皮を裂き、肉を割って骨を断ち切る威力は鈍らな武器は元より通常の刃物を束にしても適わないであろうことは一目瞭然だ。
斬撃の勢いはなかったが、放たれた矢のように真っ直ぐと目標に向かっている最中に、不意に前足がなくなってしまったのだ。
駈ける勢いそのままに地面へと激突し、岩を喰みながら思い出したかのように血を吐き絶命する。
「僕も攻撃できないわけじゃないんだよ?」
「ぐっじょ、ぶ!」
その光景に3人――ソキーヌも驚いていたが、驚きを一瞬でしまいこむと振りかぶっていたクレイモアを空気を叩きつけるかのような轟音と僅かな気力の光の尾と共に振り下ろし、ファナティック・ウルフの首元に叩きつける。
「……ぬぅ」
が、気力を僅かに纏わせただけの攻撃では、強靭な毛皮に衝撃を吸収されて、その下の肉を少し切りつけられただけの成果しか得られなかった。
ギリギリと上から体重をかけ刃を身体に押し込もうとするが、ファナティック・ウルフも気力で防御しつつ隙あらばソキーヌの腕を食い散らかさんと、血を押し固めたかのような赤黒い眼光をギラギラとよこしている。
「プリメロ!」
「了解です」
後続を考えるといつまでも目の前の敵と対峙して、武器を自由に使えないというのはかなり危険だ。
何匹かはわからないが、少なくとも2匹以上で筋肉に刃が喰い込み身動きがとれないところを襲われるだろう。
すかさずプリメロを呼ぶと、懐から〈大鴉の尾羽〉を抜き出す動作からそのままにファナティック・ウルフの喉を掬い上げるように切り裂く。
激痛からの絶叫はゴボゴボという血の泡に消え、全身から力が抜けるが、最後の矜持からか膝を屈することはなくソキーヌのクレイモアをその身を鞘として留める。
「全力でいって!」
「んッ!」
だが、せっかくプリメロが助けてくれたのにいつまでもそうして剣を血に浸け続ける訳にもいかない。
フィーユの腕の筋肉が一回り膨張し、さらに気力を込めたクレイモアが肉を押し分け、最後の抵抗をしていた頚椎を押し切って首を落とす。
左右に視線をやると、少し苦戦してはいるが第二波が本格的に攻撃を仕掛けてくるまでには片付きそうだ。
牽制と敵の戦力を削るためにもう一度〈鎌鼬の鈎爪〉を放ち、仲間を短い間で2匹も殺した相手であるエミル、プリメロ、ソキーヌの様子を唸りながら伺っている中で、手近なファナティック・ウルフの顔から腰まで切り裂く。
(グラットン・ワーウルフが出てこない……こっちの戦力を測ってるのかな?)
これ以上やりすぎてしまえば相手に自分が魔族だとバレてしまうかもしれない。
魔族だとバレてしまってもなんの反応もしなければいいが、下手なことを口走られてしまうかもしれないし、そもそも何かを言われる前にソキーヌたちにも怪訝に思われてしまうだろう。
なので、さらに〈鎌鼬の鈎爪〉を放つ真似はせず、だがすぐに放てるように魔力の準備をしておき警戒させる。
これ以上来たら、自分ではなくプリメロとソキーヌでもなんとかできるだろうから。
「おおぅ……」
「マジか!?」
思わず口をつく驚きの声も仕方なしだろう、キャマラダも同じく。
かなりの距離があったはずの狼と自分らの距離を、ものすごい速さで詰めてくる影に呼応するように、迎撃しようと前へと出る自分らの隣にいきなり立つエミルが、道中に浮かべていた顔とはまったく違う表情で自分も戦うと宣言したかと思うと、2匹の狼を受け持つ形になってしまったソキーヌへと向かう1匹を瞬く間に刻んでしまったのだ。
自分らに魔法を施したすぐあとの出来事で、開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
しかしそんな事には構わず狼は突っ込んでくるので、すぐさま構え――殴る。
「なっ!?」
噛み付きをしてきた所をカウンターで横っ面に拳を叩き込んでみたが、全く効いていないようですぐさま距離を開ける。
第二波の狼たちと、これからも魔物と戦闘があるかもしれないと気力を抑えての攻撃だったが、それでもポレヴィーク程度ならばそこそこのダメージを与えることは出来る威力だったはずなのだが……。
「全力でいって!」
(もう少し早めに聞きたかった言葉だねえ……)
チラリとソキーヌのほうを伺うと、かなりの気力を込めて狼の首を両断しているのが見えた。
よくよく考えればポレヴィークと同程度の強さの魔物がいていい場所ではないので、力量を測り間違えたとしか言い様がない。
距離を開ける動作が少しだけ遅れてしまったのか、殴った右手の手甲を前足で払われ痺れてしまった。
おそらくはこの戦い中でもう右手はうまく使えないだろうが、エミルの〈追い風纏う鎧〉がなければ払われるどころではなく、ナイフのような鈎爪でがっしりと掴まれてもっとマズイ状態になっていただろう。
自分の迂闊を悔やむ前に狼が足を目掛けて駆けてくるので、気力をケチらずに込めて逆に顎を蹴り抜く。
足を挟むはずだった顎門は強制的に閉じられ、その勢いで2mほど狼の巨体を退ける。
そんな狼といえば、急に口を閉じられたので牙を2本ほど叩き折れ、口から血を流しているが人間のように脳を揺らせることもなく、ただ攻撃を2度も防がれたことに苛立ちを覚え目を血走らせている。
フィーユは首を吹っ飛ばすつもりで蹴ったのだが、それだけの損傷ですんでいることに愕然とすると、今度は先手必勝とばかりに気術を発動させ、体勢を立て直す前の狼に襲いかかる。
〈ラム=ピエ〉
「どぅあああらっしゃああああッ!」
気力の光を足先から溢れさせ、飛び蹴りでもって上顎を延髄まで切り裂いて体とオサラバさせる。
頭の上半分がベチャッと汚い音をさせて地面に落ちる音と、剥き出しの舌を垂らした身体が前のめりに倒れたのを確認すると、ため息をつきながらキャマラダの様子を見る。
「魂とったどおおおおお」
……脇腹からパルチザンを串刺し、反対側から光の奔流が迸っている狼を掲げている。
あちらはどうやら最初から手加減する気はなかったようだ。
脳筋といえど、この場合では力加減を見誤った自分よりはキャマラダのほうが賢かったなと苦笑する。
(こんなのが何匹もいるのかい)
「アタイらも全力でいったほうが良さそうだね」
「アレに噛まれんのは勘弁だからな!」
そして、第二波の攻撃に備えて固い地面を踏みしめる。
プリメロに続き、エミルが予想以上に強くて良かった。
さすが魔法使いというのもあるが、パーティーでの火力が格段に上がって助かった。
もしも2人を気まぐれにパーティーへと参加させていなければ、おそらくここで死にはしないまでも大きな怪我を負って依頼の完遂を諦めるとことになっていただろう。
心の中で自分の人を見る目と運に、そしてプリメロとエミルに感謝して、キザったらしいスウィンスへ罵倒しつつ、向かってくる狼へと次の気術を叩き込むべく飛び出す。
「ほむぅ……」
皆順調にファナティック・ウルフを倒し、第二波の攻撃も手の内がバレて慎重に動く相手に少し手こずりながらも、エミルを除いて各々の担当1匹を相手に無駄な体力と気力を使わないよう戦っている。
プリメロも、なんとか手加減して敵を撫で斬りにしつつ、攻撃を適度に受け流していたりしている。
が、今不安なのはグラットン・ワーウルフの存在だ。
最初の攻撃を耐え切ったことでその威圧感が、姿は見えないが魔素溜りのほうから感じる。
大半の魔族は、種族全体を見ての魔力量が少ない人間をゴブリン程度と同等としか見なしていない。
それは相手も同じだったようで、なんとなく目障りだったから第一波でエミルたちを殲滅しようと、念の為に第二波を送ってみたという気楽な攻撃を送ってきたのだろう。
それがいいように負かされているのだ、もしもこの状況に心乱されるような相手であれば腹の虫がおさまらない故に何をしでかしてくるかわからない。
「いっちょあがりぃ!」
「ちょっと強かった」
「ああ、だけどルートミック・ドラゴンを追い出すほどじゃあないねえ」
そんな思考に沈みながらも、大きく息を吐きながらパルチザンの石付きで地面を叩きファナティック・ウルフの死体を見下ろすキャマラダとソキーヌ、フィーユの声によって引き戻される。
いつの間にか戦闘が終わり、そして――
『聞き捨てならねえなあ』




