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なんでも屋さんの弟子  作者: ソフィア・ラグナロク
第1章「師匠は療養生活中」
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第4話「響子の過去」

第1章「師匠は療養生活中」

第4話「響子の過去」


 武器を届けに、1時間も歩き、雨の中でも届けるその理由とは……。

 それは師匠の立花結衣との深い過去の出来事があるからだった。


 今からさかのぼること10年も前。

 響子は両親と上の兄と下の妹といつも仲良く過ごしていた。

 けれど世界情勢はとても厳しく、戦争の最中であった。

 モンスターが異様な勢いで増殖を続けており、時折、巻き込まれた人間は違う生物に変化してしまう怖い病原体をも宿しているという噂があった。

 けれどハンターが奮闘しているから、響子が住んでる国・べニア連邦は全然平和な方であった。

 しかしそんな響子に、不意な出来事が起きた。


 ちょっと川に行った時のこと。

 夏で、とある森の中にある上流の涼んだ場所に生い茂る薬草を集めようと思っていた。

 薬草集めも意外と金になるのだ。しかもこの森はモンスターが出ない。

 可愛い動物が多くいて、とても自然豊かな場所だった。

 それに国の真ん中でもある。だから完全に油断していた響子は、川の近くで日向ぼっこして眠っている可愛い猫に何も違和感がなかった。

 その猫が、モンスターである事など知らなかった。

 どうしてか。気がついた時には、響子は巨人となって、たくさんの人間に襲われていた。

 しかも。気がついたその場所は、いつも住んでいた我が家だった。

 足を動かすと、両親と、兄と妹がいた。

 嘘だ。全部、嘘だ。

 響子は激しく動揺した。自分が巨人になっている事にも怯えを感じた。

 

 巨人になった響子はとにかく逃げた。

 だけど、真昼間だからどこに逃げても、軍は追いかけてくる。

 この当時、隣国セントバニアと、本国のベニア連邦は仲違いであった。響子はそんな事など知らず、セントバニアに侵入してしまった。

 ベニア連邦軍は撤退をしたが、響子にとっては、ひと時の休息ができると思って安堵していた。

 セントバニアは多くの森林に囲まれているが、たくさんの鉱山を所有している。

 戦争とは別の理由で、資源の譲り合い等の問題でセントバニアはベニア連邦をよく思っていなかったのだ。

 

 それから一晩、巨人のまま静かに眠ることができた。

 

 国の事情など知らない響子にとって、地獄はこれからであった。

 あとになって知った事だが、ベニア連邦は巨人の事を完全否定した。

 ベニア連邦で奇遇に登場した巨人。たくさんの国からは軍人に病気を移させて巨人を作ったのではと疑われていたのだ。

 それを完全否定する。そして、響子は人間世界の敵と認識され孤立させられ、絶体絶命のピンチとなったのだ。

 それを知らない響子は、目を覚ました時には、多くの軍隊により取り囲まれていた。

 巨人がどのように形成されているのかも、響子自身も、軍隊も知らない。

 声を出せないが、人間の言葉はもちろん理解できる。


 身体の自由を奪われている響子は、当然のことながら殺されると思った。

 全力で振り解けば、それは簡単に外れてしまった。

 人を殺したくない響子は、どこかもわからない山を走り続けた。

 山からおりると高層ビルが立ち並ぶ都会があり、この時になって初めて知った。

 隣国のセントバニアに来たことを知る。戦闘機や戦車にある国旗がその証拠でもある。


 けれど、今さらベニア連邦に帰り戻るのは危険かもしれない。

 自分は普通の人間だと言いたい。でも国は、世界は、そんな事は思ってもいない。

 響子は一般人である事を証明したかった。

 山を通って、とにかく海を目指した。巨人だから、海のある場所が見える。このセントバニアにはこの惑星で一番高いと言われる山がある。

 その山を途中まで登り、海を見つけた。

 そして海まで全力で走る。気がつけばたくさんの国の軍隊が動いている。ベニア連邦はいないが……。


 海では、十分に広い安全な場所がある。山には人工建造物が多いし、木で地上が見えない。けど海は見晴らしがいい。

 リゾートビーチを避けて海にたどり着いて、だだっ広い砂浜で、響子は自分は一般人であるという証明をする。

 手を挙げた。

 すると軍隊は、武力交渉ではなく会話交渉をし始めてくれた。

 けれど、セントバニア及び外国の言葉は理解ができない。母国語以外わからない響子にとって、どうするべきなのかわからなかった。

 軍隊も、会話交渉できない事に戸惑う。

 どこの国の一般人だ。と軍隊はいろんな言葉でスピーカー等を使って聞いてくるが、当然だが理解できなかった。

 しかも巨人の姿は、胸の膨らみはあるが、下半身は男でも女でもない。それは幸いだったかもしれない。

 けど多くのメディアに報じられたのは、当然だが、とても恥ずかしい事だった。


 それから数日間、何も攻撃されないまま少しの平和が続いていた。

 だが、響子は心の中から別の恐怖が現れ始めた。

 モンスターの叫びが、体内で聞こえ始める。


 ニンゲンヲコロセ。

 ニンゲンヲコロス。と。

 その叫びに、日が経つにつれて蝕まれていく。


 そして約1週間が過ぎて、空腹を感じた時、響子は無軽快な軍人を捕まえて食べた。しかも夜で、軍隊は一般人の巨人に害はないと警戒と解いていた。

 こうなる前に、響子は自信を殺して欲しかったとも思っていたが、もう時すでに遅かった。

 空腹が満たされない響子は、都会へ向かった。

 そして都会を襲撃し、たくさんの人間をお腹に入れた。もちろん味はない。空腹も満たされない。まるで虫を食べたような気分で、正気じゃなかった。

 だけどお腹に何かをいれたかった。

 モンスター化した巨人は、もはや人類の敵となってしまった。


 都会を半壊させ、次には軍事施設を大量壊滅させる。

 モンスターの力がみなぎってしまい、巨人の力も増していき、いっとき、足を軍隊によって破壊された。けれど時間が経つにつれて、足は回復していった。

 全身を硬質化させる事で、足を回復させられたのだ。

 

 そんな時、響子は生涯の師匠となる立花結衣と出会う。


 片足が回復したら再び人間を襲うはずだった響子は、結衣に助けられた。

 結衣は響子が巨人のどの部位にいるのか知っていた。

 地面にふせている状態の時に、結衣はうなじから響子を取り出した。

 

 軍隊は唖然とした。

 響子が巨人から取り出されたのと同時に、巨人の身体は煙をあげて消え始めた。

 それからの記憶は全くなく、目が覚めたら、隣に結衣がいたのである。

 しかも、そこは立花工房。

 

 記憶は、巨人の時と、ベニア連邦に住んでいたこと、そして、忘れられもしない、家族を自分の手で殺したこと。

 それがとてつもなく、怖かった。


「声、出せる?」


 響子は身体を震わせていた。響子という名前も、実は、結衣が名付けてくれた名前なのである。

 

「自分の名前も、思い出せない? 私が何を話しているか、理解できる?」


 ただただ響子は身体を震わせ、覚えている記憶に怯えていた。

 最初の1日は、とにかく結衣に優しくしてもらった。

 まるで犬の赤子の面倒を見るかのように、トイレの場所も、生活の全てを何日もかけて教えてくれた。

 言葉は、結衣がお金を出して家庭教師を雇ってくれたおかげで少しずつ覚えていけた。

 その家庭教師は同じ同性で、結衣と同じで非常に優しい。時々、過去の事を思い出して辛くなり暴走してしまうのに、それでも優しく接してくれていた。

 記憶喪失をした女性に言葉や生きていくうえで大切な勉強をさせて欲しい。と、当時、言っていたような気がする。

 

 響子自身にとって、生きるのはとても辛い事だった。

 勉強させて貰いながらも、結衣からたくさんの事をして貰っていた。

 けど、何回も、響子は自殺を計った。

 近くの岬から飛び降りたことも。

 キッチンにあるナイフで身体を刺したことも。

 

 ある朝、大量出血させて気を失いかけている響子に、結衣は驚いて急いで手当をしてくれた。

 だけど、響子はとにかく生きる事が怖くて仕方がなかった。

 勉強をすればするほど。


「私、なんで死ねないの? 痛い。痛い、のに……」

「バカな事はもうやめて! もう自殺はしないと言ったでしょ!?」

「だけど、生きてるの……辛いの……」

「だけどダメ! 痛い事をしないで!」

「死にたいよ……」


 そして、響子はこの時、結衣に抱きしめられて意識を失った。

 

 次に目を覚ましたのは病室のベッドだった。

 

「もう、どうなるかと思ったよ……!」


 師匠は泣いてくれていた。

 だけど、響子はまだ生きている事に恐怖が残ったままだった。


 そして、また。

 響子は自殺を計った。

 すぐに退院した次の日。


 昼間、結衣が少し目を離した時の事。

 ナイフを自分の身体に突き刺した。


 だけど今度は違った。

 痛い。とてつもなく痛い。

 そして、新鮮に感じる死の恐怖が目の前まで迫っていた。

 当然だが、結衣は血相を変えてすぐに救急車を呼んだ。

 手術室に運び込まれた時、響子はそれでも死んで楽にたいと思っていた。

 もう、死なせてよ。

 だけど、女性の主治医は変な事を言っていた。


「もう、ダメ。あなたはもう完全な人間なんだから、二度と同じ事をしないで!」


 意味がわからなかった。

 

 次に目を覚ました時、結衣から衝撃的な事を聞かされた。

 大金で、響子からはモンスターの血を全部取り除かれて人間の生身に戻ったのだと。

 だけど、それでも響子はこう言った。


「私は死にたいの。巨人になって、人間を殺した。家族を殺した。そして、人間を食べた……。全部、忘れたい。全部、なくしたい。もういっそのこと、私を消して……」

「私が、なんで赤の他人のあなたを必死になって守っているのか、わからないの?」

「知りたくもない」

「私はあなたを守りたい。それが、わからないの?」

「わからない」

「だったら、もう勝手にひとりで死んだら!?」


 結衣はそう言って飛び出した。

 もちろん、響子は死にたくて仕方がなかったのだから、考えていたとおりに、病室で死んでしまいたいと、いろいろ考えた。

 そんな、時だった。

 初めて涙をこぼした。

 なんで?

 数日も、数週間も経って、日に日に、結衣に会いたいと思い始めた。

 毎日病室にくるのは、ナースとあの主治医だけ。

 

 いつしか死ぬ事を考えなくなった響子は、主治医からある話をされた。


「ねぇ。あなたは、なんでその名前なのか、考えた事ある?」

「……知りません」

「岬で、よく泣いていたと聞いたわ。岬では、海の波音がよく響いて聞こえるでしょう?」

「……岬、響く、子……?」

「そうよ。いい名前、でしょ?」

「でも私。私は……。生きちゃいけない。それに、いない方がいいの」

「じゃあ、立花結衣さんと過ごした日々の事、何も楽しい事はなかったの?」

「……………」

「あなたがどうしたら普通の人間に戻れるのか。結衣さんは私にだけ、秘密を教えてくれた。この秘密は、墓場まで一生、誰にも口外しないわ。だけど、あなたはそれでいいの? 側で優しくしてくれる人の事、なんとも思わないの?」

「だから、最近……、わからない。私は、罪人、殺人犯、巨人、人間の、敵……。だけど、あの人は、優しい、とても、優しい。親切な人」

「もう、過去の事は忘れて。普通の人間でいいのよ」

「だけど……。だけど、私……! 食べる、たびに……! 食べるたんびに、思い出しちゃうの!!! 嫌なの、思い出したくないの!!!」


 この時に初めて、響子は本心を打ち明けた。

 言葉を覚えて、泣きながら初めて本音を打ち明けた。

 実はこの時に、結衣は扉の反対側にいた。

 食べるのが怖い。その言葉は、主治医にも結衣にも、想像を絶する怖さを大きく泣き叫ぶ響子から知った。





 それからは、長く、とにかく、長く眠っていた気がした。

 目を覚ました場所は病室で、あの主治医が目の前にいた。

 そして、結衣もいた。


「どう、ですか?」

「たぶん、成功したと思うわ。響子さん、ちょっと口に入れるけど、何か変な感じがしたら何でも教えて」

「?????」


 身体を起こしてもらって、口に入ってきたのはただの水だった。

 ただの水だから、響子は普通に飲み込んだ。

 かなり長く眠った後だから、凄くボーッとした感じがする。


「ステージ1は、クリアかな? それじゃ、次……。これ、食べてみて」

「これは、キュウリ?」と響子は疑問に思った。

「ええ、そうよ」

「普通に食べられます……。それより、お腹空きました……。肉……。刺身……。何でも、食べたい」


 そう言った途端、結衣と主治医は何だかとても嬉しそうにしていた。

 実験されていたのか、響子はとてつもなくボーッとしていたのだ。

 味は不鮮明だったけど、病院内にある飲食できる場所で、とにかくたくさん食べた。

 味噌汁、唐揚げ、白い米のご飯、目玉焼き。

 普通に食べられる事に、響子はある事を思い出した。そして、ある自分の変化に気付く。


「私……食べられる。普通に……食べられる?」

「そう、だよ。やっと、普通に戻れたね」と結衣が喜んでいた。

「私は……。……私、は……?」

「ううん。思い出さなくていいの。とにかく、響子。おかえり」





 それから、順風満帆に響子は普通に過ごす事ができた。

 人間を食べた恐怖はもうすっかり癒えて、記憶を部分的に思い出しても、過去のように自殺願望はもうすっかりなくなっていた。

 だけど。それを思い出した響子は酷く泣き叫んでいた。

 どれくらい泣いたのだろう。

 気がつけば、響子をよく知っている主治医が目の前にいた。

 ということは、ここは病院?

 涙を拭いて周りを見ると、やはり病室にいた。


「先生、私……。私……大丈夫、かな?」

「大丈夫。大丈夫」

「だけど、なんで、私がここに?」

「おそらく、後遺症ね。血の涙を流したから、救急車でここにきたのよ。でも、よく頑張ったね。もう、目を覚まさないかと思った……」

「どう、して?」

「おそらく、全部、思い出したでしょ?」

「……だいたいは。巨人だったこと。それまで、したことも。だけど、私は、今は生きたいです」

「そうね。それを、今、結衣さんが聞けたら凄く嬉しいと思うわ」

「あっ! 師匠は!?」

「大丈夫よ。眠ってはいるけど、少しずつ、良くなってるわ」

「良かったぁ」

「けど、まだ何もわからない状態なんですか?」

「そうね。あのドクターが更なる分析をしてくれているけれど、なにも前例がないみたいなの。特徴的な症状も、経験した事がない。私の知識でも、結衣さんの症状は本当に不明だわ」

「そんな……」

「ドクターは別の視点でも考えてはいるわ。もっと他の理由があるのでは――」

「大変だ!!!」


 主治医と響子が話している間に、いま話題になっていたドクターが割って入ってきた。

 物凄い勢いでドアを開けるものだから2人とも口から心臓が飛び出そうになるほど驚いた。


「どう、されたんですか?」

「立花結衣さんの姿がない。君も響子さんも、探してくれないか!?」

「師匠はどこに!?」

「皆目検討がつかん」


 身体がいうことが効かないはずだというのに、姿を消すなんてあり得ない。

 それは主治医も響子でもわかる。

 緊急事態だ。

 寝ている暇なんてない。

 急いでベッドからおりて、3人総がかりで、師匠の結衣を探す事となった。

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