表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/74

改良マギクリート——古代の知恵を現代に

 古代遺構の調査中だった。浄水施設の壁面を慎重に掘り進めていたグリュックが、横穴の奥で硬い層に突き当たった。通常の岩盤ではない。鑿を当てた時の音が——澄んでいた。金属的な共鳴。


「先輩! 来てくれ。変なもんが出た」


 ドラガが横穴に入った。狭い坑道だ。蝋燭の灯りが石壁を揺らしている。グリュックが指差す壁面に、銀色の筋が走っていた。岩盤の中に——細い鉱脈が貫通している。


 ドラガが手を触れた。二百年の経験が——指先に集中する。


「これは——魔法石の原鉱じゃ。しかも……純度が高い。ワシが知る鉱山の原鉱より——遥かに」


 健悟が手を当てた。


  【鉱物:魔法石原鉱(高純度)】


  【純度:通常品の約3.2倍】


  【推定埋蔵量:鉱脈幅から推定——数百キログラム】


  【特性:自然結晶化した魔力構造体(自己修復親和性あり)】


「純度が通常の三倍以上——自己修復親和性がある。この鉱石を魔法石粉に加工してマギクリートに混ぜれば——」


「自己修復機能が安定するかもしれません」フェリスが目を輝かせた。琥珀の瞳が金色に変わっている。「これまでの改良型マギクリートでは、自己修復は萌芽段階でした。高純度の魔法石粉を使えば——萌芽ではなく、実用レベルに到達する可能性があります」


 ドラガが原鉱を一塊取り出した。拳大の銀色の石だ。蝋燭の灯りを受けて、内部に微かな光が揺れている。生きている石だ。魔力が結晶の中で脈打っている。


「グリュック。よくぞ見つけたぞい」


「見つけたんじゃない。鉱脈がワシを呼んだんじゃ。岩盤に耳を当てたら——歌が聞こえたぞい」


「素材が歌う——ワシも同じことを言ったことがある」


 二人のドワーフが顔を見合わせて笑った。師弟の間に流れる、共通の感性。石の声が聞こえる者たちの——絆だ。


 午後。ドラガの工房で品質試験を行った。


 新鉱脈の魔法石原鉱を粉砕する工程から、三人の技術が噛み合った。ドラガが原鉱を鍛冶用の石臼で粗く砕き、グリュックが坑道技師の目で不純物を選り分ける。フェリスが魔力操作で粒子サイズを均一にし、最後に健悟が《万象鑑定》で純度を確認する。四人がかりの連携作業だ。


「粒子サイズ、許容範囲内です。配合に入れます」


 マギクリートに配合する。フェリスが魔力パルスで均一分散を行い、型枠に流し込む。養生を魔力で加速した。通常は一晩かかる工程を——三時間に短縮する。


 試験体が出来上がった。外見は従来の改良型と変わらない灰色の四角い塊。しかし——手に取ると違いが分かった。重い。密度が高い。指で弾くと、従来品より更に高い音がする。結晶の鳴る音だ。


 健悟が手を当てた。


  【構造物:マギクリート試験体(第二次改良型)】


  【圧縮強度:従来比12.4倍(初期改良型の1.5倍)】


  【耐水性:従来比4.8倍】


  【自己修復率:時間経過による強度回復——実測可能レベル】


  【魔力残留値:従来比3.6倍(自己修復機能:実用段階)】


「十二倍——」


 健悟の声がかすれた。前回の改良型が八・二倍。それを更に超えた。しかし——数字より重要なのは最後の一行だ。


「自己修復機能——実用段階」


「見てください」フェリスが試験体の角に小さな傷をつけた。鑿の先で、表面に一ミリほどの切り傷を入れる。


 全員が——試験体を見つめた。


 三十秒。何も起きない。一分。傷の縁が——微かに変わった。結晶構造が動いている。傷口の端から、新しい結晶が成長し始めている。ゆっくりと——しかし確実に。


「治っとる——」ドラガの声が震えた。「石が——自分で、傷を治しとる」


 五分後。傷は半分ほど塞がっていた。完全な修復には数日かかるだろう。しかし——方向性は明らかだ。この建材は、時間とともに強くなる。傷ついても自ら回復する。古代の中継塔が八百年を生き延びたのと同じ原理が——再現された。


「古代の知恵を——現代に」健悟が呟いた。碑文に刻まれていた建設規格。あの古代ドワーフの標準が——今、目の前で再現されている。八百年の断絶を超えて、技術が蘇った。


 マルテが工房に飛び込んできた。誰かが知らせたのだろう。試験体を見て、自己修復の様子を見て——帳面を取り出した。


「これ——いくらで売れるのかしら」


「マルテさん。まだ量産方法が確立されていません」


「量産は後よ。まず価値を見積もるの。自己修復する建材——城壁に使えたら、どれだけの価値があると思う?」


 マルテの目が——鋭い。商人として、この建材の軍事的価値に気づいている。しかしそれは同時に——辺境伯も気づくということだ。


 グリュックが胸を張った。


「ワシが見つけた鉱脈じゃぞい。先輩、褒めてくれ」


「褒めん。当然のことをしただけじゃ。——じゃが、グレーン一門の弟弟子として恥ずかしくない仕事じゃ」


 グリュックが——嬉しそうに鼻を鳴らした。ドラガの「褒めん」は「褒めている」の裏返しだと知っている。弟弟子ならではの理解だ。


 夕暮れ。街道沿いの丘の上。


 ザインが一人で立っていた。夕日が街道のマギクリートを赤く染めている。記録帳を膝に置き、しかしペンは持っていない。考えている。


 今日の発見を——全て知っている。新鉱脈。高純度の魔法石原鉱。自己修復するマギクリート。それらは全て——報告書に書くべき情報だ。辺境伯が最も関心を持つ類の情報だ。


 (閣下がこれを知れば——もう「監視継続」では済まなくなる。即座に介入を命じるだろう。鉱脈の所有権。技術の接収。人材の移動制限。辺境伯には——それだけの権限がある)


 ザインの胸の中で——二つの忠誠が、初めて明確に対立した。


 今まではぎりぎりのところで並走できていた。辺境伯に正確な報告をしながら、「監視継続」という穏当な結論で時間を稼ぐ。それが可能だったのは——報告内容が「異常な発展」の範囲に留まっていたからだ。しかし自己修復する建材は——もはや「異常な発展」では片付けられない。軍事的な価値が明白すぎる。城壁に使えば、攻城戦に耐える。橋に使えば、破壊工作に負けない。


 報告すれば——この村は変わる。辺境伯の直轄地になるかもしれない。技術は接収される。ドラガもフェリスもグリュックも——辺境伯の工房に移される。健悟は——召し上げられるか、あるいは排除される。


 報告しなければ——文官としての義務に反する。発覚すれば——ザイン自身が処罰される。


 夕日が沈んでいく。空が赤から紫に変わる。魔力灯が一つ、また一つと灯り始めた。フェリスが点灯して回っているのだろう。柔らかい光が、夕闇の中に道を浮かび上がらせる。


 ザインは——立ち上がった。丘を降り、街道に出た。魔力灯の下を歩く。光の円が足元に広がっている。


 角を曲がると——健悟が立っていた。上水道の給水栓の前で、水の流れを確認している。夕暮れの日課だろう。


「健悟殿」


「ザインさん。——散歩ですか」


「少し。——一つだけ、伝えておきたいことがある」


 健悟が振り返った。ザインの表情は——いつもの穏やかな文官の顔ではなかった。何かを決断した顔だ。あるいは——決断の手前で立ち止まっている顔だ。


「この村には——もう一人の目がある」


「もう一人の——」


「私以外に、閣下に報告する者がいるということであるな。測量士が辺境伯領の各地を回り、情報を集めている。私の報告書だけで——閣下が判断しているわけではない」


 健悟の目が——細くなった。ザインが言っていることの意味を、正確に理解している。ザインの報告書をいくら穏当に書いても、別のルートで情報が流れていれば——意味がない。


「ザインさん。——それは忠告ですか」


「文官が忠告をするのは越権であるな。——事実の提示です」


 ザインは微かに笑った。以前と同じ言い回しだ。しかし——今回の「事実の提示」には、以前にはなかった重みがある。


「もう一つ。——私の報告書は、事実を書きます。しかし——事実の全てを一度に書く必要はない。報告のタイミングは——文官の裁量の範囲内であるな」


 それは——事実上の味方宣言だった。直接的ではない。文官らしい回りくどさだ。しかし——意味は明確だった。ザインは、報告を遅らせる。全てではなく、一部を。時間を稼ぐ。この村のために。


「ザインさん——」


「これ以上は言えない。——では、おやすみなさい」


 ザインが踵を返した。街道の魔力灯の下を歩いていく。背中は真っ直ぐだった。文官の姿勢だ。しかしその内側では——二つの忠誠の天秤が、初めて一方に傾き始めていた。


 健悟は給水栓の前に立ち尽くしていた。水が流れている。夜の闇の中で、魔力灯の光が水面に映っている。


 (味方が増えた。——しかし、敵も増えている。もう一人の目。測量士。辺境伯の情報網は——一つではなかった)


 給水栓の水が、夜の静寂の中で音を立てている。この水を通したのは昨日のことだ。自己修復するマギクリートを完成させたのは今日のことだ。この村の歩みは——速い。速すぎるかもしれない。しかし——止まることはできない。止まれば、追いつかれる。


 秋の風が街道を吹き抜けた。魔力灯の光が、かすかに揺れた。その光の先に——まだ見えない何かが、待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ