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ブリアレオスの鍵使い  作者: 及川ガク
第一章『勇気が開く扉』ーエルディア王国編ー
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第8話 差し伸べた手

大柄な男が、ルフの横へ回ろうとした。


ルフは身体を向け、再び道を塞いだ。


「く......どけっ!」と、大柄な男は声を上げた。


振り下ろされた剣が、石の翼へ当たる。


ガンッ。


刃が跳ね、大柄な男が手を押さえた。


アレンの頭の中に、ルフの声が響いた。


『こちらの男は、通さぬ』


ルフの声が、アレンの頭へ届いた。


アレンは外套(がいとう)の男から目を離さず、ルフが荷車の前を守り続ける姿を念じた。


その間にも、テオナの息は荒くなっていた。


追手を食い止め、荷車の持ち主を逃がしてから、ずっと蔓(つる)を出し続けている。


休もうとしても、ジノたちが現れた。警戒を解けないまま、今また戦っている。


テオナは、剣を持つ手と足首を別々の方向へ引き、男の動きを封じようとした。


だが、踏ん張った自分の膝が揺れる。


傷の男はそれを見逃さなかった。


剣を振ろうとするのをやめ、蔓(つる)に捕まった右腕を身体へ引き寄せる。


「動かないで……!」と、テオナは声を上げた。


蔓(つる)が張った。


男は自由な左手でその一本をつかみ、荷車へ近づく足がかりにした。


テオナが蔓(つる)を引き戻そうとする。


その拍子に、負傷している左手が荷台から滑った。


身体が傾く。


足首を縛っていた蔓(つる)が、わずかに緩んだ。


傷の男は足を抜き、荷車のすぐそばまで踏み込んだ。


「テオナ!」と、ジノは声を上げた。


テオナが蔓(つる)を引き直すより早く、男が空いた左手で彼女の肩を押した。


背中が荷台へ当たる。


銀の鍵を握った右手が、胸の前で揺れた。


男は右手の剣を地面へ落とした。


剣を捨てて空いた手で、彼女の鍵へつかみかかる。


「離して!」と、テオナは声を上げた。


男の左手が肩を押さえ、右手が彼女の拳をこじ開けようとしていた。


ジノは黒い鍵を握った。


巨人の腕(ギガント・ブラキオン)を出せば、男を引き離せるかもしれない。


でも、二人は重なるほど近くにいる。


今の自分に、男の腕だけを狙えるだろうか。


巨人の指が、テオナまでつかんでしまったら。


練習のとき、思うように動かなかった手が浮かんだ。


「……っ」と、ジノは躊躇(ためら)った。


鍵を持つ手が震えた。


アレンは外套(がいとう)の男と刃を合わせている。


ルフを動かせば、押さえている大柄な男が自由になる。


ジノの目の前で、テオナの指が一本、鍵から剥(は)がされた。


ジノは黒い鍵を腰へ戻した。


そして、岩の陰から走り出した。


*


ジノは、鍵を奪おうとする男の右腕へ飛びついた。


両腕で抱え込み、全身の重さをかける。


「何だ、このガキ!」と、頬(ほお)に傷のある男は声を上げた。


男の右手が、テオナの指から離れた。


「鍵、しまって!」と、ジノはテオナに向かって、声を上げた。


テオナがジノを見た。


ほんの一瞬、驚いた顔をした。


すぐに銀の鍵を胸へ引き戻し、腰の留め具へ押し込む。


奪われかけていた鍵が、上着の陰へ隠れた。


「邪魔をするな!」と、頬(ほお)に傷のある男は声を上げた。


男が右腕を振った。


ジノの足が地面から浮き、背中が横の木箱へぶつかった。


ドンッ。


息が詰まる。


それでも、腕は離さなかった。


「何してるの、ジノ! 離れなさいよ!」と、テオナは声を上げた。


「まだ……!」と、ジノは声を上げた。


手を離したら、また鍵を奪われる。


そう思うと、指をほどけなかった。


テオナは男の左手を払い、荷台に押しつけられていた肩を抜いた。


二歩、後ろへ下がる。


男から離れ、息を吸った。


今度は、一本だけ。


あちこちを同時に押さえようとせず、男の右肘を、荷台の柱へ引き寄せる。


その動きを、はっきりと思い描いた。


足元を這(は)っていた蔓(つる)が起き上がり、男の肘へ巻きつく。


ジノの腕に触れない位置で、蔓(つる)がきつく締まった。


「ジノ、今よ! 離して!」と、テオナは声を上げた。


ジノの指がほどけた。


直後、男の右腕が横へ引かれる。


ドンッ。


男の身体が荷台へ当たった。


蔓(つる)は腕ごと胴を巻き、太い柱へ押さえつけた。


「ぐっ……!」と、頬(ほお)に傷のある男は声を上げた。


自由な左手で蔓(つる)を引き剥(は)がそうとするが、身体をひねることもできない。


ジノは地面へ膝をつき、咳(せ)き込んだ。


テオナは男を押さえたまま、ジノへ視線を向けた。


「……どうして、来たのよ?!」


ジノには、まだ返事をする息がなかった。


*


ジノが男へ飛びつく少し前から、アレンは外套(がいとう)の男の剣筋を見ていた。


相手はアレンを倒そうと踏み込まず、荷車へ向かわせないように刃を振っている。


なら、こちらが一歩下がれば。


アレンは短剣を引き、肩を後ろへ逃がした。


剣先が届きそうな距離ができる。


外套(がいとう)の男が、初めて深く踏み込んだ。


「そこだ!」と、追手の男は声を上げた。


剣が伸びる。


アレンは身体を横へずらし、男の手首を左手でつかんだ。


勢いを止めず、その腕を下へひねる。


「がっ!」と、追手の男は声を上げた。


剣が落ちた。


アレンは男の背へ回り、片腕を背中へ押し上げた。


男の膝の裏を払うと、男が地面へ崩れる。


「動くな!!」と、アレンは言った。


短剣を向けられ、外套(がいとう)の男は身を固くした。


アレンはすぐに荷車を見た。


テオナは立っている。


頬(ほお)に傷のある男は、蔓(つる)で荷台へ縛りつけられていた。


そのそばで、ジノが膝をついている。


「ジノ! けがは!」と、アレンは声を上げた。


「……うん、大丈夫。立てる!」


ジノは木箱へ手をつき、ゆっくり立った。


アレンは、ルフの前に残る大柄な男へ目を向けた。


「残っているのは、お前だけだ。剣を置け!」


大柄な男は、外套(がいとう)の男を見た。


次に、荷台へ押さえつけられた仲間を見る。


逃げようと一歩引くと、ルフも一歩進んだ。


ルフは男の退く方向へ回り込み、逃げ道を塞いだ。


アレンが念じたとおりに、石の鳥が男を捉え続ける。


やがて、剣が地面へ落ちた。


「……わかった。置いたぞ」と、大柄な男は言った。


「両手を見せろ。そのまま地面に膝をつけ!」


男が従った。


ジノはようやく、大きく息を吐いた。


*


「ジノ。鞄(かばん)の横に縄がある。持ってこられるか?」と、アレンは言った。


「うん」と、ジノは言った。


岩のそばへ戻ると、背中が痛んだ。


肩紐(かたひも)を引くのはやめ、鞄(かばん)の横に結びつけてあった縄だけを外す。


それをアレンへ渡した。


アレンは、まず外套(がいとう)の男の両手を縛った。


続いて、大柄な男。


その間、ルフが二人を見張っていた。


最後に荷車の脇へ回り、蔓(つる)に捕まった男にも縄をかける。


「テオナ。縄で押さえた。蔓(つる)を解いてくれたら、あとは俺が見てる」と、アレンは言った。


テオナは男の手首を確かめた。


縄がかかっている。


足元の剣も、ジノが拾って遠ざけていた。


ようやく、蔓(つる)が緩む。


アレンは頬(ほお)に傷のある男を荷台から離し、ほかの二人と並べて木の根元へ座らせた。


それぞれの足首にも縄をかける。


テオナは銀の鍵を取り出した。


開いたままの小さな扉へ差し込み、先ほどとは逆に捻る。


「施錠(ロック)」


蔓(つる)が木箱の間を抜け、扉の奥へ戻っていく。


最後の葉が消えた。


カチリ。


光の扉が閉じる。


テオナは荷台へ手をつき、しばらく動かなかった。


アレンは三人の武器をまとめ、手の届かない岩の裏へ置いた。


腰の袋も確かめる。どの男も、鍵は持っていなかった。


「……この人たち、鍵使いじゃなかったんだ?!」と、ジノは言った。


「ああ。それでも、剣を持った三人だ。こっちが鍵を持ってるからって、油断はできない」と、アレンは言った。


ジノはうなずいた。


鍵を持っていても、テオナの手をつかむ男を、自分では引き離せなかった。


黒い鍵は腰にある。


使い方を覚えなければ、とジノは思った。


*


アレンは外套(がいとう)の男の袋から、焦げた革の道具入れを取り出した。


「これは、返していいんだよな?」


テオナが、小さくうなずく。


アレンは二人の間にある木箱へ置き、下がった。


テオナは近づいて拾い、革の端を指でなぞった。


留め紐(ひも)の結び目を見て、唇を結ぶ。


「……父さんが使ってたものよ。間違いない......」と、テオナは言った。


アレンは外套(がいとう)の男へ向き直った。


「どこで手に入れたんだ」


「俺が取ったんじゃない」と、追手の男は言った。


「じゃあ、誰から渡された」


男は黙った。


袋の底には、折り畳まれた紙も入っていた。


アレンが開くと、銀の鍵の絵が現れる。


蔓(つる)を絡めたような持ち手と、軸の周囲に浮かぶ輪まで描かれていた。


その下には、短い指示がある。


『鍵の回収。娘は生かして連れ戻すこと。』


「……盗んだ人を捕まえろ、じゃないのか」と、ジノは言った。


「ああ。盗まれたという話も、怪しいな」


「怪しいんじゃない。すべて、嘘(うそ)なのよ」と、テオナは言った。


アレンはうなずいた。


「この紙と道具を渡した奴は、どこにいる」


外套(がいとう)の男は、ルフを見上げた。


石の鳥は動かず、三人を見ている。


「……ベルカだ。ベルカの町で頼まれた」と、追手の男は言った。


テオナの顔が上がった。


「誰に?」と、アレンは言った。


「名前は知らない。革の手袋をした男だった。鍵と娘を連れて戻れば、残りの金を払うって」


「父親は、そこにいるのか?」


「さあな、知らねえよ」


テオナが一歩近づいた。


「……会ってないの?」


外套(がいとう)の男は、目を逸らした。


「父さんには、一度も会ってないの?」と、テオナは尋ねた。


「……ああ」と、追手の男は言った。


革の道具入れを握る手が止まった。


「鍵を返せって言ったのも、嘘(うそ)?」と、テオナは尋ねた。


「そう言えば、ついてくると思ったんだよ」


ジノは男を見た。


さっき、テオナがどんな顔で父親のことを聞いていたか、この男も見ていたはずだ。


「そんなこと……」と、ジノは言った。


声が震えた。


続く言葉が見つからなかった。


テオナは、何も言わなかった。


道具入れを抱え、荷車へ戻っていく。


アレンはその背中を見送ってから、男へ視線を戻した。


「頼んだ奴の顔や、待ち合わせの場所も聞く。衛兵に、同じ話をしてもらうぞ」


*


街道の方から、人の呼ぶ声がした。


「おおい! そこにいるのか!」と、荷車の持ち主は声を上げた。


テオナが振り向いた。


木々の間から、息を切らした中年の男性が現れる。


荷車の持ち主だった。


後ろには、棒を持った二人の男性が続いている。


「近くの畑に、人がいてな。頼んで来てもらったんだが……」と、荷車の持ち主は続けた。


男はルフを見て足を止めた。


その下で縛られている追手を見ると、目を丸くする。


「こいつらだ! 俺の荷車を止めたのは!」と、荷車の持ち主は声を上げた。


「話を聞いてもらえますか?」


アレンは短剣を収め、ここで起きたことを伝えた。


男性はテオナを見て、何度もうなずいた。


「この子が、俺を逃がしてくれたんだ。盗人だなんて、とんでもない!」と、荷車の持ち主は言った。


「この男たちを衛兵に引き渡したいんです。近くに詰所はありますか?」


一緒に来た男が街道を指した。


「分かれ道の先だ。俺が知らせてくる。こいつらを連れて歩くより、その方が早い」と、畑仕事をしていた男は言った。


「お願いします。俺たちはここで待ちます」


畑の男はもう一人へ声をかけ、街道へ戻っていった。


残った二人も、縛られた追手から距離を取って見張りについた。


アレンは、ルフが男たちとテオナの間に留まる姿を念じた。


石の鳥が静かに向きを変える。


これなら、三人を見張りながら、ジノたちの傷も確かめられる。


――第8話・終


第8話「差し伸べた手」を読んでくださり、ありがとうございます。


今回のジノは、巨人の手を思うように呼べませんでした。


そこで彼が伸ばしたのは、自分自身の手。


危なっかしくても、テオナの鍵を奪わせまいと必死でした。


アレンやルフの頼もしさと並んで、今のジノにできることも描いています。


戦いはひとまず終わりましたが、テオナの不安はまだ残ったまま。


返ってきた父親の道具が、彼女に何を伝えるのでしょうか。

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