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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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地下の古代都市——眠れるインフラ

 グリュックが坑道技師の目で探し当てた亀裂だ。石壁の裏に隠れていた空間が、古い通路へと繋がっている。冷たい風が吹き上げてくる。何百年も密閉されていた空間の匂い——湿った石と、遠い水の気配が混じった独特の空気だった。


「ここじゃ」


 グリュックが松明を掲げた。ドラガより一回り若いが、それでも百歳は超えているだろう。赤い顎鬚を短く刈り込んだ精悍な顔つきだ。ドラガの白い長い顎鬚とは対照的に、どこか若者じみた活力がある。


「碑文の記述通りじゃ。『第三水路管理口』と書いてあったからの。——師匠、先に行くぞい」


「ワシが先じゃ。弟子が先に立つな」


「師匠、あんた今朝から腰が痛いって言ってたじゃろ」


「余計なお世話じゃ」


 師弟の押し問答を横目に、健悟は松明のもう一本に火をつけた。フェリスが静かにその炎に手をかざし、魔力で光量を増幅させた。青白い光が闇を押し広げる。


「先頭は俺が行く」


 ガルドが前に出た。腰の剣に手をかけている。自警団から四人を連れてきている。地下に魔物が巣くっている可能性を考慮してのことだ。


「崩落の危険は——」


 健悟が壁に手を当てた。


  【構造物:古代地下通路(第三管理口)】


  【築造年代:推定800年以上前】


  【壁体健全度:72%】


  【崩落リスク:Ⅱ(限定的)】


「壁体の健全度が七十二パーセント。八百年経ってこの数値は驚異的です。崩落リスクはⅡ——局所的な注意は必要ですが、通行は可能です」


「古代のドワーフは良い仕事をしとる」ドラガが壁を撫でた。「石の積み方が——ワシらの時代とは比べものにならん精密さじゃ」


 一行は地下へ降りていった。階段が緩やかに弧を描いて下降している。足元は滑らかだ。八百年の歳月で磨耗するはずの石段が、ほとんど新品のように角を保っている。


「自己修復か——」


 健悟が呟いた。古代中継塔で見たのと同じ性質だ。魔力を帯びた石材が、時間の経過とともに自らを修復している。だから八百年経っても崩れない。


 リーゼは同行を主張したが、健悟が「村長は地上の仕事があります」と説得した。不満そうな顔をしていたが、トビアスに地上の指揮を任せるわけにはいかない。上水道の給水栓の追加工事が今日も続いている。


「何かあったらすぐ戻ってきてよ。約束して」


「約束します」


 リーゼの碧い目が、地下に降りていく一行を見送っていた。


 通路は広かった。


 健悟が想像していた坑道ではなかった。天井の高さが三メートル以上ある。壁は精緻に積まれた切石で構成され、床には排水用の溝が走っている。設計された空間だ。人が——いや、ドワーフが日常的に使うことを前提に造られた通路だった。


 水滴が壁に落ちる音が反響した。その反響の仕方で空間の広さが分かる。松明の光が届かない先に、さらに広い空間が控えている。


「この通路——水路の管理用通路じゃな」グリュックが壁の刻印を指でなぞった。「碑文通りじゃ。上水道と下水道を同時に管理するための動線として設計されとる」


 フェリスの琥珀の瞳が金色に変わっていく。学者の興奮だ。


「これだけの規模の地下インフラを維持するには、管理システムが必要です。この通路は——現代の学院では想定すらしていない設計思想です」


 足元の溝に、微かに水が流れていた。フェリスが屈み込んで水に指を触れた。


「魔力を含んでいます。地下水脈から浸透した自然の魔力水です。——この通路自体が、浄水システムの一部として機能している可能性があります」


「八百年間、無人で稼働し続けるインフラか」


 (永久に保守不要のインフラ。国交省の橋梁担当が聞いたら泣くだろう。日本の道路橋は五十年で架け替えが必要になる。ここでは八百年経っても水が流れている)


 分岐点に出た。三方向に通路が延びている。壁にドワーフ文字が刻まれている。グリュックが読み上げた。


「『北——第一浄水施設』『東——排水制御室』『南——中央管理区画』。方角と施設名が書いてある」


「中央管理区画に行きましょう」健悟が言った。


 ガルドが——立ち止まった。


 大きな体が微かに震えている。右腕の古傷を、無意識にさすっている。地下の冷気が傷を疼かせているのだろうか。しかし——表情が違った。痛みではない。記憶だ。


「ガルドさん?」


「……ここに来たことがある」


 全員の足が止まった。松明の炎が揺れ、影が壁に踊った。


「二十年前だ。レオンハルトのパーティで——辺境の遺跡を探索する依頼を受けた。入口は別の場所だったが——この分岐点には見覚えがある。壁の模様が同じだ」


「どこまで進んだのですか」


「ここで引き返した。地下の先で——異常な魔力反応があった。危険だとレオンハルトが判断した。あの時は正しかった。パーティに魔法使いはヴィクトル一人だった。地下の未知の脅威に対処できる余裕はなかった」


 ガルドの声が低い。過去の記憶が蘇っている。冒険者時代の——まだパーティが健在だった頃の記憶だ。


「今は違う」健悟が言った。「フェリスさんがいます。グリュックさんがいます。ドラガさんもいる。二十年前にはなかった知識と技術がある」


 ガルドが健悟を見た。大きな目に、松明の炎が映っている。


「……ああ。今は違う」


 ガルドが再び歩き始めた。今度は迷いがなかった。


 南の通路を進むと、空気が変わった。湿度が下がり、温度が一定になった。空調が——いや、換気が制御されている。八百年前の換気システムが、まだ生きている。


 自警団の若い兵士が後ろで囁いた。「気味が悪いっすね」。ガルドが振り返らずに「黙れ。耳を使え」と一言で黙らせた。


 通路の壁に、等間隔で窪みがあった。魔力灯の台座だ。かつてはここにも灯りが灯っていたのだろう。フェリスが一つの窪みに手を近づけた。


「残留魔力が微弱ですが残っています。もし魔力を注入すれば——」


 フェリスの指先から銀色の光が流れ込んだ。窪みの中の結晶が——淡く光った。八百年ぶりの光だ。柔らかな青白い光が通路を照らした。


「おお……」グリュックが感嘆の声を上げた。


 松明が不要になった。フェリスが歩きながら次々と窪みに魔力を送り込むと、通路全体が古代の光に包まれた。暗闇の探索ではなくなった。八百年の眠りから覚めた通路が——客人を迎えているかのようだった。


 そして、空間が開けた。


 中央管理区画だ。天井の高さが六メートル以上ある。円形の部屋で、壁面全体に設計図が刻まれている。線と記号と数字が——石壁をキャンバスにして、巨大な図面を形成していた。


 健悟が壁に手を当てた。


  【構造物:古代都市管理中枢・中央制御室】


  【用途:統合インフラ管理システムの中核施設】


  【記録情報:上水道・下水道・防壁・通信網・交易路の統合設計図】


  【魔力残留値:通常の45倍(管理用魔力回路の痕跡)】


 数値が目の前で明滅した。健悟の手が震えた。


「統合インフラ管理システム——」


 声が掠れた。上水道、下水道、防壁、通信網、交易路。全てが一枚の壁面に描かれている。バラバラの設計図ではない。一つのシステムとして設計されている。パイプラインが交差し、制御点が配置され、維持管理の手順が記号で示されている。


「これは——」フェリスの声が震えた。淡々とした敬語が崩れかけている。「統合都市管理の設計思想です。現代の魔法学院が束になっても——この水準には及ばない」


 グリュックが壁面の文字を読み始めた。赤い顎鬚が興奮で揺れている。


「『ハルベルト都市基盤設計・第八次改訂版』——八回も改訂しとるんじゃ。改良を重ねた最終版じゃ」


 ドラガが黙って壁面を見つめていた。白い顎鬚の奥の目が潤んでいる。


「先人の仕事じゃ。——ワシらの先祖が、ここまでのものを造っておった。素材が泣いとる。使ってくれと——叫んでおるわい」


 ガルドが部屋の中央に立っていた。松明を持つ手が下がっている。炎が床を照らし、影が壁の設計図に重なった。


 かつて引き返した場所の先に——これがあった。二十年前のあの日、もう少し先に進んでいれば。しかし、あの時は見る目がなかった。設計図を前にしても、それが何を意味するか理解できなかっただろう。戦うことしか知らなかった。壊すことしか知らなかった。


 健悟がいなければ。


 (八百年前の古代人が——都市インフラを統合管理していた。前世の日本でさえ、上下水道と道路と通信の統合管理は省庁の壁に阻まれて実現できなかった。国交省と総務省と厚労省の縦割りで——ここでは、一枚の壁に全てが描かれている)


「ここを拠点にしましょう」健悟が振り返った。松明の光に照らされた顔に、疲れはなかった。「この設計図を解読します。八百年前の古代人が残した知恵を——現代のハルベルトに活かす」


 フェリスが頷いた。グリュックが拳を握った。ドラガが鼻を鳴らした。


 ガルドだけが——壁の一点を見つめていた。設計図の隅に、小さな文字が刻まれている。『守り手へ——道を継ぐ者がここに至ることを願う』。


 地上に戻ったら、リーゼに報告しなければならない。この村の地下に眠っているものの大きさを。そして——残された時間の少なさを。ザインの警告が脳裏をよぎった。辺境伯は動く。その前に、この遺産を活かさなければ。


 二十年前に引き返した場所の先に、未来への道があった。

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