第3話「歩いて武器配送中」
第1章「師匠は療養生活中」
第3話「歩いて武器配送中」
ところが、また、だった。
駅から歩き始めて5分経つ頃、今度は土砂降りどころかもっと勢いのある雨が降ってきた。
この日はもう散々だ……。
武器は重いから傘は使えない。嵐ほどではないけど風も強い。ポーチは防水性あるし濡れる事はないが、完全に響子はずぶ濡れの状態だった。
「あと、何分?」
「1時間です」と耳元で声が聞こえた。メガネからだ。
道案内はちゃんとしてくれている。残り時間も、ペースに合わせてくれる。
ハァハァと息を切らしながらも、無我夢中に、靴がびしょ濡れでも歩き辛くても目的地に向かう。
服が濡れて身体が重い。だから、かなりきつい。眼鏡のおかげで目が痛くなる事はないけど、ありとあらゆる所から服の隙間から雨が侵入してくる。動きづらいったらありゃしない。
ここらへんは都会の道並みで、たくさんの店があるが、今からどの店にも入る気になれない。雨対策の魔法なんてないし、最悪な事にも、カッパは最近使えなくなったから捨てたばかりだった。
前もって買ったあったらすぐに配送されるのだが、今は手遅れでしかない。
歩きながら、カッパが売ってそうな場所を探した。
「カッパ売ってるお店を教えて」
「……………。残念ですがありません」
「嘘でしょ!?」
「先日の配送中に事故があったため、カッパを確保できている店はございません」
「ここ都会でしょ!?」
「どこもありませんので諦めましょう」
「えぇぇぇええぇ!?」
思わず足元から崩れてしまった。
正直もう疲れている。雨でいっきに体力が奪われて、身体が非常に重たくて仕方がない。
あの時、まだ雨が降っていたらあの人に目的地近くまで送ってもらえたかもしれない。
激しく後悔とうまくいかない事に嘆いた。
だけど、届けに行かないと……。
時間は午後の3時過ぎ。
このままのペースでは4時半頃だろうか。
げんなりしながら、なんとかして立ち上がって、目的地まで行く事にした。
★
都会らしい街並みから田舎のような感じになり、周りにはもうすっかり店がない。
いくつか工場や運送会社があり、大きな敷地をもつ企業を通っていく道を歩き、1時間半かけてようやく目的地についた。
そこは、あの依頼者の建てたギルド拠点だった。
だが。
このギルド拠点は今日はやっていない事が今わかった。門は閉まっていて、本日休業中とある。
強いショックを受けるのと同時に、物凄い勢いで雷が近くに落ちて火花が散った。
思わず耳を塞いでしゃがみ込んだ。
今日は本当についていない……。
車は何度も過ぎていくが、誰も助けてくれない。
かなり運が悪い響子は、反対側にある運送会社にいく事にする。
コンビニもデパートも近くにないから、運送会社で助けをもらうことしかできない。
敷地内に入って、右も左もわからない状態で、助けをもらおうと思って、事務所か入口を探した。
今は4時半頃。
運送会社が閉まっている感じはなさそう。トラックから何かを下ろして作業している様子があった。
けれどどこに事務所があるのだろうと迷っていると、とあるトラックが止まって、運転手が窓から声を大にして話しかけてくれた。
「どうしたんだ!?」
声の主は大声を出すのが得意なのだろう。雨の音が大きくてもよく聞こえた。
だけど、響子は叫んでも本人の耳には届かない。
ジェスチャーで、反対側のギルド拠点を指さした。すると。
「あぁ、そこは今日やってないぞ! そこで待ってな! ここの会社に電話してやるから! 入口はあそこだ、その近くで雨宿りでもしなさい!」
手を前にして大きく何度もお辞儀をした。
入口は凄く小さいドアだった。
その入口付近には屋根があり、5段くらいある階段を登ればドアがある。そのドア付近に傘がいくつもあった。
響子がそこに辿り着くと、トラックの運転手は電話が終わったのか、トラックを走り始めた。その時に軽くクラクションを鳴らしてくれた。
そういえば、ここにくる道中で、トラック同士でクラクションを鳴らしてたっけ。
クラクションはうるさいとしか思っていなかったけど、クラクションがコミュニケーションとして使われている事にいま気がついた。
少しして、入口から女性が登場した。
大きな布を持ってくれていた。
「寒いでしょう。ほら、これで拭いて。中に入ってください」
「いいんですか?」
「どうぞ、入って入って」
その女性はとても優しい。
わざわざ自分が着ている上着まで渡してくれた。
身も心も寒くなっていたから、とてもありがたかった。
頭を拭いて、建物の中にはいると、そこでは忙しそうに働いている人達がいた。
あっちいったり、こっちいったり。よく見かけるフォークリフトとは違って、小さい、なんていうのかわからない乗り物が動き回っていた。
「ここは食品を店に届ける倉庫会社です。あれは、リーチ式フォークリフト。よくリーチって呼んでるの」
「そう、なんですか。あの、すみません。私は、反対側のギルド拠点に用があって……」
「あっ、そうだったの!? 今日はそこやってないし。どうしたの?」
「これ。武器を届けようと思って、歩いてきました」
「え!? 駅から遠かったでしょ!?」
「は、はい」
「この雨のなかで、ずぶ濡れになりながら!?」
「はい。そうなんです」
「こんな日に届けさせるなんてどこのといつよ。ここじゃあ休めないし、事務所に入って入って。あ、靴は脱いで……」
響子がずぶ濡れになっているのを見て、その女性は使えそうな靴を探し始めたが何か躊躇っているようだった。
どうしようかとその女性が悩んでいると、近くにある事務所から、白髪のシワの多い人が現れた。
「あ、所長。あの、この子を事務所で休ませてあげたいのですが……」
「いいよ、そのままで。あとで床を吹くから」
「すみません、大変忙しいところ……」
「構わないよ。1時間も歩いて大変だったろ? 事務所でゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます」
所長のご好意に甘えて、濡れた姿のまま事務所にと入る。
事務所はそれほど大きくなく、のんびり休憩できるような場所ではなかった。
机が8つほど。と、壁に向かって並んでいる机がある。
どの机にもパソコンと専用機材らしき物がある。
響子は一番奥の机に案内されて、大きな布を椅子にかけてから座った。
「忙しいところ本当にすみません……」
「構わないよ。ところで、その武器は誰に届けようと?」
「話して……いいのかな」
「立花工房の岬響子さんでしょう? 何度もお会いした事があるから、師匠がいま闘病している事も聞いております」
「ご心配を頂きありがとうございます」
「どうぞ、暖かいお茶を」と、さきほどの女性が持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
お茶を何度か飲み込んで、所長は隣に座って、響子からいろいろと事情を聞いた。
すると、その所長がギルドマスターに電話してくれる事になった。
「あぁ、もしもし。おたくの反対側の運送会社の所長をやってる者ですが」
「はぁ。どの様なご用件でしょうか。何か取引した覚えはありませんが」
「取引もなにも、あなたの依頼した武器を届けに、歩いてきてくれた岬響子さんがいま隣にいるんですよ?」
「えっ!? どうして!?」
「せめて登録先は自宅にするべきだったのでは?」
「そう、ですが……。すみません。じゃあ、いま、隣にいるのですか?」
「さようです。これから、どうしましょうか?」
「いえいえ! もちろん、そちらにお伺いにいきます! 1時間……かかりますが。まだ大丈夫でしょうか?」
「全然大丈夫です」
「それでは、お待ちしています」
「あの、すみませんが、岬さんに代わってくれませんか?」
「はい。いま代わりますね」
「もしもし、代わりました。岬響子です」
「雨のなかご足労頂きありがとうございます。今日は雨天なので急遽休業と致しました。大変申し訳ございません」
「いえいえ。そんな、とんでもないです。明日にしようかと思ったのですが、天気予報を見ずにきてしまった私の責任でもありますし」
「とんでもない、そんな事ないです! 急いでいま向かいます。もちろん、家にまで送ります。誠に申し訳ありません」
「いえいえ。ありがとうございます」
「すみませんが、近くにいる所長に代わってくれませんか?」
「はい。わかりました」
「今度はどのような件で」と所長は不機嫌な態度を急にとった。
「この度はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえ。当然のことをしたまでです。それよりも、今すぐ車に乗って走らせるべきではないのでしょうか」
「は、はい! すみませんでした。ありがとうございます」
「こちらこそ。お気をつけて来てください。くれぐれも事故のないように」
「ありがとうございます。それでは、失礼しました」
「失礼しました」
電話のやりとりはこれで終わった。
それからは、所長は響子のためにいろいろとしてくれた。
その最中に、いろんな人が事務所にきてタイムカードを押しては出て行く。その度に珍しい目で見られ、時には数人が話しかけてきた。
噂はあっという間にこの会社で広がったらしく、響子の事を知らない人はいないくらいになった。
「岬さん、お久しぶりです」と若い男性が数人もくる。
あきらかに仕事している最中だというのに、会いにきた感じのオーラをすごく感じた。
当然だが、響子は当人を覚えていない。
「お前ら仕事中だろ?! さっさと仕事に戻れ!」
「一言だけでも挨拶させて下さいよ!」
「いいから戻れ! 普段からたるんでるお前らなんか好きになりやしない!」
「酷いな、そんな言い方をしなくても……」
「キャバクラだとかいく連中に岬さんに近寄らせたくはない。いま大変な状態なのだから、なおさらだ」
「えっ。じゃあ、やっぱり、立花結衣さんって病気で!?」
「い、い、か、ら、仕事に戻れ!!!」
所長の一蹴により、男達はあっという間に事務所から去っていった。
とあるパートの年上の叔母様からは、差し入れを貰った。
「いつもありがとうございます。立花さんの作るレトルト料理はとても美味しくて、感謝しています」
「師匠……そんな事してましたっけ?」
「デパートにも出品しているでしょう?」
「あ、あぁ、自家菜園で育てた野菜を調理したやつですね!」
「えっ!? 自家菜園もしているの!?」
「そうなんです。師匠が知らない事なんて本当にないくらいで、凄い人で、尊敬できる人で……、っ、あ、れ?」
師匠の話をして、急に涙がこぼれ始めた。
話している最中に、師匠が元気な姿に戻れるのか心配になったのだ。
師匠はすごい人。尊敬できる人。
だけど、それ以上に何でも出来ちゃう人。
もっと早く、師匠の手伝いをいろいろしてあげたらこんな事にならなかったかもしれない。
そう後悔をし始めて、涙がポロポロとこぼれ始めた。
「あぁ、ごめんなさい。立花さんもいま大変でしょうけど、岬さんも、いまはゆっくり休まないと」
「っ。すみませんっ。こんな、つもりは……。私が、しっかり、しなきゃ。うん。私がしっかりしないと」
泣いてばかりいてはダメだ。
そう思って涙をタオルで拭いた。
そんな時、そのパートの方は素朴な質問をした。
「不思議に思うの。どうして、岬さんは1時間もする距離を、しかも歩いて届けようとしたの?」
「そ、それは……」
いっきに当時の事を思い出して、いろんな感情があふれてきた。
それは、とても一言では表現ができない。
響子が今でも笑いながらそれを語れる状況ではない。
その疑問は所長も同じ事を思っていたらしい。でも、自分の事を、師匠以外に話した事はない。話す機会もないと、思っていた。
非常にたくさんの気持ちが押し寄せてきて、響子は我慢できなくなり、たくさんの涙を流しながら肩を震わせ始めた。
当時の事。
それは、響子にとって思い出したくもない、まだ傷の癒えない深刻な心の問題だった。




