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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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街道の下に眠るもの

 カン、という甲高い金属音。普段の岩盤を砕く鈍い衝撃音とは明らかに違う。グリュックが赤い顎鬚を撫でながらツルハシを引き抜くと、刃先に——白い粉がついていた。


「おい。これは——石じゃないぞい」


 街道の基礎工事をしていた健悟とトビアスが駆け寄った。地下三メートルほどの掘削面に——滑らかな石材が露出している。自然の岩盤とは明らかに質感が違う。表面が均一で、触れると冷たく硬い。人工物の手触りだ。


 健悟は即座に《万象鑑定》を発動した。


  【構造物:人工石材(高密度魔力含有)】


  【推定年代:3,200年以上前】


  【構造強度:現在のマギクリートの4.8倍】


  【魔力残留値:7.2mT(活性状態)】


  【用途推定:導管外装(内部に金属導管を確認)】


「三千二百年以上前の人工構造物です。しかも——魔力がまだ残留している。活性状態で」


 グリュックが掘削面を慎重に広げた。赤い顎鬚が土埃で灰色になっている。ツルハシではなく、小さなハンマーと鑿に持ち替えて、構造物の輪郭を露出させていく。坑道技師の手際は正確だった。


 周囲の作業員たちが手を止めて見守っている。建設班のハインツが、石工の目で掘削面を見つめていた。


「こんな綺麗な石材は見たことがない。継ぎ目が——ほとんど見えない。どうやって加工したんだ」


「それを知りたいのは——ワシもじゃ」グリュックが鑿を入れる角度を微妙に変えながら言った。


 一時間後。幅二メートル、長さ五メートルほどの構造物が姿を現した。滑らかな白い石材の外装。その内部を——直径十五センチほどの金属導管が貫いている。導管の表面には微細な紋様が刻まれ、かすかに青白い光を放っていた。


「導管が光っている——」トビアスが大きな体を屈めて覗き込んだ。「生きているみたいだ」


 フェリスが現場に到着したのは正午過ぎだった。ハルベルトから急報を受けて馬を飛ばしてきた。銀髪が乱れ、頬が紅潮している。しかし——導管を見た瞬間、呼吸の乱れを忘れたように静止した。琥珀の瞳が見開かれている。


「これは——魔力伝送管です」


 フェリスが導管に手を近づけた。触れてはいない。しかし手のひらの上で——魔力が反応するのが見えた。空気が微かに揺らめいている。


「通信塔の百倍の容量があります。いえ——百倍どころではない。この導管一本で、ハルベルトの通信塔ネットワーク全体を賄える量の魔力を伝送できます」


「百倍——?」健悟は言葉を失った。


「正確には——百四十七倍です。この紋様は魔力の流れを整流する機能を持っています。現代の技術では——再現不可能です。少なくとも、私が知る限りでは」


 フェリスが手帳を取り出し、導管の断面図を描き始めた。外層の石材、中間の絶縁層、内層の金属導管——三層構造。しかも各層の厚みが均一ではなく、場所によって微妙に変化している。


「厚みの変化は——地形に対応しているのでしょうか」


「おそらく。地脈の流れの強弱に合わせて、導管の厚みを調整しています。地脈が強い場所では薄く、弱い場所では厚く。魔力の流速を一定に保つための設計です」


 健悟は——唸った。前世で言えば——地中送電線の被覆厚を地質条件に合わせて変える設計手法に似ている。しかしそれは二十世紀後半になってようやく実用化された技術だ。三千年前に——この水準の設計が存在していた。


 ドラガが午後に到着した。白い顎鬚を撫でながら、導管の外装をじっと見つめている。


「ワシが作ったマギクリートの五倍近い強度じゃと? 三千年前のモンが——ワシの最高傑作を超えとるということか」


「超えています」フェリスが静かに言った。「しかし——それ以上に重要なのは、この導管にまだ魔力が流れていることです。三千年前に作られたインフラが——今もなお、機能している」


 ドラガの目が細くなった。職人の目だ。


「三千年前のモンが動いとるってことは——止めた奴がおらんかったってことじゃ。誰もメンテナンスしとらんのに動いとる。それは——設計が完璧か、さもなくば——止め方を知らんかっただけか、どっちかじゃぞい」


 沈黙が落ちた。ドラガの言葉が——全員の背筋を冷やした。止めた奴がいなかった。あるいは——止められなかった。


 健悟は折り畳み定規を取り出し、導管の外径を測った。十五・三センチ。誤差がほぼゼロの真円だ。前世の鋳鉄管でも——ここまでの精度は難しい。三千年前の技術者が何を使ってこの管を成形したのか、想像もつかない。


 《万象鑑定》で導管の延伸方向を追った。青い構造線が地中に潜り、北東方向に伸びている。以前検出した地盤異常の方角と一致する。通信塔が拾った古代プロトコル信号の発信方向とも一致する。全てが——北東を指している。


「建設を一時中断します」


 健悟の声に、トビアスが驚いた顔をした。


「中断? 工期が——」


「この遺構の全容を把握しないまま、上に街道を敷くわけにはいきません。何が埋まっているか分からない状態で工事を続ければ——最悪の場合、遺構を損傷して魔力暴走を引き起こす可能性がある」


 トビアスが口を閉じた。大柄な棟梁は——現場の危険に敏感だ。理屈は分からなくても、健悟の声の真剣さは伝わる。


「遺構調査を優先します。トビアスさん、建設班は現場の安全確保と掘削面の養生をお願いします。フェリスさん、導管の全長と分岐構造を把握する必要がある。グリュックさん、地中探査をお願いします。坑道技師の経験で——どこまで掘れるか判断してください」


 トビアスが無言で頷いた。棟梁としての経験が——中断の判断が正しいことを理解させている。


「任せるぞい」グリュックが赤い顎鬚を引っ張った。「ワシの鼻は——地下の空洞を嗅ぎ分ける。この下に——もっと大きなモンがあるぞい。地面の響きが言っとる」


 フェリスが導管の紋様をスケッチし始めた。細い指が魔法ペンを走らせ、紋様の一つ一つを正確に写し取っていく。


「この紋様体系は——古代ドワーフの標準建設規格と同系です。しかし、より複雑な階層構造を持っています。標準規格が——上位規格の簡略版だった可能性があります」


「つまり——俺たちが見つけた古代遺構は、もっと大きなシステムの末端だったということですか」


「その可能性が高い。導管は北東に伸びています。その先に——何があるのか」


 導管の割れ目から——微かな青白い光が漏れ出していた。空気に魔力の味がする、とフェリスが言った。健悟には——味など分からない。しかし肌がぴりぴりするのは感じる。魔力が——空気中に滲み出している。三千年間ずっと。


 壁面を更に露出させると——文字が現れた。松明の光に照らされた古代文字。三千年の時を経てなお、刻まれた溝から淡い光が滲んでいる。グリュックが文字を読んだ。


「『この管路は中央制御核への主幹線である。無断での接続・切断を禁ず。違反者には——』」


 グリュックが言葉を切った。赤い顎鬚が微かに震えている。


「その先は?」


「……崩落で読めん。じゃが——禁止の碑文じゃ。警告じゃない。禁止。三千年前の技術者が——何かを恐れていた」


 ドラガが白い顎鬚を握りしめた。


「禁止碑文は——ワシらドワーフの坑道にもある。しかしそれは『ここから先は崩落の危険あり』という類のものじゃ。この碑文は——違う。『接続・切断を禁ず』。まるで——触れるだけで何かが起きるかのような書き方じゃぞい」


 健悟はリーゼに通信塔経由で報告を送った。「北東街道建設現場で古代遺構を発見。建設を一時中断し、調査を優先する。工期に遅延が出る見込み」。リーゼの返答は短かった。「了解。安全第一で。——無理しないで」。町長としての判断と、個人としての心配が、二つの短い文に凝縮されていた。


 夕日が掘削現場を赤く染めていた。露出した古代遺構の白い石材が——血の色に見えた。


 健悟は地図に新しい印を書き込んだ。魔法ペンの赤いインクが——北東方向に伸びる線を描く。中央制御核。通信塔が拾った古代プロトコル。地盤異常。全てが——一つの点に収束しようとしている。


 (前世の国交省で——道路建設中に遺跡が出土して工事が止まることがあった。文化財保護法に基づく調査が入り、工期が半年延びる。あの時は——面倒だと思っていた。しかしここでは——遺跡そのものが生きている。止まった遺跡ではなく、動き続けている遺跡だ。それは——考古学の問題ではない。安全管理の問題だ)


 フェリスが最後にスケッチを閉じた。琥珀の瞳が掘削現場の闇を見つめている。


「三千年前——この導管を作った技術者たちは、何を伝えようとしていたのでしょうか。魔力を、情報を、それとも——もっと別の何かを」


「分かりません。しかし——分かるまで掘ります」


 松明の炎が夜風に揺れた。古代の導管が——地中深くで青白く脈動し続けている。三千年の長い沈黙を経て——何かが、静かに目覚めようとしている気配があった。

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