第2話「病気?怪我?」
第1章「師匠は療養生活中」
第2話「病気?怪我?」
師匠・立花結衣が目を覚まさない日がまだ続く。
2日目の今日は、岬響子は家で待機していた。病院にいても何もできないし、ドクターからは未知の虫がどんなウイルスを持っているかもわからないとも言っていた。
妙なウイルスが感染し始めたら危険だと指摘もされて、非常に落ち込んでいて何もできずにいた。
3日目、4日目も、ただただ時間が過ぎていった――。
一方でドクターは様々な調査を行っていた。
響子からの話を聞いたドクターは未知なる虫の危険性を考えて、ウイルスの危険性をまず第一に優先させた。
吐血と意識不明の状態が続いて3日が過ぎて、まだ意識が戻らないから不安は募るばかり。
採血して様々な検査などを行っていくと、ウイルスの可能性は極めて低い事がわかってきた。やはり原因は寄生虫によるダメージが計り知れないという事。
臓器は少しずつ良くなっているものの、心臓が早期回復しなければ死亡する可能性が高くなってしまう。
そのためにも、別の調査をしなくてはならない。
熟練ハンターと同行して同じフィールドにいき、未知の虫を調査するために、その地域に存在する生態系も知るべきである。
土日は病院が休みになる事から、この2日間に徹底的にやらなければダメだ。
結衣以外にも同じ症状の患者が増えたら、また別の危険性が発生してしまう……。
そのためにも……。響子には知らせず、独断で調査を進めた。
以前にギルドマスターが使ったスマホの時間再現機能のさらなる強化版である、当時の出来事を再現させる「空間再現シミュレーション」を実行させる。
現代のスマートフォンは非常にマルチツールとしても優秀で、アイテムと武器の管理などもできる最強デバイスだ。
未知なる虫についてのデータ収集にもスマホは絶対に欠かせない物だ。
同行している熟練ハンターは、当時、結衣と同じパーティーにいたメンバーを選んで組んだ。
このフィールドは未開拓で非常に荒れている。
GPS情報によると、森林地帯で大きな川が近くにある。滝も北側にあるようだ。
さらに西に進めば川に行きつくのだが、結衣が未知なる虫に刺されたのはまさにそこだ。
以前のドラゴンは討伐されたから、今はここは安全地帯。とはいえ、未知なる生態系の多いこのフィールドに、安全は保証されていない。
より強固な防具を身に纏っており、防御魔法に強いマジシャン熟練ハンターも呼んでいる。
なるべく戦闘を避けての調査だ。
背の高い木々を進んでいくと、結衣が麻痺状態に陥った場所に辿り着いた。
景色は最高にいい。川の水は非常に澄んでいて、空気も近くの滝の影響でマイナスイオンが高い。快晴だから、調査をするには最高条件である。
虫は一般的には植物を食べて、それぞれの特性を身に着けている。
熟練ハンター達には周りを警戒してもらい、ドクターは次々と初めてみる植物を調査していく。
頭に装着している特殊眼鏡をおろして、視界にたくさんの情報が見えるようにする。すると、登録されていない植物ばかりがこの地域一帯に生い茂っている。
鎧をも貫く針を持っているという情報を参考に、堅い実のある植物、もしくは堅い何かを手あたり次第に探す。
朝9時から調査を始めて、現在、昼の1時になる。
「ドクター、昼タイムにしませんか?」と、防御魔法に強いハンターが声かけてきた。
「待った。フィールドの空気の変化を感じる」
熟練ハンターの発言はひしひしとドクターにも伝わってきた。
マジシャンハンターも、固唾を飲んで杖を手にした。
遠距離武器であるマルチ銃に連射性能の高いアサルト弾を込めた。
そのアサルト弾に、マジシャンハンターが静音効果を高める魔法をエンチャントさせてくれる。
調査装備を身に着けているドクターには物理と魔法の最強防御魔法をかける。
「あなたはここで身を潜めていて下さい」
マジシャンハンターがドクターに生い茂る草を案内した。人間1人なら隠れられる場所。
そして透明魔法をかけ、ハンター達2人が迎撃の態勢に入る。
「あの虫だ。あの時も、フィールドの変化を感じた」と通信機器を通して、小さい声でも3人が聞けるように会話モードの調整を行った。
「どんな虫だ?」
「飛んでいる状態だと大人の片腕ほどのサイズがある。特徴的なのは堅い防具を貫通させる長い針。それに俊敏で、ドラゴンも警戒するほど」
「非常に厄介だな」
「ドクター。空間再現シミュレーションを停止して下さい」
「了解した」
「マジシャン。あんたは虫の俊敏性を下げ、かつ、空間制御を――」
「出た!」
熟練ハンターの指示が通る前に、あの未知なる虫が現れた。
物凄い俊敏性だ。目に見えない速さで迫ってくる。
マルチ銃で虫に向かって撃つが、全然照準が合わない。
狩猟はムリか? と思った矢先に、2匹目が現れる。どうやらこの虫は複数個体いるに違いない。
ところが、虫の個体能力は非常に高すぎる。
透明魔法を見抜いて、戦闘に弱いドクターに3匹目が真っ先に襲い掛かった。
刺される所で、思いがけない別のハンターが現れて虫を捕獲してしまった。2人のハンターは唖然として、他の2匹はあっという間に姿を消して逃げていった。
「お前は!?」
「師匠を守るため。俺はレオ・セントレイス。スピード系なら俺に任せな」
「ずっと、ついていたのか?」
「もちろんだ。敵を欺くためならまずは仲間から。気配も消すこの防具を着てきて正解だったな」
「あぁ、助かった」
ドクターは捕獲された虫を見て安堵した。
しかもこのレオ。実はこの虫を既に5匹も捕獲している。虫箱で身動きもできない状態で、小型魔法をかけているようだった。
「どうやってそれを」
「この防具だから出来た事さ。昼にしないかと警戒を解いた瞬間に、まんまと罠にかかってくれたって訳だ」
「そう、か」
「6匹もいれば、もうあの虫は追ってこないだろう」と熟練ハンターが言う。
「昼にしないで、さっさとここから離れよう。安全そうなフィールドだが、とても危険だ」
「そうしよう」
★
パーティーを解散して、レオは報酬はいらないというから、残りの2人にヘルプ代を支払った。
レオに呼ばれて、響子はドクターのいる研究所にきてくれた。
研究所ではドクターが採集した植物と、あの忌々しい虫が目の前の10メートルの四角い実験スペースで優雅に飛んでいる。
虫を調査して、採血した遺伝子情報から、あの虫の解毒効果の高い薬を選別してくれた。
その解毒剤はなんと結衣が失敗作だと言っていた青色の美味しい物だった。
「まさか、それが!?」
「立花工房のアイテムは非常に品質が高い。使い物にならない物でも、ゴミ作品でも、こういった意外な所で発揮されるものだ」
その解毒剤を、早速、結衣に注入していく事にする。
病室に戻り、点滴材を変えて数時間待つ事にした。
けれどすぐに効果は現れなかった。
★
5日目。ドクターは仕事に戻り、レオも別の仕事をするなか、結衣はやっと目を覚ました。
「師匠!!!」
結衣の動きは非常にゆっくりだった。
何か言いたいようは動きを見せてくる。だけど、何も発言できず、身体もいうことがなかなか効かない。響子から手を掴むと、結衣はそっと目を閉じた。
生きてはいる。死んでもない。
いうことが効かない身体に支配されたままで、ゆっくり呼吸するだけでも精一杯な感じだった。
それだけでも、意識を戻したことには響子はとても嬉しい事だった。
喜びのあまりに涙がたくさんあふれてきた。
安心できて店の方に戻ろうなと思ったところ、結衣の手が握り返してきた。
「……っ、……ん、……ぅ」
「どうしたんですか?」
何かいいコミュニケーション方法がないか考えた。
発音もできない、身体の自由も効かない。そんな結衣とコミュニケーションする方法として、スマホのメモ帳アプリを開いて渡した。
けど、そのスマホに文字をうつ事もできない。スマホがどこにあるのかもわからないらしく、左手は全然違うところをつかもうとしている。
そんな結衣の動きをみて恐怖を感じた。
ゾッと寒気もするほど。
響子がいるということも、わからないの?
そう思って、響子はしきりに声かける。
「私です。響子です。わかりますか? わかったら首を上下に、わからなかったら首を左右に――」
けど、反応はどちらでもなかった。
結衣は涙を流して、震える手で、全然違う所に伸ばしてくる。
スマホをしまって、その手を掴んだ。
今の結衣には何もわからないらしい。
けど手の感触で、やっと隣にいるのが誰なのかわかったようだった。
「きょ……。………ぅ。……こ?」
「そうです。私です。私です……! 師匠……!!!」
我慢ならない響子は師匠の両手を握って泣き始めた。
「何もわからないんですか?! 何も見えないんですか!?」
何も反応がない。
必死に声かけているのに、返事もないから凄く不安になる。
ただ、やっと目を覚ましたから、ずっと起きないままでいるよりは良かった。と、ポジティブに考えよう。そう心に言い聞かせる。
こぼれ落ちる涙を拭いて、しばらく師匠の手を握ったままで過ごした。
師匠の結衣はいちど目を覚ましたが、そのまま何も会話をすることなく、再び眠りについた。けれどその姿はいままでとは違い、穏やかな寝顔であった。
響子は心底よかったと思った。
ずっと目を開けなかったどうしよう。そう思っていたから、ようやく安心する事ができた。
あとはゆっくりでも回復すること願う事しかできない。
ここにいても何もできる事がなさそうだと感じて、病室を後にすることにした。
★
家に帰宅して、師匠が作った武器を目にして思い出した。
この武器の作成依頼をしたギルドマスターに渡さなければいけない。受取にきたのは昨日だったか、今日だったか。
それすらも忘れるくらい疲れている響子だが、時間を見て確認した。
今は昼の2時。そういえば飯も食べていなかった。
今日届けるべきだろうか。それとも明日にするべきだろうか。
けれどこんな時に師匠がいたら、今すぐ届けに行きなさい! と怒るような気がした。
生憎だが響子は自分の車を持っていない。
師匠の車はあるが、スーパーとか、買い物は10分歩いた所に駅があるから不便には思っていなかった。けれど武器を届けるとなると、そこそこ重量があるから大変だ。
でも、あれこれ考えていてもダメな気がした。
とにかく届けにいこう。
そう決心して、武器を専用の鞘に納めて、依頼書にあるギルドマスターの登録住所をスマホに登録させた。
背中に武器を背負って、バッグをさらに背負う事はできないからマイポーチを腰にセットした。
ズッシリとした重さがあるから、スマホを片手にもって地図を確認するのはできないと悟った。
スーパーで食料品を買う時は道とか覚えているから問題ないけど、知らない地域に行くには不便である。
なら、スマホと連動できるマルチメガネを使う必要がある。
何度か使った事があるから不便はない。使い方も知っている。
依頼書にある住所を道案内するように、ボイスコントロールする。
このマルチメガネは声で操作ができるから楽で、しかも視野に邪魔にならないよう、道を実際にわかるよう説明してくれるから不便がない。
眼鏡のフレーム内で表示していないのが一番の魅力なのだ。
だが。
まずは駅へいくちょうど真ん中くらいの距離でいっきに土砂降りがやってきた。
もちろん服はびしょ濡れ。武器、マルチメガネは防水性があっても、響子は防水性なんてない。
帰るか届けに行くかの二択しかない状態だが、もう届けようと決めたのだ、今更諦めるわけにはいかないと心に決めて、なんとか駅に辿り着く事はできた。
駅の改札口前では同じように濡れている人がいる。
けれど響子の濡れ方は一番で、頭はもちろん、服も、びしょびしょだ。
ブラジャーなんか完全に透けているに違いない。色目で見てくる男性が多いから、響子は洋服をどうするべきか悩んだ。
こんな時でも、マルチ機能に優れているスマホは非常に便利である。
魔法のタンスにしまっている洋服をスマホでいくつか選択する。
雨が酷いから、ズボンはラフなジャージで。穏やかな春の陽気だが、雨のせいで体感温度が低い。だから上は暖かい無地のTシャツ。ブラジャーも黒にしよう。
でもお洒落ではないな。武器を届けに行くのだから、少しは気をつけないと。
その場合は、Tシャツの上にパーカーかな。ブルーのジャージに合うパーカーとなると、上が白くヘソから下側がピンクのカラー調ので。
とりあえずこれに着替えるとして、今着ているのは洗濯機に放り込んだ状態のままにしておく。洗濯は家に帰ってからでいいな。
そう考えながら決めて、着衣のボタンを押した。
ついでにバスタオルも取り出した。
何もない宙からバスタオルが落ちてきてそれをキャッチし、濡れた髪の毛を拭いて、ついでだからバッテリー内蔵タイプのドライヤーも取り出して、髪の毛を乾かす作業もする。
スマホのマルチ機能を使いこなす様子を観察していた男性はなんだか楽しそうにしている。遠くからの距離でもそれはわかる。
ふんっと鼻を少し鳴らし、5分くらいで髪の毛を乾かした。
けど、問題は雨だな。
取り敢えず、駅には辿り着いたから、届け先で雨が降っていない事を願おう。
駅にあるコンビニで片手間に食べられるおにぎりとお茶を買って、電車の待ち時間に、待合室で食事を済ませようとした。
ここの駅は意外と大きいし、デパ地下もある。
けれどマルチメガネが案内している電車はあと10分。
「次の電車はないの?」とメガネに話すと、その次は1時間後だった。
ちゃんと駅の経由も説明してくれている。視野に情報がないからと、メガネは電光掲示板を見るよう誘導してくれる。
電光掲示板を見て時間があまりない事を再認識させられる。
少し溜息をつきたくなったが、急いで行く必要がありそうだ。
休憩出来る事なく、メガネの指示通りに電車に乗り込む。
「あと何分で着くの?」と言うと、30分と教えてくれる。
それなら、ここで食べられそうだな。
だけど、タイミングが悪くボックス席は空いていないし、もちろん他の席も。
「……空いてる席どっかないの?」とぶっきらぼうに言うが、メガネはどこにもないと返答してくる。
「えぇ~。荷物重いのに」
メガネと話していることくらい周りはわかっていた。
それもあからさまにわかるように響子が言うから、周りでは誰か譲ってやれとへんな空気が漂い始める。
しかし、誰も譲る気配がない。
「ったく、心のない人ばかりだな」と愚痴った。
仕方がなく、響子は背負っている武器をいちどおろして、ちゃんと足で挟んで盗まれないようにし、ドアに近い場所だが床に座る事にした。
ジャージにしておいて正解だった。
そうしてようやく食事にありつける。
周りにいる人達は堂々としている響子を見て驚いたが、それでも席を譲る気配は微塵もなかった。
より響子の機嫌が悪くなっていく。でも、もういいや。そう割り切って、おにぎりを食べて、お茶を飲んで、30分くらい過ごそうとした。
けれど、人は増える一方で、武器を届けなければいけないのだから大事に両腕で抱え込んだ。
スマホでヘッドホンを魔法使って装着させて、音楽で気分を和らげる。
10分が経ち、さらに20分が経ち、またさらに10分が経つ頃、ようやく駅に辿り着く。
同じくスマホで魔法使って外した。
だけど人が多くて、出たいのになかなか出られない。
「すみません、出たいので通らせてください! どいてください!!!」
そうこうしてようやく入口まで迫ったが、目の前に大音量でヘッドホンで聞いている男がど真ん中にいた。
響子は叫んだ。
でかく叫んだ。
「どいてよ! ねぇ、あんた、どいてってば!!!」
響子は武器を両手で抱えているから、目の前の男に手を出せない。
周りにいる人は面倒ごとに巻き込まれたくない様子だけど、勇気のある学生さんがその男を横から小突いてくれた。
後ろに振り返ったその男を素通りして、やっとの思いで電車からおりようと――。
プシューと音がして、窓は何も知らずに締まる。
頭にきた響子は男を強く睨んだ。
その時になって男がヘッドホンを頭から提げた。
「なんか用?」
「あんたのせいで降りれなかったんだけど! どうしてくれるの!? これ届けに行かなきゃいけないのに、どう責任とってくるの!?」
「知るかよ、そんなこと」
「人の邪魔をしておいて何様!?」
「あんたこそ、人の邪魔だろ。でかく叫んで、それこそ邪魔だ」
「入口のど真ん中で曲ダダ漏れさせて突っ立ってるあんたの方が邪魔ですけど!?」
「うるせえ。黙れ」
「あ、あんた――」
と言いかけたが、あろうことかそいつはヘッドホンを再び耳にセットさせた。
これ以上叫んでも、逆に今度は響子に非難が寄りそうだ。
胸くそ気分が悪いなか、次の駅でおりることにした。
電車からおりて、取り敢えず気分を落ち着かせたくて、飲み切ってしまったペットボトルを捨てて新しいお茶を自販機で買おうとした。
武器はもちろん背負って、盗まれないよう細心の注意を払う。
ところが、この駅はおりる人が非常に多く、しばらく待たないと階段を登れそうにない。
取り敢えず座れなくて疲れていたから、近くにある椅子に座って新しいお茶を飲んだ。
すると、見知らない男性が声かけてきた。
「ねぇ、さっきおりれなかった人だよね?」
「へ? そう、ですが……」
「俺、ここで車とめてるんだけど、さっきの駅まで送ろうか?」
「いいえ。大切な届け物ですし、それに、あなたは男性ですから、ひとりでなんとかします。お心遣い頂きありがとうございます」
「そう、か……。仕方ないな。取り敢えず、これだけでも。君は立花工房で勤める響子さんでしょ?」
「えっ。ご存知なんですか?」
「もちろんです。お世話にもなってます。ですので、せめて、これだけでも」
これだけでも、といって渡してくれるのは千円札だった。
「い、いえいえ、そんな。お金頂けないです」
「千円あれば、タクシーで届け先に行く事もできるでしょう?」
「い、いえ……。歩いていこうと……」
「武器重いでしょ? だったらなおさらですよ」
「……………。それなら、あなたの車に、乗ってもいいでしょうか」
本当ならば男性と2人きりにはなりたくないけど、この男性の左手をみて、薬指に指輪があるのを見て確認してから、この人なら大丈夫かもしれないと決めた。
「さっき、乗らないと……」
「お金をもらうよりは、そうした方が楽かも、と思ったので」
「はははっ。あなたらしいですね。いいですよ」
そうこうして、さっきの駅まで送ってくれたこの男性にはとても感謝した。
お礼をしようと思ったが、いつも店でお世話になっているからいらないと本人は言い張った。
そうまでして言われたら、さすがに……と響子は思った。
雨は幸いにもおさまっていた。
だから、メガネに従って響子は目的地まで向かおうとした。




