表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/76

ドワーフの弟弟子——グリュック来たる

 鍛冶場の奥から、低い唸りのような歌声が響いている。ドワーフの鍛冶歌だ。金槌のリズムに合わせて、古い言葉が紡がれる。健悟には意味が分からない。しかし——調子が違う。いつもの作業歌より、軽い。弾んでいる。


 鍛冶場の前に、見慣れない荷車が停まっていた。幌のない荷台に、採掘道具が積まれている。つるはし、楔、岩盤用の長鑿、巻き尺に似た革紐。そして——大量の蝋燭。地下作業用だ。


「おおい! ドラガ先輩! 久しぶりだぞい!」


 鍛冶場の扉が開いた。ドラガが出てきた。白い顎鬚が——珍しく綺麗に梳かされている。来客を迎える身だしなみだ。


 街道の向こうから、ドワーフが歩いてきた。


 ドラガより一回り小さい。若い——といっても、ドワーフの「若い」は人間の尺度では計れない。赤茶色の髪を短く刈り、顎鬚は三つ編みではなく二本に分けて垂らしている。肩幅は広く、腕は太い。しかしドラガの重厚さとは違う、ばねのような弾力がある。目が——きらきらしている。好奇心に満ちた目だ。あちこちを見回しながら歩いている。


「グリュック! 遅かったのう。三日前に手紙を出したんじゃが」


「すまん先輩。坑道の仕事が一段落するまで待ってたんじゃ。——しかし、この街道はなんじゃ。マギクリートか? ドワーフの鍛冶場以外でこんな建材を見たのは初めてじゃぞい」


 グリュック・シュタインブレヒャーは、ドラガの弟弟子だった。同じグレーン一門の出身で、専門は坑道工学と地下掘削。ドラガが地上の鍛冶を極めたのに対し、グリュックは地下の岩盤と向き合う職人だ。


 二人のドワーフが——がっしりと腕を組んだ。ドワーフ式の挨拶だ。力比べではない。互いの腕の太さと硬さを確かめ合う。職人の腕が衰えていないかを——触れることで知る。


「腕は落ちとらんな、先輩」


「当たり前じゃ。ワシの目に狂いはない——腕にもじゃ」


 ドラガが鼻を鳴らした。しかし——目が柔らかい。弟弟子との再会を、喜んでいる。


 健悟が近づいた。


「初めまして。土師健悟です。このプロジェクトの——」


「おお、あんたが鑑定士か! ドラガ先輩の手紙に書いてあったぞい。マギクリートを発明した人間だって。——人間がこんなもん作れるとは信じがたかったが、街道を見て納得したぞい」


 グリュックの口調はドラガに似ている。「じゃ」「ぞい」の語尾が共通だ。しかしドラガより早口で、声が高い。若いドワーフ特有の——エネルギーが声に溢れている。


「発明したのは僕だけではありません。ドラガさんとフェリスさんとの共同作業です」


「フェリス? エルフか? 先輩がエルフと組んでるとは——手紙に書いてあったが、まだ信じられんぞい」


「信じろ。ワシが認めた技術者じゃ」ドラガが低い声で言った。弟弟子への——命令に近い口調だ。グリュックが背筋を伸ばした。


「先輩が認めたなら——間違いないぞい」


 リーゼが駆けてきた。亜麻色の髪が揺れている。


「新しいお客さん? ——また背の低い人が」


「ドワーフに背の高低を言っても意味がないぞい、お嬢さん」グリュックが胸を張った。「ワシらは背ではなく腕の太さで勝負する種族じゃ」


「あ、ごめん。失礼だった——わたし、村長のリーゼだよ」


「グリュック・シュタインブレヒャーじゃ。坑道を掘る者ぞい」


 リーゼがグリュックの手を握った。ドワーフの手は岩のように硬い。しかしグリュックは握り返す力を加減した。村長の手を潰すわけにはいかない。


「よろしく、グリュックさん。——ドラガさんの弟弟子なんだって? この村、ドワーフが二人になったね」


「二人おれば——大抵のことはできるぞい。地上はドラガ先輩、地下はワシの担当じゃ」


 ザインが少し離れた場所から、二人目のドワーフの到着を見ていた。記録帳に書き込んでいる。坑道技師の到着。それは——地下の古代遺構を本格的に調査する意図の表れだ。辺境伯に報告すべき情報が——また一つ増えた。


 古代浄水施設の遺構に案内した。


 上水道の掘削中に発見した地下の石組み。グリュックが溝に降り、石面に手を触れた。太い指が——石の表面を這う。目を閉じている。ドワーフの岩盤感知だ。ドラガが鉄を叩いて語るように、グリュックは石に触れて語る。


「深い。この石組み——下に続いとる。少なくとも二メートルは地下に埋まっておる」


「二メートル——部屋がある可能性がありますか」


「部屋というか——通路じゃな。この石の並び方は、坑道の壁面に使われる組み方ぞい。つまり——ここは入口じゃ」


 ドラガが身を乗り出した。


「入口——どこへの」


「それは掘ってみんと分からん。じゃが——」グリュックが石壁の一角を指差した。「ここに彫刻があるぞい。先輩、見てくれ」


 土を慎重に払った。石の表面に——浅い浮彫りが現れた。八百年の風化で角が丸くなっているが、形は読み取れる。直線と曲線の組み合わせ。文字ではない。図形だ。しかし——規則的な配置がある。


 フェリスが溝に降りた。円筒から拡大鏡を取り出し、浮彫りに近づけた。


「これは——」琥珀の瞳が見開かれた。「建設規格の記号です。学院の文献で見たことがある。古代の標準建設規格を示す記号体系の——」


「ドワーフの碑文じゃ」ドラガが遮った。「この記号は——ワシの師匠が教えてくれた。グレーン一門の古い規格書に載っておった。建設工事の基準を定めたものじゃ」


「つまり——」健悟が息を呑んだ。「この碑文は、古代の建設マニュアルの一部ということですか」


「マニュアルというより——規格表じゃ」グリュックが碑文を撫でた。「坑道掘削にも似た記号がある。壁の厚さ、支保工の間隔、排水路の勾配——全て数値で定められておった。古代のドワーフは——建設の全てを標準化しておったんじゃ」


 (建設標準。JISや道路構造令のようなものだ。八百年前のドワーフが——標準規格を作っていた。日本の土木が明治以降百五十年かけて整備したことを——この世界では八百年前に実現していたのか)


 四人が作業台に集まった。碑文のスケッチを広げ、記号を一つずつ解読していく。ドラガが古い記号の意味を語り、フェリスが学院の理論と照合し、グリュックが坑道技術の知識で補完する。健悟は——前世の土木工学の知見を重ねて、記号の背後にある設計思想を読み解いていく。


「この記号は管の直径を示しておる。この数値は——耐圧の基準値じゃな」


「学院の文献では、この記号は魔力伝導率の閾値とされています。しかしドラガ殿の解釈と合わせると——構造強度と魔力伝導の両方を同時に規定していたことになる」


「つまり——建設と魔法を分けて考えていなかったのか。一体のものとして設計していた」


 健悟の声が——震えた。前世の土木工学は、物理法則だけで設計する。この世界の古代技術は——物理と魔法を統合して設計していた。それは——現代のどの技術体系よりも進んでいる可能性がある。


 ドラガが唸った。


「ワシの師匠は——古い技術を断片的にしか教えてくれんかった。全体像は失われたと。——しかし、ここにその全体像の一部がある」


「一部でも十分です。設計思想が分かれば——失われた技術を復元できる可能性がある」フェリスの声に、珍しく力がこもった。学者としての本能が——全開になっている。


 グリュックが壁面の最下段の記号を指差した。他の記号より大きい。装飾的な枠で囲まれている。


「これは——特別な記号じゃ。ワシは坑道で似たものを見たことがある。『守り手の刻印』と呼ばれておる。建設物の守護者を示す印じゃ」


「守り手——建物を守る者?」


「守るというか——管理する者じゃな。古代のドワーフは、重要な建設物に守り手を任命した。維持管理の責任者ぞい。この刻印があるということは——」


 グリュックの目が輝いた。


「この村の地下には——守り手が管理するべき、重要な建設物がまだ眠っとるということじゃ。古代の都市インフラが——まるごと」


 四人が顔を見合わせた。風が溝の中に吹き込み、碑文の表面の砂埃を舞い上げた。八百年の沈黙が——ゆっくりと、解かれようとしていた。


 健悟は丘の上を見た。湧水点の方角。上水道の管が埋まっている方向だ。その地下に——もっと大きなものが眠っている。古代のドワーフが造り、八百年間誰にも発見されなかったインフラの全貌が。


「掘るぞい」グリュックが拳を握った。「ワシの出番じゃ。坑道掘削はグリュック・シュタインブレヒャーに任せてくれ。——先輩、道具を貸してくれるか」


「道具は好きに使え。じゃが——慎重にやるぞ。壊したら取り返しがつかん」


「分かっとるぞい。ワシは掘るのが仕事じゃ。壊すのは——別の誰かの仕事ぞい」


 グリュックが歯を見せて笑った。ドラガに似た笑い方だが——もっと派手で、もっと若い。


 夕暮れが近づいている。秋の日は短い。空が橙から紫に変わり、鍛冶場の煙が夕日に染まっていた。


 グリュックが荷車から道具を降ろし始めた。つるはしを肩に担ぎ、蝋燭の箱を抱え、ドラガの工房の隅に並べていく。作業場を整える手つきは——経験を積んだ職人のものだった。


「明日から掘る。まずは遺構の周辺を探査して、地下構造の規模を把握する。——先輩、手伝ってくれるか」


「当たり前じゃ。弟弟子の仕事を見守るのは先輩の務めぞい」


 四人の目には、まだ光が残っていた。地下に眠る古代の知恵への——期待の光が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ