第5話「行方不明の師匠」
幼虫を食べる場面がありますので、食事中に読まない事をオススメします。
第1章「師匠は療養生活中」
第5話「行方不明の師匠」
病室からいなくなった立花結衣を探そうと、響子は病院内を詳しくないから、病院の外の見回りをした。
ドクターと女性主治医は手の空いている人に協力を求めた。
たくさんの手を借りればすぐに見つかるはずだ。
そう思っていたのだが、半日かけてくまなく探してもどこにもいない。
響子も、外回りしてもどこにもいないから、最初にいた病室に戻ると口論している主治医とドクターがいた。
「たった数分間で、あの身体で遠くに行けるはずがないでしょう!?」
「だが、確かにどこにもいないんだ! 本当に数分だったんだ!!!」
「屋上も地下も、食堂も、人が入りそうな狭い場所も全部探したのよ!?」
「わからないのはわからない!!!」
「あ、あの。でしたら!」
響子が大声を出して割って入る。
「あれを使ったらいいんじゃないですか!? 1日も経っていないのなら、簡単なやつでも、時間再現機能で師匠の動きがわかるはずです!」
「それもやった!!!」とドクターが言う。
その言葉を聞いた響子と主治医は絶句した。
見つける手がかりがひとつもない。
そんなの嘘だ。
時間再現機能から逃れる方法なんてなにもない。
どこにも、ない。
そんな、時だった。
響子の足元を誰かが掴まれた気がした。
確かにその感触があり、響子は床をしきりに見渡した。
だけど、誰も、何もいない。
確かに感覚はあった。
2人はまた口論を始めたが、響子は過去の事があって、嫌な予感がしてならなかった。
昔、自分が無自覚で巨人化した時。あの時、害がないと思った動物を触ったからだった。
師匠の結衣はモンスターの虫に刺されたと言っていたが、毒以外になにか病気を貰ったか?
そう思って室内をうろうろすると、何かが足にあたり、転がり落ちた。その時に誰かのうめき声も聞こえた。
誰か。じゃない。
確かに師匠の声がした。
ということは……。
おそるおそる、床を手で確認していく。転んだその場所に手を伸ばすと、感触がした。
「師匠? ここに、師匠がいるの?」
響子のその声に主治医とドクターが口論をやめた。
「響……子……だよね……。気配が……した……から……」
「師匠っ!!!」
手探りで、結衣の身体を確かめて抱き締めた。強く抱き締めた。
「喋れるようになったんですね。だけど、どうして、こんな姿に!?」
「わ……た、し、が、し……り……たい」
物凄い勢いでドクターが走って出て行く。それと同時に、主治医も何か思い出したのか、後を追っていった。
「師匠。心の奥で、何か、声しませんか?」
「す、る。こわ、い……。こわい……っ!」
「やっぱり……! 師匠! 自分の意識を、強く持って下さい! 声に負けたらダメです!」
「だけ、ど。ダメ……。いっぱい、声、が。たく、さん。声、が……」
「へ?」
「いろ、ん、な、所、から……」
「なんて言ってるんですか?」
「ころせ、とか。……っ! えたいの、しれない、声が……っ」
「響子さん、そこをどいて!!!」
主治医が戻ってきた。同時にドクターも。
けど、どくってどういうこと?
振り返ると、そこには銃と献血パックを持っている2人がいた。
響子はそれをみて、2人が何をしようとしているのか悟って、結衣を手離したくなかった。
「嫌だ。師匠を傷つけさせたくない!」
「強引でも、出血させれば、せめて透明は解除できるかもしれない!」
「そうなんだ! お願いだから、撃たせてくれ!」
「でも、どこを撃っても死んじゃうかもしれないでしょ!?」
「死なせないから!」
「嫌です!!!」
「響……子……。2人、の、言う通り、に、して」
「だけど師匠……そんなの……嫌です……っ!」
「どんな、手段でも、使って、下さい!」
「嫌、だ。嫌だ嫌だ!!!」
泣きながら叫ぶ響子に向かって、ドクターは苦しい思いをしながら、結衣の見えない足を狙って引き金をひいた。
献血パックはしばらく出血してから施しをしようと主治医は思っていた。
しかし……。
結衣の話し声が聞こえなくなった。
その代わりに激痛に悶える声が聞こえる。
「撃ったの!?」
「仕方がないんだ! こうするしか!」
「……………! 師匠、どう、ですか!?」
「……っ。は……っ!」
想像以上の激痛を感じているらしい。
だが。出血している様子がない。
赤い血が出ないのだ。
出血すれば元の姿に戻れる、という望みは外れた。
ところが、もっと酷い状況になっている事に主治医が気付く。
手に濡れた血のような感触が、何よりの証拠だった。
「血液も透明化してるの!?」
「な……っ!」
「ふ、ふざけないでよ! 師匠を助けるのが目的なんじゃないの!?」
「こんなつもりじゃないんだ!!!」
それに、結衣は身体を震え始める。
酷く痙攣し始めていた。
「師匠っ! 師匠っ!!!」
「おい。俺の師匠を傷つけるんじゃねぇ!!!」
突然レオが現れた。
手には得体の知れない幼虫を手にしていた。それを見た3人は目を疑った。だが、レオは何も躊躇していない。
「響子! 師匠の口を開けさせろ!」
「なっ! あんた、それを食べさせる気!?」
「俺の命を変えてでも師匠は絶対に生き返らせる!!!」
こんなに切羽詰まった言い方をするレオは初めて見た。
「っていうか、あんた、なんで今さらになって!」
「早くこれを食べさせるのが先決だ! 師匠が死んだら俺を木っ端微塵に切り刻んでも好きなように殺すなり、煮るなり焼くなり、何もしても構わない!」
「そうまでして、言うなら……」
結衣師匠の震えが収まる気配がない。
こんな状態では響子だけではムリだ。主治医とドクターも。
レオの覚悟を聞いて、3人がかりで結衣の口を開けた。
そして得体の知れないうねうねとする毛虫のようなのを、強引に口に入れさせた。
すると……。
震えは収まった。
「師匠。俺の声をよく聞け。俺を殺しても構わない。食べるんだ」
「……………っん?! ……ぐふっ! げふ! あ、ぁ……レ……オ……!!!」
透明の姿は元に戻り始めた。
やった。やっと結衣の姿が見え始めた。
そう思って歓喜していたが、結衣師匠は裸の姿で、しかも、全身が異様な姿になっていた。その姿を見た主治医と響子は気絶してしまった。
ドクターでさえもめまいするほど。だ。
身体がまるで毛虫のように気持ち悪い姿になっていた。
結衣でさえも、今の自分の姿を見て気絶をしてしまうのだった。
「レオ、だったか。何をしたんだ?」
「虫ですよ。しかも、毒と変に化学反応みたいなのを起こして、こんな姿になってしまったのかと」
「それで。食べさせた虫はなんだ?」
「あの場所に行ってました。時空を完全に再現させてくれる専門家と、です」
★
「それで? ここを再現させろと」
「そうです」
「だけど、なんでソイツを……」
「ナズナとは昔からのダチなんで。叫ばせると……」
ソイツ、ナズナ、と言われているモンスターはゴブリンに似ているが、それよりも得体の知れない姿で気持ちが悪い。
ハイエナのような肌色で、体毛があるがぬるっとしていて、常にヨダレをたらしている。
へぇへぇと妙な呼吸もするのだ。
「ナズナ。お前の気持ちが悪い叫び声を盛大に出せる気持ちがいい場所だぞ。盛大にやれ」
「ですが旦那様も、気絶してしまいますぜぇ?」
「俺は大丈夫だ。あぁ、忘れてた。耳栓とノイズキャンセリングのこのヘッドホンも、それと、超高級耳栓効果のあるこのマテリアルを装備に着けろよ」
「レオさんは大丈夫なのか?」
「俺は大丈夫さ。相性のいいスキルもあるから、問題なんてない」
「そう、ですか」
専門家は凄く険しい顔をした。
ずっと着いてきているナズナは、今にでも何か吐き出すんじゃないかと思うくらい気持ちが悪いのだ。このフィールドにくる前から、レオが同行させていたのである。
ゴブリンに形は似ている。しかもレオをご主人様と呼ぶから、労働者なのだろう。
けれど、こんな気持ちが悪いゴブリン型を誰が好き好んで雇うのか……。
レオの考えている事がわからない。
だが、レオが言う通りに、魔法で取り出したヘッドホンを頭に、マテリアルを右手の空いているマテリアル環に装着させた。
そして、レオの合図と共にナズナと呼ばれたソイツが泣き叫んだ。
専門家からは声が聞こえないが、一斉に、川の中やらあちらこちらと逃げる魚とか。小さな虫も鳥達も、地中にいた虫も慌てて飛び出して逃げていくほどだった。
なんと、結衣師匠を刺した飛ぶ虫は地中にいたのだった。
レオは叫び声を聞きながらとても満足そうに聴いている。
「へっへっへっへっ! ひゃーひゃーひゃーひゃー! あっひゃっひゃっひゃあ! ぎゃあぎゃあぎゃっぎゃっ!」
専門家は頑丈に装備したでも、気持ちよさそうに叫ぶナズナを見ただけでもゾッと鳥肌が立った。
「ナズナ。そこらへんにしとけ。一番肝心なやつが逃げたらマズイだろ」
「あぁ。俺様の予感だと、もっと地中にいる虫がぁ、師匠を助けてくださるぜぇ。ものすごぉくまずぅいですが」
「さすがナズナだな。さすが食いしん坊なだけある」
レオは専門家の肩を叩いて、完全装備を解くように促した。
モンスターの脅威はしばらくはない。
専門家は変な気分だが、いつも通りに、時空を完全再現させる装置をぱぱっと魔法を使って組み立て、再現スタートさせようとした。
「ナズナ。どのくらい前だ?」
「師匠が倒れた後ですな。たぶん、あやつは動いてる身体は好かない」
「わかった。その頃合いにまで、時間調整してくれないか?」
「了解」
再現させた空間を時間調整させる。
師匠が倒れている時間でちょうど止めて通常再生させると、地中からとある生き物が現れた。
うねうねした虫が、師匠の口の中へと入る。
それを見た2人はうげぇと反応したが、それが理由じゃないとナズナが言った。
「ストップだぁ!」
時間を止めると、ナズナは口に完全に入ろうとしている毛虫のようなやつを手で触って、ぺろっと舌で舐めて再確認した。
「うん。こいつはまだまずくない。知ってるか? ここは虫の楽園だぁ。動物も、地上型のモンスターも、あんまり見かけないだろぉ?」
「言われてみればそうだな」
「そういう場所には虫同士の上下関係があるぅ。それでぇ、こいつはまだ弱い方だろうなぁ。まずくない。虫はまずいやつの方が強いパターンがあるのさ」
「そんなの、我々が知る一般的な生物理論とは全く考えが異なるぞ」と専門家が反論する。
「それは人間が知るちっぽけで些細な世界での話さぁ。あんたらぁ、まだここにきてそんなたたないだろ?」
「人間がこの惑星におりたったのは5000年以上も前と聞くが。そんなにはたってないって訳ではないだずだ」
「全然だなぁ。モンスターは1000億年前からいる。この宇宙が誕生する前からぁ。だからぁ、人間はモンスターをまだまだ知らない」
「そんなのでっちあげだ。この宇宙は約束50億年前にビッグバンで――」
「ビッグバンだぁ? ひゃっひゃっひゃっ。そんなの宇宙じゃあねぇ。お前達がぁ言ってるのはぁ、この星々がある小さい小さい空の話だぇ? 小さい小さい空の外側に、宇宙、がある」
「まぁ要するに、俺達が知っているこの宇宙ってのは、木の枝のほんの先端の小さい葉ってことか?」
「そうさ。さすがは俺様のご主人様だぁ! さぁて、人間達のくっだらない付き合いは終わりにしてぇ。コイツの虫は……。うん。うん」
「どうした?」
ナズナは時間停止している空間の地中の様子を探ろうと、右往左往して耳を押し当てたり舐めたりしている。
ふんふんふん。と。独り言を呟きながら、今度は土を食べる。
その次は川の水を飲み込み、このフィールドを調べているようだった。
ほんの数分でこの地域を調べた結果、ナズナはある結論を導き出した。
「やっぱりだ。ものすっごくまずい虫が、解毒作用になる。だが。タイムリミットはそんなにない。この虫が、師匠の体内で虫の血液が循環した時ぃ、師匠は虫の化け物になるなぁ」
「どういうことだ」
「このまずくない虫は、強くなろうと、死人もしくは死にかけを強いモンスターにさせようとする。そうなると、いろんな面倒を起こす」
「そのモンスターになる前に、何をするべきだ?」
「ご主人様は話が早いです、さすがですぅ。そうなる前に、もっともっと強い虫を、食べさせるべきなのですぅ。強い虫は、弱い虫の効果も消せるんさ」
「理解が難しいが、モンスター化を止めるという事なんだな?」
「そうです! 強い虫は、逆効果なんだなぁ。規制するその肉体そのものを強くさせる。つまり。元に戻る」
「そう言うことか! モンスター化する力よりも相反する力が最も強い、そしてまずい虫こそが人間の力を元に戻せると!」とレオは理解した。
けれど専門家は何を話しているんだとチンプンカンプンでいた。
ナズナはもう時間再現はいいと言って、今度は、その強い虫を呼び出した。
その呼び出しはとても人間には理解の出来ない難しい言葉。
その言葉に導かれて現れてきたのは、なんと小さいうねうねした毛虫だった。凶暴でも怖そうな虫でもない。ただのねっとりとしたうねうねした小さい虫だった。
その虫をナズナは舐めて確認すると、とんでもなくまずいのか、すぐに川の水で口をうがいさせた。
「まっずぅ。これです。絶対に、師匠は生き返りますぜ」
「ありがとう、ナズナ」
「けど、想像を絶する味で意識を失うか、ご主人様を殺しにかかるかもしれません」
「それでも構わないさ。師匠は生きていて欲しい。響子のためにも、絶対に!」
「ですが、のんびり帰る時間はないでしょうぅ。ワープでいきますよ。少しめまいしますが、よろしいですか?」
「待て! 俺も連れていけ!」
慌てて専門家が装置を元に戻した。
ナズナは専門家がいた事を忘れたようだった。
「あぁすみません、いたんですねぇ」
「失礼だな! 俺がいなかったら――」
「あなた様が喜びそうな物ならぁ、うん、うん、これならぁ、報酬アイテムで。いかがですかな?」
「そ、それは! レアメタル鉱石じゃないか!」
「へっへっへぇ。こんな物なら、たやすく採集だきまぁすぅ。どうぞ。では、急ぎますよ?」
「お願いだ」
「はい、手をちゃんと掴んで下さい」
ナズナはレオが手を掴んできたのを確認して、すぐに結衣のいる病院の近くに瞬間移動させた。
けれど、ひとり忘れていた。
「あぁ、しまった。忘れていたしまいました、ご主人様」
「アイツか。悪いが、安全な場所まで導いてやってくれ」
「わかりました。ご主人様のためならなんなりと。さぁさぁ。師匠の口にその虫を」
「ありがとうな、ナズナ!」
「いってらっしゃいませ、ご主人様!」
周りの人達は怪訝な顔をしているが、ナズナはそんなの慣れっこだった。
レオも同様に。




