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ブリアレオスの鍵使い  作者: 及川ガク
第一章『勇気が開く扉』ーエルディア王国編ー
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第5話 村の外へ

翌朝、村の出口にはアレンと村長が立っていた。


村長の家で一晩を過ごしたアレンは、もう旅支度を整えていた。


「あの男が何か話したら、港へ向かう街道の宿に知らせを預けてください」


「わかった。道中、気をつけてな」と、村長は言った。


ジノは大きな袋を背負い、母親たちと歩いてきた。


アレンがその姿に気づく。


「決めたか?」


「うん」と、ジノは言った。


息を整え、まっすぐ見上げた。


ジノは言葉を継いだ。


「ぼくも、一緒に行くよ!」


「わかった!」と、アレンは言った。


その返事に、ジノの肩から少し力が抜けた。


「……で、その荷物、全部持っていくのか?」と、アレンは尋ねた。


「お母さんが......」と、ジノは言った。


「パンと干し果物と、着替え。それから針と糸も」と、ジノの母親は言った。


「助かります。旅先だと、そういうのが必要になるんで」と、アレンは言った。


「この子、縫い物はまだ下手だから。見てやってください」


「それ、今言わなくても……」と、ジノは言った。


アレンが笑った。


そこへ、少年たちに付き添われてガドがやってきた。


片脚には、まだ添え木が当てられている。


「ガド。足、大丈夫?」と、ジノは尋ねた。


「こいつらに頼んで、連れてきてもらった」と、ガドは言った。


「家で待ってろって言ったのに」と、ガドと一緒にいた少年は言った。


「見送りくらい、来たっていいだろ?!」


ガドは母親のほうを見た。


それから、ジノへ向き直る。


ガドは言葉を継いだ。


「お前がいない間、薪くらい、俺が運んでやる!安心して行ってこい!」


「……え?」と、ジノは尋ねた。


「足が治ってからだけど」


「助かるよ。遠慮なく頼もうかね」と、ジノの母親は言った。


「は、はい」


いつもより小さな返事に、ジノの口元が緩んだ。


「積み方、教えておこうか?」と、ジノは尋ねた。


「薪くらい積めるよ!」


「崩れたら、積み直しだからね」と、ジノの母親は言った。


「……どこに積むんだ?」


ジノはとうとう笑った。


ガドも、少しだけ笑う。


「そろそろ行こうか」と、アレンは言った。


「うん」と、ジノは言った。


母親が肩紐(かたひも)を直してくれた。


「ちゃんと食べること。困ったら、誰かに話すこと」


「うん」


「アレンさん。この子が無茶をしそうになったら、止めてやってください」


「はい。俺も、気をつけます!」と、アレンは言った。


妹がジノの袖を引いた。


「帰ってくる?」と、ジノの妹は尋ねた。


ジノは妹へ向き直った。


「帰ってくるよ」


「じゃあ、お土産」


「お土産?」


「村にないもの。あと、お話もいっぱい」


「うん。いっぱい持って帰ってくるよ」


妹の手が、袖から離れた。


ジノは数歩進み、振り返る。


母親も、妹も、ガドたちも、そこに立っていた。


「行ってきます!」と、ジノは声を上げた。


「行ってらっしゃい!」と、ジノの母親は声を上げた。


ジノは前を向いた。


アレンが、歩幅を合わせて隣に並んだ。


*


畑が途切れると、街道は緩やかな丘へ続いた。


ジノは何度も周囲を見回していた。


知らない鳥の声。


草の間を走る小さな生き物。


丘の向こうへ続く道。


「ねえ、アレン」と、ジノは言った。


「ん?」と、アレンは尋ねた。


「今日は、ルフに乗っていくの?」


「乗りたいか?」


「うん。昨日は必死だったけど……空から、村の外を見てみたい」


「それもいいな。でもなるべくは、歩いていこうと思ってる」と、アレンは言った。


「何か探すの?」と、ジノは尋ねた。


「ああ。鍵も、事件の手がかりも。人に会って話を聞いたり、遺跡を調べたりしながらな」と、アレンは言った。


「うん、そうだね」と、ジノは言った。


「昨日だって、村に立ち寄らなきゃ、ジノには会えなかっただろ」と、アレンは言った。


ジノは振り返った。


丘の下に、村の屋根がまだ少し見えている。


「……ぼくも、ちゃんと見て歩くよ!」と、ジノは言った。


「ああ。急ぐときはルフを頼る。空の旅は、そのときにな」


丘を越えると、村は見えなくなった。


アレンは言葉を継いだ。


「それに、調べたいことがある」


「継承者のこと?」と、ジノは尋ねた。


「ああ。それに、最近、鍵を使った強盗や襲撃が増えてるんだ」


ジノの指が、腰の鍵に触れた。


アレンは言葉を継いだ。


「別々の土地で、似た事件が起きてる。鍵を奪われた奴もいる」


「昨日の男も、関係があるの?」


「まだわからない。だから、捕まえた奴の話や、襲われた場所を調べてる」


「誰かが、やらせてるってこと?」


「その可能性もあるだろうな」


アレンは街道の先を見た。


「各国の金の鍵の継承者たちも動いてる。俺も、元を突き止めたい」


「……そいつを止めたら、村みたいなこともなくなるかな」と、ジノは言った。


「全部とは言えない。でも、止められる事件はあるはずだ」


ジノは少し考えてから、うなずいた。


*


水音が聞こえ始めたところで、アレンが街道を外れた。


木立の向こうには、広い河原があった。


浅い流れのそばに、大小の石が転がっている。


アレンは周囲を確かめ、大きな岩の陰へ荷物を置いた。


「ここで、少し鍵現神(クラヴィア)の練習をしよう」


「今?」と、ジノは尋ねた。


「誰もいないし、見通しもいい。落ち着いて試せるだろ」


ジノは黒い鍵を取り出した。


昨日、あの腕を呼んだときは、何もわからなかった。


自分で呼ぼうと思うと、指先が落ち着かない。


「……出てくれるかな?」と、ジノは言った。


「昨日、ルフを呼んだときの俺の手元を思い出してみろ。目の前に、鍵穴があるつもりで」


ジノは右腕を伸ばした。


目の前に、鍵穴を思い描く。


淡い光が灯った。


「あ……」と、ジノは言った。


「そこへ差して、回してみろ」


鍵の先を近づける。


空中に差し込んだはずなのに、確かな手応えがあった。


ジノは息を吸った。


「解錠(アンロック)!」


光の線が宙を走った。


長方形の輪郭が浮かび、その内側が暗く開く。


奥から巨大な指が現れた。


掌。


黄金の腕輪。


布を巻いた、太い前腕。


淡い光を帯びた腕が河原へ伸び、その影がジノたちを覆った。


――巨人の腕(ギガント・ブラキオン)。


「出た……!」と、ジノは声を上げた。


「鍵を抜いてみろ」と、アレンは言った。


ジノは慎重に鍵を引いた。


扉も、腕も消えない。


「抜いても扉は開いたままだ。帰すときは、閉じるつもりで反対へ捻る。覚えてるな?」と、アレンは尋ねた。


「うん。施錠(ロック)」と、ジノは言った。


「そうだ。じゃあ、まずはあの石からだ」


少し離れた場所に、ジノが両手で抱えるほどの石があった。


アレンは言葉を継いだ。


「拾って、隣へ置いてみろ」


「……よし」と、ジノは言った。


巨大な手を見上げる。


それから石を見る。


掴(つか)む。


そう思った瞬間、五本の指が地面へ突き立った。


「わっ!」と、ジノは声を上げた。


石が、土と砂利ごと持ち上がる。


指の隙間から、小石がばらばら落ちた。


「ず、ずいぶん拾ったな......」と、アレンは言った。


「石だけのつもりだったんだけど……」


「いったん置こう」


「置く……」


巨大な手が下がった。


鈍い音が響いた。


地面が震え、ジノがよろめく。


「ご、ごめん!」


「まず止めろ!」と、アレンは声を上げた。


「止まって!」


腕がぴたりと止まる。


ジノまで、両足を踏ん張ったまま動かなくなった。


「……ジノは動いていいぞ」と、アレンは言った。


「え。あ、うん」


*


そのあとも、失敗は続いた。


指を開こうとして、腕全体を振ってしまう。


手首を曲げたいのに、指が全部握り込まれる。


動く腕に合わせ、扉も空中を滑った。


「そっちじゃなくて……!」と、ジノは声を上げた。


「一度に動かそうとするな。指だけに集中するんだ」と、アレンは言った。


「指だけ……」


太い指が曲がる。


掴(つか)んでいた石が、乾いた音を立てて砕けた。


ジノは肩を落とした。


「昨日は、ガドを潰さずに助けられたのに」


「昨日、どんなふうに動かそうとした?」と、アレンは尋ねた。


「わからない。助けなきゃって、そればっかりで……」


「今度は、落ち着いててもできるようにしよう」


ジノは割れた石を見た。


「……アレンは、昨日の銅の鍵も使えるんだよね」


「ああ」


「じゃあ、あの獣も?」


「呼ぶことはできるだろうな。でも、思いどおりに扱えるかは別だ」


アレンは岩に腰を下ろした。


「ルフと同じつもりで動かして、誰かに飛びかかったら困るだろ」


「そっか……」と、ジノは言った。


「覚えておけ。一度に呼んで操れる鍵現神(クラヴィア)は、一体だけだ」


「別の鍵を使うなら、先に今の扉を閉じるんだよね」


「ああ。だからこそ、どの鍵を使うかは大事なんだ」


「当分、銅の鍵は預かっておく。俺は、使い慣れたルフを頼るよ」


「……ルフも、最初は難しかった?」と、ジノは尋ねた。


「......せ、背中から落ちた」と、アレンは言った。


「えっ!?」と、ジノは尋ねた。


「低いところでよかったよ。ルフに受け止めてもらった」と、アレンは言った。


「アレンでも?」と、ジノは尋ねた。


「最初から乗れるわけじゃないさ」と、アレンは言った。


思いがけない話に、ジノは少し笑った。


アレンも立ち上がる。


「じゃあ、課題を変えよう」


足元の小石を拾い、平たい岩の上へ置いた。


親指の先ほどの、丸い石だった。


アレンは言葉を継いだ。


「これを拾って、そっと置く」


「……小さすぎない?」と、ジノは尋ねた。


「大きいのを持ち上げる力は、もうあるだろ」


ジノは巨大な手を見上げた。


あの太い指で、小石をつまむ。


今までより難しそうだった。


*


最初の石は、指に弾かれて飛んでいった。


二つ目は、持ち上げる前に砕けた。


三つ目は、指の間から落ちた。


「次」と、アレンは言った。


岩の上に、新しい石が置かれる。


ジノは額の汗を袖で拭った。


指を近づける。


触れる。


もう少し、と思った途端、石が割れた。


「ああ……」と、ジノは言った。


「一度休もう!」


「あと一回!」


アレンはジノの顔を見た。


ジノは言葉を継いだ。


「これだけ。やってみたいんだ、いい?」


「……わかった。これで休憩だ」と、アレンは言った。


最後の小石が、岩の上に置かれた。


ジノは自分の左手を見た。


親指と人差し指で、服の端をつまむ。


持つだけ。


引っ張らない。


その感覚を確かめ、顔を上げた。


巨大な指が近づく。


小石の両側へ、そっと触れた。


ジノは止めかけた息を、ゆっくり吐く。


少しだけ、指を閉じる。


石が岩から離れた。


「……持てた」と、ジノは言った。


アレンは黙っていた。


ジノは指先の石を見つめたまま、腕を動かす。


「アレン。手、出して」


アレンが掌を上にする。


巨大な指が、その上へ近づいた。


ジノの喉が鳴った。


アレンの手。


小さな石。


その間を見る。


ゆっくり指を開いた。


コツン、と音がした。


丸い石が、アレンの掌に収まっていた。


割れていない。


ジノはしばらく、それを見つめていた。


「できたな!!」と、アレンは言った。


「……うん!!」


頬(ほお)が緩む。


「できた!」と、ジノは声を上げた。


息を吐いた途端、膝から力が抜けた。


その場に座り込んだジノへ、アレンが水筒を渡す。


「今日は、ここまでだ」


「もう少し……」


立ち上がろうとして、足が震えた。


ジノは座り直した。


「続きは、次にしよう」と、アレンは言った。


「……うん」


黒い鍵を持ち直す。


扉が閉じる様子を思い浮かべ、解錠(かいじょう)したときとは逆へ捻った。


ジノは言葉を継いだ。


「施錠(ロック)」


巨大な腕が、ゆっくり扉の奥へ戻っていく。


最後に光の輪郭が細くなり、消えた。


急に広くなった空の下で、川の音がよく聞こえた。


――第5話・終

第5話「村の外へ」を読んでくださり、ありがとうございます。


旅立ちの朝、ガドが持ってきたのは、ジノの家の薪を運ぶという約束でした。


謝ったあとに、罪を償うために何をするのか。


彼なりの答えが、少し見えた気がします。


一方、ジノが練習したのは、大岩を持ち上げることではなく、小さな石をそっと渡すこと。


誰かを守るには、力の大きさだけでは足りないのですね。


アレンの手に収まった一粒の石が、ジノにとって大切な成功になりました。


次の第6話で新たな出会いがあります。


その出会いは二人に何をもたらすのか、見守っていただけるとうれしいです。

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