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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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旧友再会——剣と剣の間に

 レオンハルトが騎士二人を従え、ハルベルトの正門を通った。軍馬の蹄がマギクリートの石畳を踏む硬質な音が、朝の空気を切り裂いた。村人たちが足を止めた。畑に向かう途中の農夫が、水汲みの途中の女が——騎士の姿に視線を集めている。不安の色だ。


「公式訪問か」


 ガルドが健悟の隣で腕を組んでいた。声は低く、表情は硬い。腕の古い傷痕が、朝の光の中で白く浮き上がっている。


「三日前の巡回とは違います。正門から来ている」


「ああ。巡回なら裏道を使う。正門から堂々と来るのは——見せるためだ。村人に。俺たちに」


 リーゼが駆けてきた。亜麻色の髪が乱れている。急いで来たのだろう。碧い目が騎士たちを見て——一瞬だけ怯えの色を見せた。しかし——すぐに消えた。村長の顔に切り替わる。


「村長として——出迎えた方がいい?」


「いえ。今回は巡視です。村長が出迎えると——政治的な意味が生まれる」


「わかった。でも何かあったら呼んでね」


 リーゼが去った。村長としての判断力が——日に日に磨かれている。


 レオンハルトが馬を降りた。金色の髪が風に揺れる。頬の古い傷が朝の光の中でくっきりと見えた。表情は——読みにくい。職務としての厳格さと、何か別のものが混在している。


「ガルド」


「レオンハルト」


 二人の間に、短い沈黙が落ちた。かつて同じ冒険者パーティで背中を預け合った男たちの——七年ぶりの対話だ。公式の場では——城での謁見でも、港の査察でも——二人は立場上、私的な言葉を交わさなかった。今日が初めてだった。


「ハルベルト河港の運用状況確認のため、巡視を行う」


「好きにしろ。隠すものはない」


 レオンハルトが頷いた。騎士二人を港に向かわせ、自分だけが残った。


 ガルドの自宅は村の外れにある質素な小屋だ。


 壁に古い剣がかかっている。埃を被っているが——刃は手入れされている。冒険者の名残りだ。部屋は狭く、質素だ。テーブルと椅子が一脚ずつ。窓から入る光が、埃を金色に照らしている。


 ガルドが安い麦酒を二つ、テーブルに置いた。無言で。レオンハルトは一瞬躊躇い——椅子に座った。甲冑の重みでギシリと音がした。


「七年か」


「ああ。七年だ」


 ガルドが麦酒を一口飲んだ。苦みが舌に広がる。レオンハルトも杯を取った。甲冑の手甲で持つ粗末な木杯が——似合わない。


「パーティが壊滅して——お前だけが辺境に残った。俺は伯爵の騎士団に入った」


「それぞれの道だ。——恨んじゃいない」


「恨め」レオンハルトの声が低くなった。「パーティ壊滅の原因は——俺の判断ミスだ。あの洞窟で、退路を確認せずに奥へ進んだ。仲間が三人——」


「やめろ」ガルドの声が鋭くなった。「あの日のことは——もう済んだ。生きてる奴が前を向くしかない。お前も俺も——そうしてきただろう」


 沈黙が落ちた。壁の古い剣が——二人の間にある七年の重みを映しているようだった。


「過去の話をするために来たのか」


「——いや」


 レオンハルトが窓の外を見た。港が見える。マギクリートの護岸。テール川を行き交う船。半年前には何もなかった場所に——港がある。


「正直に言う。驚いている」


「何にだ」


「この村の変貌に。俺が最初に来た時——辺境の寂れた村だった。橋は壊れ、堤防はなく、街道は荒れ放題だった。今は港がある。街道が整備されている。上水道まで通っている。たかが半年で——こんなことが起きるのか」


「健悟がやった」ガルドが短く言った。


「あの男——何者だ」


「流れ者だ。腕っ節は弱い。剣も持てん。しかし——頭だけは異常に切れる。俺には理解できんことを、平然とやる」


「お前がそこまで言うのは——初めてだな」


「ああ。俺も驚いてる」


 ガルドが窓の外を見た。港のマギクリート護岸が陽光に白く輝いている。半年前、この窓から見えたのは——雑草に覆われた川岸だけだった。


「お前は——この村を守りたいのか」


「守りたいかどうかじゃない。もう——ここが俺の場所だ」


 レオンハルトが麦酒を飲み干した。杯をテーブルに置く音が、静かな部屋に響いた。


 午後。レオンハルトが港湾を巡視した。健悟が案内役を務めた。


 レオンハルトは甲冑のまま護岸を歩いた。マギクリートに手を触れ、表面の感触を確かめた。桟橋の構造を一つ一つ確認し、倉庫の在庫を帳面に記録する。騎士でありながら——細かな数字を丁寧に拾う男だった。健悟はその姿に——国交省の会計検査を思い出した。検査官が現場に来て、予算通りに施工されているか確認する。あの硬い目つきと——同じだ。


「この護岸の耐久性は?」


「圧縮強度が従来の石積みの八倍です。フェリスの魔力操作とドラガの鋳造技術の融合で——」


「技術の話ではない」レオンハルトが振り向いた。鋭い目だ。「維持費はいくらかかる。修繕の頻度は。管理する人間は何人必要だ」


 行政的な質問だ。健悟は——思わず身構えた。


「自己修復性があるので維持費はほぼゼロです。管理要員は現在トビアスの建設班四名が——」


「ゼロ?」レオンハルトの眉が上がった。「嘘をつくな」


「嘘ではありません。魔力残留値が高く、微細な損傷は自然に修復されます。古代の中継塔と同じ原理で——」


「古代の——」


 レオンハルトが黙った。何かを考えている顔だ。騎士の目ではなく——かつて冒険者として遺跡を見てきた男の目に変わっていた。迷宮の奥で朽ちた古代構造物を見てきた男の——畏敬の混じった目だ。


 (この男は——ただの武人ではない。数字を見る目がある。インフラの意味を理解できる)


 港の高台で足を止めた。眼下にテール川の全景が広がっている。小舟が三隻、荷を運んでいる。本来なら——もっと多くの船が行き交うはずだった。検閲税がなければ。マギクリートの護岸が白く陽光に輝き、テール川の水面に映っている。この景色を——レオンハルトはどう見ているのか。脅威か。可能性か。


「健悟——と言ったな」


「はい」


「お前は——ただの流れ者にしては行政的すぎる。この港の設計も、交易の管理も、まるで——どこかで行政を学んだ人間のやり方だ」


 心臓が跳ねた。ザインが以前指摘したのと——同じ違和感だ。「行政的な物の見方」。前世の知識が——この世界では異質に映る。


「ガルドの下で——いろいろ教わりました」


「ガルドは行政など知らん」レオンハルトが即座に否定した。「あいつは剣と勘で生きてきた男だ。行政の知識はお前から出ている。——まあいい。お前が何者かは問わない。重要なのは——この村が秩序を脅かすかどうかだ」


「脅かす意図はありません。ハルベルトの発展は——カッセル領全体の利益です」


「それを証明してみせろ。言葉ではなく——数字で」


 (この男は——伯爵と同じことを言っている。数字。データ。実績。感情では動かない人間。前世の上司にもいた。予算を取るには数字しかなかった。情熱だけでは一円も出ない)


 街道の出口。レオンハルトが馬に跨った。


 手綱を締める革の軋みが聞こえる。騎士二人が先に出発し、レオンハルトだけが残っていた。


「ガルドに伝えろ。——忠告だ」


 声が風に紛れそうなほど小さかった。振り向きもせずに——前を向いたまま。


「伯爵の次の査察は——早まる可能性がある。制限令の効果を確認するためにだ。代官からの報告だけでは——伯爵は判断しない。自分の目で確かめに来る。その時までに——数字を揃えておけ。伯爵は感情では動かん。数字だけが、あの人を動かす」


 一拍の間。


「——これはガルドへの私信だ。査察官としての報告ではない」


 馬が駆け出した。蹄の音が街道に響き、やがて遠ざかっていく。金色の髪が風に揺れる後ろ姿が——次第に小さくなっていった。


 健悟は——立ち尽くしていた。レオンハルトの言葉が頭の中で反響している。「数字を揃えておけ」。それは——旧友への不器用な助言だった。騎士としてではなく、かつての冒険仲間として。


「聞いていたのか」


 振り向くと、ガルドが木の幹に背を預けていた。腕を組み、目を細めている。


「ああ。あいつは——変わっていない。不器用で、褒めるのが下手で。しかし——正直だ」


「交渉の糸口が——見えました」


「どういうことだ」


「レオンハルトは——こちらの味方ではありません。しかし、敵でもない。正直な査察官です。正直な査察官に見せるべきものは——嘘のない数字だ。彼が伯爵に報告する内容が——交渉のカギになる。正直な報告は、正直な数字を反映する」


「つまり——あいつが俺たちの数字を伯爵に伝える」


「そうです。レオンハルトが見たものが——伯爵の判断材料になる」


 ガルドが鼻を鳴らした。


「お前は——何でも数字にするな」


「数字は嘘をつきません」


「——ああ。お前に言われると、そんな気がする」


 秋の風が街道を吹き抜けた。レオンハルトの馬の姿は、もう見えなくなっていた。しかし——彼が残した言葉は、風よりも確かにここにあった。数字を揃えろ。査察は早まる。制度の戦いが——始まろうとしていた。

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