第107話 大喰らい
グラトニアロプス。
さっきの筋骨隆々のサイクロプス達とは違って
醜く太ったサイクロプスがそこにはいた。
ゴブリンの死体を食い散らかし、お食事に夢中だ。
「ちっ…。
…おい。」
そんな小さな声じゃ、
ゴブリンまっしぐらの食いしん坊さんには届きませんよ。
「お前だ。そこにいるんだろう?
このゴブリンはお前の仕業だろ。」
あ、俺か。
バレてたのねー。
「まったく厄介なことをしてくれた。
さっきからこっちの様子をうかがっているようだが
一体何者だ?何が目的だ?
まぁ、答える訳が無いか。」
いや、全然答えますけども。
「もうすぐここら辺一帯は戦場になる。
巻き込まれる前に去ることだな。
それともこの混乱に乗じて何かするつもりか?
それならばここで始末しなければな。」
あれ、物騒な話になってきた。
「すいません。そんなつもりはありません。
ここのゴブリン達もやられる前にやっただけです。」
うわー、自分で言っててすごい言い訳臭いなー。
「そうか。しかし死体をそのまま放置したのはまずかったな。
死臭につられて奴が出て来てしまった。」
「あいつってそんなにマズいんですか?」
「一番出会いたくない相手だな。
あいつのお陰で我等の巣は何度も壊滅させられた。
我らゴブリンの天敵だ。」
あー、ヤバい奴を呼び起こしちゃったのね。
「すいません、そうとは知らずに。
どうしたらいいでしょう。」
「お前が何者かは知らぬが、
少し隠れるのが上手いくらいでどうにかなる相手ではない。
責任を負わせたいところだが、どうにかできるとも思えんし、
早々に立ち去ることだな。」
「でも、このままじゃ、皆やられてしまうんですよね?」
「こいつをどうにかできるのは、長とその息子達だけだ。
余計なことを考えるな。
あいつの食事が終わったら、こちらに注意をひきつける。
モタモタしていて餌食になっても俺は知らん。」
ここで出しゃばってもしょうがない。
遠くから見守ろう。
「分かりました。
無理しないでくださいね。」
ゴブリンレンジャーは、一つ大きなため息をつき
グラトニアロプスに向き直った。
あらかた食い散らかしたグラトニアロプスは
食い足りないのか鼻をクンクンさせ次の獲物を探し出し始めた。
次の獲物はすぐに見つかった。
そりゃ、血や臓物の匂いがすればすぐに見つかる。
そう、ゴブリン達がサイクロプスを喰らってる場所だ。
サクッ…
グラトニアロプスの首に短剣が突き刺さる。
が、気付いてすらいないのか、
何事も無いかのように次の食事場所へ向かう。
「ちっ、鈍感デカブツが…。」
いや、立ち止まった。
そうか。標的はゴブリン達じゃない。
さっき吹き飛ばされた半人前のゴブリンレンジャーだ。
「くそっ!
おい、こっちだ!」
素早くグラトニアロプスに迫り背中にショートソードで斬撃を入れる。
どろっと、茶色の塊が噴き出て垂れる。
うわっ、気持ち悪っ!
「はぁ…。」
またため息だ。
そりゃそうだよね、こんなんと闘いたくないよね。
「ふんっ!」
さらに追撃を浴びせるのかと思いきや。
全力で距離を取る。
いや。
止まらない。
離れる離れる。逃げる逃げる。
そして森の中へと消えた。
えー。何それ、ダッサいよ。クールなイケメン台無し。
と思った次の瞬間。
グラトニアロプスの様子がおかしい。
ぎゅるぎゅるぎゅる…。
グンッ!
さっきまでダルダルだった体が波打ったかと思うと一瞬で引き締まり、
アスリートみたいな肉体に変わった。
ボンっ!
超高速移動。音の壁を超える音がした。
グラトニアロプスの通った後は
木々が薙ぎ倒され一直線に道が出来ていた。
「だめだ、つかまったな…。」
いつの間に意識を取り戻したのか、半人前が俺の隣に立っていた。
が、後を追う事も出来ず、ただ茫然とするだけだった。
「助けにはいかないんですか?」
「俺が行ったところで、何の役にも立たない。」
さっきまで過剰なくらい自信満々だったのに。
「さっきまでの威勢はどうしたんですか?」
「…!?
だれだ!?
姿も見えないのに声だけが聞こえる!
これは……。
まさか、マディ様?!」
だれそれ?
「しかし、俺一人が行ったところで何ができるでしょうか?」
「何ができるか、ではなく何をすべきか。
ではないでしょうか?」
「…。すみません、せっかくの助言ですが、難しい事は分かりません。
ですが、死ぬ気でやってみます。」
上手く伝わらなかったけど、結果オーライ?
でもあの化け物に勝てる訳ないよね。
どうするんだろ。
半人前は覚悟を決めた表情でグラトニアロプスの後を追った。
途中何度か、争った跡なのだろう
薙ぎ倒された木と血痕があった。
そして。
「…ふっ。…ふっ。…ふっ。」
息も絶え絶えの苦しそうな息遣い。
右腕は食い千切られ左太ももと右腹が削げ落ちていた。
グラトニアロプスはいやらしい笑いを浮かべ唾を垂らしていた。
それは逃げ回る獲物と、それ楽しみながら狩る獣の姿だった。
それを見るなり半人前は、
「アグルッ!無事か?!」
「はぁ…。
なぜ、きた?」
「なぜって、マディ様のお導きが!
それよりお前!!」
「マディ様?
お前な、そいつはそんなんじゃ…。
はぁ…。」
「なあ、今助けてやるからな。」
「やっぱりお前は死神なのか?」
アグルと呼ばれたゴブリンは俺を死神呼ばわりだ。
この状況を引き起こしたのは俺だし、
否定は出来ないけど。
「なぜ我等が貴様に魂を捧げねばならぬのだ。
我が魂はマディ様の元へ還るのだ。」
魂とかいらないから。
マディ様が欲しいって言うなら喜んであげるから。
「今助けてやるからな!」
「いいか、とにかく攻撃を避けろ。
そして、絶対に攻撃するな。」
「なぜ?!」
「はぁ…。
それがお前の悪い癖だ。
人の言う事を信じろ。
素直に話を聞け!」
「…わかった。」
半人前の表情から感情の波が消える。
「死神よ、残念だったな。
どうやら貴様にくれてやる魂はここにはないようだ。」
うん、死神じゃないけどね。
でもこの状況で何が大丈夫なのか俺には分かりません。
次の瞬間。
すとん。
俺の手元に、アグルと呼ばれたゴブリンレンジャーが。
「マディ様、どうか、アグルをお守りください。」
「おい、こいつは死神…。」
そう言うか言わないかのうちに半人前は姿を消していた。
て言うか、本当は俺の姿見えてるの?見えてないの?
「まあ、これであいつは大丈夫だ。
俺の魂くらいだったらくれてやってもいいぞ死神。」
「俺、死神でも、マディ様でもないですからね。」
「そんなこともうどうでもいい。
ただ、俺たちは助かったという事だ。」
さっきからこの人は何を言ってるんだろう。
この状況で…。
ずぅん…。
そんな話をしていると、地響きのような音が聞こえた。
見ると、グラトニアロプスは地に伏せていた。
何が起こった?
「攻撃じゃなくて足を引っ掛けるのはいいんだよな!」
「ああ、上出来だ。
そのまま時間を稼いでくれ。」
グラトニアロプスは立ち上がり、獲物を探している。
そしてこちらに気づいた。
まずい。
こっちには負傷者がいる。
ずぅん…。
あれ?また転んだ。
半人前はグラトニアロプスを挟んで対角線上に立っていた。
いつの間に。
「あいつの、と言うか我等の本領は、隠密とスピードだ。
なのに奴は真正面から敵と対峙する。
力負けをして何度も危機的状況に陥っては、俺らはそれの尻拭いをさせられてきた。
おかげで、相当な死線をくぐり抜けてきた。
本来なら厄介者のあいつを見捨てなかったのは、なぜか。
それは、あいつの能力が我らの中でも群を抜いているからだ。
力の使い方次第ではあのようにグラトニアロプスでも
難なく対処できるというのに。
本当、バカは使いづらくていかん。」
アグルは、瀕死の重症なのに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「と言う訳で、去れ、死神。」
「去りません。て言うか死神じゃないですし。」
俺は無限収納からポーションを取り出しアグルの傷口に振りかけた。
「そんな、もう戦えぬ役立たずの体になってしまったはずなのに。
ならばせめてと、この身を投げ売って時を稼ぐはずだったのに。」
傷口は青く光り元の形を取り戻していた。
「まさか。本当にマディ様?!」
「だから、死神でも、マディ様でもないですから。」
この人は思い込みが激しいのかな?
その時、
「待たせたな。よくぞ生き残った。」
低くしゃがれた声。
筋肉ムキムキの緑色。
威風堂々のゴブリンエンペラーの登場だ。
「飢餓も、狂気もまだ第一段階と言ったところか。
ほう、戦っているのは、ザンか。」
「長よ、今なんと?」
「あの半人前の名だ。
お前らの中で一番乗りで名を授けるはずだったのに。
驕り怠惰しおってからに。散々待たされたぞ。」
「では、ついに!」
「ああ、ようやっと名に相応しい姿になりおったわ。」
アグルは、満面の笑みを浮かべると、
「ザン!喜べ!お前の名前はザンだ!ザンだ!」
するとザンと呼ばれた半人前の額が光り輝き。
「ザンか!
そうか、わが名はザン!
この森の風をつかさどる者なり!」
額の光は全身をほのかに包み込み、
音もなくザンは姿を消した。




