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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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遥かなる要衝——道は続く

 街道工事の途中で発見した、八百年前の建造物だ。石壁の隙間から蔦が垂れ下がり、基部は苔に覆われている。しかし構造体は健在だ。《万象鑑定》が示す健全度は六十八パーセント。八百年という時間を考えれば——驚異的な数値だ。塔の頂部には風化した彫刻が残っている。ドワーフの紋章だろうか。ドラガに聞けばわかるかもしれない。


 自己修復機能。魔力結晶の再結晶化。古代ドワーフの技術の粋がこの塔に詰まっている。そしてその技術に——辺境伯が目をつけた。


「ドラガさん。この中継塔の情報を——厳重に管理する必要があります」


「わかっとるぞい。昨夜マルテから聞いた。辺境伯が古代遺構に目をつけとるという話じゃな」


 ドラガの表情が硬い。白い顎鬚を撫でる手が——いつもより力が入っている。二百年の人生で、権力者が技術を奪う場面を何度も見てきた顔だ。


「ドワーフの鍛冶技術も——かつて王都に接収されかけたことがある。百五十年前の話じゃ。あの時はワシの師匠の師匠——先代の親方が炉を壊して技術を守った。技は人に宿るもので、建物に宿るものではない。じゃがこの中継塔は違う。建物そのものが技術じゃ。壊すわけにはいかん」


「隠すこともできません。街道沿いにありますから、通行人の目に触れます」


「ならば——価値がわからんようにするのが上策じゃ。表面の魔力反応を遮蔽する方法がある。マギクリートで薄く覆えば、外からは古い石壁にしか見えん。鑑定スキルの持ち主でもなければ——気づかんじゃろう」


 健悟は頷いた。遮蔽と偽装。技術的には可能だ。しかし——それだけでは足りない。辺境伯が本気で調査に来れば、鑑定士を連れてくるかもしれない。時間稼ぎにはなるが、永続的な対策ではない。


 午後。リーゼの家に主要メンバーが集まった。


 健悟、リーゼ、ガルド、マルテ、ドラガ。五人が小さなテーブルを囲んでいる。窓の外では街道を行く旅人の姿が見える。日差しが部屋に差し込み、テーブルの上の地図を明るく照らしていた。ロッテが茶と焼き菓子を運んできて、静かに部屋を出た。


 リーゼが口を開いた。


「まず——状況を整理しよう。街道は開通した。交易は動き始めた。ここまでは計画通り。問題は——辺境伯の動き」


 マルテが昨夜の情報を共有した。辺境伯の測量士がヴァッサーで古代遺構を調査していること。その関心がザインの報告以前から存在すること。ゲオルクという穀物商から得た情報であること。


「つまり、辺境伯は以前から古代遺構に興味を持っていたわ。ハルベルトの街道復旧は——彼にとって遺構へのアクセスが開けたという意味がある。街道を造ったことが、逆に——」


「招いたわけだ。外と繋がるとはそういうことだ」ガルドの声が低い。


 健悟が地図を広げた。旧街道のルート。古代中継塔の位置。橋脚の場所。点を結ぶと——一本の線になる。八百年前の街道網の一部だ。


「この線の延長上に——何があると思いますか。中継塔と橋は、それ自体が目的ではないはずです。どこかとどこかを繋ぐ途中にある」


「知らんぞい。ワシが知る古代ドワーフの遺構は、この二つだけじゃ」ドラガが首を振った。「じゃが——八百年前のドワーフが中継塔と橋を造ったということは、その先に目的地があったはずじゃ。街道は目的なく造られるものではない」


「日本でも同じです。道路は点と点を結ぶために造る。この古代街道の終点が——辺境伯の本当の関心かもしれない」


 沈黙が落ちた。焼き菓子に誰も手をつけない。茶が冷めていく。


「対策を決めよう」リーゼが声を上げた。村長の声だ。感情を抑えた、意思決定の声。「一人ずつ、提案を聞かせて」


 マルテが最初に手を挙げた。


「まず交易の既成事実を固めるわ。イレーネとの定期取引を正式な交易同盟に格上げする。ヴァッサーだけじゃなく、ブルクハルトの穀物商ゲオルクとも契約を結ぶ。複数の町との経済関係を築けば——辺境伯が一方的に介入しにくくなる。関係者が増えるほど、政治的なコストが上がるから」


「交易同盟か。商人らしい発想だな」ガルドが腕を組んだ。


「次に自警団だ」ガルドの声がさらに低くなった。「街道の巡回を本格化する。橋と通行料徴収所に常時人を配置する。夜間の見回りも始める。それだけじゃない——」


 ガルドが一瞬、言葉を切った。何かを決断する間だった。


「レオンハルトに連絡を取ろうと思っている」


「レオンハルト——冒険者パーティの?」リーゼが驚いた顔をした。ガルドがかつて所属していたパーティ「鉄壁のレオンハルト」。壊滅した——とだけ聞いていた。


「あいつは生きている。今は辺境伯の騎士団にいる。副団長だ。腕は立つ。そして——俺の元仲間だ。辺境伯の内情を知る人間が向こう側にいると心強い」


 健悟は黙って聞いていた。ガルドが——自分から過去の仲間に接触しようとしている。あの夜、焚き火の前で語った冒険者時代の話。仲間を失った痛み。それ以来、ガルドは過去に蓋をしていた。今——その蓋を自分の手で開けようとしている。


「ガルドさん。——大丈夫ですか」


「大丈夫も何もない。必要なことだ。個人的な感情で村を危険に晒すわけにはいかん」


 武骨な声が——少しだけ震えた。少しだけ。それに気づいたのは——健悟だけかもしれない。


 ドラガが顎鬚を撫でた。焼き菓子を一つ取り、かじった。


「ワシからも一つ。グリュックを呼びたい」


「グリュック?」リーゼが首を傾げた。


「ワシの弟弟子じゃ。坑道技師でな。トンネルと地下工事の専門家。古代遺構の調査には——地上だけでなく地下の知識がいる。それに——」


 ドラガの目が光った。職人の勘が何かを捉えている。


「中継塔の地下に、何かがある気がするんじゃ。ワシの鼻が——石の下の空洞を嗅ぎ取っておる。二百年の勘を信じてくれるかの」


「信じます」健悟が即答した。二百年の勘は——どんな測量機器より正確かもしれない。


「グリュックさんの招聘にかかる費用は」


「酒と風呂と、面白い仕事があれば来るぞい。ドワーフは単純じゃからな」


 ドラガが笑った。テーブルの空気が——少しだけ緩んだ。


 会議が終わった。夕暮れだった。


 健悟は一人で堤防の上に登った。テール川が夕日を映して橙色に光っている。堤防の向こうに村が見える。煙突から夕食の煙が上がっている。ノルンの家。ロッテの宿。トビアスの農家。一軒一軒の灯りが——暖かい。そして街道が東に延びている。マギクリートの灰色の線が、緑の丘陵の間を縫って地平線の向こうに消えていく。


 (道路局にいた頃、先輩が言っていた。「道は国の血管だ。血が通わなくなった場所は壊死する。血を通わせれば——蘇る」。あの言葉が、今ここで現実になっている。しかし——血管が通れば、病原体も通る。それもまた真実だ)


 足音が聞こえた。リーゼが堤防を登ってきた。夕日に照らされた亜麻色の髪が——風に揺れている。


「会議、お疲れさま。——ここにいると思った」


「考え事をしていました」


「いつもそう。高いところに登って考え事するよね。——前の世界でもそうだった?」


「国交省の屋上に行くことがありました。東京の夜景を見ながら——次の予算をどう通すか考えていた。ビルの灯りが全部、自分の仕事に見えた。道路の灯りも、橋の照明も——全部」


 リーゼが横に並んだ。二人の影が堤防の斜面に長く伸びている。夕日が二つの影を繋げている。


「健悟。——この村にいてくれるの?」


 唐突な問いだった。しかし——唐突ではなかった。街道が繋がった。外への道が開けた。健悟の能力を欲しがる人間は——辺境伯だけではないだろう。


「ここに橋がある限りは」


 健悟の声は静かだった。


「橋?」


「僕が造った橋です。維持管理が必要です。年に一度の定期点検。五年に一度の補修計画策定。十年後には大規模修繕。造りっぱなしで去るのは——技術者として許されません」


 リーゼが——笑った。声を出して笑った。川面を渡る風に、笑い声が溶けていく。


「そういう理由なんだ。橋の維持管理」


「重要な業務です」


「うん。重要だね。——すごく、重要」


 リーゼの碧い目が夕日に染まっている。笑っている。しかし——その奥に、安堵の色がある。彼女が本当に聞きたかったのは、橋の話ではなかったのかもしれない。しかし健悟は——それ以上の答え方を知らなかった。


 夕日がテール川に沈んでいく。水面が金色から赤に、赤から紫に変わっていく。


 同じ夕暮れ。遠く東の地——辺境伯の居城。


 ヴェルナー・カッセル辺境伯が、執務室の大机に広げた地図を見ていた。古い地図だ。羊皮紙が黄ばみ、端が欠けている。しかし地図に描かれた街道網は——現在の地図にはない線を含んでいる。八百年前の線だ。


 蝋燭の灯りが地図の上を揺らしている。ヴェルナーの指が——地図の一点を叩いた。


 ハルベルト。


 辺境の寒村。人口五十人。税すら徴収する価値のない場所——だったはずだ。ザインの報告書は「監視継続」を推奨していた。慎重な文官らしい穏当な結論だ。しかし、測量士の報告は別のことを語っている。古代の中継塔。自己修復する橋脚。八百年前の技術が——あの村の足元に眠っている。


「古代街道の要衝——か」


 ヴェルナーの声は低く、威厳がある。五十代の顔に刻まれた皺は、二十年の統治が残した線だ。


 地図のハルベルトを——もう一度、指で叩いた。爪が羊皮紙を軽く凹ませた。


「ザインを呼べ」


 従者が走った。


 窓の外で——夕日が沈んでいく。ハルベルトと同じ夕日が、辺境伯の居城の尖塔を赤く染めていた。同じ空の下で——二つの意思が動き始めている。


 道は繋がった。繋がった道の両端で——それぞれの思惑が、静かに交差しようとしていた。

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