第22話 セオルの一歩
【キャラクター紹介】
レグナート卿/Lord Regnart
アルヴェスタ王国の金の鍵の継承者。
自らの老いを感じ、次の継承者選びの時期が来ているが、頭が良く、聡明だが、何かと前へ出ることが苦手な息子のセオルには荷が重いと感じている。
※画像はAIによるイメージです。
「そこを、空けてください!」
門の内側へ、セオルの声が飛んだ。
外へ出ようとしていた荷車と、人が、入口の前へ集まっていた。
巨人の手を見上げ、後ずさった人が、別の車輪へぶつかる。
セオルは、門の正面を指した。
「荷車は、壁際へ! ここを空けないと、怪我人を下ろせません!」
門の前にいた人々が、セオルへ顔を向けた。
セオルは、門の脇の石の水場を見た。
桶が並び、その前だけは、荷物が置かれていない。
「怪我をした人は、水場の前へ。そこの長椅子を、こちらへ運んでもらえますか!」と、セオルは声を上げた。
水場のそばにいた町人の男性が、長椅子の片側をつかんだ。
出門を待っていた荷運びの男性が、もう片側を持つ。
ほかの荷車を引いていた人たちも、門の正面を空けるように壁際へ寄った。
ジノは、空いた地面へ掌を下げた。
テオナの蔓が、一か所だけほどける。
手の空いた二人の兵士が駆け寄り、怪我をした女性を掌から受け取った。
荷車の男性も地面へ下りる。
「二人とも、入りました!」と、セオルは声を上げた。
ジノは、掌の上を見た。
誰も、残っていない。
掌の縁にあった蔓がほどけ、テオナの足元へ戻っていく。
その向こうで、荷車の男性が門を振り返った。
「馬が、まだ……!」
「俺が連れてくる!待ってろい!」と、ドルガンは声を上げた。
指揮役の兵士が、扉を押していた部下へ声を飛ばした。
「まだ閉めるな! 馬と荷車も通す。扉を開けたまま支えろ!」と、指揮する兵士は声を上げた。
ドルガンが押さえていた方にも、兵士が回った。
扉を任せたドルガンは、門の外へ駆け出した。
荷車の脇へ回り、垂れた手綱を取る。
「よしよし。こっちだ。怖えもんは、あっちにいるからよ」と、ドルガンは言った。
馬の顔を門へ向け、引っ張らずに、一歩ずつ進む。
ルフが、また獣を押し留めた。
その間に、馬の鼻先が、門の中へ入った。
前脚。
荷車の車輪。
最後の車輪が敷居を越えたところで、ドルガンは手綱を兵士へ渡した。
「頼む。壁際へ連れていってくれ!」
水場のそばで見守っていた荷車の男性が、何度もうなずいた。
「ありがとう……本当に……」
ドルガンは、額のゴーグルへ手をかけた。
黒いレンズが、目元へ下りる。
「礼は、あとで聞くぜ」と、ドルガンは言った。
*
ジノは巨人の掌を、門の外へ戻した。
ルフの脇を守る位置へ。
だが、獣はまっすぐ飛び込んでこなかった。
左右へ動き、石の翼が開く方を見る。
アレンは、獣の脚を見ていた。
倒れても、すぐに起きた。
大きな音にも、翼を広げるルフにも、怯まない。
「ジノ。門の前を空けるな」と、アレンは言った。
「うん!」と、ジノは声を上げた。
巨人の手が、低く開いた。
門へ来るなら、ここで止める。
アレンはルフへ、獣を門から離す動きを思い描いた。
石の鳥が、一歩前へ出る。
獣は身を沈めた。
ルフの翼へ牙を向けかけ、横へ跳ぶ。
「こっち!」と、ジノは声を上げた。
巨人の指が、行く先へ入る。
獣は指へ触れる前に地面を蹴り、またルフの前へ戻った。
土が、門の敷居へ散った。
アレンは、眉を寄せた。
無理に、街へ入ろうとしているのか。
それとも。
「アレン!」と、ドルガンは声を上げた。
振り返ると、銀の鍵が上がっていた。
槌の形をした持ち手を、大きな革手袋が握っている。
「そいつを、少し奥へ押し返せるか。人と馬から、離したい!」と、ドルガンは声を上げた。
「任せてくれ!」と、アレンは声を上げた。
ルフの翼が、短く開いた。
石の羽が、二枚、低く走る。
――穿天石羽。
一枚が、獣の前脚のすぐ先へ突き立った。
もう一枚が、横へ逃げようとした足元を打つ。
獣が跳び退いた。
ルフが、その隙に身体を前へ入れる。
門と獣の間が、広がった。
「解錠!」と、ドルガンは声を上げた。
城壁の外、空いた道の上に、光の扉が開いた。
――震槌のミョルニル。
現れたのは、巨大な槌だった。
黒鉄の頭を、鈍い金色の金具が囲んでいる。
刻まれた溝に、青い光が走った。
柄の先まで扉を抜けると、槌は誰にも握られないまま、宙で止まった。
「……槌?」と、ジノは尋ねた。
「誰も、持ってない……!?」と、テオナは言った。
大きな鉄の頭が、ゆっくり向きを変える。
黒い獣へ。
ドルガンは鍵を腰へ戻し、地面へ足を開いた。
「ガハハハ、待たせたな!」
*
獣が、槌を見上げた。
後ろへ下がる。
そこから、ルフの脇へ走り込もうとした。
「ドルガン、横へ来る!」と、セオルは声を上げた。
「見えてるぜ!」と、ドルガンは声を上げた。
ミョルニルが、横へ滑った。
振り下ろすのではない。
まず、獣の行く先へ、巨大な槌の頭を差し入れる。
逃げる向きを塞ぐように、ドルガンは頭の中で槌の軌道を描いていた。
獣が急に脚を止めた。
向きを変える。
槌も、変わった。
ドルガンの手は、動いていない。
それなのに、自分の腕で持っているように、鉄の頭が獣を追う。
ジノは、自分が動かす巨人の掌へ目を向けた。
さっき、人を運んだときは、少し動かすだけでも息を詰めた。
ドルガンは、あんな重そうなものを。
狙ったところへ、ぴたりと止めている。
「ルフを下げるぞ!」と、アレンは声を上げた。
「ああ!」
石の鳥が、翼を使って短く浮いた。
獣の前が、開く。
その上に、ミョルニルがあった。
鉄の溝を走る青い光が、強くなった。
「喰らっとけ!雷帝鉄槌!」と、ドルガンは声を上げた。
槌が、落ちた。
ドゴンッ!
獣が、とっさに後ろへ身を投げた。
槌は、さっきまで獣のいた地面を叩いた。
道の土が跳ねる。
青い火花と衝撃に押され、黒い身体が横へ転がった。
ジノは門の前へ掌を立て、飛んできた小石を受け止めた。
石の当たる音が、続けて鳴る。
その向こうで、獣が脚をついた。
まだ、動く。
ドルガンは、槌を上げ直した。
黒い獣の身体が、不意に向きを変えた。
門ではない。
麦畑の奥へ。
「逃げる!」と、アレンは声を上げた。
ルフが着地し、首を伸ばした。
獣が麦の間へ飛び込む。
その先で、細い光が開いた。
黒い背中が、光の奥へ引かれていった。
最後に、太い脚。
扉の輪郭が閉じる。
麦だけが、倒れたまま残った。
「……今の」と、ジノは言った。
「ああ。鍵現神だ」
ルフは、門の前へ戻ってきた。
アレンは麦畑の奥を見た。
誰が、そこへ呼んだのか。
誰が、戻したのか。
見渡せる範囲の畑や道には、呼び戻したらしい人影が見当たらなかった。
「追うか?」と、ドルガンは尋ねた。
アレンは、門の中へ顔を向けた。
水場のそばで、怪我をした女性が手当てを受けている。
荷車の男性は、手当てを受ける女性の隣に座っていた。
「いや。二人の話を、先に聞こう。ここを空けるわけにもいかない」と、アレンは言った。
「……そうだな」
*
獣が消えたあとも、門の前は騒がしかった。
何が出たのか。
どうして、入ってきた二人を閉め出そうとしたのか。
兵士へ向ける声が、次々に重なる。
「下がってくれ! まだ、外の安全が確かめられたわけじゃない!」と、指揮する兵士は声を上げた。
ドルガンがゴーグルを額へ戻し、振り返った。
「そうだな。なら、二人が通るのを待ってから、閉めてもよかったはずだ」
閉門を指揮していた兵士は、口を結んだ。
アレンが、ドルガンと指揮役の兵士の間へ入った。
「怪我人を先に休ませてください。外へ出る人には、少し待ってもらいましょう」
「……わかりました」と、指揮する兵士は言った。
ジノは巨人の掌を見た。
掌の中央には、運んできた二人の靴についた土が、薄く残っていた。
握らなくても、運べた。
ジノは、自分の手をゆっくり開いた。
「ジノ。平気?」と、テオナは尋ねた。
「うん。少し、疲れたけどね」と、ジノは言った。
「じゃあ、無理しないでね。もう二人とも、中にいるから」
ジノはうなずき、黒い鍵を取り出した。
巨人の腕と、それについて動いていた光の扉が消えた。
二人も、馬と荷車も、街の中にいる。
ジノが腕を戻したことも確かめ、兵士たちは今度こそ門を閉めた。
アレンはルフを、門の外の見張りに残した。異変があれば、召喚中のルフが声で知らせてくれる。
ドルガンは銀の鍵を逆にひねり、ミョルニルを戻した。外の警戒をルフに任せ、自分も門の内側に残る。
テオナも鍵現神を戻し、水場の方へ向かった。
セオルも、その隣へ並ぶ。
ジノが追いつくと、怪我をした女性の手当てをしていた兵士が顔を上げた。
「意識はある。救護所へ運ぶ担架を用意している。今は、ここで休んでもらおう」と、手当てをする兵士は言った。
荷車の男性は、長椅子に横たわる女性の手を握っていた。
「よかった……間に合った……」
ジノは、その声を聞いて、ようやく息を吐いた。
*
「二人が助かったのは、みんなのおかげです」
セオルは、水場の向こうのアレンとドルガンを見た。
テオナは、自分の腰へ鍵をしまった。
「セオルも、いたでしょ!」
「でも、僕は……」
「人を動かして、下ろす場所を作ったじゃない。あそこに荷車が詰まったままだったら、困ってたわよ」
「うん。どこへ運べばいいか、すぐわかったもん」と、ジノは言った。
セオルは、門の前へ顔を向けた。
壁際へ寄せられた荷車。
椅子を運んでくれた町人と、荷運びの男性。
さっきまで巨人の手を見上げていた人々が、いまは水や布を運んでいた。
「……自分の声が、あんなに出ると思わなかったかも......」と、セオルは言った。
ジノは、少し笑った。
「びっくりしたよ!」
「うるさかった?」
「違うよ。ちゃんと、聞こえたからね!」
セオルの手が、腰の帳面へ触れた。
書くためではなく、そこにあるのを確かめるように。
通りの奥から、馬の蹄が聞こえた。
兵士たちが振り向き、道を空ける。
門の兵士たちを従え、よく磨かれた鎧の男性が馬から下りた。
細く整えられた口髭。
肩には、門の兵士よりも飾りの多い章がある。
「獣を退けてくださったのは、あなた方ですか」と、その兵士の男性は言った。
アレンが、警備隊長と思われる鎧のその男性へ向き直った。
「エルディア王国の、アレン・エルヴァントです。金の鍵を継いでいる者です」
「私は、レスタの警備隊長、バートです。ご助力に感謝します」
バートは、一礼した。
「使いの者から、レグナート卿へのご訪問は伺っていました。まさか、街へ着いたその日に力を貸していただくことになろうとは」
「バートさん。門の掲示について、父から使いが行っているはずです」と、セオルは言った。
「ああ。元の報告だね。手配している」
バートの目が、閉じられた門へ向いた。
バートは言葉を継いだ。
「獣の姿は、どの様でしたか?」
「鍵現神でした。畑の奥に開いた扉へ、戻っていきました」と、アレンは言った。
バートの眉が、わずかに上がった。
「では、鍵使いが潜んでいると?」と、バートは尋ねた。
「そのはずです。外の見回りには、十分気をつけてください」
「承知しました。すぐに指示を出します」
バートは兵士を呼び、門の上と、街道の見張りを増やすよう命じた。
長椅子で手当てを受けていた女性が、バートへ顔を向けた。
女性の隣にいた荷車の男性が、握っていた手に力を込めた。
テオナが、それに気づいた。
「……どうしたの?」
荷車の男性は、口を開かなかった。
バートが、こちらへ歩いてくる。
「こちらが、獣に襲われた方々ですね。よく、ご無事で――」
荷車の男性が、椅子の上で身を引いた。
テオナの袖へ、指が触れる。
「……あの人です」と、荷車の男性は言った。
テオナが、顔を寄せた。
荷車の男性は、近づいてくるバートを見つめたまま、声を震わせた。
「俺たちを、街の外へ追い出したのは……」
――第22話・終
目立つ力を使っていなくても、人を助けるためにできることはある。
門の前で声を上げたセオルの姿に、その一つを描きました。
本人はまだ自信が持てなくても、仲間たちは、彼が何をしたかを見ていました。
その言葉を、少しずつ受け取っていってほしいですね。
獣を退けたあと、助かった男性が口にしたこと。
安心しかけたところに、別の不安が残りました。




