45話・脳筋チームは森に紛れる
「じゃけん、ここでこましとかんとリーダーになに言われるか……」
「お前ら……いや、自業自得だから知らんけど」
隣を歩く、モヒカン頭の男とスキンヘッドの男がグチグチと自分たちの失敗談を語るのに嫌気がさす。
要約してしまえば、街で女性2人をナンパしようとしたら返り討ちにあい、仕返しに出たところその連れだった老人ともいえる男性にのされた、どうしよう。
という事だが、正直知ったことではない。
しかもその出来事により、男性は自分――バイユモンも所属しているチーム『ZEED/ジード』にリーダーであるリヴァルから直々にスカウトされて、一時的にであるが仲間になっているのだという。
もしもそんな状態で手柄を立てられでもしたら自分たちの立つ瀬がない、と道中口を閉じたら死んでしまうとでもいわんばかりに喋り続けているのである。
あまりにうっとおしく殴り黙らせたかったが、場所と場合を考えてどうにか耐えている。
「えずいわぁ、くっそ」
「まあでも、そっちの事情は知ったこっちゃないけど、俺は俺で依頼こなさなきゃだし、頑張るけど」
場所とはダンジョンの事で、場合とは依頼の事だ。
冒険者ギルドで面白そうな依頼を見つけたとかで役割を分担して、バイユモンはこうして“昏林樹海”の森の中を進むよう割り振られたのだが、連れがコレだと鬱蒼と茂る緑の中を歩き出して数十分しかたっていないうちから不安しか沸かない。
これで任された仕事――ダンジョンの異常についての調査に支障が出たら、悪趣味な肩パットを燃やして自分1人で任務遂行する決意をする。
「おみゃー、心の友じゃー」
「信じとったでにゃ」
(猫みたいな鳴き声だけど、むさい野郎っていう……)
その決意をどうとらえたかはわからないが、殆ど上半身裸のような格好をしている筋肉だろまに抱きつかれる。
冒険者とはいえ体を鍛えるタイプではないバイユモンの身長は、街で遊び走り回る子供とそう変わらないくらいなので、汗臭くむさくるしい、強さには全く還元されない無駄筋肉に押しつぶされそうな状況は、控えめに言って跡形もなく焼却してしまいたいほど不快だ。
が、大人気なく騒いでいる汚物どもとは別に、背の高い草をかき分け何者かが近づいてきている音をとらえる。
ゴミではなく通常の冒険者であれば、ある程度注意力を散漫にさせていても敵の接近には実力差はあるだろうが即座に気がつくパーソナルスペースを持っている。
B-ランクであり、接近戦は得意としていない魔法使いであるバイユモンであれば、それは半径8mほどの円だろうか。
「とりあえず、なんか敵来たから離れて欲しいんだけど」
「ファッ!?」
ひとまず向かってくる敵に対して自由な動きが取れるように、パン屑よりも価値がないくせに重く、ローブを叩いても落とせない汚れを退かすと、懐に大事にしまっているユニコラル・フューリーという馬に似た一角魔獣の角を削り、金にて握りを、瑪瑙にて先端部分が飾り立てられている30cmほどの豪奢なワンドを取り出す。
真っ暗森の表層部、その中心部を縄張りとするツリービング・ドラゴンクラスの脅威であるそれを屠った証である杖をひと撫でし、いつでも魔法を放てるように集中「っしゃあ!新鮮な肉じゃい、殺るべ」するが、拳を振り上げ無闇に突っ込むスキンヘッドのせいで台無しになる。
(そもそも、敵の姿が見えないのに走り出す神経がわからないんだけど)
「いや、相手はポレヴィークだからこっちから近づくのは――」
霧散してしまった集中力をかき集めながら、鳴子より煩い声に反応して姿を表した魔物に内心少しだけ波打つも、射線を遮る無駄にデカいゴミに忠告する。
いや、しようとしたが、言葉が届くよりも早く振るわれた大鎌によって口から垂れる音を断ち切られてしまう。
「――ッ!?」
魔法によって作り出されギザギザと切れ味の悪そうな、しかし殺傷能力という点では十分であろうそれが目前に迫り、なぜか予想外というように絶句している様を見て(ああ、あれは死んだな)見切りをつけると
、ハゲの首が飛んで射線が空けばすぐさま魔法を叩き込めるように魔力を集中する。
が、それは思わぬ形で訪れる。
迫り来る死の刃に対し、ハゲは首を、背を、身体全体を反らし、紙一重で避け切ったのだ。
(無駄な回避能力なんだけど)
〈火の弾丸〉
「兄者ーッ!」
ハゲが仰け反ったことで見えたポレヴィークの醜い顔へと魔力の塊を核とした火の弾丸を叩き込むと、対象物へとぶつかった事で開放された魔力と熱によって小さな爆発がおき、体勢を崩していたハゲとポレヴィークを弾き飛ばす。
〈火の弾丸〉は魔法の中ではかなり簡単で、素早く発動できる代わりに威力としてはそれほどでもない。
牽制用の魔法なのでこれで倒せるとは期待していないが、いったん距離を稼ぐには十分だ。
「……っべー」
「……死んでほしいんだけど」
ちゃっかりと生きているハゲを意識の隅へと追いやると、必要になる魔法を頭の中で組み立てる。
敵の数は3。
吹き飛んだ大鎌の他に大鋏持ちと大剣持ちが爆発に警戒して木々に囲まれた道を遮るように構えている。
比べてこちらは体勢を立て直してこっちに戻ってきたハゲとただ叫ぶだけのモヒカン。
それらは戦力としては考えないようにして、大きめの魔法で片付けることにする。
小型の魔法を繰り返して前衛と共に削るのが楽なのだが、いかんせん要である敵をひきつける役が使えないのでは仕方がない。
「おいいい、なにぬかしとんじゃわれええええ」
「死ぬとか簡単に言うんじゃないわボケぇぇえええ」
「勝手に突っ込むからなんだけど、っていうかリヴァルさん、これ罰ゲームっぽいんだけど……」
大きめ、といっても規模的には中型の魔法のために魔力を練っていく。
ギャンギャンと騒がしいアレに、なにか悪いことしたのかな?と過去を振り返るが身に覚えがない。
長く考えていても答えは出ないだろうし、走馬灯になってしまったら笑えないので、顔を引き締めローブの内側に下げている贄を探る。
贄とは、魔法を行使する際に必要になる魔力の補助となるモノや魔法の威力を底上げしてくれる使い捨ての代物であり、中々に高価な代物である。
「ほら逝け肉壁」
「おっしゃ行くべ兄弟!」
「なんか聞き逃せないのが……行くべヒャッハー!」
そんな贄も、勿体無くて懐で温めているだけでは所持している意味がない。
ポーションと共に数多く持ち歩いているモノの内の1つ、透き通る氷のような純粋水晶を取り出し左手に、杖と交差するようにして構えると、異変を察したのか各々の武器を冗談に、または地面に擦らせるように走り出すポレヴィーク。
中型の魔法とはいえ的がバラけてしまうと効果も半減だ。
使い捨ての肉壁をポレヴィークへと突進させ、なんとか一箇所にまとめるようにさせる。
「うっさ……」
(口縫い付けるのもやぶさかじゃないんだけど)
大鎌を槍のように突き出し、大鋏をドラゴンが大口開けているかのようにして、一回切り込んだら折れてしまいそうなほど細長い大剣を振りかぶるポレヴィークを挑発し注目されるにはいい大声だが、かなりうるさい。
正直、このテンションについていけない。
ハゲとモヒカンは全身の筋肉を一回り隆起させると、両手に気力を纏い飛びかかる。
3匹の注意を引けたのはいいが、バイユモンから見て欠伸がでるほど遅い動きで身動きの取れなくなる空中に飛び出すなど下策も甚だしい。
わざわざ自らを攻撃を避けられない状況に追い込んだ2人はいい的で、3匹も嬉しそうに下卑た笑い声を「ヒャハハハハァァアア」上げ、餌に食いつく野獣のように一斉に頭上に浮かぶ肉へと武器を突き上げる。
大鎌は勢いよく飛び出してくる阿呆の着地点へと刃を差し出し獲物を待ち構え、大鋏はすくい上げるようにハゲの足へと喰らいつき、大剣はモヒカンの頭を叩き割る。
「だっしゃあああ」
「うらっしゃあああ」
――と思いきや、ポレヴィークが持つ武器が体に触れる瞬間、その部分に腕に纏っていた気力と全身からかき集めるように溜めた気力を集中させ、見事必殺の攻撃を凌ぎきった。
冒険者の格ならばハゲはC-ランク、モヒカンはD+といったお粗末なものだが、防御するという1つの行動に全力を傾けるのならばBランク相当の魔物からの攻撃も耐えられる。
だが、その代償として気力欠乏による一時的な行動制限と踏ん張りが利かない空中故にこちら側に打ち返される。
攻撃が当たる際に接触角度をうまく調整したのだろう、受身は取れない状態ではあるがうまく立ち回ったと褒めてもいいかもしれない。
……まあ、褒めないが。
視界の端へと飛んでいく筋肉の塊を無視し、左手に持つ純粋水晶を気力を僅かに込めて砕き内包する魔力を開放させると、煌く水晶片と魔力をワンドが指す空間に纏わせ振りかぶる。
〈爆裂する紅焔の投擲槍〉
魔力を2mほどの槍の形へと形成させると、〈火の弾丸〉とは比べ物にならないほどの熱と光を持つ炎がまとわりつき、穂先を研ぎ上げるように逆巻き鋭くさせる。
手から炎は近いが、僅かに温かさを感じる程度で火傷してしまうほどの熱は感じない。
が、それは魔法の炎が貧弱なのではなく、魔法を解き放つまで〈爆裂する紅焔の投擲槍〉を覆う魔力の膜が己が顕現させた魔法から術者を守っているからだ。
その魔力膜は、バイユモンの手が下ろされるのと同時に――
ゴウッ
推進力へと転じる。
瞬く間に真っ赤な光線をポレヴィークと繋ぐように結ばれたかと思うと、初めからそこにあったかのように大鎌持ちの胸へと突き刺さる。
太さがバイユモンの両腕を合わせたほどの槍はポレヴィークの上下を分かつほど深々と刺さり、「ヒュ、ヒュオ……?」最後の呻きを聞き届けると形状を支えていた魔力の塊が爆発し、炎を撒き散らす。
爆発の威力で大鎌持ちは内側から弾け飛び、大鋏と大剣は魔力の刃と熱、爆発によって砕けた大鎌の破片とポレヴィークの身体を作り上げていた泥に襲われ断末魔の叫びを上げる暇もないままに細かく刻まれ蒸発する。
後に残ったのは爆心地を主張するすり鉢状に削れた地面と所々溶解された金属の破片、そして汚物で出来た霰のように降ってくる火のついた泥と苔だけになる。
一見すると火事一歩手前であり、地が抉れ周囲の木々の樹皮まで爆風で剥げ飛ばしている大惨事の有様となっているが、森の魔素に守られているので魔力の抜けた炎ではそれほど燃え広がらないだろうし、木々も1週間もすれば爆発の痕跡を跡形もなく消し去っている事だろう。
「それにしても、あそこで買えるだけ買えてよかった」
〈爆裂する紅焔の投擲槍〉の為に砕いた純粋水晶は、街を出る際に見かけた店のようなところで入手したのだが、良質なものだったようであまり魔力を消費せずに予想以上の威力を発揮できて満足している。
始めは、街壁の外で商売をするなんてどんな酔狂な奴なんだろうと覗いたのがきっかけだったが、その時の閃きに感謝だ。
魔法の贄というのは魔法使いにとっての命綱だ。
どれだけ多くの、どれだけ質のいい贄を揃えられるかによって魔法使いの実力の3割は決定すると言っても過言ではない代物を、まさか銀貨1枚で買い取れるとは思ってもみなかった。
その安さに半信半疑ながらも金貨1枚分、4つの純粋水晶を、ただ安いからという理由だけで買ったのだが、これほど質が良かったのならば店の純粋水晶買い占めても欠片も後悔はしなかっただろう。
帰りにも店を開いていたら、買えるだけ店に出ている商品を買ってから、馴染みの鑑定士に質を鑑定してもらおうと決意し、残り3つとなった純粋水晶は大事に使おうと懐に手を当てその存在を確認すると、そういえばとハゲとモヒカンはどうなったのだろうと視線を巡らせる。
「死んだかな?」
「生きとるわぁぁああああ」
「ピンピンしとるわ!じゃけん、手ぇ貸しとくりゃ?」
巡らせはしたが2秒で探すのを諦め、探索に必要なものはこの身一つにまとめあげているのでさっさと先に進もうと1歩踏み出すと、どこからか豚面のオークの鳴き声よりも耳障りな声が聞こえてくる。
無視して行くのも考えたが、それを実行してしまえばチームへと戻れないだろう、仕方がないので踏みとどまると声がしたほうに目をよこしてやる。
「……いいからさっさと来なよ。けど――」
芋虫の真似をしてるのか分からないが、地面に身体を擦りつけ蠢いている生き物に触りたくないので遠巻きにそう言って立ち上がるのを待つ。
目の前の筋肉ダルマに構うよりも大事なことがある。
「まだ森に入ったばかりだっていうのに、ポレヴィークと遭遇するなんて珍しい。
奥にいた魔物がここまで逃げるほどなにかがあったってことだけど……」
考えられるのは「ぬおおおお」ポレヴィークよりも強い魔物が、森の中心部に「アカン!体に力が入らん、これアカンやつや!」棲息しているユニコラル・フューリーの数が「へ、へるぷぅ……」増えているのか、はたまた新しい種類の魔物やら魔獣やらが「あ、だんだん眠たく……」発生して縄張りを追い出されたかだろう。
しかし、依頼された内容の中にある「寝たら死ぬぞ!置いてかれるべ」ツリービング・ドラゴンが深層部からダンジョンの外へと迷い出るからには「弟者ぁ!」表層部だけの問題ではない。
地下から地上へ何者かに「兄者、あとは任せ――」押し出されるようにして生態系が崩れているのではないかと今の一戦で得た情報を元に「こんなところで!こんなところで倒れるわきゃーいかんのぜッ!」仮説を組み立てていく。
それが異変かな?と、他に考えられる原因といえば「あ、兄者……」ポレヴィークの大量発生程度で中々的を得ていると思う。
だが、特定魔物種の大量発生ならば「ふ、さあちゃっちゃと立ち上がりんさい」ギルドに報告して討伐の依頼を多めに出してもらうか自ら殲滅して数を削ればいいが、新たな種類の「あ、あんやとな兄者」モノが出てきたとしたらその姿は、強さは、取れる素材はと「なに、童貞のままじゃ死ねんとよ」色々と情報を集めなくてはいけなくなるので「兄者ッ!」かなり面倒くさい。
(新種に初めて出会えるのはいいけど)
十中八九、ツリービング・ドラゴンと同等以上の「この依頼が終わったら、娼館、行くべ!」強さを持っているであろうソレにため息「さすが兄者じゃけぇ」をつきたくなる。
珍しい素材ならばそれだけで高く売れて儲けのチャンス「キ、キスもしちゃうけんのぉ」だが、戦闘相手の情報がないまま杖を交えるのはリスクが「ばっ!?度胸半端ねーべ」高い行為でもある。
「いざとなれば肉壁置いて逃げればいいか、ってうるさいんだけど」
「うるさいとはなんじゃい、やんのかゴラァ?」
思考を終え、湧き出る厄介事には最終手段として逃げる、という選択肢を頭の隅に置いて頷くと、なんだか盛り上がっていて騒いでいる発情期の猿2匹を窘めてあげる。
ここはダンジョンなのだ、わざわざご丁寧に敵を呼び寄せるような行動を許すのは先ほどのポレヴィークで十分だ。
が、懲りずにがなり立ててくるのはどうなのだろう。
ハゲ猿が自分で黙れないとならば口を閉じる手伝いをしてあげようかと身体を向ける。
「……いいけど」
「ちょ、本気にするなっちゃ」
「チーム内の戦闘は厳禁だべ」
手に持つ杖も同じくハゲに向けられたのを見てギョッして両手を挙げて戦意がないとアピールしてくる。
そういえば、いつの間にか2人は立ち上がっていて元気にしていて、もう気力欠乏による脱力は治ったようなのでここに突っ立っている意味もない。
バイユモンも本気で目の前の筋肉ダルマを焼却する気はなかったので、未だゴタゴタと数秒前の勢いは何処へやら言い訳を連ねているのをスルーして再び歩き出す。
「まあいいや、さっさと進もう」
「お、おう!」
「せやな」
多少騒がしく、傍に立てば退屈は遠のき面倒を引き寄せる、役に立つのか厄介なのかわからない壁を伴いながら――。
暗
灰色の森の中、地を削り、所々木々をなぎ払って進むモノの跡を辿り、2人の男が歩む。
モルレウス・フリーデンとリヴァル・グランブルグだ。
共に防寒具の類は身にまとっておらず、だが対照的な装備に身を包んでいる。
一方は線は細いがしっかりとした作りなのだろう艶のある黒のスーツにネクタイ、そして場違いなほど汚れのない純白のシャツとよく磨かれた黒革の靴という、街の外を出歩くには似合わぬ服装。
一方はグラン・ドラゴンというアッシュグリーン・ベルト全体を渡る巨大なドラゴンの甲殻を加工して作った肘と膝関節までを完璧に守る武具、ドラゴンの手足を模したようなそれに赤い褌――中央に切れ目が入っている、子供の身長ほどもある長い布を組んだだけの下着だけという街の中では出歩けない服装。
傍目には違和感が強すぎてどのような関係の2人かはわからないが、水の入った革袋以外持っていない2人はまるで家の近くを散歩しているかのような気軽な装備だったが、1つの依頼、ツリービング・ドラゴンの討伐という目的のために共に行動している。
「ぬぅ……見当たらんな」
「この辺りの尾の跡は少し日が経っています、あと数日で追いつけられるかもしれません」
リヴァルの勘によって進む方向を決め、街を出てから1日が経過。
つい数時間前から見つけた道しるべの行く先が、標したモノが見つからないと眉をひそめる殆ど裸の男に、モルレウスは慰めにも追い打ちにもなる言葉を告げる。
と、リヴァルの退屈に緩みきったには毒だったか一瞬顔を歪ませて元に戻すと、ふとこちらに顔を向ける。
「ほう、そんなことも分かるのか」
「ええ、執事としての嗜みです」
そうか、執事とは凄いのだなと納得したようだが、もちろん違う。
ただ土とそのへんに転がっている木片の乾燥具合を鑑みての時間経過と進行速度の違いから適当に言っただけだ。
ぼんやりとながら目標があったほうが、自分を慰めて足も進めやすくなる。
ルートミックあたりであれば小さくても手がかりがあれば正確に追跡できたのだが、と残念に思うが、本人は本人で随分と楽しそうに商いをしていたので、こちらは自分でなんとかしないといけないですねと気を引き締める。
「バイユモンのほうはうまくやっているだろうか……」
「あの魔法使いの方ですか、水晶を随分と買っていましたね」
「魔法の贄は高価な物が多いと聞く、金貨1枚ならば通常か安いくらいの出費らしいな」
モルレウスが思考を彼の地へと飛ばしていると、リヴァルも同じだったのか呟くようにこの依頼を受けている仲間の1人の名を、頬が突っ張るほど冷たい空気の中に投げ込む。
寒さには耐性がある自分がこうなのだ、人間にはさぞかし堪えるだろうにと隣の褌男に視線を移しながら、会話の取っ掛りを渡してくれたのに無視するのは失礼だな、と1日前の光景を思い浮かべながら言う。
まさかルートミックが街の外で商売をしているとは思わなくて随分と驚いたが、出している商品がああも順調に売れていくとはとも驚いた。
単価についてはルートミックが色々と考えたのであろうが、横で見ていてこれは高すぎないか?とも、もう少し高くできるのか?とも悶々したものだ。
「それは……大変ですね」
「なに、相応の働きをしてくれるからの、分け前もその分多いし気にすることではあるまい」
お金……お金ってなんでしょうね、と虚ろな目になりつつあるモルレウスをよそに、面倒も押し付けてしまったしなと独りごちるリヴァル。
「面倒、はあのお二人ですか」
「あれは弱いくせに喧嘩っ早いからのう。まあ、死なないよう立ち回るのはうまいぞ」
「……なんとなくですがわかります。
ですが、立ち回りだけで生きていけるほど楽な場所ではないでしょう?」
面倒と聞いて、2人、名前は聞けなかったがスキンヘッドとモヒカンの男が浮かぶ。
最初の顔合わせが小競り合いだったため、面倒という言葉も弱いくせにという言葉も頷くしかないほど分かる。
立ち回りがうまいというのもなんとなく分かるかもしれない。
理由はどうであれ、魔族に2度喧嘩を売り生きているのだ。
圧倒的な敵意の前には吹いて消えるような灯火でも、そうやすやすと消えはしないでしょうね、と自分は絡まれたくないですがという思いも乗せてため息をつく。
そして、げんなりされたままというのもしゃくなので、ダンジョンの情報が聞けないか水を向けるために話を掘り下げる。
「そうだな、まあバイユモンは大食らい相応の実力も持っておるからのう。
積極的に守る気はないだろうが、大弓の手前で右往左往しているうちに射手が敵を打ち抜いてくれよう」
(それはむしろ邪魔なのでは……?)
例え話だろうが、遠距離攻撃を主としている仲間の標的の前に出るのは壁としてはいいだろうが右往左往するのでは射線を遮ってかえって迷惑なのではないかと首を傾げる。
モルレウスは前衛なので後ろで支援してくれる者の気持ちは分からないが、もしも自分が仲間の行動の妨げになるようだったら、むしろ構わず攻撃してもらいたいほど心苦しく思うのだが。
「では“昏林樹海”にいる魔物について教えていただきたいですね。
弱くはないですが、バイユモンさんよりランクが低い知り合いが潜っているので心配です」
「ほう……我とうぬの仲間の競争というわけか、結構。
本来なら対価をいただくところだが我もオトコだ、友のために安心させてやろう」
「ありがとうございます」
中々強引だったが本題に乗せると、暇を持て余していることもあって口が軽くなっているのだろう。
魔物についての情報という、内容によっては銀貨何枚か金貨すら取れそうな情報料は取らないでやろうと鷹揚に頷く。
所持金は未だ少なく、これからも色々と入用に迫られそうなので有難かった。
なので、寛大な態度をとっている途中で木の根に躓いて「ぬぅおおお!?」盛大に転んでしまっても見なかったことにしておく。
「……うむ、で、だ。
“昏林樹海”には数多くの魔物や魔獣がいるのだがな、その大半は表層部にいるのだ、が。
まあ危険度が高いモノから上げていこう」
なので、咳払いを1つついて仕切り直ししようとしている様にも突っ込まないようにしておく。
ダンジョンの――“昏林樹海”の構造が2つに分かれていることは道中に触りだけ教えてもらったので、特に質問もなく頷いて先を促す。
時間はいくらでもあるので焦らず聞いていけばいいが、なにせ魔素が豊富ゆえに棲息するモノの種類も多彩で、幾つもの名を上げていくならば何かしらの目あすも欲しかったので、リヴァルの言葉は嬉しかった。
「まずはユニコラル・フューリー、馬のような魔獣で表層部一厄介だ。
普段は真っ白な毛皮なんだがな、他の者から敵意を向けられると真っ赤な紋様を浮かび上がらせて怒り狂うのだ。
額から伸びる一本角は鋭く、鉄よりも硬い。
下手な武器よりも強く、直撃を食らったならば一撃で鎧ごと持ってかれる。
しかも馬のような体をしているくせに小回りも効いてな、横を取り続けられたら優位を取れるが中々に難しいぞ。
気術は使わないが気力を纏った蹴りは驚異的で、毛に浮き上がらせた紋様でなんとかという系統の魔法で行動速度強化や水の鞭を使ってくる。
挙句にスキルでも持ってるのか、半端な傷や毒なら自然治癒するから……まあ、我らから攻撃しない限り執拗に追ってこないからすぐさま逃げれば大丈夫よ」
魔法については専門外なのでモルレウスにも分からないが、ドラゴンの咆哮やケット・シーの歌の類だろう。
音を使わずに魔力を制御するのはあまり見たことはないが、ルートミックが一時期研究していたので珍しくはないと思う。
出来れば13の階級……は無理だとしても、冒険者のランクで当てはまる位置を教えてもらいたかったが、「そこは秘密でな」とはぐらかされてしまった。
ユニコラル・フューリーについて語ってバツの悪そうな顔をしていたので、安心させるための説明で語り過ぎたとでも後悔しているのだろう。
逆にどの程度の強さかわからなければ余計に不安になりそうなものだが、と思考するも、あまり突っかかって実は知り合い――プリメロが護衛に付いているエミルのことを全く心配していないということがバレてしまえば、リヴァルの機嫌を損なわせるかもしれない。
(これは、聞く口実を間違えてしまいましたか……)
「次にはバークスキン・オークだな。
巨大な身体を覆う鎧のようなひび割れた皮膚と鱗をもって、魔法以外の普通の攻撃は殆ど効かない。
さらに気術で物理防御力と筋力を底上げして襲いかかってくるが、動き自体はそれほど速くない。
足は速いが魔法も使えないから逃げるのは……まあ、食料を囮にすれば大丈夫だろう、頭は悪いしな」
相変わらず改善されない自分の舌の先に頭を抱えるが、リヴァルは「なんだこやつ?」と言いたげな視線をよこしたきり普通に話を続けてくれる。
転んだのを見逃したお返しだろうが助かった。
ここで変に追求されていても平然としていられるほど、図太くも恥知らずでもないのだ。
「後はマンティコアラ。
鮮血を浴びたかのような毛皮に灰青色のたてがみ、翼と鋭い爪、毒針付きの尻尾持ちという魔獣だ。
スキルで毒霧を吐いたり気力で強化した攻撃を得意とする奴でな、普段は木の瘤みたいにジッとしてるんだが中々に俊敏だぞ」
とりあえず、話に聞く魔物や魔獣の情報は後ほどズィズィとジェジェへ伝え、セルヴァとの定期連絡時にエミルへと流れるように聞き漏らしがないよう気をつける。
強さの基準については現場にいるエミルに判断してもらうしかないのが心苦しいが、収穫なしという無様を晒すよりはマシだろう。
所々でそのモノの大きさや特徴などを追加して話す、褌一丁の筋骨隆々の男の話を神妙な顔で聞き続ける。
……既にそれを伝えるべき主は似たような情報を女拳士から聞かされているとは知らぬまま。
「ポレヴィークという輩もだな――」




