第23話 守られるはずの街で
【キャラクター紹介】
ドルガン・ベルグラント/Dolgan Belgrant
23歳、身長220Cm
アルヴェスタ王国のレスタという街で“何でも屋”として働く大男。
街の人たちからの人望も厚く、金の鍵使いであるレグナート卿から次期継承者として打診されている。
自身も銀の鍵使い。
鍵現神は「震槌のミョルニル」。
※画像はAIによるイメージです。
テオナは、男性の視線を追った。
磨かれた鎧。
細く整えられた口髭。
近づいてくるバートを見たあと、自分の袖に触れている男性の指へ、目を戻す。
「……今は、ここにいて」
テオナは立ち上がった。
長椅子とバートの間へ、身体を入れる。
「どうかしましたか?」と、バートは言った。
「あの人たちを、外へ出したのは、あなた?」
水を運んでいた兵士の足が止まった。
バートは、テオナの向こうへ目をやった。
「……なるほど。そのお話ですか」
アレンが、水場のそばへ歩いてきた。
「何があったのか、聞かせていただけますか?」
「門で騒ぎを起こされたため、いったん外へ出ていただいたのです。ほかの荷車まで、止まってしまっていましたので」
「騒ぎなんか、起こしてない!」と、荷車の男性は声を上げた。
男性の声が、水場に響いた。
隣に横たわる女性が、その手を握り返す。
「なんで、また金がいるのかって。聞いただけだ!」と、荷車の男性は声を上げた。
「見回りの増員には、費用がかかります。何度も説明しましたが、納得していただけず――」と、バートは言った。
「払ったはずだ......。朝、畑へ出るときにも! なのに、戻ったら、今度は荷物の分も出せって!」
男性は長椅子から腰を浮かせかけた。
怪我をした女性の手が引かれ、はっとして、座り直す。
息を一度のみ込み、女性の手をそっと握り直した。
「……俺たちは、畑で採れたものを売りに来ただけなんだ」と、荷車の男性は言った。
*
荷車の男性が門へ着いたのは、警戒の鐘が鳴る少し前だった。
朝にはなかった取り立てを告げられ、理由を尋ねた。
その場へ、バートが来た。
「払えないなら、荷物ごと外で待てって。通り道を塞ぐなって言われて……兵士に、荷車を戻された」と、荷車の男性は言った。
男性は、閉ざされた大門を見た。
「他の通行人の邪魔にならないよう、少し離れたところで、財布を確かめてたんだ。そしたら、畑からあれが……」と、荷車の男性は続けた。
指が、膝の上で強く曲がった。
「馬が暴れて、ここにいる妻が荷台から落ちた。なんとか乗せ直して、戻ってきたら……門まで、閉められそうになってたんだ」と、荷車の男性は続けた。
女性の額には、手当ての布が巻かれている。
さっきまでジノが巨人の掌で運んでいた二人が、すぐそばにいる。
間に合わなかったら。
ジノは、女性の顔から目を逸らせなかった。
「獣が出るとは、私も思っていませんでした。そこは、申し訳なく思っています」と、バートは言った。
「獣が出るから、金を取ってたんじゃねえのか?」と、ドルガンは言った。
バートの目が、大きな身体へ向いた。
ドルガンは腕を組んでいた。
声は、大きくなかった。
ドルガンは言葉を継いだ。
「危ねえから見回りを増やす。その金が払えねえなら、危ねえ方へ戻れってか?」
「払えない方を、無条件で通すわけにはいきません。門の取り決めです」と、バートは言った。
「その取り決めは、いつ変わったんですか?」と、セオルは言った。
バートが振り返った。
セオルは帳面を開いていた。
紙を押さえる指が、わずかに震えている。
セオルは言葉を継いだ。
「僕が昨日、門で確かめたときは、荷物の量で追加のお金を取るとは、書かれていませんでした」
「状況は、変わるものだよ。セオル君」と、バートは言った。
「じゃあ、今日の、どの時刻からですか? 誰が決めて、どこに知らせたんですか?」
問い終えてから、セオルは唇を結んだ。
周りの兵士まで、自分を見ている。
「……細かな手続きについては、詰所で説明しよう」と、バートは言った。
「父も、その取り決めを知っていますか?」
今度は、すぐに返事がなかった。
アレンは、二人の間へ視線を移した。
「規則の変更も、取り立ての記録も、確認させてください。まずは、このお二人の治療をお願いします」
「もちろんです。救護所へ運び、そこで事情も伺いましょう」と、バートは言った。
荷車の男性の肩が、強くこわばった。
テオナは、その顔を見た。
事情を聞く。
助ける。
同じ言葉でも、誰が言うかで、こんなにも違う。
「……あたしたちも、一緒に行くわ」と、テオナは言った。
男性の手が、少しだけ緩んだ。
*
担架が運ばれてきた。
手当てをしていた兵士が、女性の頭を支えながら、仲間と身体を移す。
ジノは横へしゃがみ、落ちかけた毛布の端を直した。
「ありがとう……」と、怪我をした女性は言った。
「……よかったです。間に合って!」と、ジノは言った。
担架を持つ兵士たちが立ち上がる。
アレンは、救護所までの道を確かめた。
大門から通りを一つ曲がった、すぐ先だという。街の医師の診療所が、救護所も兼ねているのだ。
「テオナ。ドルガン。お二人についていてくれるか?」と、アレンは言った。
「ああ、まかせろ」と、ドルガンは言った。
「俺とジノは、セオルと屋敷へ戻る。レグナート卿に、直接お伝えしたい」
「わかった。こっちは、任せて!」と、テオナは言った。
ドルガンは、荷車の男性へ向き直った。
「馬と荷車も、運んどいてやろう。勝手に、どっかへやられちゃ困るだろ?!」
「……頼みます」と、荷車の男性は言った。
壁際で馬を預かっていた兵士が、手綱を差し出した。
ドルガンは、それを受け取った。
長い影が、石畳の上へ並ぶ。
担架が動き出すまで、テオナはバートから目を離さなかった。
*
アレンは、門の外にいるルフを呼び戻した。
石の鳥が城壁の上を越え、内側の空いた場所へ降りる。
その姿を見て、バートが歩み寄ってきた。
「アレン殿。私も、のちほどレグナート卿のもとへ伺います。元の報告書と、門の記録を揃えて」
「お願いします」と、アレンは言った。
「ただ、怪我人の言葉だけで、警備に問題があると決めつけられては、兵士たちも困ります」
アレンは、金の鍵を持つ手を止めた。
「決めつけるつもりはありません。だから、確かめるんです」
バートの口元に、わずかな笑みが戻った。
「それなら、何よりです」と、バートは言った。
ルフが戻り、通りの上から石の翼の影が消えた。
ジノは、水場の前を見た。
空いた長椅子。
湿った布。
ついさっきまで、二人が座っていた場所。
「……アレン」と、ジノは言った。
「ん?」と、アレンは尋ねた。
「ぼくたちが助けたのに、あの人、まだ怖そうだった」
アレンは、担架が去った通りへ顔を向けた。
「ああ。獣から助かっただけじゃ、安心できない理由があるんだろうな」
「テオナたちが、一緒なら……」
「今は、そばにいてもらおう。俺たちは、ここで何が起きてるのか、確かめる必要がある」
ジノはうなずいた。
腰の黒い鍵へ、手を当てる。
掌で運べるところまでは、運べた。
その先にも、できることがあるはずだった。
*
大門を離れると、人の声が遠くなった。
閉門の鐘を聞いて店を閉めたのか、通りには戸板の下ろされた店が並んでいる。
セオルは、歩きながら帳面を見ていた。
「何を書いてるんだ?」と、アレンは尋ねた。
「さっきの話を。忘れないうちに」と、セオルは言った。
鉛筆の先が、紙を滑った。
荷物の分の追加徴収。
門の外で待つように言われたこと。
獣に襲われ、女性が荷台から落ちたこと。
セオルは、その横に小さく線を引き、文字を書き添えた。
「そこは?」と、ジノは尋ねた。
「二人から聞いた話と、自分で見たところとは、分けておこうと思って」
「そうだな、それがいい」と、アレンは言った。
「僕たちは、お金を払うところも、外へ出されたところも見てません。でも、怪我をした二人が戻ってきて、門を閉められそうになったところは、見たから」
ジノは帳面をのぞいた。
小さな文字の横へ、別の文字が並んでいく。
昨日の農夫は、獣を見ていない。
今日の二人は、実際に襲われた。
そして、あの獣は鍵現神だった。
「昨日の話も、今日の話も、同じ獣だったのかな」と、ジノは言った。
「……まだ、わからない。昨日の畑を荒らしたのが、獣だったかどうかも」
セオルは鉛筆を止めた。
「ただ、どちらの話でも、門で払うお金が増えているんです」
アレンは、セオルの帳面を見た。
「そこは、君のお父さんにも伝えよう」
「……はい」
その先の角を曲がると、レグナート家へ続く道が見えた。
セオルの足が、少し速くなる。
ジノも、それについていった。
*
屋敷の門は、開いていた。
庭の木が、夕方の風に揺れている。
さっき、五人で通った道。
そこに、一枚の紙が落ちていた。
セオルが、足を止めた。
「……あれ?」
紙の端が、風で持ち上がる。
玄関の扉も、少し開いている。
「セオル。待て!」と、アレンは言った。
セオルは、すでに走り出していた。
玄関の敷居を越え、廊下へ入る。
「父さん?」と、セオルは尋ねた。
返事は、なかった。
椅子が、一脚倒れていた。
廊下の先に、靴の先が見える。
セオルの喉から、息が漏れた。
「……誰か!!」と、セオルは声を上げた。
アレンが、少年を追い越した。
壁際に倒れていたのは、屋敷の使用人だった。
手首を背中で縛られ、口に布を巻かれている。
アレンは膝をつき、布を外した。
「旦那様が……客間に……!」と、屋敷の使用人は声を上げた。
セオルが、廊下の奥へ駆けた。
ジノも続く。
客間の扉を押し開けた。
「父さん!」と、セオルは声を上げた。
レグナート卿は、机の脇へ倒れていた。
足を載せていた台が、横になっている。
机の上には、広げられた書類。
割れた水差しが、床を濡らしていた。
セオルは父親のそばへ膝をついた。
「父さん、聞こえる? 父さん!」
「うう……セオル、か」と、レグナート卿は言った。
声が、返った。
セオルは息を吸った。
けれど、何を言えばいいのか、出てこない。
父親の後頭部に触れかけた手を、アレンがそっと止めた。
「頭を打ってる。今は、動かさないほうがいい」
額の横から、少し血が流れていた。
ジノは棚に畳まれていた清潔な卓布を取り、アレンへ渡した。
「お医者さんを……呼んでくる」と、セオルは言った。
立とうとする膝が、崩れた。
ジノは、セオルの肘を支えた。
廊下から、足音がした。
アレンに縄をほどかれた使用人が、戸口へ顔を出す。
「私が、呼んでまいります! すぐ近くですから!」と、屋敷の使用人は声を上げた。
「救護所にも人を。ドルガンと、赤い髪のテオナに、ここへ戻るよう伝えてください」と、アレンは言った。
使用人はうなずき、廊下を走っていった。
ジノは、父親のそばへ座り直すセオルを見た。
帳面が、床に落ちたままだった。
*
アレンが卓布で傷を押さえると、レグナート卿は目を開いた。
「何があったんですか......?」
「警備隊の……使いが、来た......」と、レグナート卿は言った。
セオルが顔を上げた。
「取り寄せた報告を持ってきたと。二人で……」と、レグナート卿は続けた。
アレンは、机の書類へ目を向けた。
「一人は、見知った兵士だった。何度も、報告に来ていた……だから、部屋へ通した」と、レグナート卿は続けた。
父親の呼吸が、短くなる。
「無理には話さなくて大丈夫です」と、アレンは言った。
「いや……聞いてくれ」
父親の指が、腰へ伸びた。
革筒の蓋が、開いていた。
ジノも、それを見た。
さっき、この部屋で。
金色の鍵を、父親自身が収めた場所。
「書類を開いていた。後ろへ回った、もう一人が……」と、レグナート卿は続けた。
「……殴ったの?」と、セオルは尋ねた。
父親は、小さくうなずいた。
「鍵を……奪われた」
誰も、すぐには声を出さなかった。
廊下の向こうから、玄関の扉が風に揺れる音がした。
セオルは、開いた革筒を見つめていた。
「父さんの金の鍵が……?」
「気づいたときには、もう……身体が、動かなかった」
父親の指が、革筒から滑り落ちる。
アレンが、その手を受け止めた。
「取り戻します。まずは、治療を......」
セオルは、口を開いた。
僕たちが、外へ行っていたから。
あんなことを、調べようとしたから。
言葉になりかけたものを、強く噛みしめる。
ジノは、その横顔を見た。
「……セオル」
セオルは答えなかった。
「ここにいるよ?!」
セオルの目が、わずかに動いた。
ジノは言葉を継いだ。
「ぼくも、アレンもここにいる。ドルガンたちも、すぐ来るから」
父親の手を握るセオルの指が、震えていた。
ジノは床の帳面を拾い、濡れていない椅子の上へ置いた。
書きかけのページが、開いている。
さっきまで、父親へ伝えたかったことが並んでいた。
――第23話・終
第23話「守られるはずの街で」を読んでくださり、ありがとうございます。
門の中へ入れれば安心できる。
そう思いたい場所で、助かった人たちはまだ怯えていました。
何があったのかを聞き、記録しようとしたセオルを、今度は屋敷で思いがけない光景が待っていました。
父親の手を握る彼に、ジノがかけたのは「ここにいるよ」という言葉です。
何をすればいいかわからないときにも、一人にはしたくない。
その気持ちを大切に書きました。




