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ブリアレオスの鍵使い  作者: 及川ガク
第二章『受け継ぐ勇気』ーアルヴェスタ王国編ー
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23/26

第23話 守られるはずの街で

【キャラクター紹介】

ドルガン・ベルグラント/Dolgan Belgrant

23歳、身長220Cm

アルヴェスタ王国のレスタという街で“何でも屋”として働く大男。

街の人たちからの人望も厚く、金の鍵使いであるレグナート卿から次期継承者として打診されている。

自身も銀の鍵使い。

鍵現神(クラヴィア)は「震槌(しんつい)のミョルニル」。

挿絵(By みてみん)

※画像はAIによるイメージです。

テオナは、男性の視線を追った。


磨かれた鎧(よろい)。


細く整えられた口髭(くちひげ)。


近づいてくるバートを見たあと、自分の袖に触れている男性の指へ、目を戻す。


「……今は、ここにいて」


テオナは立ち上がった。


長椅子とバートの間へ、身体を入れる。


「どうかしましたか?」と、バートは言った。


「あの人たちを、外へ出したのは、あなた?」


水を運んでいた兵士の足が止まった。


バートは、テオナの向こうへ目をやった。


「……なるほど。そのお話ですか」


アレンが、水場のそばへ歩いてきた。


「何があったのか、聞かせていただけますか?」


「門で騒ぎを起こされたため、いったん外へ出ていただいたのです。ほかの荷車まで、止まってしまっていましたので」


「騒ぎなんか、起こしてない!」と、荷車の男性は声を上げた。


男性の声が、水場に響いた。


隣に横たわる女性が、その手を握り返す。


「なんで、また金がいるのかって。聞いただけだ!」と、荷車の男性は声を上げた。


「見回りの増員には、費用がかかります。何度も説明しましたが、納得していただけず――」と、バートは言った。


「払ったはずだ......。朝、畑へ出るときにも! なのに、戻ったら、今度は荷物の分も出せって!」


男性は長椅子から腰を浮かせかけた。


怪我をした女性の手が引かれ、はっとして、座り直す。


息を一度のみ込み、女性の手をそっと握り直した。


「……俺たちは、畑で採れたものを売りに来ただけなんだ」と、荷車の男性は言った。


*


荷車の男性が門へ着いたのは、警戒の鐘が鳴る少し前だった。


朝にはなかった取り立てを告げられ、理由を尋ねた。


その場へ、バートが来た。


「払えないなら、荷物ごと外で待てって。通り道を塞ぐなって言われて……兵士に、荷車を戻された」と、荷車の男性は言った。


男性は、閉ざされた大門を見た。


「他の通行人の邪魔にならないよう、少し離れたところで、財布を確かめてたんだ。そしたら、畑からあれが……」と、荷車の男性は続けた。


指が、膝の上で強く曲がった。


「馬が暴れて、ここにいる妻が荷台から落ちた。なんとか乗せ直して、戻ってきたら……門まで、閉められそうになってたんだ」と、荷車の男性は続けた。


女性の額には、手当ての布が巻かれている。


さっきまでジノが巨人の掌で運んでいた二人が、すぐそばにいる。


間に合わなかったら。


ジノは、女性の顔から目を逸らせなかった。


「獣が出るとは、私も思っていませんでした。そこは、申し訳なく思っています」と、バートは言った。


「獣が出るから、金を取ってたんじゃねえのか?」と、ドルガンは言った。


バートの目が、大きな身体へ向いた。


ドルガンは腕を組んでいた。


声は、大きくなかった。


ドルガンは言葉を継いだ。


「危ねえから見回りを増やす。その金が払えねえなら、危ねえ方へ戻れってか?」


「払えない方を、無条件で通すわけにはいきません。門の取り決めです」と、バートは言った。


「その取り決めは、いつ変わったんですか?」と、セオルは言った。


バートが振り返った。


セオルは帳面を開いていた。


紙を押さえる指が、わずかに震えている。


セオルは言葉を継いだ。


「僕が昨日、門で確かめたときは、荷物の量で追加のお金を取るとは、書かれていませんでした」


「状況は、変わるものだよ。セオル君」と、バートは言った。


「じゃあ、今日の、どの時刻からですか? 誰が決めて、どこに知らせたんですか?」


問い終えてから、セオルは唇を結んだ。


周りの兵士まで、自分を見ている。


「……細かな手続きについては、詰所で説明しよう」と、バートは言った。


「父も、その取り決めを知っていますか?」


今度は、すぐに返事がなかった。


アレンは、二人の間へ視線を移した。


「規則の変更も、取り立ての記録も、確認させてください。まずは、このお二人の治療をお願いします」


「もちろんです。救護所へ運び、そこで事情も伺いましょう」と、バートは言った。


荷車の男性の肩が、強くこわばった。


テオナは、その顔を見た。


事情を聞く。


助ける。


同じ言葉でも、誰が言うかで、こんなにも違う。


「……あたしたちも、一緒に行くわ」と、テオナは言った。


男性の手が、少しだけ緩んだ。


*


担架が運ばれてきた。


手当てをしていた兵士が、女性の頭を支えながら、仲間と身体を移す。


ジノは横へしゃがみ、落ちかけた毛布の端を直した。


「ありがとう……」と、怪我をした女性は言った。


「……よかったです。間に合って!」と、ジノは言った。


担架を持つ兵士たちが立ち上がる。


アレンは、救護所までの道を確かめた。


大門から通りを一つ曲がった、すぐ先だという。街の医師の診療所が、救護所も兼ねているのだ。


「テオナ。ドルガン。お二人についていてくれるか?」と、アレンは言った。


「ああ、まかせろ」と、ドルガンは言った。


「俺とジノは、セオルと屋敷へ戻る。レグナート卿(きょう)に、直接お伝えしたい」


「わかった。こっちは、任せて!」と、テオナは言った。


ドルガンは、荷車の男性へ向き直った。


「馬と荷車も、運んどいてやろう。勝手に、どっかへやられちゃ困るだろ?!」


「……頼みます」と、荷車の男性は言った。


壁際で馬を預かっていた兵士が、手綱を差し出した。


ドルガンは、それを受け取った。


長い影が、石畳の上へ並ぶ。


担架が動き出すまで、テオナはバートから目を離さなかった。


*


アレンは、門の外にいるルフを呼び戻した。


石の鳥が城壁の上を越え、内側の空いた場所へ降りる。


その姿を見て、バートが歩み寄ってきた。


「アレン殿。私も、のちほどレグナート卿(きょう)のもとへ伺います。元の報告書と、門の記録を揃(そろ)えて」


「お願いします」と、アレンは言った。


「ただ、怪我人の言葉だけで、警備に問題があると決めつけられては、兵士たちも困ります」


アレンは、金の鍵を持つ手を止めた。


「決めつけるつもりはありません。だから、確かめるんです」


バートの口元に、わずかな笑みが戻った。


「それなら、何よりです」と、バートは言った。


ルフが戻り、通りの上から石の翼の影が消えた。


ジノは、水場の前を見た。


空いた長椅子。


湿った布。


ついさっきまで、二人が座っていた場所。


「……アレン」と、ジノは言った。


「ん?」と、アレンは尋ねた。


「ぼくたちが助けたのに、あの人、まだ怖そうだった」


アレンは、担架が去った通りへ顔を向けた。


「ああ。獣から助かっただけじゃ、安心できない理由があるんだろうな」


「テオナたちが、一緒なら……」


「今は、そばにいてもらおう。俺たちは、ここで何が起きてるのか、確かめる必要がある」


ジノはうなずいた。


腰の黒い鍵へ、手を当てる。


掌で運べるところまでは、運べた。


その先にも、できることがあるはずだった。


*


大門を離れると、人の声が遠くなった。


閉門の鐘を聞いて店を閉めたのか、通りには戸板の下ろされた店が並んでいる。


セオルは、歩きながら帳面を見ていた。


「何を書いてるんだ?」と、アレンは尋ねた。


「さっきの話を。忘れないうちに」と、セオルは言った。


鉛筆の先が、紙を滑った。


荷物の分の追加徴収。


門の外で待つように言われたこと。


獣に襲われ、女性が荷台から落ちたこと。


セオルは、その横に小さく線を引き、文字を書き添えた。


「そこは?」と、ジノは尋ねた。


「二人から聞いた話と、自分で見たところとは、分けておこうと思って」


「そうだな、それがいい」と、アレンは言った。


「僕たちは、お金を払うところも、外へ出されたところも見てません。でも、怪我をした二人が戻ってきて、門を閉められそうになったところは、見たから」


ジノは帳面をのぞいた。


小さな文字の横へ、別の文字が並んでいく。


昨日の農夫は、獣を見ていない。


今日の二人は、実際に襲われた。


そして、あの獣は鍵現神(クラヴィア)だった。


「昨日の話も、今日の話も、同じ獣だったのかな」と、ジノは言った。


「……まだ、わからない。昨日の畑を荒らしたのが、獣だったかどうかも」


セオルは鉛筆を止めた。


「ただ、どちらの話でも、門で払うお金が増えているんです」


アレンは、セオルの帳面を見た。


「そこは、君のお父さんにも伝えよう」


「……はい」


その先の角を曲がると、レグナート家へ続く道が見えた。


セオルの足が、少し速くなる。


ジノも、それについていった。


*


屋敷の門は、開いていた。


庭の木が、夕方の風に揺れている。


さっき、五人で通った道。


そこに、一枚の紙が落ちていた。


セオルが、足を止めた。


「……あれ?」


紙の端が、風で持ち上がる。


玄関の扉も、少し開いている。


「セオル。待て!」と、アレンは言った。


セオルは、すでに走り出していた。


玄関の敷居を越え、廊下へ入る。


「父さん?」と、セオルは尋ねた。


返事は、なかった。


椅子が、一脚倒れていた。


廊下の先に、靴の先が見える。


セオルの喉から、息が漏れた。


「……誰か!!」と、セオルは声を上げた。


アレンが、少年を追い越した。


壁際に倒れていたのは、屋敷の使用人だった。


手首を背中で縛られ、口に布を巻かれている。


アレンは膝をつき、布を外した。


「旦那様が……客間に……!」と、屋敷の使用人は声を上げた。


セオルが、廊下の奥へ駆けた。


ジノも続く。


客間の扉を押し開けた。


「父さん!」と、セオルは声を上げた。


レグナート卿(きょう)は、机の脇へ倒れていた。


足を載せていた台が、横になっている。


机の上には、広げられた書類。


割れた水差しが、床を濡(ぬ)らしていた。


セオルは父親のそばへ膝をついた。


「父さん、聞こえる? 父さん!」


「うう……セオル、か」と、レグナート卿(きょう)は言った。


声が、返った。


セオルは息を吸った。


けれど、何を言えばいいのか、出てこない。


父親の後頭部に触れかけた手を、アレンがそっと止めた。


「頭を打ってる。今は、動かさないほうがいい」


額の横から、少し血が流れていた。


ジノは棚に畳まれていた清潔な卓布を取り、アレンへ渡した。


「お医者さんを……呼んでくる」と、セオルは言った。


立とうとする膝が、崩れた。


ジノは、セオルの肘を支えた。


廊下から、足音がした。


アレンに縄をほどかれた使用人が、戸口へ顔を出す。


「私が、呼んでまいります! すぐ近くですから!」と、屋敷の使用人は声を上げた。


「救護所にも人を。ドルガンと、赤い髪のテオナに、ここへ戻るよう伝えてください」と、アレンは言った。


使用人はうなずき、廊下を走っていった。


ジノは、父親のそばへ座り直すセオルを見た。


帳面が、床に落ちたままだった。


*


アレンが卓布で傷を押さえると、レグナート卿(きょう)は目を開いた。


「何があったんですか......?」


「警備隊の……使いが、来た......」と、レグナート卿(きょう)は言った。


セオルが顔を上げた。


「取り寄せた報告を持ってきたと。二人で……」と、レグナート卿(きょう)は続けた。


アレンは、机の書類へ目を向けた。


「一人は、見知った兵士だった。何度も、報告に来ていた……だから、部屋へ通した」と、レグナート卿(きょう)は続けた。


父親の呼吸が、短くなる。


「無理には話さなくて大丈夫です」と、アレンは言った。


「いや……聞いてくれ」


父親の指が、腰へ伸びた。


革筒の蓋が、開いていた。


ジノも、それを見た。


さっき、この部屋で。


金色の鍵を、父親自身が収めた場所。


「書類を開いていた。後ろへ回った、もう一人が……」と、レグナート卿(きょう)は続けた。


「……殴ったの?」と、セオルは尋ねた。


父親は、小さくうなずいた。


「鍵を……奪われた」


誰も、すぐには声を出さなかった。


廊下の向こうから、玄関の扉が風に揺れる音がした。


セオルは、開いた革筒を見つめていた。


「父さんの金の鍵が……?」


「気づいたときには、もう……身体が、動かなかった」


父親の指が、革筒から滑り落ちる。


アレンが、その手を受け止めた。


「取り戻します。まずは、治療を......」


セオルは、口を開いた。


僕たちが、外へ行っていたから。


あんなことを、調べようとしたから。


言葉になりかけたものを、強く噛(か)みしめる。


ジノは、その横顔を見た。


「……セオル」


セオルは答えなかった。


「ここにいるよ?!」


セオルの目が、わずかに動いた。


ジノは言葉を継いだ。


「ぼくも、アレンもここにいる。ドルガンたちも、すぐ来るから」


父親の手を握るセオルの指が、震えていた。


ジノは床の帳面を拾い、濡(ぬ)れていない椅子の上へ置いた。


書きかけのページが、開いている。


さっきまで、父親へ伝えたかったことが並んでいた。


――第23話・終

第23話「守られるはずの街で」を読んでくださり、ありがとうございます。


門の中へ入れれば安心できる。


そう思いたい場所で、助かった人たちはまだ怯(おび)えていました。


何があったのかを聞き、記録しようとしたセオルを、今度は屋敷で思いがけない光景が待っていました。


父親の手を握る彼に、ジノがかけたのは「ここにいるよ」という言葉です。


何をすればいいかわからないときにも、一人にはしたくない。


その気持ちを大切に書きました。

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