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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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伯爵の回答——街道は領の血管なり

 ザインが伯爵の封蝋付きの書簡を持って庁舎に駆け込んできた。朝の執務時間——健悟は通信塔の増設計画を検討していたところだった。


「健悟さん。伯爵閣下からの返書です」


 ザインの声が——わずかに上ずっている。普段は冷静な文官が、走ってきたのか息を切らしている。


 健悟は書簡を受け取った。鷲の紋章が押された封蝋を丁寧に剥がす。羊皮紙を広げた。


 ヴェルナー伯爵の筆跡は——力強い。一文字一文字が深く刻まれている。鋭い目と鷲鼻を持つ五十代の領主の姿が——文字の向こうに浮かぶ。


 書簡の内容は——条件付きの支援表明だった。


「ザインさん。読み上げます」


 健悟は声に出して読んだ。


『辺境統合インフラネットワーク計画について——精査の上、以下の条件にて支援を行う意向であるな。


 第一。完成後のネットワーク管理権は辺境伯領に帰属せよ。維持管理の費用は領が負担するが——運営の最終権限は我が手にある。


 第二。通信網には辺境伯領の公式通信を含めよ。軍事情報、行政通達、徴税に関する通信を——最優先で扱え。


 第三。建設中の安全確保のため、工兵隊一個小隊を派遣する。指揮はレオンハルト副団長に委ねる。


 以上の条件を受諾するならば——許可状を発行し、必要な資材の供給を認めるものであるか。


 なお——レーヴェンタール卿をはじめとする領議会の主要な貴族には、余から直接説明を行った。反対意見は——今のところ出ておらぬ。貴殿の提案書に記された各領地への恩恵の試算が——効果を発揮したようであるな。


 ヴェルナー伯爵』


 健悟は書簡を机に置いた。


 条件は——三つ。管理権の帰属、公式通信の優先利用、工兵隊の派遣。前世の公共事業と同じ構図だ。国が建設費を補助し、完成後は自治体に移管するが——最終的な管理権限は国が保持する。合理的な条件だ。


「ザインさん。この条件について——どう思いますか」


 ザインは慎重に言葉を選んだ。


「第一条件と第三条件は——受け入れるべきです。管理権は形式的なもので、実際の運営はハルベルトが行うことになります。工兵隊の派遣は——建設の大きな助けになります」


「第二条件は?」


「軍事情報と行政通達の最優先は——やむを得ないでしょう。しかし——」


「しかし?」


「徴税に関する通信を最優先にすると——周辺村の反発を招きます。特にグラーベン村は——軍事目的への使用を禁止する条件で合意しています」


 健悟は頷いた。ザインの指摘は正確だ。グラーベンのオルトヴィン村長は——伯爵への不信感から、軍事利用の禁止を条件にした。伯爵の通信を全て最優先にすれば——合意が崩れる。


「交渉が必要ですね。第二条件の修正——軍事情報と行政通達は最優先で構わない。しかし徴税に関する通信は——通常の優先度にする。そして——一つ、こちらからも条件を出します」


「何です」


「通信の秘密保護です。通信網を通る全ての通信は——内容を第三者に開示しない。伯爵も含めて。通信の秘密は——ネットワークの信頼性の根幹です。これが守られなければ——誰も本当のことを通信しなくなる」


 ザインの目が——鋭くなった。


「健悟さん。それは——伯爵閣下に対して、かなり大胆な要求です」


「分かっています。しかし——譲れない一線です。前世でも——通信の秘密は憲法で保障されていました。どんな権力者でも——個人の通信を勝手に覗くことは許されない。それが——自由な社会の基盤です」


 健悟は返書を書いた。伯爵の条件を基本的に受諾しつつ——第二条件の修正案と、通信の秘密保護条項の追加を提案する。丁寧な、しかし——毅然とした文面だ。


 ザインが返書を読み直した。


「……よく書けています。形式も整っている。ただ——伯爵がこの修正を受け入れるかどうかは——」


「受け入れると思います。伯爵は合理的な方です。通信の秘密保護は——ネットワークの利用価値を高める。利用者が安心して使えるネットワークのほうが——通信量が増え、結果的に伯爵の利益にもなる」


 返書を送った。


 待つ間——健悟は手を止めなかった。通信塔の増設に必要な資材リストを作成し、ドラガに渡した。ミスリル合金の追加鋳造を依頼する。グリュックには坑道の延伸計画を相談した。地脈の支流に接続する「根」の設置ポイントを——事前に掘削しておく必要がある。


 フェリスは地脈の流量変動データを記録し続けていた。制流器の安定性を確認するために——毎日三回、決まった時刻に測定している。銀髪のエルフは——データの蓄積を怠らない。百二十年の経験が——長期観測の重要性を教えている。


「今のところ、流量変動は予測範囲内です」フェリスが帳面を見せた。「しかし——季節が変わると状況が変わる可能性があります。春の雪解け水が地脈に影響を与えるかもしれません」


「モニタリングを続けましょう。データがあれば——対策が立てられます」


 リーゼは町の日常業務をこなしながら、周辺村との連絡を維持していた。ブルンネンのブレンナー村長から——石橋の修繕に必要な資材リストが届いた。フェルゼンのギュンターからは——ミスリル鉱石の出荷スケジュールが送られてきた。グラーベンのオルトヴィンからは——何も届かない。しかし——拒絶の連絡もない。沈黙は——少なくとも否定ではない。


 今度は——三日で返答が来た。


 ヴェルナー伯爵の返書は短かった。


『修正条件を受諾する。通信の秘密保護は——合理的な提案であるな。許可状を発行する。レオンハルト副団長には——既に出立を命じた。三日後にハルベルトに到着するであろう。


 なお——貴殿の提案書は、余が知る限り最も精緻な費用対効果分析であった。前世とやらの知識は——使いようがあるようであるな。


 ヴェルナー伯爵』


 最後の一文に——健悟は息を呑んだ。伯爵は知っている。健悟が異世界から来たことを。いつから知っていたのか——分からない。しかし——それを問題にしていない。「使いようがある」と評している。政治家の目だ。出自ではなく能力を見ている。


 ザインが許可状を持って到着したのは——その翌日だった。辺境伯領の紋章が押された正式な許可状。街道建設と通信塔設置の全権委任。資材供給の保証。そして——工兵隊一個小隊の派遣命令書。


「健悟さん。許可が下りました。——これで、正式に動けます」


「ありがとうございます、ザインさん。あなたの根回しがなければ——こうはいかなかった」


 ザインは——少しだけ笑った。文官の控えめな笑顔だ。


 三日後。レオンハルトが到着した。


 金色の髪が朝日に光り、頬の古い傷がくっきりと見える。騎馬の後ろに——工兵隊二十人が続いている。馬車三台に資材と工具を積んでいる。


「健悟。伯爵の命を受けてきた」簡潔な挨拶だ。レオンハルトらしい。「工兵隊一個小隊、二十名。指揮は俺が取る。——どこから始める」


「まず——ブルンネン村への街道修繕と、通信塔の第二号基の建設から。同時並行で進めます」


「了解した」


 レオンハルトが振り返り、工兵隊に指示を飛ばした。騎士団の統率は——速い。無駄な動きがない。命令系統が明確だ。


 ガルドが正門の脇に立っていた。腕を組み——レオンハルトの工兵隊を見ている。右腕の傷痕が——朝日に浮かんでいる。


「大所帯だな」


「ガルドさん。レオンハルトの部隊と——連携をお願いします。防衛面の要件は——ガルドさんが一番分かっている」


「ああ。——分かってる」


 ガルドの声に——微かな緊張があった。元冒険者と騎士団副団長。立場も経歴も違う二人が——同じ現場で働くことになる。


 リーゼが正門に出てきた。レオンハルトに向かって——町長として正式な歓迎の挨拶を述べた。


「ハルベルトへようこそ、レオンハルト副団長。伯爵閣下のご支援に感謝します」


「リーゼ殿。以前より——町が発展しているようだ」


「健悟のおかげです。——建設の件、よろしくお願いします」


 レオンハルトが短く頷いた。視線がガルドに移った。二人の目が合う。元冒険者と騎士。一瞬の沈黙——しかし、敵意はない。以前の共同作業で——最低限の信頼は築けている。


 トビアスが建設班を率いて合流した。大柄な棟梁が工兵隊の面々を見回し、にやりと笑った。


「人手が増えたな。——これなら、ブルンネンまでの街道を一ヶ月で仕上げられる」


「無理はさせるな」健悟が言った。「品質を落として速度を上げても——後で修繕コストがかかる。前世で嫌というほど——その失敗を見てきた」


「分かってるよ」トビアスが肩をすくめた。「あんたは相変わらず——慎重だな」


「慎重なのは——壊れるものを作りたくないからです」


 しかし健悟は——二人が上手くやれると信じていた。前世の現場でも——設計者と施工者、官僚と民間企業、立場の違う人間が同じ目標に向かう時——最初は衝突し、やがて協力し、最後には信頼が生まれた。


 ハルベルトの東端で——通信塔の光が朝日に溶けていく。一つだけの光。しかし——建設が始まれば、光は増える。辺境中に——光が灯る日が来る。


 健悟は折り畳み定規を取り出し、地図の上に当てた。建設の本格始動だ。

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