第2話 レベル100など、あり得ません!
農場は朝から大騒ぎだった。
日が昇ると、農場の敷地のすぐそばで、真っ二つにされた魔獣の死体が大量に見つかったのだ。
その数、二十匹以上。
異様な死体の謎を解こうと、農場主は衛兵や奴隷たちに昨夜のことを聞いた。しかし、魔獣について答えられる者はいなかった。
アッシュは黙っていた。
昨夜のことを、うまく説明できるとは思えなかったからだ。
魔獣を誰かが退治したことは間違いない。何かのスキルを使ったのだろうか。
そう考えた農場主は、スキル判定員を呼び出した。
午前中、スキル判定員が農場に現れた。衛兵と奴隷たちは、全員一列に並ばされた。
アッシュはその一番後ろに並んだ。
「アッシュ、何でスキル判定なんだろうね」
一つ前に並んだネフィが振り返る。
アッシュの脳裏に、昨夜聞いた言葉がよぎった。
『ライト、レベル100。レーザー、アンロック』
(何だったんだろう。まるでスキルみたいな感じだったけど)
「アッシュ! どうしたの? 寝不足?」
「いや、違うよ、ネフィ。少し考え事。あと、仕事が止まっちゃって困るよ」
「もう、アッシュったら。今は仕事をやめて並べって言われてるんだから、いいじゃない。休憩しよ?」
「うん。そうだね、ネフィ」
アッシュはそう答え、前方に視線を戻した。
列は少しずつ短くなり、やがてネフィの番が来た。
「名前、ネフィ。クッキング5、ランドリー5。以上」
ネフィが横に退く。
次に、アッシュが判定員の前に立たされた。判定員が機械をかざす。
「名前、アッシュ……」
判定員の声が止まった。
農場主が身を乗り出す。
「どうかしましたかな?」
「いえ、その……このようなことは、初めてなもので……」
判定員は頬を伝う汗を拭った。
「どういうことですかな?」
「ええ、では読み上げます」
判定員は、あらためてアッシュを見た。
「名前、アッシュ。ライト、レベル105。クリーン、レベル100。ウォーター、レベル100。スレイブ、レベル100。マジックプール、レベル100。ポテンシャル、レベル100。以上です」
「はあ?」
農場主は間の抜けた声を上げた。
聞き間違いではないかと思ったのだ。
「レベル100、いや、105ですか?」
「はい。レベル105と表示されています……」
判定員はアッシュを見つめた。
「レベルは30あれば達人!」
「40あれば世界有数!」
「50あれば歴史に名を残す英雄です!」
「レベル100など、あり得ません! しかも一つは105だ!」
判定員がアッシュを指差した。
「そもそも、生活魔法であるクリーンやウォーター、ライトや、契約魔法であるスレイブにレベルがあること自体、異常です!」
「魔力蓄積量を示すマジックプールはともかく、ポテンシャルというスキルは見たことも聞いたこともありません! 判定員一級のこの私が、です!」
判定員は咳払いをした。
「失礼。つまり、判定器が故障している恐れがあります。一度戻ります。判定機を修理した後、改めて判定させてください」
農場主は、取り乱す判定員を見て目を丸くした。
「はあ……ちなみに、機械が壊れていないという可能性は?」
「あり得ません。レベル100など、あるわけがないのです」
判定員はそう言うと、一礼して農場を去った。
それを見送った農場主は、衛兵と奴隷たちに向き直った。
「あー、皆の者。とにかく、それぞれの仕事に戻るように」
衛兵と奴隷たちは解散した。
アッシュも農場の水やりに行こうとした。その時、ネフィが声をかけた。
「アッシュ。さっきの判定のこと……」
アッシュは首を振った。
「俺にもさっぱりわからない。機械って壊れることもあるんだね。また直ったら、再判定になるみたいだし。心配ないよ」
そんなアッシュとネフィを、農場主は静かに見つめていた。
――一方、辺境領主の館にて。
「領主様。百匹以上の魔獣の群れを発見したと、巡視隊より報告がありました」
お茶を飲んでいた領主は、カップを置いた。
「わかった。しかし、百は多いな。その群れ、我が領地に迫る恐れはあるのか?」
「はい。こちらへ向かっているとの報告です。その進行方向には農場があります」
「ふむ。城門の警備を怠らぬように。城壁の外の農場へは、警告の使いを出せ」
「はっ!」
――農場にて。
「百匹以上の魔獣ですと?!」
農場主は飛び上がった。
「はい。城壁内に避難されるのがよろしいかと思います」
「ですが、畑は、農場はどうなってしまうのですか?!」
「兵も城壁の外を守ることはできません。運に任せるほかないでしょう」
「そんな?! あんまりだ!」
「では、伝えましたので、失礼いたします」
使者は農場を去った。
農場主は使者を見送り、すぐさま振り返った。
「誰か! 誰かいないか!」
使用人が慌てて駆け込んできた。
「はい、ご主人様。何のご用でしょう?」
「冒険者ギルドに依頼を出せ! 我が農場を魔獣どもから守るのだ!」
「はい。かしこまりました!」
農場主は使用人に手のひらを向けた。
「待て。農場を守る件だが」
「はい。何でございましょう?」
「冒険者に、アッシュも同行させよ」
「アッシュを……なぜでしょうか?」
(もし判定結果が本当なら使えるかもしれん)
「判定機の故障と言っていたが……まあ、どうせ奴隷一人のことだ。良いな、アッシュも農場防衛に使うのだ」
「はい。わかりました。ところで、奴隷たちは避難させますか?」
「何故だ?」
「いえ、魔獣が来ると……」
「奴隷など、いくらでも買い直せる。農場を維持させ続けろ。魔獣が来ない可能性も考えるのだ。この愚か者め! さっさと冒険者ギルドへ行け!」
使用人は走り去った。
農場主は苛立ちに任せて足で壁を蹴った。思いの外強くぶつかり、鈍い音が響いた。
「痛っ!……くそっ! なんで魔獣がうちの農場へ来るんだ。冒険者どもへの支払いを考えるだけでも忌々しい……」
農場主は屋敷の窓から外を眺めた。
農場では、アッシュが作物に水を撒いていた。
しかし、はるか向こうの森では、
百を超える魔獣の群れが、
確実に農場へ近づいていた。
アッシュはまだ知らない。
自分の生活魔法が、百を超える魔獣を葬ることになるなど。




