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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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古代設計思想——《万象鑑定》が映すもの

 《万象鑑定》を連続使用した反動ではない。目の前に広がる古代インフラの全容に——技術者としての魂が揺さぶられたのだ。


 作業部屋の壁一面に、地図と数値データが貼り付けられている。松明ではなく魔力灯の安定した光の下で、健悟は折り畳み定規を手に最後の数値を書き込んだ。


 古代遺構の全体像が——ようやく見えた。


 導管は一本ではなかった。北東街道の地下三メートルに埋まっていた主幹線から、七本の支管が分岐し、それぞれが異なる方向へ伸びていた。上水道、下水処理、魔力供給、通信、暖房、冷却、そして——用途不明の第七系統。全ての管路が地下で有機的に接続され、一つの統合システムを形成していた。


 (これは——都市インフラの完成形だ)


 健悟は椅子に深く座り、天井を見上げた。魔力灯の光がぼんやりと滲んでいる。目が疲れている。しかし——頭は冴えていた。


 (俺が三年かけてハルベルトに作ったもの——橋、堤防、街道、上水道、下水道、通信塔。全てバラバラに設計し、バラバラに建設した。しかしこの古代文明は——最初から全てを統合システムとして設計している。個別のインフラではなく、都市そのものを一つの有機体として設計している)


 前世の国交省でも——統合インフラの理想は語られていた。上下水道、電力、通信、交通を一つの共同溝に収める構想。しかし省庁の縦割りと予算の壁に阻まれ、実現したのはごく限られた区間だけだった。三千年前の古代文明は——その理想を完全に実現していた。


「俺が三年で作ったものの完成形が——ここに眠っていた」


 独り言が——作業部屋の壁に反響した。


 その夜は眠れなかった。壁に貼った地図を見つめながら——前世の記憶が次々と蘇ってきた。国交省の会議室で、統合インフラ構想のプレゼンテーションを行った日のことを。「効率性の向上」「維持管理コストの削減」「災害時のレジリエンス強化」。パワーポイントのスライドに並べた文字が——今、目の前の古代遺構という形で実体化している。あの構想は会議室から出ることなく、予算要求書の片隅で朽ちていった。しかし三千年前の技術者たちは——それを実現していた。


 朝が来た。ロッテが持ってきた朝食のパンを齧りながら、健悟は最後のデータを整理した。温かいスープが胃に沁みる。二日間、まともに食事をしていなかったことに気づいた。


 フェリスを呼んだ。


 銀髪のエルフが作業部屋に入った瞬間、壁の地図を見て足を止めた。琥珀の瞳が——壁面を走査するように動いている。百二十年を生きたエルフの目が——二日分の走査データを数秒で読み取っていく。


「これは——全体が一つの循環系ですね」


「はい。血管系と同じ構造です。心臓から動脈が出て、毛細血管で末端に到達し、静脈で心臓に戻る。この遺構も——中央制御核から主幹線が出て、支管で各所に分配し、回収管で中央に戻っている。エネルギーの循環系です」


 フェリスが壁の地図に手を伸ばした。細い指が導管の分岐点を辿る。


「効率は——驚異的です。魔力の伝送ロスが、私たちの通信塔の十分の一以下。導管の紋様が——魔力の流れを層流に保っている。乱流が発生しないから、ロスが極限まで小さい」


「素晴らしい設計です。——しかし」


 フェリスの声が途切れた。気づいたのだ。百二十年の知見が——同じ結論に辿り着いている。


「しかし——問題がある」


 健悟は赤いインクの魔法ペンを取り、地図の上に書き込んだ。太い線で——古代設計の欠陥を示す。


「安全マージンが——ほぼゼロです」


 フェリスが眉をひそめた。


「ゼロ?」


「このシステムは、全ての構成要素が設計通りに機能することを前提としています。一箇所でも故障が起きれば——連鎖的に全体が影響を受ける。冗長性がない。バックアップがない。迂回路がない」


 健悟は折り畳み定規で地図上の導管を指し示した。


「たとえばこの支管が損傷した場合——隣接する支管の負荷が一・四倍になります。その支管にも余裕がないから、さらに隣に負荷が移る。ドミノ倒しのように——故障が全系統に波及する。前世の電力網で——ニューヨーク大停電が起きた原理と同じです。一本の送電線の故障が、連鎖的に東海岸全域を停電させた」


「しかし——三千年間、故障していないのでは」


「偶然です。あるいは——故障はもう始まっている。地盤異常。通信塔が拾った古代プロトコル信号。あれが——このシステムの異常信号だとしたら」


 フェリスの表情が変わった。琥珀の瞳に——理解と危機感が同時に浮かんだ。


「効率を極めた代わりに——冗長性を犠牲にした」


「そうです。完璧に動いている間は——これ以上ない理想のシステムです。しかし壊れた時——壊れ方が致命的になる。古代文明が滅びた原因が——このシステム設計にあった可能性すらある」


 沈黙が部屋を満たした。壁の地図が——二人を見下ろしている。三千年前の設計図が。完璧で、美しくて、しかし——脆いシステムの全体像が。


 フェリスが魔法ペンを手に取った。


「改良案を考えましょう。古代の設計を基盤にしつつ——安全マージンを組み込んだ新しい設計を」


「それが——俺の考えていることです」


 フェリスが地図の上に銀色のインクで描き始めた。古代の導管ネットワークに——新たな迂回路を追加する設計。健悟は赤いインクで安全マージンの数値を書き加えていく。二つの色が設計図の上で交差する。銀と赤。魔法工学と土木工学。百二十年の知識と三十四年の経験。


「ここに迂回路を設ければ——一系統が停止しても、残りの六系統で七十パーセントの機能を維持できます」


「七十パーセントでは——古代人は満足しなかったでしょうね」フェリスの声にわずかな皮肉が混じった。


「満足しなかったから——滅んだのかもしれない。完璧を目指して冗長性を排除した結果——一度の故障で全てが崩壊した。俺たちは——七十パーセントで生き残る設計を選ぶべきです」


 フェリスが手を止めた。琥珀の瞳が——健悟をじっと見つめている。


「古代人の過ちを繰り返さない——ですか」


「はい。前世でも——同じ教訓がありました。効率至上主義のシステムは、平時には最高のパフォーマンスを発揮する。しかし有事には——真っ先に壊れる。冗長性はコストではなく保険です」


 フェリスが小さく頷いた。百二十年の時間を持つエルフは——壊れたシステムをいくつも見てきたはずだ。魔法学院の体制もまた——効率を追求して硬直化した組織だった。


「では——改良設計を進めましょう。ただし、一つ問題があります」


「中央制御核」


「はい。全ての導管が——北東の一点に収束しています。そこに何があるのか。このシステムの心臓が——まだ動いているとすれば」


 健悟は地図の上に赤い印を打った。北東の山岳地帯の中心。全ての導管が集まる一点。古代プロトコル信号の発信源と推定される場所。


「行かなければなりません」


「ええ。——行かなければ」


 改良設計の議論は午後まで続いた。フェリスが古代の魔力伝送紋様の原理を解説し、健悟が安全係数の計算を行う。二人の議論は——時に熱を帯びた。フェリスは古代技術の応用に積極的で、健悟は安全マージンの確保に固執した。


「この紋様を応用すれば——通信塔の効率を三倍にできます」


「三倍の効率より——故障時に五十パーセントで動き続ける設計の方が重要です」


「それは——保守的すぎませんか」


「保守的で結構です。前世で——攻めた設計の橋が十年で落ちるのを見ました。保守的な設計の橋は百年持つ。辺境に必要なのは——百年持つインフラです」


 フェリスが——少しだけ笑った。口元がかすかに上がっただけの、エルフらしい控えめな笑みだ。


「百年は——私にとっては短い時間です。しかし、この町の人たちにとっては三世代分の時間ですね。分かりました。安全マージンを優先しましょう」


 日が傾き始めた頃、ドラガが作業部屋を覗きに来た。壁の地図を見て、白い顎鬚を引っ張った。


「随分と大層なモンを描いとるな。——で、ワシは何を作ればいいんじゃ」


「まず——遺構の導管を保護するための外装材です。古代の石材と同等の強度は無理でも、最低限の保護になる覆工が必要です」


「四・八倍の強度に届かんでも——ワシのマギクリートで二倍まではいける。足りんか?」


「十分です。保護が目的なので——完璧を目指す必要はありません」


 ドラガが鼻を鳴らした。「完璧を目指さんとは——随分と殊勝なことを言うようになったのう」


 健悟は苦笑した。ドラガは知らない。前世で——完璧を目指して倒れた男が、ここでは七十パーセントの設計を選んでいることを。完璧でなくていい。壊れない方が大事だ。人も、インフラも。


 魔力灯の光が微かに揺れた。まるで——古代のシステムが部屋の中の会話を聞いていたかのように。地図の上の赤い印が——魔力灯の光を受けて、血のように光っていた。


 窓の外では——通信塔の青白い光がいつもと変わらず灯っていた。しかし健悟には——その光の向こうに、三千年前の巨大なシステムが息づいているのが見えた。北東の暗闇の中で、古代の心臓が脈打っている。

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