第4話 ポリッシュ・アンロック
農場主とアッシュ、そしてネフィは、領主の館に呼び出された。
三人は木板の壁に囲まれた謁見の間に通され、領主を待った。その間、空席の領主の椅子に向かって正座し、頭を下げ続ける。
「領主様、ご入室!」
衛兵が高らかに声を上げた。
扉が開き、領主が入ってくる。
「面をあげよ」
椅子に座った領主が、アッシュたちに声をかけた。
アッシュは顔を上げ、領主を見た。
艶やかな生地の衣服。首元には宝石を嵌め込んだ首飾りが輝き、指にもいくつもの指輪が光っている。
隣から、ネフィのため息が聞こえた。
(ネフィも宝石が好きなのかな?)
アッシュは領主を見上げたまま、そんなことを考えていた。
領主はアッシュを見下ろす。
「アッシュと言ったな。お前が魔獣百二十六匹を討伐したと、冒険者たちから報告を受けた。まことか?」
農場主が思わず声を上げた。
「領主様! 魔獣を倒したのは冒険者たちではなかったのですか?!」
領主は農場主を睨みつける。
「お前には聞いていない!」
「ひい! 申し訳ありません!」
領主は改めてアッシュを見つめた。
「まことか?」
アッシュは昨夜のことを思い出す。
何かをしたことは覚えている。けれど、それを言葉で説明するのは難しかった。
「領主様。その、えっと……多分、俺がやったんだと思います」
領主はアッシュに体を向けた。
「そうか。どうやったのだ?」
「ライトを使いました」
謁見の間に静寂が満ちた。
「ライトとな。生活魔法の」
「はい。そのライトです」
領主は農場主に振り返った。
「どういうことか。生活魔法で魔獣を倒せるわけがないではないか。お前は奴隷にどのような教育をしているのか!」
「ひい、いえ、私もアッシュには生活魔法しか覚えさせておりません。何が何やら、さっぱり……」
農場主はへつらうような笑みを浮かべた。
「それよりも領主様。昨夜の魔獣の襲撃で、農場の屋敷が半壊してしまったのです。修繕の補助金などはいただけませんでしょうか?」
「ええい、黙れ! わしは魔獣をどのように倒したかと聞いておるのだ」
その時、衛兵が謁見の間に入ってきた。
後ろには、僧服の少女がついている。
「領主様、冒険者のうちの一人を連れて参りました」
少女は顔を上げ、明るい表情になった。
「アッシュ様!」
声をかけられたアッシュは、記憶を辿った。
確か、あの女性の名前はソフィアだ。
「ソフィアさん、どうしてここに?」
「これ、お前たちに話をさせるために呼んだわけではない」
領主がアッシュとソフィアを睨みつけた。
「僧侶ソフィアよ。この奴隷、アッシュが魔獣を打ち倒したと言うのはまことか」
「はい。真実です」
領主は髭をしごいた。
「では、どのように行ったのか」
突如、ソフィアは天を仰ぎ、手を組んだ。
「その時、素晴らしき光が地上に現れたのです!」
恍惚とした表情で、ソフィアは口を開く。
「そう、まるで天にあられる御神の御心のような、まばゆい光! ああ、私は思うのです。アッシュ様こそ、天から遣わされた神子であると!」
領主も、農場主も、アッシュも、ネフィも、唖然とした。
「アッシュ様! どのような使命を持っていらっしゃるのですか?! 私、微力ながら、お手伝いさせていただきたいと……」
「黙りたまえ!」
領主が一喝した。
ソフィアの体がびくりと震える。
「僧侶ソフィア、質問に答えるだけで良いのだ。奴隷アッシュは、どうやって魔獣を退治したのかね」
ソフィアの顔が、再び恍惚に染まる。
「はい。アッシュ様は、その右の掌から御光を放たれ、魔獣たちを駆逐したのです」
「ふむ、わかった」
領主はアッシュに振り返った。
「アッシュよ。お前は右手から光を出し、魔獣を屠ったのか?」
アッシュは右手を握った。
「はい。詳しいことは覚えていません。ですが、そのようなことをしたように思います」
領主は再び髭をしごいた。
「今、この場で行えるか?」
アッシュは左右を見渡した。
誰も喋らず、自分に注目している。
アッシュは右手を開き、呟いた。
「ライト」
手のひらの上に、小さな光が現れた。
それは松明ほどの明るさを放ち、ふわりと浮かんでいる。
「ふむ……それだけかね」
アッシュは自分の作り出した光を見た後、領主を見た。
「はい。俺の力です」
「わかった」
領主は咳払いをした。
「農場は施設が壊れたと聞いた。修復するまで、奴隷たちは我が家の離れに住むがよかろう。アッシュ、もちろんお前もだ」
領主は農場主を見る。
「それで良いな」
「は、はい。ですが、奴隷たちの労働力がなければ農場の再建も捗らず。奴隷は返していただきませんと……」
「ワシは良いなと言ったのだ! 貴様が槌を持ち、斧を振るって直せば良いではないか!」
「ひい! そんな、あんまりだ……」
農場主は哀れな声を上げて涙を流し、平伏した。
ソフィアが手を挙げる。
「あの? 私も離れへ……」
「君は冒険者ギルドへ帰りなさい」
領主はぴしゃりと言った。
アッシュとネフィ、それに奴隷たちは、離れに到着した。
離れは広い屋敷だった。
だが、床も壁も天井も埃や蜘蛛の巣で汚れている。あちこちから湿気たカビのような匂いが漂い、全体的に色褪せて寂れて見えた。
「あ、俺、やりますね。ちょっと時間がかかるかもしれません……」
アッシュは屋敷に手をかざし、力を込めた。
『クリーン、レベル100。ポリッシュ、アンロック』
アッシュの手のひらから、巨大な暴風が吹き出した。
風は建物全体を覆う。
細かな砂塵を払うように、屋敷中の埃や蜘蛛の巣、カビ汚れが消えていく。色褪せまでもが消え去り、古びた屋敷が、ピカピカに磨き上げられた姿へと変わった。
領主がお供を連れて、様子を見にやってきた。
「どうだ、住めそうか?」
領主は、ピカピカになった離れを見て目を丸くした。
「古くなったからと思い放っておいたが、これでは本邸よりも立派ではないか。一体どうなっている!」
領主はアッシュを押しのけ、扉を開けて屋敷の中へ入った。
ツルッ! ドシンッ!
領主の足が滑り、尻餅をついた。
ピカピカに磨き上げられた床に気づかず、転んでしまったのだ。
「痛たたたた、これ、お前たち、手を貸せ」
ツルッ! ドドシンッ!
お供の者たちも屋敷に入ったが、領主と同じように転んでしまった。
「ねえ、アッシュ」
ネフィがアッシュの背中越しに、屋敷の中を覗き込む。
「ピカピカは綺麗でいいけど、やりすぎちゃったんじゃない?」
「うん、そうかも……」
その後、領主たちをなんとか救出した。
床を細かな砂で汚して滑らないようにすると、アッシュたちはようやく暮らせる場所を手に入れた。
夜。領主の館の執務室。
湿布薬の匂いが立ち込めていた。
領主は腰の痛みに耐えながら、王都からの報告書を読んでいた。
「ふむ、王都の鉱物ギルドへのカモフラージュが良くないな。さらに賄賂を積まねばいかんか……」
報告書を置き、窓の外を見る。
「アッシュ、しばらくは手元に置くことにしよう。何かに使えるかもしれん」
辺境の荒れた土地が、月光に照らされ、どこまでも続いていた。




