090⚫️倭国動乱
日の巫女一族には、並外れた癒しの力が受け継がれている。
肉体と魂を同時に癒すことができる。
始祖は太陽の女神に仕え、
月の光の下で舞うことで、闇に沈んだ世界へ陽光を取り戻した。
その力は月に由来するが、仕える対象は太陽である。
だからこそ、「日の巫女」と名乗る。
月と太陽の狭間に生きる者たちの誇りが、そこにある。
日の巫女には妹がいた。
彼女は「月の巫女」と呼ばれ、
癒しの力を持つ姉とは異なり、戦士を生み出す役割を担っていた。
この月の巫女が生み出した戦士、それが人狼である。
彼ら彼女らは月齢に応じて力を増し、満月には獣性が高まり、
俊敏さと怪力、驚異的な自己再生力を得る。
人狼は日の巫女を守る盾であり、影の中で戦う刃だった。
癒しと力、光と影・・・
ふたりの巫女が共にいる限り、その領域は均衡を保つことができる。
人狼とは、ただの獣ではない。
彼らは、月の巫女の祈りが形となった存在なのだ。
「・・・という内容の古文書が見つかっている。大戦後のことだ。最古の神社と伝わる、あそこで、だ。公にはされていない。」
局長はサングラスを取り、淡々と話す。
「わたしもオオガミと会い、その能力を知るまでは、偽書の類と考えていた。さらには上層部の、だれが人狼など信じる?だが、アメリカの’女神’は真剣だった。向こうでは、人狼に痛い目にあったようだな。心当たりはどうだ?」
あるな。何度かは。だが、そんなに度々って、わけじゃないぞ。
「人狼の遺伝子を解明し、ヒトに応用する。・・・それが、あちらの科学者の狙いだろう。連中は、善意の皮をかぶった知識追求欲の塊だ。わたしは羊の皮を被った狼、とは言わんぞ。」
「で、日野郁代の誘拐が、その古文書に繋がったということですか。」
ジンがゆっくりと尋ねる。
こいつ、まだ、怒気をバンバンに孕んでる。
「そうだ。この狙撃で巫女の実在が証明された。研究の好材料が、追加されることになるだろう。」
「だが、巫女が治癒回復の力があるにしても、平和維持の能力はあるのか?この国でも戦は何度も起こってきたぞ。あんたの言う世界大戦だってな。ふたりの巫女がいても、均衡は保てていない。このブレはなんだ?」
俺の問いに、局長は応える。
「そのとおりだ。巫女の力は’国内’で発揮される。どこまでを’国内’と定義するか、は巫女の意識に依存する、とわたしは考えている。」
「確かに、近代までの日本は小国に分かれて自治されている状態でしたね。」
「ココアの言う通りだ。巫女が’国内’にふたりそろっているかどうか、は巫女自身の意識の問題なのだろう。文書が記された、遥か昔からな。」
ジンが尋ねた。
「局長は・・・’倭国動乱’が巫女の起源だと言うのですか?」
「そのとおりだ。それが歴史に残る、最初の事例だ。」
倭国動乱は、2世紀後半の日本列島において、複数の小国が互いに争い、長く混乱が続いたことを指す。後漢の史書「魏志倭人伝」によれば、事態収拾のため、諸国は卑弥呼という女性を共立した。彼女の登場によって、倭国は再び秩序を取り戻す。卑弥呼は「鬼道」と呼ばれる霊的な力を用いて民を治め、倭国は再び秩序を取り戻し、魏との外交関係も樹立された。その統治は、武力ではなく霊性と信頼による統合であり、倭国における支配の正統性を霊的権威に求める転換点となった。
しかし、卑弥呼の死後、再び争乱が起きる。最終的に卑弥呼の親族とされる台与が共立されることで、国は再び安定を取り戻す。卑弥呼と台与の記述は、倭国における統治の根幹が霊的信任にあることを示しており、政治と宗教が深く結びついた統治原理の萌芽を物語っている。
「日の巫女と月の巫女が袂を分かつた、という大神島の伝説とは、少しズレるな。」
「そうだ、オオガミ。しかし、卑弥呼の’死’は肉体の死ではなく、距離的な姉妹の離別だったのではないか?何の根拠もない、細かな整合性もない・・・。’台与’が月の巫女がいない状態で、ひとり統合の象徴とされる中、残された傍系の人狼が、日の巫女を守ったのだろう。次第に人狼の能力を変化させてな。これらは、わたしの個人的な想像に過ぎない。だが・・・卑弥呼の後を継いだ’トヨ’については、少数派だが、別の学説・読み名がある。・・・’イヨ’だ。」
なに?’イヨ’?
それって・・・イヨなのか?




