第3話 マス・ライト、アンロック
「金貨五十枚だぜ、五十枚! 俺たちにも運が回ってきたな!」
大剣を振り回しながら、戦士が歩いていた。その後ろには、冒険者仲間たちが続いている。
魔法使いの帽子を被った女が、戦士に意見した。
「でも、さすがに気前が良すぎない? たかだか農場の警備で五十枚なんて」
背の高い男が口を開いた。背中には弓を背負っている。
「だが、大金を見逃すわけにはいかない。君もそう思うだろう、ソフィア?」
最後尾を歩く、僧服姿の少女が答えた。
「はい。これで孤児院に寄付ができます」
戦士が鼻で笑った。
「寄付ねえ。まあ、分けた金は好きに使うといいさ」
そうして、四人の冒険者たちは農場にたどり着いた。
到着に気づいたアッシュが、畑から駆け寄ってくる。
「冒険者の方たちですよね。アッシュと言います。ご主人様から、皆さんに付いているよう命じられています。よろしくお願いします」
戦士がアッシュを見た。
いや、アッシュの首に刻まれた、首輪の模様を見た。
「奴隷が挨拶とはね。どうなってんだ、ここの農場はよ! 舐めてんのか!」
戦士は苛立ちに任せて大剣を振り回した。
轟音とともに暴風が吹き荒れる。あまりの強風に畑がめくれ上がり、石が跳ねた。
その一つが、アッシュの額に小さな傷を作った。
「ああ、畑が……」
アッシュは両手で畑の土を抑えたが、焼け石に水だった。
「まったく、しょうがないわね……アクア!」
魔法使いの女が杖を振るう。
大きな水の玉が周囲に現れ、畑へと落ちた。土が濡れ、暴風で巻き上がるのを防いでいく。
アッシュは魔法使いの女に頭を下げた。
「ありがとうございます。あの、それと……ご主人様も、使用人さんたちも、この農場にはいません。皆さん、城壁内の宿屋に行かれています」
「あ? なんだよ。じゃあ、ここには奴隷しかいないのかよ?」
戦士は、汚らわしいものでも見るようにアッシュを見下ろした。
「はい。奴隷だけです。あ、安心してください。食事などのお世話は問題ありません」
「問題があったらキレるぜ、マジで。ったく、何で奴隷と一緒にいなきゃいけねえんだよ」
戦士は農場にある屋敷へ歩いていった。
アッシュは置いていかれないように、その後を追った。
「あの、アッシュさん」
声に振り返ると、僧服を着た少女がいた。
「おでこ、怪我しています。動かないでくださいね……キュア」
アッシュの額の傷が消えていく。
「ありがとうございます。えっと、その……」
「ソフィアです。アッシュさん、短い間ですけれども、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
アッシュは頭を下げ、屋敷へ向かった。
屋敷の中から、戦士の声が聞こえてくる。
「酒はどこだ!」
夜になった。
弓を背負った男が農場の見張り台に登り、残りの三人とアッシュは屋敷の中にいた。
アッシュは、椅子に座る三人の脇に立っていた。
「あの、俺、ちょっと農場に明かりをつけてきてもいいですか?」
魔法使いの女が片眉を上げる。
「明かり? ここって魔道具を使っていないの?」
「はい。ご主人様が、『お前がいるのに、そんなもったいない金の使い方ができるか』っておっしゃっていました」
「へえ、城壁内とはずいぶん違うのね。いいわよ。行ってらっしゃいな」
「ありがとうございます」
アッシュは屋敷を飛び出した。
明かりをつけるため、まずは屋敷のドアに手をかざす。
(作業開始が遅れた。早く済ませないと)
その時、アッシュの頭の中に硬質な声が響いた。
『ライト、レベル105。マス・ライト、アンロック』
アッシュの手から光が溢れ、光条となって農場のあちこちへ飛んでいく。
屋敷の裏門。広大な畑の四方の隅。厩舎、鶏小屋、納屋、見張り台、奴隷たちの小屋。
それらすべてに一斉に眩い明かりが灯り、農場を昼間のように照らした。
「おい! なんだ?! 何があった?!」
戦士が大剣を片手に、玄関から飛び出してきた。
魔法使いの女も、その後に続く。
「あなたがやったの?」
アッシュは左右を見渡した。自分以外には思い当たらない。
「はい。多分、俺だと思います」
「へえ、あなた。すごいのね」
大剣を担いだ戦士が割って入ってきた。
「この奴隷の何がすごいっていうんだ?」
「多分、何かの光のスキルだと思う。でも、これだけの明るさを出せるのなら、もしかして、レベル30くらいかしら……」
「レベル30?! 辺境最強の俺がソードレベル30だぞ? 奴隷がレベル30のスキルを持っているわけないだろ! そうだろ! おい!」
戦士が鞘に入った大剣で、アッシュを小突いた。
「あ、はい。俺もよくわかっていません」
「ほらみろ。本当は魔道具でもあったんだろ。ったく、驚かせやがって。飲み直すぞ」
戦士は魔法使いの女の肩を抱き、屋敷に帰っていった。
「あの、俺、見張り台を見てきます」
アッシュはそう言うと、見張り台へ向かった。
見張り台に近づくと、上から声がした。背の高い男の声だ。
「この明かりは何なんだ? 農場の魔道具か? 妙に明るいが」
「いえ、多分、俺のスキルです。それよりも、何か見えますか?」
「ああ、そうだ。ちょうど良いところに来た。皆を呼んできてもらえないだろうか」
「あ、はい。わかりました」
アッシュは戦士たちを連れてきた。
「何なんだ? 魔獣でも見えたのか?」
背の高い男は、見張り台の上で頷いた。
「そうだ。魔獣の群れが見える。こっちに向かってきている」
戦士が尋ねる。
「数は?」
「およそ百」
「は? もういっぺん言ってみろ」
「すまん。正確な数はわからん。百以上だ」
戦士は大剣を担ぎ直した。
「この仕事は無しだ。撤退するぞ。俺たちの装備と編成じゃ、よくて五十までだ。百は全滅だ。違約金より命優先だ」
背の高い男が目を細めた。
「魔獣がいる方向、川のほとりに誰かいるな。何をしているんだ? 洗濯物の……取り込み?」
アッシュの顔色が変わった。
ネフィ。
(昼間の判定作業が長引いたせいで、洗濯物が取り込めていなかったんだ)
アッシュは川に向かって駆け出した。
僧侶のソフィアが叫ぶ。
「アッシュさん!」
アッシュは叫び返した。
「俺はいかなきゃいけないんです!」
アッシュは駆けていった。
川のほとりでは、ネフィが大きなバスケットに洗濯物を取り込んでいた。
「よし、全部集められた。あとは帰って畳むだけ……あれ? 何の音?」
ズドドドドッ。
雷鳴のような無数の足音が、森から迫ってきていた。
その音に怯え、ネフィの体が縮こまる。
動けない。
そして、森から魔獣たちが飛び出してきた。
(いや! 怖い! 助けて!)
「ネフィ!」
アッシュはネフィの手を取った。
けれど、魔獣はすぐそばまで迫っていた。
(ネフィを守らなきゃ。俺が守らなきゃ!)
アッシュは片手を魔獣にかざした。
『ライト、レベル110。レーザー』
先頭の魔獣が真っ二つに切断された。
その後方、森の木々も貫き、群れの反対側まで光が走る。
一瞬にして、十匹以上の魔獣が切断された。
しかし、魔獣たちの獰猛さは、仲間を失っても変わらない。
アッシュとネフィは、魔獣の群れの真ん中で囲まれていた。
それでも、アッシュは魔獣を睨みつけた。
(俺のこの力なら!)
アッシュはネフィを抱き寄せた。
そして、自らの体を中心に、片手を突き出して一回転した。
もちろん、『レーザー』を出したまま。
魔獣たちは一瞬で上下に断ち切られた。遅れて、幾つかの重いものを断ち切る音と、軽い金属を断つ音が聞こえ、あたりは静かになった。
「アッシュ!」
ネフィはアッシュの首に腕を回して抱きついた。
「私……怖かった」
「うん。もう大丈夫、だと思うよ。ネフィ」
アッシュはネフィを軽く抱いた。
一方、冒険者たちはその光景を見て、呆然としていた。
「まじかよ……」
「なんて子なの……」
「己の目を疑いたくなるな」
「アッシュさん……」
その時、ガシャンという音がした。
頭の上に向けて担いでいた戦士の大剣が、その半ばで真っ直ぐに断ち切られていた。
「うおお! 俺の名剣ソリッドスラッシュが!!」
戦士は慌てて地面に這いつくばり、断ち切られた剣の断面を合わせる。
もちろん、剣が繋がる事はなく、がっくりと肩を落とした。
魔法使いの女は呟く。
「魔剣を容易く断ち切るなんて、なんて威力なの」
ソフィアは呆然と立ち尽くしていた。
アッシュはネフィとともに農場へ戻ってきた。
農場が騒がしくなっていた。
見ると、奴隷小屋の天井が綺麗に切断され、隣に落下していた。
そして、農場の屋敷も両断されていた。二階が滑り落ち、ズズンと地響きが轟く。
(俺がやっちゃった……のかな)
アッシュは頭を抱えた。
何と言えば、ご主人様は許してくれるだろうか。




