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第1話 レーザー、アンロック

 暗く湿った闘技場の裏手。

 親に売られた子供や、攫われてきた子供たちが、一列に並ばされていた。

 その前には四人の大人がいる。

 奴隷商人。剣奴の主人。仕立ての良い服を着た男。そして、荷馬車を連れた太った男。


 仕立ての良い服を着た男が、小型の機械を子供にかざした。


「ソード、リミットレベル7。タフネス、リミットレベル5。剣闘士として使えると判定します」


 剣奴の主人は、奴隷商人に金貨を一枚手渡した。

 その子供は、闘技場の地下にある部屋へと送り込まれていった。


 同じような判定が何度か続き、やがてアッシュの番が来た。

 判定員が機械をかざす。


「ん?」


 怪訝な声が漏れた。


「……リミットレベル値なし。該当するスキルなし」


 判定員は腕を組み、アッシュを見下ろした。

「まあ、何の才能もないということでしょう。剣闘士としては判定不可です。奴隷としても最弱でしょうな」


 アッシュには、その言葉の意味がよくわからなかった。

 ただ、大人たちの冷たい視線だけは感じた。


 荷馬車の男が奴隷商人に手を伸ばす。

 手渡されたのは、銀貨一枚だった。


 金貨ではない。

 銀貨だった。


 アッシュの目に、その鈍い輝きが焼きついた。


「さっさとこっちへ来い」


 荷馬車の男が持つ黒い棒が、アッシュの首に押し当てられた。


 ジュウッ。


 焼けるような音とともに、首に首輪のような模様が刻まれる。


「さっさと馬車に乗れ」


 アッシュは首が締めつけられるような感覚に耐えながら、鎖に引かれるように荷馬車へ乗り込んだ。


 荷台には、他にも何人かの子供が座っていた。

 皆、首に同じような模様がついている。

 泣いている子供もいた。


 アッシュには、なぜ泣いているのかわからなかった。


 アッシュは両親を知らない。友達もいない。

 自分がこれからどうなるのか、考えたこともなかった。

 ただ、毎日ゴミを漁って生きてきた。


 荷馬車が動き出す。


「ねえ、どこに行くか知ってる?」


 隣から少女の声がした。


「あなた、名前は? 私はネフィ」


 アッシュはそちらを見た。


「アッシュ。どこに行くかは知らない。ねえ、何で話しかけてきたの?」


 ネフィは少しだけ微笑んだ。


「私、聞いたの。農場に行くらしいわよ。ご飯、いっぱい食べられるといいわよね」


 ご飯。


 その言葉に、アッシュの心が少しだけ動いた。

 ご飯のせいかもしれないし、違うかもしれない。

 アッシュにはわからなかった。


「うん。そうだね」


 アッシュはネフィを見つめた。

 ネフィは手を強く握りしめていた。

 それでも、口元には微笑みを浮かべている。


(ああ、強い子なんだ)


 アッシュは、いつまでもネフィを見つめていた。

 荷馬車は子供たちを乗せ、はるか遠くの農場へと向かっていった。


 ――それから十年。

 暗がりの中、アッシュは広大な農場を歩いていた。

 手のひらから明かりを灯す魔法を使い、順番に灯りをつけていく。


 農場は広い。


 すべての明かりをつけ終わるころには、いつも深夜になっていた。


「おかえり、アッシュ」


 聞き慣れた声だった。

 振り返ると、ネフィが小さな包みを抱えたまま待っていた。


「ネフィ。もう寝てないといけないんじゃないの?」


「それはアッシュだって同じでしょ」


 ネフィの瞼が時々下がる。

 それでもネフィは笑い、包みを差し出した。


「晩ご飯、取っておいたから食べてね。アッシュ、一日中働きっぱなしなんだから。ちゃんと食べなきゃ体がもたないよ」


 そう言って、ネフィは笑った。

 十年前から変わらない笑顔だった。


「ありがとう。ネフィも仕事が多いんだから、早く休んでね」


 ネフィには、クッキングとランドリーのスキルがあった。

 料理と洗濯。

 夜明け前には、朝食作りが始まる。


「アッシュも仕事多いじゃない。掃除に水やり、明かりつけ。ずっと農場を歩き回ってるんだから」


 ネフィは呆れたように言った。


「生活魔法三つって、多すぎだよね」


 ――十年前。

 この農場に来たとき、農場主は言った。スキルなしなら三人分働けと。


 アッシュは、農場主によって三つの生活魔法を与えられた。


『掃除をする魔法』

『花に水をやる魔法』

『明かりを灯す魔法』


 三つもの仕事。普通ならば、すぐに魔力が切れて休む必要がある。


 しかし、アッシュは働いた。休みなく魔法を使い続けた。


 奴隷十人分以上の働きを、アッシュはして見せた。


 農場主は喜んだが、同時に恐怖を覚えた。


 なぜこいつにはこんなことができるのかと。


 それ以来、アッシュは一日中農場を歩き回り、生活魔法を使い続けてきた。


(ネフィと違って、俺には他に何の取り柄もない)


 だから、働くしかなかった。


 十年間、一日も休まずに。


「ネフィ、だいじょうぶだよ。ありがとう。おやすみ」


「うん。おやすみ、アッシュ」


 ネフィは女奴隷たちの小屋へ帰っていった。

 その背中を見送ったアッシュは、ふと足を止めた。

 遠くから、地響きが聞こえてきた。

 農場の木々が揺れている。


「……何だ?」


 アッシュは音のする方向を見つめた。

 赤い瞳が、無数に輝いていた。

 その下には、黒い巨体が連なっている。

 魔獣の群れだった。


(こっちに来ている!)


 アッシュは左右を見渡した。

 武器はない。

 周囲に起き出している人もいない。


 ズダダダダッ!


 激しい足音が近づいてくる。


 魔獣の群れは、農場の外れにある奴隷たちの小屋へ迫っていた。


 ネフィが帰っていったのも、あの小屋だ。


(何とかしなきゃ……でも、どうやって?)


 アッシュは手元の包みを見た。

 ネフィから受け取った晩ご飯だった。


 とりあえず、周囲を照らして視界を確保しよう。

 アッシュは包みに『明かりを灯す魔法』をかけた。


 その瞬間だった。


『ライト、レベル100。レーザー、アンロック』


 硬質な声が、アッシュの頭の中に響いた。


「え……?」


 次の瞬間、右の手のひらから猛烈な光が漏れ出した。


「うわっ!」


 驚いたアッシュは、夕飯の包みを取り落とした。

 あまりの眩しさに、右手を体からできるだけ離す。

 そして、前に突き出した。


 光はさらに強くなっていく。

 止まらない。


「な、何だよ、これ……!」


 アッシュの手のひらに集まった光が、力へと変わった。

 真っ直ぐに、光条が放たれる。

 夜空が一瞬昼のように白く染まった。


 ジュンッ!


 空気が焼ける音がした。

 焦げたような匂いが鼻を突く。


 光は魔獣の群れに到達した。

 アッシュが手のひらを動かす。

 その動きに合わせて、光条が魔獣の群れを横一文字になぞっていった。


「……っ!」


 眩しさに細めていた目を、アッシュは恐る恐る開いた。

 光は消えていた。

 そして、地鳴りのような魔獣の群れの足音も聞こえなくなっていた。


 静寂。


 アッシュは恐る恐る前へ歩き出した。


 目の前に、四つ足の魔獣が倒れている。

 近づいてみると、その体は鋭い刃物で切断されたように、上下真っ二つになっていた。

 焦げたような匂いが漂っている。


「……何が起きたんだ?」


 ようやく騒ぎに気づいた奴隷や衛兵たちが、次々と起き出してきた。

 ネフィも駆けつけてきた。


「アッシュ! 外で何かあったの?」


「ネフィ……」


 アッシュは自分の右手を見つめた。

 何も起きていない。

 いつもの手のひらだった。


「ううん。よくわからないんだ」


「そうなの?」


 ネフィは周囲を見渡した。


「衛兵さんたち、何か騒いでるね」


「うん。ねえ、ネフィ?」


「なに? アッシュ」


 アッシュは口を開きかけた。


 ――今の光は何だったのか。

 ――俺の手から出たのか。

 ――ネフィを守れたのか。


 けれど、何も言えなかった。


「……ううん。やっぱり何でもない。俺ももう寝るよ。晩ご飯、ありがとう」


 アッシュは落とした夕食の包みを拾い、男奴隷たちの小屋へ入っていった。

 暗い小屋の中。

 右手には、まだわずかに光が残っていた。


 そして、農場の外れには。

 綺麗に真っ二つになった魔獣の死骸だけが、残されていた。


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