第6話「新たな問題」
第1章「師匠は療養生活中」
第6話「新たな問題」
ナズナでさえも物凄くまずい強力な虫を食べさせられて、結衣は想像を絶する味で酷く苦しんだ。
レオに怒鳴り散らそうとしたいものの、うねうねした虫が胃袋に入った途端に猛烈な気持ち悪さに襲われた。
自分の容姿を見て驚天動地するほどショックも受けたから、怒りなんかよりも気絶しない方がおかしい。
けれど、それからはまさに生き地獄だった。
ハッとして目を覚ました時、まだお腹の中で虫は動きまわっていた。
強烈に吐き出したい衝動に駆られる。
ベッドから飛び起きたのだが、弟子達の響子とレオはいなかった。
ナースもいない。
自分の姿は元に戻っているものの、気持ち悪さはこれまで生きてきたなかでもダントツの1番だ。
横になっても、どんな姿勢でも、気持ち悪さが止まらない。横になると虫自身が胃袋の中を自由自在に動きまわる……。
今すぐにでもコイツらを吐き出したい。
物凄い勢いで病室から逃げ出すと、その道中にレオと響子がいた。
特にレオの顔を見た時、物凄い殺意にかられた。
「レオ!!!」
「あ、目が覚めました?」
「いちど死んで目を覚ませ!!!」
怒り狂う結衣はレオに体当たりをしようとした。
けれどひょいっと逃げられて、壁に物凄い勢いでぶつかってしまった。
その衝撃で頭が猛烈にクラクラし、この場所で物凄い吐き気を催す。
それに合わせて虫が食道をよじ登ってくる。
結衣は大粒の涙をこぼしながら、大きく身体で呼吸をした。
いっそのこと今死にたい気分であった。
響子が心配して背中をさすってくれるが、とても生きた心地がしない。
そのまま、虫は何も気兼ねなく喉にまで戻り、舌を這い始める。
もう、限界。
猛烈な勢いで中身を吐き出そうとした。
けれど、吐き出したいはずなのに何も出ない。自分の手を口に突っ込んで虫を取り出そうとしたが、無自覚に、虫を飲み込んでしまうのだった。
「~~~~ぁぁっっ!!!!!!」
「師匠?」
身体を大きく震わせながら、虫がまた食道をおりていく感覚が伝わってきて真っ青になる。小さいぬめっとしている毛も……。
顔面蒼白になっている師匠を見て、響子はもとの病室へとゆっくりと歩くのを手伝う。
とてもムリだ……。
歩くことさえできやしない結衣は足元から崩れ落ちる。
「俺……帰るわ。師匠が元気になったらマジで殺されそう」
「そういう問題?!」
歩けなくても、響子は一生懸命に介抱してくれる。
段々と虫の感覚はなくなっていく。おそらく、胃液などで溶かされて身動きできなくなっているのだろう。
ただし自分のお腹の中で虫が吸収されていると思うと、とても正気の沙汰でいられない。
さっきまではレオを本気で殺したい衝動にも駆られていたが、今は生きている心地がまったくしないし、とにもかくにもベッドで横にもなりたい。
本当に本当に。結衣はこれまでの人生のなかで一番に辛い境遇にある。
「もう少しですよ、師匠」
頭がクラクラしてくる。気持ち悪すぎて真っすぐ歩くこともできない。
響子の肩をかりながらなんとか歩けているが、とても1人だけでは歩くことなんてできない。
けれど。とんでもない事態にまた陥った。
猛烈な腹痛に襲われて、サーっと頭から血の気が引けて、とても歩けなくなった。
辛い、の一言だけでまとめられるような状況じゃない。
「師…。…け……か?」
声まで遠のく。
徐々に、意識も朦朧として……。
★
師匠が意識をなくしてから数分も経つ。
そりゃあ生きたままの幼虫を口にいれられたら、気絶しない方がおかしい。
レオにはかなりの怒りがつのり、窓際で何度も電話してやった。
だけど全部無反応。
何度も何度も電話するうち、しまいには「現在、電波が届かない状況か——」となってしまう。
逃げやがったな。
もういい!
怒りが募る響子だが、師匠がいつ意識を戻すのかわからないから、それまでどうしていようかと考え始めた。
というよりも。
本当はもっと大事な事があることに、響子は気付いていなかった。
その大事な事を伝えようと、立花工房が契約しているゴブリンで、気持ち悪い姿をしているナズナが急に現れた。
「響子様!!!」
「わぁっ!? あぁ、も、もう、ナズナ! 急に現れるなって何度も言ってるでしょ!?」
響子にとって、ナズナが突然現れるのは目に見えないはずの幽霊と境遇するのと同じくらいの衝撃だった。
スマホも手から落ちて大きな音を立てた。
幸いにも画面は割れなかったが、それよりも自分の心が砕け散りそうで、本当にヒヤヒヤ物だった。
「そんなことよりも、ですよ! 菜園やら餌やら。皆さんが騒いでおりますよ!!!」
「あぁあああ~~~~っ!!!!!」
確かにだった。
響子が驚いている状況よりも、店の方は何も管理していない状態だった。
本来ならば2日くらいの感覚で餌や菜園の方を面倒見にいかなければいけないのに、何もしていなかったのだ。
「ナズナ! 本当は嫌だけど瞬間移動させて!」
「この前はめまいして倒れたじゃないですかぁ」
「そうは言ってられないの! 師匠にブチギレられる……。とにかく、お願い!」
「へいへいです」
★
ナズナの手をとって菜園に瞬間移動できたが、言っていた通り、強烈なめまいが起きて、しかも頭がクラクラして盛大に倒れ込んだ。
「言わんこっちゃあない」
「ぅぅぅう」
「響子様!!! 肥料はどうするのですか、清水も不足しています、保管箱もいっぱいになってますよ!!!」
「あぁぁっ! うるさいうるさいぃ!」
頭がガンガンとするというのに、ゴブリンは次から次へとどうするんだと言ってくる。
「仕方ないですなぁ。俺様が代わりやしょう」
「さすがっすナズナ様!!!」
「その代わりに、ですよ! 響子様、今度、俺様の代わりに汚い仕事してもらいますぞ」
「や、やる、やるからぁ! あの仕事だけはぜっっったいにしたくなああいいい!!!!」
汚い仕事とは、契約モンスターや労働者のフンを片付けたり、フンだらけのフンコロガシを手入れしたり。
虫がうじゃうじゃといる堆肥箱を管理したりも。
ナズナのしている仕事はとにかく汚いのだ。
そんなのは死んででもやりたくない。ナズナがやってくれるまでは結衣師匠が1人でやっていたそうだ。
たまには1人でやりなさいと言われた事もあるが、そればっかりはナズナに任せっぱなしだった。
だから慌てて、頭が痛くて気持ちが悪くても急いでいつもの作業を始めた。
菜園は簡単な事ではない。
肥料から収穫した採集物を指定した保管箱に移動させるのももちろん、水やりに必要な清水を貯水タンクに溜めなければならない。
清水は雨や海から収集した水を清浄化したもの。
海水からは副産物として塩が手に入る。
その塩も、清水精製機の副産物用の容器に目一杯に入っていた。
2日以上放置していたつけだった。
それに雨水が濁っていたせいか、別の副産物用の容器には違う液体である混合水で溢れかえっていた。
師匠がいたらブチギレる事間違いなしだった……。
副産物用の容器はそれぞれ2つあるのだが、満杯だから清水の製造は止まっていた。だからゴブリン達が騒いでいた。
2リットル用ペットボトルほどの大きさのある新しいプラスチック製の容器へと交換させると、たまっている水が徐々に減り始める。
雨水用と川水用と海水用と、タンクは3つもある。
とりあえずは清水の精製はできるようになった。
塩はいつも入れている箱に貯蔵させて、空容器を洗って次に使えるようにする。
雨水と川水で精製された混合水は使える用途があまりないが、ナズナとゴブリンはこれが好きなのだ。
ゴブリン達と一緒に働いていくれているナズナは、それをすぐに飲み始めた。
「っはぁあ! うっまい!」
まるで風呂上りのおじさんがビールを飲むように、美味そうに飲みほした。
混合水を飲むと、ナズナはすぐに仕事に戻る。
汚い仕事はナズナがやってくれるから本当に助かる。副産物をそれぞれの場所へと収納と保管をさせる。
ちなみに川水は清水を作れる比率が高く、副産物の混合水は少ない。
清水精製機の手入れはこれで終わった。
けれど、この川水と海水を集めてくれている労働者がいる。
ここから少し歩けば岬なのだから、とくに海水を集めるのは苦難だ。急な坂道を下りなければいけないし、坂道を上る時も結構な重労働になる。わざわざ海岸までいって3キロくらい歩く必要があるのだから、力のいる作業である。
グリフィンが手が空いている時は乗って移動する事ができるが。
水集めは重労働だから、海水集めはジャイアントが1人でやっている。
そんな仕事を普段からしていて疲れていたのか、見当たらないジャイアントは労働者用の宿舎でいびきをかきながら寝ていた。
ぐがががが。と……。
「こーらー! そろそろ仕事に戻りなさい!」
「ぐあがががが。があああっ」
うるさい寝息だ。
このジャイアントの気持ちはわからなくはないが……。
人間と姿は似ているが力作業に向いているから、体格は凄くいい方だ。格好いいかどうかは別として。
「お、き、ろ!!!」
お腹を出して寝ているその腹を叩いて起こすと、熟睡していたジャイアントが目を覚ました。
「響子様……ですか。結衣様は?」
「いま病気中」
「キスしてくれないんですね」
「師匠でもそんな事しないから! いつまでも夢見てるんじゃないよ!」
「優しく起こして下さるのに……。響子様はいつも適当過ぎます」
「うるさい事いわないの。精製機の方、手入れしてきたから。ほら、海水と川水を集めてきて」
「お腹が減ってるのですが……。せめてビールだけでも」
「あぁ、もう!!!」
ビールも師匠が作っているから、とにかく大変なのだ。
そんなビールを取りにいこうと倉庫の冷蔵庫を開けると……。
「ビールないの!?」
「だって、補充されていないから」
「きょ、今日は市販のビールで勘弁して!」
「市販のはまずいですよ。結衣様のビールは出品もされているくらいなのですから、別格に美味しいんです」
「でも今は作れていないの!」
「以前に響子様が作ったビールでもいいですよ。とにかく市販は嫌です」
「まったく……。ジャガイモ……は、保管箱の中か」
「まぁ、今日はそれで我慢しやす」
ちなみにビールは、師匠が自分で作った機械でビール精製機に材料を入れれば作る事ができる。
でも加減が必要で、必要量が代わると味が全然変わってしまうのだ。
師匠はいろいろと効率化しているから製造機も作っているが……。
材料は、ジャガイモ5個分、砂糖1袋分、発酵剤2袋分、そして清水はビールを作る分の水量がいる。
今はその清水が不足しているから作れないのだ。
労働者の問題もこれで解決……と思ったが、問題はまだまだある。
労働者の食事用に、ゴブリンには、虫もしくは植物ならなんでも、川水と雨水の副産物の混合水もしくは泥水、モンスターの焼き肉が好物だ。
ジャイアントには、ジャガイモ、ビール、モンスターの焼き肉。
ドワーフはジャイアントと似た好みだけど……。ともかく、それらの食材等が必要なのである。
ゴブリン用の虫か植物はナズナが集めているから問題はなさそう。
見たくはないが、虫が元気そうに透明ガラスの餌箱に入っている。植物も、葉っぱでも雑草でも、何でもあった。
ナズナは見た目が気持ち悪い方だが、しっかりとなんでも仕事してくれている。
今度、感謝しないといけないな。
食材でいま不足しているのは、モンスターの焼き肉。
泥水はこれからジャイアントが集めてくれるだろう。
混合水はこれから定期的にやればそのうちにいっぱいになるはず。
ビールは後で作るとして、モンスターの生肉を集めなければならない。
いつもならレオが生肉用の冷凍庫に入れてくれるのだが、その様子はなかった。
けれど、モンスターの生肉なら海にいけばある程度は集まっているかもしれない。
立花工房から少し離れている場所にある菜園に隣接する倉庫には、労働者が集めた採集物が保管箱や冷蔵庫等がある。
この倉庫にくればだいたいの物がそろえているから、何が不足しているかすぐにわかるのだ。
さきに清水精製機の方を手入れしたが、倉庫にきてだいぶ状況を把握できた。
ただ、モンスターの生肉に関しては、手懐けているモンスター達に任せてある。
海にはジャイアントが海水を集めているために往復しているが、別で任せているのがいる。
ゴブリンでもジャイアントでもないから、生肉を管理する側である人間にとっては扱いが少々難しい。
そいつはグリフィンと、海洋モンスターのメガロドンだ。
倉庫の小物箱に入っている笛を取り出して、グリフィンを呼び出す。
グリフィンはこの笛を吹くと来てくれる。けれど数日間放置してしまったから気が荒立っているかもしれない。
恐る恐る待つが、やはり、なのか。
すぐに来てくれない。
もう1度吹いて、数分待とうとしたが来る気配がない。
師匠からは3回は吹くなと言われているが……。
どうしても来てほしい。怒っているかもしれないけど。グリフィンを呼ぼうと3回目を吹こうとすると、違う風を感じた。グリフィンの羽ばたく風だ。
きてくれたんだ。
感謝しようと思い風の方を見ると、グリフィンは凄くイライラしている様子だった。
なんだ。響子か。
表情を険しくさせて、口にしている生肉袋を放り投げてきた。
ドサッと響子の近くに落ちるが、グリフィンは話したくない様子でメガロドンのいる場所に戻ろうとしていた。
「待って!!!」
そう言われたグリフィンは少し止まった。
イライラしている様子だったが、なんとか響子の所に戻ってきてくれた。
生肉袋の奥の方に着地して、強くにらんできた。
「何の用ですか。しかも、響子様? 結衣様は?」
「病気……なの。数日間放置して、ごめんなさい!!!」
「メガロドンはもっとご機嫌斜めですけどねぇ。響子様が相手だと、うっかり食べてしまいそうですね」
ちなみにこのグリフィン。
外見で性別はわからないが、中身はメスだ。口調は比較的に柔らかい方だが、性格はとても厳しい。メガロドンとは性格の相性がいいから、モンスターの生肉運びにはとても助かっているのだ。
「や、っぱり……?」
「それよりも。どうして私達を放置したのか。説明。してください」
「……っ!」
★
これまでのいきさつと結衣の事を話すと、グリフィンは理解してくれた。だが、放置された事に関してはやはり怒っていた。
なんで早く状況説明しに来なかった。
なんで菜園と労働者関係の管理を忘れていたのか。
その事に関して夕方7時までずぅっと説教をされた。
「もういいわ。メガロドンには私から説明しておくから、今日はもう休んだら? それより。あっちで生肉に加工してくれているゴブリンは凄くお腹を空かせてる。食材はまだかしら?」
「あっ! 待って。いま渡すから……」
うげえと思いながら、響子はゴブリンの好物の虫と植物を袋に積めていく。
そういえば、水はどうしているかな?
様子は見に行った方がいいだろうか……。
「ねぇ? あっちは水は足りてるの?」
「た・り・て・な・い」
ひぃっ! と響子は身震いした。
あれから数日間が経ったから、せめて混合水だけでも溜まっただろうか。
見に行くと、代わりに手の空いているゴブリンが用意してくれていた。
「ありがとうっ!」
「早く生肉加工所に運んで下さいよ、響子様」
「うん!」
「ところで結衣様は?」
「ごめんね、後で説明する!」
「待てないから、きました」とグリフィンがいつの間にか後ろにいた。
ゴブリンはわざわざ運べるように2リットルのペットボトルを5本用意してくれていたのだった。
響子よりも仕事してくれているかもしれない。
菜園の方の手作業は終わったらしいから、泥水の用意をしてくれたのだろう。
グリフィンが口で運んでくれた袋の中に、さっきの虫と植物の入ってる小袋もちゃんとあった。
「サンキュー! それと、グリフィン、あとよろしく~!」
「結衣様の事は私からあっちで説明しておきます。おやすみなさいませ、響子様」
「ありがと~!!!」
手を振って去っていくグリフィンの後姿を見送った。
なんとかある程度の問題は解決できたが、ビールを作る前に、まずは労働者を集めて結衣の事を説明する事にした。
ゴブリンとジャイアント、菜園と生肉加工所の建物管理をしてくれているドワーフ達にも。
皆が理解するのはそれほど時間がかからなかった。
ナズナがある程度話してくれていたのか、とても理解が早かったし、責めてくることもなかった。




