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第5話 デュラビリティ、アンロック

 ――夜。領主の館の離れにて。


「ケホッ、ケホッ」

 ネフィが咳をしていた。


 アッシュはその額に手を当てる。手のひらに熱が伝わってきた。


 風邪だ。


 アッシュはネフィをベッドに寝かせ、周囲を見渡した。

 この離れには、毛布が見当たらない。


「昨日の夜は屋根のない小屋で寝たからな。風邪を引いた奴隷は他にもいる」

 年長の奴隷が、アッシュに言った。


「領主様に相談してきます」

 アッシュは領主のいる館へ向かった。


 その時、ふと、複数の人の気配を感じた。


 広い庭園を見渡す。

 だが、今は何も感じない。


 アッシュは気を取り直し、館へ急いだ。



 ――少し前、王都にて。


「辺境の一領主風情が鉱物ギルドに楯突こうとは、良い度胸だな」

 王都の商館。広い会議室の上座にある革張りの椅子に座った男が、そう口を開いた。


 会議室には、他に四人の男女がいる。


「辺境領主程度、放っておいても良いのではなくって?」

「いや、密輸の量が多い。銅など、価格崩落の兆候も見られる」

「放っておけば、他の領地も後に続きかねん。クサビは抜かねばならない」


「ふむ……では、暗殺ギルドを使おう」


 会議室の視線が、下座にいる男へ集まった。


「その領主が邪魔なのだろう。消してしまえば良いではないか」


「いや、だが……まずは忠告を」

「話し合えば解決するのではないかしら?」

「経済的に制裁を加えるという手もある」


 視線を集めた男は、ため息をついた。

「儲けたいのか。それとも潰れたいのか」


 会議室が静まり返る。

「商売の話をしている。余計なコストをかけるな」

 下座の男は、着火の魔道具で煙草に火を点けた。


 反論の言葉はなかった。

「決まりだな。私から依頼を出す。結果は来週、この場で報告する」


 男が煙を吐き出す。

 その煙が、会議室の空気を変えた。



 ――館の書斎にて。


 領主は書類を精査していた。

 鉱物は辺境で唯一の公益品と言えるものだった。


 その輸出と密輸の金額を確認する。密輸の金額が、その大部分を占めていた。


 辺境の多くの民は、貧困の危機に直面している。

 密輸がなければ、領民を守ることはできない。

 領主は、いくつかの秘密の許可書にサインをした。


 もう一枚の書状を見る。


 鉱山に魔物が出没している、という報告書だった。

 これも頭痛の種だ。


 その時だった。


 ガラスが割れるけたたましい音とともに、窓が打ち破られた。

 黒ずくめの男たちが数人、飛び込んでくる。

 男たちの手には、黒く塗られた短剣がある。


 ちょうど同じタイミングで、アッシュが書斎に入った。

「領主様、お願いがあってきました」


 アッシュの目の前で、領主が襲われそうになっている。


 アッシュは咄嗟に右手を突き出した。


 レーザー。


 使えない。


 領主様に当たるかもしれない。離れにいるネフィに当たるかもしれない。


 アッシュは床に掌を向けた。


『クリーン、レベル105。ポリッシュ』


 風が吹き、書斎の床がピカピカに磨かれていく。


 黒ずくめの男たちは、床で滑って転んだ。

 立ち上がろうとしても、ツルツル滑って動けない。


「領主様、こっちへ!」


 アッシュは、シェードのついた魔道具の長い燭台を手に、部屋の外から手を伸ばした。


 領主はそれにつかまり、書斎を脱出する。


 しかし、暗殺者の一人が、黒い刃の短剣を領主に向かって投げた。


 アッシュは咄嗟に領主を庇い、身を投げ出した。


 短剣が、アッシュの背に突き刺さる。


「ぐっ……!」

 アッシュは痛みに耐え、領主を部屋の外へ連れ出した。


 そして、書斎のドアを閉める。


 次の瞬間、アッシュはその場に倒れ込んだ。


 領主が振り返る。


 アッシュはうつ伏せに倒れていた。

 背に刺さった短剣。その周囲の皮膚が、紫色に変色している。


「毒か! アッシュ、気をしっかりと持て! 今、僧侶を呼ぶ!」


 アッシュは、焼けるような痛みを感じていた。

 すぐそばまで迫る、死の感覚。


 その時だった。


 アッシュの頭の中に、硬質な声が鳴り響いた。


『スレイブ、レベル100。デュラビリティ、アンロック』


 アッシュの皮膚の変色が収まっていく。


 突き刺さった短剣が、誰の手にも触れられずに持ち上がり、アッシュの体から抜け落ちた。


 服には穴が空いている。

 だが、アッシュの背には、傷ひとつなかった。


「これは……」

 領主は、倒れたアッシュを見つめていた。


 書斎の暗殺者たちは、槍を持った衛兵に捕らえられた。



 ――同時刻、王都の商館にて。


「申し上げます! メッセージの魔法があり、護衛に阻止され、暗殺失敗とのことです」


 下座に座った男はタバコの煙を吐き出して言う。

「どう言うことだ、精鋭を送ったのだぞ」


「わかりません。それ以降連絡が全く取れず」


 上座に座った男が口を開く。

「暗殺というカードを切った上で、成果なしか。先週の君の言葉を思い出すと滑稽だな。『儲けたいのか。それとも潰れたいのか』だったか?」


 下座の男はギリリと奥歯を噛んだ。


 上座の男は言葉を続ける。

「君のギルド内での立場を見直す必要があるな。もう下がって良い。いや、下がれ!」


 下座の男はタバコを咥えたまま立ち上がった。

 そして、部屋を出る。


「おのれ……辺境の護衛め、何者かは知らぬが、この屈辱、決して忘れはせぬぞ……」


 男はタバコを吐き出し、足で踏み潰した。



 ――歩けるようになったアッシュは、謁見の間に通されていた。


 上座の椅子に座った領主が言う。

「アッシュよ。暗殺者を捕らえた手腕、見事であった。生け捕りにできたゆえ、首謀者も分かろう。まことに大義であった」


 言葉の意味はよくわからなかった。

 けれど、褒められていることはわかった。

 アッシュは、ぺこりと頭を下げた。


「取り急ぎ、何か褒美をやらねばな。何が良いか申せ」


「ご褒美、ということですか?」


「そうだ。言ってみるが良い」


 アッシュの頭に、ネフィの苦しむ姿が浮かんだ。

「じゃあ、毛布をください。風邪を引いている仲間がいるんです」


 領主は呆気に取られた。

「欲のない奴め。おい! 誰か! 毛布を離れに持ってゆくのだ」


「はい。領主様」

 使用人が返事をした。


「あの、もう戻っても良いですか?」


 領主は髭をしごいた。

「アッシュよ。お前に頼みたいことがある」


「なんでしょうか?」


「冒険者と共に、鉱山の魔物を退治してもらいたい」


 アッシュは、すぐに返事ができなかった。


「領主として命令した方が良いか?」


「いえ、そういうわけじゃないです。あの、その魔物がいると困るんですか?」


 領主は目を見開いた。

「うむ、困る。領民のための小麦を買い付けることができなくなる」


 それなら、アッシュにもわかった。

「わかりました。俺はその鉱山に行きます」


「決まりだな。お前の主人には私から話をしておく」


 こうして、アッシュは冒険者と共に鉱山へ行くことになった。


「明日からになりますか?」


「うむ、明日からになる。また使いを出す。今日はもう休め」


「わかりました。失礼します」

 アッシュは離れに戻った。


 毛布はもう届いていた。

 ネフィは、それにくるまっている。


 アッシュはベッドまで歩み寄った。

「ネフィ、起きてる?」


「うん、起きてる。アッシュ、毛布持ってきてくれたんだね」


「うん。水、置いておくから、飲んでね」


 ネフィは、アッシュの言葉に不安を感じた。


「アッシュ、どこかに行っちゃうの?」

「うん、鉱山に行ってくる」

「そうなんだね。すぐに帰ってくる?」

「わからない。でも、急ぐよ」


「アッシュ、手を握って」

「うん。いいよ」

「私が寝るまで、そうしていてくれる?」

「うん。いいよ」


 夜が更けた。

 ネフィの寝息が聞こえる。

 少し、咳もおさまった気がした。


 アッシュはネフィの寝顔を見る。


 もし自分が、毛布を持っていれば。

 もし自分が、栄養のある食事を持っていれば。

 もし自分が、温かな家を持っていれば。


 アッシュは自らの首に刻まれた首輪の印をなぞる。

 力が篭り。首筋に爪が食い込んだ。


 ネフィにずっと笑顔でいてほしい。


 その願いが、これから向かう鉱山で大きく動き始めることを、アッシュはまだ知らない。

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