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44話・地下へと潜り蜘蛛と遭う

松明の独特な匂いと緑の匂い、そして汗と微かな血の臭いが、歩むたびに空気が揺れ鼻腔をくすぐる。

魔物や魔獣、人以外の異形の生き物であるそれらの五感は、一部であれ全てであれおおよそ人よりも数段優れている。

もちろんこの匂いも数m、もしかしたら数十m先からも感知されているかもしれなかったが、キャマラダは特に気にしない。

よほどのことがない限り、日が昇っている時間帯で遠くからわざわざ襲撃してくるモノは少ない。

近くに潜んでいた存在がこちらに気がついた際はその限りではないが、その時は背負うパルチザンでガンガン戦う気満々なので問題ない。


「しっかし、こうして目的地に向かって歩くだけってのも珍しいよな。

いつもは採取しながらなにかしら釣れた奴を狩って採取してってやってたけど、今はスイスイだぜ」

「へ~、いつもはどんなの採取してたりするの?」


ただ、大体の敵はフィーユかソキーヌが対応してしまい、こちらまで回ってこないのでこうしてグダグダと喋る暇が出てくる。

基本的にしないほうがいい事に分類されるが、声を抑えているのでよほどうるさくしない限り怒られないだろう。

というか、2人も割と好き勝手喋っているのでこれで注意されたら殴りかかる。


「そうだな……メンテ・ミントとかタイラントバジルみたいな草からクァラップルの実みたいな果物とか、本当に色々だな。

キノコはちょっと目利きが難しいからほっといてるけど、そこそこのものは揃ってるな」

「目利き出来なくても、街に着いてから鑑定してもらえば?」


真っ暗森に入ってから一夜を過ごし、2日目に入ってからも比較的問題なく進めている。

遭遇する敵の数も妥当なものだし、異変が起きているとはわからないが、採取目的でダンジョンに潜るように行動してると荷物がどんどん増えていって身動きが取れなくなってしまうので、勿体無いけど指をくわえたままお宝はスルーだ。

まあ、荷袋に入れないでそのまま食べれる美味しいものとかあったら食事の時のお供用に採取したり、他には倒した魔物の素材を少しだけいただくくらいで、よほど貴重なもの――重さか大きさの割に高く売れるものしか道すがら取らないことにしている。

そして、今のところはそんな代物と出会ってないので、肩にかけている荷袋の中はスカスカでかなり軽い。


「金がかかるからな、その分マイナスになったらやってらんねえからバッサリやめたほうがいい」

「なるほどね~」


といっても、装備の――スケイルアーマーと左手の盾、トンレットにパルチザンの重量を考えると、草の1束や2束は問題になるほどの重さではない。

ようは嵩張るのが邪魔なのだ。

重さよりもそっちのほうが問題で、敵の奇襲時に荷袋に引っかかって武器が抜けなかったなどとなったら笑い話にもならない。


「ま、それもここまでだ。この先は――」


なぜなら、ここからは今までのヌルイ森の中とは違う区間になるのだ。

エミルにもわかりやすいようその境界を指し示してやる。


濃い魔素に当てられ、活発になるどころか死滅し中が空洞となっている様を晒している木々が増えてくる。

あるものは幹の中程から折れ、あるものは石のように硬質化している。

下草は徐々に減り、剥き出しの地面から突き出しているそれらは、まるで地の底へと続く一方通行のトンネルだ。

その中でも一際大きな木――キャマラダたちが抱えても余りあるほどのモノが半分倒れるように、斜めに地を貫いているのを見る。


「おれたちにとっても地獄だからな」


先人たちの知恵から、そこは立派な通り道になっている。

幹の上部には採光のために荒々しくも穴があけられ、空洞となっている場には幾つもの剣や金属、木を削って作った楔が刺さり出来た階段と簡易的な手すりがある。

底は真っ暗森と呼ばれるキャマラダたちが立つ場よりもさらに暗く、蛇の体内を思わせる。


「ここから先は“昏林樹海(こんりんじゅかい)”の第二層だからね。

ここまではCランクの魔物しか出なかったけど、ここからはBランクの魔物も出るから気を引き締めるんだよ!」

「う、ん……わかった」


ソキーヌが木の蛇に入る前にと忠告するが、それはエミルとプリメロのためを思ってのことだろう。

このダンジョンの適正ランクはBであり、最低でC-、せめてC+となっているが、この広い開きは“昏林樹海(こんりんじゅかい)”の構造に起因するところが大きい。

緑豊かである森林表層部。

そして魔素溜りに近いので、その影響を大きく受けた地下森林深層部だ。

前者は漏れ出る魔素が森に行き渡り、森全体に満遍なく影響を与えていたのに対して、後者は限られた空間の中に詰め込まれた魔素が魔物を生み出し、さらに周りに樹木という器がないのでただ魔物だけが強力になっていく。

弱きものが下に迷い込めば瞬く間に淘汰されていき、逆に下のものはわざわざ魔素の少ない上に行く必要もないので、自然と棲み分けされていったのだ。

つまり、今キャマラダたちが立っている場で生き抜けるものの最低限必要になる強さが冒険者基準でいうCランクであり、これから向かう“始まりの魔素溜まり”へと続く道、今はもう鉄錆の棒となった剣たちによって彩られた先へ進むために必要な強さが、Bランクになるのだ。


「ツリービング・ドラゴンが出るのもこっからだけど、どうなっかなあ」

「今度は準備万端だから大丈夫。イケる」


表層部にはそこそこの種類の魔物や魔獣が棲息しているが、深層部にはそれほど棲息しているモノの種類は豊富ではない。

ツリービング・ドラゴンに猫型の動く胞子であるネコマタンゴ、常に集団で行動し音響魔法を扱う蝙蝠のオペレッタ・バット、そして鉱石を餌にして甲殻を作るオーレ・スパーダーのみだ。

表層部には10を超える種類の魔物らが跋扈(ばっこ)しているので、いきなり予想外の敵との遭遇というのは少なくなる代わりに、戦闘の質は上がる。

Cランクの冒険者が“昏林樹海(こんりんじゅかい)”内の依頼を受け、調子に乗って深層部に乗り込み手痛いしっぺ返し、最悪そのまま魔物たちの餌になってしまうケースも少なくないほどの場所なのだ。

念のために防具の留め具の点検をザッと済ませてから木のトンネルへと足をかける。


「一番槍、いっくぜぇ!」

「おー」

「下手なことするんじゃないよー」

「がんばれ~」

「がんばってくださいねー」


蔦と木の枝を組んで頭大のマリモのように球状にしたものに松脂を染み込ませた布を巻き、火をつけたものをゴロゴロと木の傾斜に任せ転がして先行させると、追いかけるようにして駆け下りる。

このトンネルの先は闇に潜む強力な魔物たちがいるテリトリーのど真ん中へと続いている。

なのでパーティーの中で一番防御力があるキャマラダが先陣を切り、槍の間合いでもって安全を確保するのがいつものパターンになっている。


「エミルゥ!ちゃんとついてこいよー」

「うん、わかってるよ~」


カッカッカッと足元の鍔や柄、楔を蹴り、時に石を思わせながらも滑らかな表面を滑り、天井に刺さる剣を掴んで下りる、というより落ちていると表現したほうが妥当な速度を調整していく。

後ろには順調に続いている仲間がいるが、エミルとプリメロもごく普通に付いてきている事に驚いた。

初見ならばこの急勾配と無造作に突き刺さる刀剣の数々、そして奈落にでも続いてるのではと思わずにいられないほどに深く底が見えない黒に気圧され、一歩踏み出すのもままならないはずであり、当初自分もそうだったのでこうも上手くいくとにやけてくる。


(根性あるな!足踏み外したら下まで転がってくのが目に見えてるからビビると思ってたけど、んなことなかったわ)


下へ下へと跳んでいく度に深い深い沼の底へと沈んでいくかの如き、質量さえ感じそうな澱んだ闇が濃くなってくるが、下りるペースはむしろ速くする。

ちんたら移動すれば、その分出口で餌に飢えた魔物に待ち伏せされる可能性が高くなるからだ。


「やっと出口か……。みんな、気をつけろよッ!」


背中に「おー」という幾つかの返事を受けながら、転がる灯りに追いつき並走し、追い越してしまうかという頃にようやくオレンジ色に照らされた地面が見えた。

ゴツゴツとしてはいるが、角の取れた石の床は滑らないので着地には絶好の場だ。

パルチザンを背中から抜き、着地と同時に刃の根元についている鈎にマリモ灯りを引っ掛け周囲の警戒に入る。


「敵は――蜘蛛3匹、前方距離7m。近づいてこないけど、いつ来るかわかんない感じ」


パルチザンの長さは2m弱、そして灯りが闇を押し出し視界を確保してくれる領域はせいぜい5mほど。

ギリギリ光の円に入るか入らないかの場所、石柱のように深層部の上下を突き抜けていく木――明かりの範囲を超えているので正確な大きさはわからないが、下りてきた深さから考えるに20m以上の長さをもつ、枯れ色の結晶化している樹皮に覆われている太樹に張り付く蜘蛛の全長は1,2mほど。

岩を荒く削り出して作った彫刻のような甲殻で出来上がっているそれは、蕩ける黒曜石の雫を垂らしたような瞳を8つ、パルチザンの先にぶら下がっている灯りを興味深げに向け様子見している。

結晶の大樹はそこここに乱立しているので、まだ灯りが届かない場所に蜘蛛――オーレ・スパーダーが張り付いているかもしれないので油断できない。

オーレ・スパーダーの危険度はポレヴィークよりも低いが、なにせ1匹見つけたら20匹は近くにいると考えていいと言われるほど群れるので、厄介度合いではこちらのほうがはるかに上だ。

……さすがに20匹は言い過ぎだとは思うが。


「キャマラダ先頭で右プリメロ、左アタイで後ろソキーヌ。エミルは中でいつでも魔法使えるようにしとくんだよ!」

「うん!」


そうこうしているうちに後ろで4つ、着地の音を鳴らして降り立つ影をチラと見やると、すぐさま菱形の陣形が出来上がる。

5人の冒険者を中心に光の円がより強く広くなるが、それでも十分ではない。

光の領域外から高速で飛びかかる敵がいたとしたら、反応できないわけではないが完璧に防げるわけでもないのでそれを補助するために手を打つ。


「暗視ポーション使うぜ!3・2・1――」


貴重品なので、荷袋ではなく腰に付けてたポーチから取り出したのは手に収まる程の大きさの細長い瓶。

中には翡翠を溶かしたようなトロリとした液体が揺れている。

低位のものとはいえ即時魔法効果をもつポーションは高価で、表層部では勿体無くて使えなかったが、ここでなら金貨1枚分の消費も安全と引き換えならば惜しくない。

口早にカウントを終わらせると、目線はオーレ・スパーダーに貼り付けたままグッと一息に飲み干す。


「っかあー!まっず」

「飲もうとする前にそういうこと言うんじゃないよ……」


暗視効果を1人だけ受けても意味はない。

全員が飲むことになるのだが、すでに深層に足を踏み入れている状態で無防備にポーションを飲むのは魔物に攻撃してくれと言っているようなものだ。

1人飲む間に他の全員がその隙を埋めるという形にして、一番最初に口にしたキャマラダから思わず出た言葉にゲンナリされる。


「仕方ないだろ、ほれ次」

「まったく――んっ」


だが、今まさに顔を愉快に歪めているフィーユと口内に残る苦味が表すとおり、ポーションというものは一般的にかなりまずい。

口に入れた瞬間に苦味が舌をつつみ、微妙な甘ったるさと強烈な酸っぱさが口の中を蹂躙する。

苦労して飲み込めば、喉の奥から青臭さの中に薄荷と血の臭いが同居しているようななんともいえない臭いが鼻腔を刺激するのだ。

使用し嚥下する度に、もう少しどうにかならないのかとせり上がる不快感と共に不満を吐き出すのも恒例みたいなもである。


「これはこれで悪くないよな?」とかおかしなことをつぶやいていたり、フーと大きく息を吐き出し体の中から臭いを追い出そうとしていたり、まるで水を飲んだように平然としていたり、皆のリアクションに尻込みしつつもやはり最悪な味のそれに「うへ~」と眉を顰めていたり、というのをポーションの効果で薄く紫色がかってきた視界の中、傍目に見つつ周囲に再び頭を巡らせる。

低位のものであるが故にその効果も相応のもので、完全に暗がりを見通すのではなく、光をより効率的に受け取れるというものだが、それでも索敵するには十分だ。

20m、いや、薄ぼんやりと天井も視認できるので30m弱まで広がった視界を目一杯使い、暗闇に溶けていた姿を暴いていく。


「他には……右上に2匹、少し遠くだけど左に3匹、正面からこっちに歩いてきてるのが3匹だ」


どうする?とパーティーのリーダーであるフィーユに問いかけるが、そんなものは一応だ。

期待している返事を待たずに、獰猛な笑みを浮かべ走り出「迎撃さね――って早い!?」す。


パルチザンを真っ直ぐに標的――3匹いるオーレ・スパーダーの中央へと向け、気力を込めた踏み込みにより音を置き去りにして一瞬で彼我の距離を喰らい尽くすと、ゼロからマイナスへと突き進む。

地の底なれど、よく換気がされているからか澱んでいない空気を裂き、勢いそのままに自らの身体までも槍と化したかのようにオーレ・スパーダーの額へとパルチザンを吸い込ませ、カッと乾いた硬いもの同士がぶつかる音がしたかと思うと、そのまま岩でできた甲殻をバターに熱したナイフで突き立てるが如く破壊し、大事に守られていた脳に易々と達する。


「死に晒せやぁああああああああ!」


だがそこで終わりはしない。

オーレ・スパーダーという障害物の存在は無いかのように尚も突き進もうと腕に力を入れた瞬間、「キシャアアアアアアアアアアアッ!?」さすが単純な生き物というべきか、痛みはなかろうが自身の死を目の前にして断末魔の叫びを上げ暴れまわる。

さらに、キャマラダの動きに反応しきれはしなかったものの、左右のオーレ・スパーダーが前肢を上げて攻撃の構えをとっているのを視界の隅に捉える。


「おっそいぜ――っと」


もちろん甘んじて石筍の槍とでも表現してもいい4本の攻撃を受けるほど自分は痛みに寛容ではない。

というか死ぬ。

なので、腕に入れていた力の向きを下に、槍の穂先へと集中させ軸として半円を描くように跳躍する。

顔のすぐそばで風切り音がしたが、その恐怖を押し殺し着地すると同時に振り返り、回転の勢いを乗せて追撃の横薙ぎを、暴れているオーレ・スパーダーの尻へと叩き込む。


「馬鹿ッ、先走りすぎだよ!」


ソキーヌが何か言っているが無視する。

深層まで潜る冒険者は、表層では気力や魔力を極力使用せずに切り抜け、深層に入り温存していた力を小出しにして攻略するというのがダンジョンに慣れた者の、限られた気力をやりくりする者の常識であり、キャマラダたちもその御多分に洩れず力を温存していたのだ。


「せっかく気力を貯めてたんだ、ここで使わないと破裂しちま――ぅひゃ!?」


溜まりに溜まったフラストレーションを発散する機会があるならば張り切ってしまってもしかたがないだおう、と頭部を叩き割ったオーレ・スパーダーの体を盾にするように右半身へと滑り込み、挟み撃ちにされない状況を作ると、再び突撃のためにパルチザンを構え目の前の目標へと重心移動させた瞬間。

見た目通りに重量もかなりある巨体が左から右へと消し飛ぶように視界から消える。


「っち、外したか」

「おいいいいい!?暗いんだから無茶すんなよ!」


見れば吹っ飛び転がっているオーレ・スパーダーの腹にソキーヌのクレイモアが突き刺さっており、背中まで貫通していた。

暗視のポーションの効果があるとはいえ、手元が狂えばキャマラダも同じ目に、いやクレイモアが突き刺さり原型を留めるならばまだマシで、何とも分からない肉片に変わり果てていたかもしれないのだ。

聞き逃せない不穏な一言もあり、大声を出すのは以ての外だというのは頭の中から一瞬で消え去り怒鳴ってしまう。


「昨日のお返しだから。あ、剣返してね」

「こんな時にふざけてるんじゃないよッ!」


松明をフィーユに渡し、両手を空けた状態のフィーユを先頭に4人が走って近づいてくる。

2匹屠りはしたが、もう1匹オーレ・スパーダーが残っているし、周りで様子見をしていた個体も集まってくるだろうからだ。


(そういえば残りの1匹は……)


ソキーヌが剣をよこせなどとほざいてるが、とりあえず近くにいる奴を串刺しにしておこうと視線を巡らせ、


「――ッ」


発見する。

頭上だ。

もう命の火が消えたのか、ぐったりとしているオーレ・スパーダーの死体に背をあずけていたのだが、その上に乗り巨大な鋏角を近づけてきていた。

すぐに攻撃してこなかったのはソキーヌが投げたクレイモアに怯んでいたからだろう。

パルチザンの大振りな穂先を引き戻すには間に合わないので、傾けた重心のままに前の空間に転がるようにして身体を放り投げる。


「っぶね」


オーレ・スパーダーは肉を食べることはないが、獲物を石化させる毒を注入し、砕いて口にする。

解毒薬は持っているとはいえ、危うくこれまで糧となったであろう餌たちと同じ運命を辿るところだった。


「そのまま伏せてな!」


受身も取れずに固い地面に倒れ込んだが、いつまでも無防備な状態を晒しているわけにはいかない。

顔を上げ、後ろから迫り来るであろう毒牙を防ごうとするとフィーユの声に頭を押さえ込まれ、


ラム=ピエ(其の足は刃が如く)


薄紫の視界の中、目の端で流星が尾を引きオーレ・スパーダーへとぶつかると、剣と剣をぶつけ合い切り落としたような音を響かせる。


「いやいやいや、おれよか張り切ってないか?」

「1人突っ込む馬鹿のせいだよ!ほら、次来るよッ」

「剣~」


小さく振り返れば、今まさに飛びかかろうとしていたオーレ・スパーダーが横にズレて崩れ落ちる。

鋏角から口内へ、そして腹部から尻の穴まで真っ二つにしたのはフィーユの気術である蹴りだろう。

気術はただ単に気力を纏わせただけの攻撃よりも威力も気力の消費も段違いなので、オーレ・スパーダー程度ならば一撃で下せ、より爽快そうだ。

口の端を吊り上げてノリノリじゃないかと煽ってみると、怒られた。酷い。

言い返そうとするが、結晶樹に張り付いていた周りのオーレ・スパーダーが動き出し近づいてきているので、出かけた言葉を飲み込み代わりに笑みを浮かべてやる。

獲物はいくらでもいるのだ、鬱憤をぶつけるのは目の前の蜘蛛野郎でもいいだろう、と改めて次の獲物へと柄を握り締め飛びかかる。




使




(随分と生き生きしてますね……)


「ヒャッハー」と嗤い叫びながら、すでに迎撃態勢に入っているオーレ・スパーダーへと飛びかかっているキャマラダを、投げ飛ばした剣をいそいそと拾いに行くソキーヌを、蜘蛛の死体をジャンプ台にして足に纏った光を再び敵に叩きつけようと放たれた矢のように地を滑るフィーユを観察しながら、つい十分ほど前にいた地上での3人の戦い方の違いを冷静に分析する。

昨日までの3人は、気術どころか気力すら殆ど使わずに進んでいたのだが、今は溜まりに溜まったそれらを一気に使い尽くそうという勢いでオーレ・スパーダーに立ち向かっている。

自分から動くことはあまりせず、敵の攻撃を受け流し反撃するのが主だった頃とは全く違うのは余裕の有り無しだろう。

ポレヴィークはオーレ・スパーダーよりも個体能力が高いとはいえ、こんな数に囲まれたことはなかった。

岩が1つ山から転がってくるよりも飛礫が10来るほうが、双方当たれば即死となれば飛礫のほうが脅威だろうから最初からこう張り切っていると考えられる。


(限られた力の中でどうやりくりするかというのは、人間の課題なのですね)


それは手持ちの金銭で1日をどう過ごすのかに似ているのかもしれないとぼんやり思考しながら、刃渡り20cmほどの短剣――ハチドリの嘴のように細く、松明の揺らめく灯りさえも染み込んで離さない黒い刀身に鋭い切先、柄が刃先に向かいL字型に湾曲している片刃のそれを無造作に振る。


――ッカ!


それは小石に小石をぶつけたようなごく小さく軽い音だった。

制限から解き放たれ、思い思いに戦う3人から漏れた天井から糸を垂らし強襲してきたオーレ・スパーダーらを撫で斬りにする。

右手に持つ短剣は柄までも周囲の闇を押し固めたような黒で、少し光から外れた場所で振るえば無手で相手を傷つけているようにも見えるだろう。

セルヴァから下賜された逸品であるが故に、気力なぞ纏わせなくともまさに岩の如き硬度を持つ甲殻といえど易々と切り裂き、主に腹部を両断していく。


「いや、実力はお金ほど増えやすいものではないですよね……」


半身を失いながらも、最後の足掻きとばかりにピクピク蠢いている石壁を周りに置き、エミルの為の防護壁としながら心の中の呟きにひとりごちると、左に持つナイフにも目を向ける。

こちらはフィーユから勧められたもので、刃渡り13cmほどで4つのリングを連ねたナックルガードが付いた鋼鉄製の代物だ。

冒険者になるならと銀貨3枚で購入したのだが、プリメロが実用するには些か役不足で持て余していた。

一応、動物を解体する時などには重宝したが敵対物に向けるわけにはいかず、しかして仕舞っておくとフィーユに見咎められた際に、なぜ使わなかったのかと問い詰められそうなのでぶら下げているのだ。


「セルヴァ様の御品に慣れてしまうと、武器を選んでしまっていけませんね」

「プリメロ~、がんばって~」


手元にあるものならばどうしても比べてしまう質の差に辟易しつつも、せっかくだからどうやってか活用してあげたいと唸る。

バズヴ・フレイク(大鴉の尾羽)〉と呼ばれる宝剣ではあるが、一振りなので攻撃と防御をともにこなせない。

ただの鋼鉄製では強度が不安なので、気力を僅かに纏わせ盾として攻撃を受け止め、また受け流し、作り上げた隙に尾羽を滑り込ませ急所を断ち切るのが良かろう。

エミルの声援を受けながら、「ありがとうございます」蜘蛛相手にワルツを踊るかのような足運びでもって処理する。

恐れを知らないオーレ・スパーダーがただ愚直に突き出す前肢を受けて斬る、受けて斬る、受けて斬る。

もはや戦いではなく死体を生み出す為だけの作業を繰り返すこと4体分。

その頃には最初の11匹の他に、賑やかに飛び出した3人――というか大体キャマラダが大声を出し引き寄せたオーレ・スパーダーは片付け終わる。


「終わりましたね」

「うん、みんなお疲れ様」


なればエミルの傍へと戻り、この場には全く相応しくない春の陽だまりのような暖かな微笑みとともに労ってくれるところに感極まり舌がうまく回らなかったので黙礼し、左のナイフの調子を確かめる。

大鴉の尾羽(バズヴ・フレイク)〉はオーレ・スパーダーの甲殻ごときでは刃こぼれの1つも起こさないが、こちらは違う。

気力を纏わせはしたが、最低限のそれではプリメロ自身はともかくナイフを守れたかわからない。


(自分よりも(やわ)いもので身を守るというのも、滑稽ですね……)


刃の部分には欠けや潰れは見られなかったが、ナックルガードはいくらか削られている。

相手も気力を使う攻撃をしてきたので仕方がないとはいえ、もう少し強めに強化しておくんだったとため息をつく。

と、


「ったく、無駄に大声出すからいらん戦いしたじゃないか」

「その代わりここらはもう魔物はいないだろうし、ゆっくり休憩できるぜ?」

「その前に蜘蛛から剥ぎ取りできるものはしとこうか、タダ働きは割に合わないからね」


3人が身体に浴びているオーレ・スパーダーの体液を拭きながら戻ってくる。

それぞれが思い思いに飛び出したのでわかりづらいが、エミルが立っている位置が戦闘前の初期位置であり、採取物を収める瓶が入っている荷袋が転がっているのだ。

フィーユがキャマラダをたしなめているが、おそらく後付けで考えついたであろう言い訳も理解できるのか苦々しく頷くとそそくさと荷袋を定位置である肩へと戻す。


「どの部位を持ち帰るのですか?」

「毒、と後は宝石があったら取ったり」


オーレ・スパーダーの毒は魔物や魔獣からの素材を良い状態に保つ保存剤の材料にも、麻痺毒の合成にも使え、値段はそれほどでもないが需要が高く絶対に換金出来るので確保しておきたいのだと。

宝石のほうは蜘蛛の甲殻が成る性質上、稀な個体にだが純度の高いものが体のどこかに精製されるそうで、

使い道の多いそれを手に入れるためによく注意するように、とソキーヌは運良く見つけられたら儲けだよと付け足して期待を強調するように小さく口角を上げ、コツコツと近くに転がっている蜘蛛の死体をノックしてみせる。


「それにしても、よくこんなに倒せたねえ……」

「フィーユさんから勧められたナイフのおかげで大分楽をできました」

「いや、そんなレベルじゃねーだろ!?」

「私たちより数段強いよね」


それで意識が周囲に散る死体にいったのだろう。

驚きの中に呆れを混ぜ込んだフィーユの視線を逸らしてみるが、その先でキャマラダに撃墜されてしまう。


それぞれが仕留めた獲物の数は、フィーユは5匹、キャマラダも5匹、ソキーヌは3匹だ。

様々な魔鉱や魔物、魔獣の素材を注ぎ込み作り上げた装備とごく普通の市販のナイフと服の性能の差を見れば例え一般人でも絶句するだろう。

多少楽になるというほど手伝ってはくれないだろう、最低限のそれでどうやったんだと詰め寄ってくる。


(しくじりました、エミル様から言われていたのに……。いやでもこの程度なら許容範囲内かと)


エミルから自重するように何度も釘を刺されはしたが、想定していた結果と違うリアクションに喉が引き攣る。

取り乱さずに、どうにか曖昧な微笑みを浮かべられただけ僥倖といえよう。


「ま、まあ……プリメロも旅をしてた時にいろんな事してたから、戦歴は皆より多いかもよ?」


言葉を発することを放棄したプリメロの代わりに、エミルがソキーヌとキャマラダから守るように割って入ってくれる。

本来ならば逆に、前に立たなくてはいけない立場であり情けなくもあるが今はただ有難い。

未だ小さく、童女のように華奢ながらも魔王の頼もしさを感じる背中を見て、3人を伺う。

誤魔化しきれなかった場合の対処はわからないが、エミルから指示があればすぐさま行動に移れるように。


「…………マジかッ!?やっぱり掘り出し物だったねえ、アタイの目に狂いはなかったよ」


だがまあ、杞憂だった。


「全くだ、フィーユよくやった!プリメロも、上でも勿体ぶらずに力振るってもよかったんだぜ」

「初陣でやりづらかったんでしょ、これだからキャマラダは」


やいのやいのと沸き立つ3人に「あ?んだよ、含みあるなあ。おいッ!」声もなくぽかんと口を開けてしまう。

それでいいのかという呆れと、それでいいんだろうなという「いきなり張り切ったらびっくりするでしょ。あそこ狭かったし」諦念が入り混じった表情は、しかし一瞬で「なるほど!気遣いか」引っ込ませ押さえ込む。

冒険者のパーティーとしては「機微を察するのも大切なことだよ」戦力増強のつもりで入れていたとはいえその期待度は「わりぃ」そこそこだったプリメロが、蓋を開ければ「分かればよろしい」自分たちと並ぶ即戦力だったのだ。

諸手を挙げて興奮するのも道理かもしれない。


「――そういえば、プリメロのそれってここまで持ってた?」


そんな興奮の中、エミルを乗り越え目ざとく右手に持つ〈大鴉の尾羽(バズヴ・フレイク)〉を見つけたソキーヌが、結ばれた縄となった視線に引き寄せられるようにエミルにもたれかかり凝視してくる。

その目は真剣そのもので、どうにかして短剣の価値を見極めようとしているようだ。


「はい、こちらはとっても大切なモノなので懐に大事にしまってましたよ」

「おお~、よくわかんないけどかなりの業物っぽいな」


プリメロは召喚獣であり、魔族の殺戮人形(キリング・ドール)だ。

身体の各所に武器を仕込んであるのは当たり前で、〈大鴉の尾羽(バズヴ・フレイク)〉も懐――ミスリル蒼鋼でできた金属骨格の一部である肋骨の内側に忍ばせていたのだ。

肌身離さずという言葉はあるが、創造主から授かった品なのでもはや肌身を構成する一部とさせてもらっていた。


手に収まるような小さな武器は門外漢だろうが、キャマラダも興味津々といった感じだ。

どんな武器であれ、その質を確かめようと心躍らせてしまうのは冒険者の性かもしれない。

とはいえいつまでも見せるものでもないので、メイド服の内側へと抜き身のまま差し込み、身体の中にしまうと、エミルを宝石商がショーケースの前に置く仕切り台のようにしている2人を「ぉ、重い……」静かにどかすと、


「ええ、それはもう、自慢の逸品ですよ」

「おーい、早く剥ぎ取るんだよ!もたもたしてると劣化するじゃないか」

「――まずは戦利品をいただきましょうか」


褒めてもらったことで喜色が湧き出る顔を引き締め、誇りを持って胸を張ると、彼方からフィーユが大声で急かしてくる。

いつの間にかオーレ・スパーダーの死体を見て回っているのは、早々に素材を剥ぎ取らなければ死に引きづられて素材の質が低下してしまうから、らしい。

慌ててエミルの手を引くと、〈大鴉の尾羽(バズヴ・フレイク)〉の刀身の美しさを忘れられないのか名残惜しそうにしている2人に振り返り、


「後でお見せしますから」

「おっし、さっさと終わらせるか」

「自分が殺ったのは自分で見てね」

「え、ちょっ――」


一言告げると、周囲の闇を切り裂かんばかりの速さで蜘蛛の死体へと突進していく。

相手が死んでいるからか、戦闘開幕時よりも思い切った動きだ。


「人気者だね~」

「いえ、セルヴァ様の剣のおかげです。

そして、先程は場を補っていただき、ありがとうございました」


そんな2人を見届けると、エミルが腕の中でニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる。

後に訪れるであろう鑑賞会について思い浮かべているのだろう。

大鴉の尾羽(バズヴ・フレイク)〉をあまりジロジロと見られるのはむず痒いものではあるが、セルヴァから賜ったものをそうとは知らずに称賛されれば悪い気はしなかった。

そのお返しとしてならば人間に囲まれ拘束されるくらいどうともない。


「ん、いいよ。あれで突っ込まれるなんて僕もうっかりしてたし」

「ありがとう、ございます」


しかし、エミルの言うとおり冒険者自身の強さの基準というものがよくわからない。

それは非戦闘員である一般人との戦闘能力の差異がわからないことからくる認識の違いなので、時間をかけてすり合わせていかないといけないねと優しく笑って許してくれる。

その笑みは戦闘以外、不出来な自分には有難く勿体無い。

そして少しだけ不安になる。

このように優しいお方が、武力に訴えずとも復讐を誓うほどの相手である人間とこうも仲良く行動を共にしていてもいいのだろうか、と。


「いいから、さ。剥ぎ取りしてみよ」

「はい」


エミルはそんな心中はどうでもいいというように、つないでいる手を今度は自分の番だと引っ張ると、荷袋を拾いズンズンとオーレ・スパーダーだったものへと向かう。

剥ぎ取り行為は種族によっては死者を辱める愚かな行為だとするモノもいるが、エミルはそこに忌避感を抱いてはいないようで、逆に新しい事をする期待に目を輝かせている。

しまうタイミングを逃してしまった左手のナイフを振るう場面に出くわせれば、もっとエミルに喜んでもらえるかもしれない。

物言わぬ瓦礫の中に、右手の先を歩む主の瞳のような輝きが埋もれていることに期待し願いながら、恐れ多くも親しみやすい柔らかな感触を手に連れられる。

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