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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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根本原因——水路が橋を殺す

 根固めは昨日の夕方に完了した。五十個の石が東側橋脚の基礎を隙間なく囲み、洗掘の進行を止めている。青い構造線で確認すると、基礎の安定度が改善されていた。しかし——鑑定結果に、想定外の数値が出た。


  【橋脚1基礎周辺:地下水流検出】


  【流路方向:北北西→東南東(本来の河川流路と不一致)】


  【流量:微量だが継続的】


  【推定水源:人工構造物(地下水路)の漏洩】


 地下水路からの漏水——昨夜ノルンに聞いた古い水路と一致する。やはり、橋脚洗掘の原因は川の水流だけではなかった。地下から染み出した水が、三百年かけて基礎を浸食し続けていたのだ。


「リーゼ」


 健悟は川から上がった。早朝の川の水は凍えるほど冷たく、ズボンの裾が絞れるほど濡れている。足が痺れている。しかし頭の中では——橋脚の構造と地下水流のデータが交差し、一つの仮説が形成されつつあった。


「どうしたの? 顔が怖いよ」


「水路の問題が確認できました。橋の根本原因は——川ではなく、地下水路です」


 昨夜のノルンの地図の写しを広げて説明した。二百年前の地下水路が、詰まりや破損によって本来の経路を外れ、橋脚基礎の方向に漏水している。水路の本来の排出口はテール川の上流側だが、どこかの時点で詰まったか崩落し、水が地下に染み出して橋脚基礎を浸食し続けている。根固めで表面の洗掘は止まるが、地下からの漏水が続けば——数年で再び基礎が劣化する。


「つまり——水路を直さないとダメってこと?」


「はい。橋の修繕は今日で一旦完了しますが——根本治療には水路の復旧が必要です」


 リーゼが額に手を当てた。


「健悟。私たち、橋を直してるんだよね。水路も追加されるの?」


「すみません。問題を見つけてしまったので」


「見つけなきゃよかったのに」


「……それは専門家として言えません」


 リーゼが笑った。呆れた笑いだが——怒ってはいない。


「まず今日の作業を片付けよう。水路は——橋が終わってから。一つずつでいいんだよ」


「はい。おっしゃる通りです」


 今日の作業は支保工の設置だ。木材でアーチの内側に支えを組み、荷重を分散する。トビアスが約束通り牛のベルタを借りてきた。森で切り出した樫の丸太を、ベルタが荷車で運んでくる。


「よし、ベルタ! いい子だなあ」


 トビアスが牛の頭を撫でている。ベルタは大人しい茶色の牝牛で、言われた通りに荷車を引く。人間の三人分の力がある。


 支保工の設置は精密な作業だった。木材の寸法を《万象鑑定》で確認し、荷重の分散が最適になる位置に配置する。楔の角度が一度ずれれば、力の流れが変わる。


「この丸太は——少し短い。二センチ、先端を削ってください」


「二センチ? そんな細かいこと分かるのか」


 ガルドが眉をひそめた。今日も黙って作業に来ている。「あんた」とも「健悟」とも呼ばない。まだ距離を測っている。


「《万象鑑定》で分かります。アーチの内側に支えを入れる時、接触面の隙間が二ミリ以上あると力が逃げます」


「……やれやれ。面倒な鑑定だな」


 文句を言いながら——ガルドは正確に丸太を削った。冒険者時代に刃物の扱いを覚えたのだろう。斧の振り方が素人ではない。


 午前中に支保工の土台を組み上げた。六本の丸太をアーチの内側に配置し、楔で固定する。木材で仮の骨組みを作り、アーチの変形を防ぐ。鑑定で応力分布を確認しながら微調整していく。青い構造線が示す力の流れが——赤い矢印から白い矢印に変わっていく。応力集中が緩和されている。


 午後——アーチの要石付近の補修に入った。クラック幅十二ミリ。この亀裂を塞がなければ、雨水が浸入して石材の劣化が加速する。


「要石の隙間に——詰め石をします。小さな石を楔状に加工して、亀裂に打ち込みます」


「俺がやろう」


 ガルドが名乗り出た。高所作業だ。橋の欄干から身を乗り出し、アーチの曲面に沿って作業しなければならない。


「危険です。命綱が——」


「冒険者を舐めるな。崖の上でワイバーンと戦ったことがある」


 ガルドが軽々と欄干を越え、アーチの上に立った。バランス感覚が異常だ。元冒険者の体術は、建設現場でも活きるのだと知った。


 健悟が下から指示を出し、ガルドが楔を打ち込む。一つ一つ、石の角度と力加減を鑑定で確認しながら。


「もう少し右——そこです。力は弱めに。石が割れます」


「分かった」


 ガルドの手が正確に楔を押し込む。石と石の間に薄い楔が入り、亀裂が圧縮される。構造線が——赤から黄色に変わった。応力集中が緩和されている。


「ガルドさん。うまくいっています。あと三箇所」


「手間のかかる橋だ」


「三百年も働いた橋ですから。少しは労ってあげないと」


 ガルドが——ふん、と鼻を鳴らした。しかしその口元は——わずかに緩んでいた。文句を言いながら手を動かす。不器用な照れ隠しだと、健悟は気づいていた。


 夕方。支保工の設置と要石補修が完了した。健悟は橋の欄干に手を置き、全体を鑑定した。


  【主桁強度:設計値の28%→54%(改善)】


  【崩落リスク:Ⅳ(緊急)→Ⅱ(経過観察)】


  【推定耐用年数:応急修繕状態で3-5年】


 54%——完全ではない。新品の橋なら100%が当然だ。しかし三百年前の石橋に100%を求めるのは無理がある。即座の崩落リスクが消えたことが重要だ。三年から五年は持つ。その間に——根本治療として水路を復旧し、本格的な修繕を計画すればいい。国交省の仕事で学んだことがある。完璧を求めて何もしないより、不完全でもまず動くことだ。


「終わりましたか?」


 マルテが姿を現した。リーゼと同年代の女性で、村で唯一の商家の娘だ。作業には参加していなかったが、ずっと遠くから観察していた。


「応急修繕は完了です」


「ふうん。——で、これでこの橋を荷馬車が通れるようになるの?」


「制限付きですが、はい。軽い荷馬車なら問題ありません」


 マルテの目が光った。商人の目だ。そろばん勘定が頭の中で回っているのが見えるようだった。


「それなら——隣村の行商人に声をかけられるわ。去年から『橋が危ないから行けない』って断られてたの。橋が通れるなら——交易の種が生まれるかもしれない」


「対岸の畑が使えるなら、そちらの作物を交易品にできるのでは。土壌の状態も鑑定できるかもしれません」


「考えてたのね。——あんた、鑑定士のくせに商売の話もするんだ」


「商売ではなく、費用対効果の計算です」


「同じことよ」


 マルテが腕を組んだ。小柄な体が、自信に満ちた姿勢で橋を見上げている。


「ねえ。この村が今年消費する食料を全部自給するのに、対岸の畑がどれだけ必要か知ってる? 三ヘクタールよ。今は橋が使えないから——その三ヘクタールが死んでるの。年間の損失額、計算したことある?」


「ありません。しかし——マルテさんは計算しているんですね」


「当然でしょ。商人だもの。——あんたが橋を直してくれたおかげで、その損失がゼロになる。数字で言うと——年間銀貨百五十枚分の価値がある修繕ってことよ」


 銀貨百五十枚。この世界の貨幣価値はまだ正確に把握できていないが——マルテの真剣な目を見れば、小さくない額だと分かる。国交省で言えば数千万円規模の経済効果ということだろう。


「前の世界で——十一年ほど予算の仕事をしていたので。数字の話は得意です」


 マルテが「ふうん」ともう一度言った。値踏みするような目だ。しかし——敵意はない。利用価値を計算する目だった。商人としては当然の反応だ。


 橋の上に——村人が集まり始めた。修繕が終わったと聞いて、見に来たのだ。恐る恐る橋を渡る。足元を確認する。欄干の仮復旧に触れる。


「……落ちないのか」


「本当に直ったのか」


 半信半疑の声。しかし——橋は揺れない。支保工が支え、根固めが基礎を守り、楔が亀裂を塞いでいる。


 リーゼが橋の中央に立った。夕日を浴びて、亜麻色の髪が金色に光った。


「皆。橋は——直ったよ。健悟のおかげで。この橋はまだ生きてる。——この村も、まだ生きてるよ」


 歓声は——なかった。この村の人々は、喜び方を忘れているのかもしれない。しかし、沈黙の中に安堵があった。小さな溜め息。肩の力が抜ける音。「橋が落ちる」という恐怖から解放された村人たちの、静かな安堵。老人が橋の欄干に触れ、目を細めていた。


 ガルドが——健悟の隣に立った。


「……認めてやる。あんたは——嘘はついていなかった」


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこっちだ。——水路の話、リーゼから聞いた。まだ仕事が残ってるんだろう」


「はい。橋は応急処置です。根本原因を潰さないと——」


「分かった。手は貸す。——今度は追い出さん」


 ガルドが背を向けて去った。しかし今度は——その背中に、三日前の重さが少し減ったように見えた。


 夕日が沈んでいく。修繕された橋のシルエットが、橙色の空に黒く浮かんでいる。支保工の木材が新しい影を落としている。三百年前に架けられた橋が——異世界から来た元官僚の手で、また命を繋いだ。


 次は水路だ。三百年間、橋を蝕み続けた根本原因を——潰す。

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