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ブリアレオスの鍵使い  作者: 及川ガク
第二章『受け継ぐ勇気』ーアルヴェスタ王国編ー
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第20話 父の選択

【キャラクターイメージ】

左:セオル

右:ドルガン

挿絵(By みてみん)


大通りを抜けると、石造りの大きな屋敷があった。


塀の向こうには広い庭があり、その先に城壁が見える。


門柱には、亀(・)の(・)甲(・)羅(・)を思わせる紋章が彫られていた。


アレンは、足を止めた。


「……石甲(せっこう)の、アスピドケロン」


「それが、この国の鍵現神(クラヴィア)?」と、ジノは尋ねた。


「ああ。ルフと同じ、神律(しんりつ)の八神獣(はちしんじゅう)の一体だ」


「八神獣(はっしんじゅう)……」


「八本の金の鍵に、一体ずつ。その国と、人を守るものとして伝えられてる」


ジノは、門柱の紋章を見上げた。


この先に、ルフと同じように、国を守ってきた力がある。


どんな姿なのだろう。


どれほど、大きいのだろう。


門が開いた。


屋敷から出てきた使用人と思(おぼ)しき年配の男性が、セオルを見る。


「お帰りなさいませ、セオル様」


ジノは、顔を戻した。


「……様?」


使用人は、次にドルガンへ頭を下げた。


「当主がお待ちです。皆様、お通ししてよろしいですね?」と、屋敷の使用人は尋ねた。


「うん。こちらはエルディア王国の、金の鍵の継承者の方だよ。父に伝えて」と、セオルは言った。


使用人の目が、アレンへ向く。


「遠路はるばる、ようこそ、お越しくださいました。すぐに、ご案内いたします」と、屋敷の使用人は言った。


セオルが振り返った。


ジノと目が合い、少しだけ困ったように笑う。


「……先に、言えばよかったですね」と、セオルは言った。


「ここ、セオルの家なの?」と、ジノは尋ねた。


「はい。僕は、セオル・レグナートです」


帳面を持った手が、身体の脇へ下がった。


セオルは言葉を継いだ。


「この国の金の鍵の継承者は、僕の父です」


テオナも、彼を見た。


荷車の前で、言葉を飲み込んでいた少年。


門の外で、荷車の数を数えていた少年。


「じゃあ、次は、セオルが……?」と、ジノは言った。


セオルは、すぐに答えなかった。


屋敷の扉へ目をやり、それから、ドルガンを見る。


ドルガンは、何も言わなかった。


「……父の鍵を受け継ぐのは、僕じゃないかもしれません」と、セオルは言った。


*


通された部屋には、白髪交じりの男性がいた。


椅子の脇へ杖(つえ)を立て、片足を低い台に載せている。


痩せた頬(ほお)に、深い皺(しわ)が刻まれていた。


それでも、顔を上げたときの目は鋭かった。


「父さん。こちらが、アレンさんたちです」と、セオルは言った。


「エルヴァント家の継承者が来られたと聞いた。迎えにも出られず、申し訳ない」と、レグナート卿(きょう)は言った。


「何の通達もなく、突然お訪ねして失礼いたしました。アレン・エルヴァントです。鍵を使った事件について、情報を交換できればと思い、伺いました」と、アレンは言った。


「遠いところを、よく来てくださった」


レグナート卿(きょう)の目が、ジノとテオナにも向いた。


二人も、名前を告げて頭を下げる。


「お加減はいかがですか? お話は、ご無理のない範囲で」と、アレンは言った。


「座って話す分には、問題ない。どうぞ、楽にしてくれ」


レグナート卿(きょう)は手を伸ばし、机の上の布を引いた。


その下に、金色の神律の鍵(しんりつのかぎ)があった。


持ち手を形作る、厚い甲羅。


軸の周囲に浮かぶ、金の輪。


ルフの鍵とは、違う形。


けれど、それを見た瞬間、ジノの胸が高鳴った。


二本目の、金の鍵。


「情報の話なら、私からも聞きたい。だが、その前に一つ。ちょうど、この家の今後に関わる話をするところだった」と、レグナート卿(きょう)は続けた。


「お時間を改めましょうか?」と、アレンは言った。


「いや。他国の継承者にも、聞いていただきたい。いずれ、関わることになる」


セオルの背中が、わずかに強張った。


ジノは、その横顔を見た。


レグナート卿(きょう)は、金の鍵のそばへ手を置いた。


その指には、古い傷が幾つもあった。


「私は長く、この国の鍵を預かってきた。だが、歳を重ね、傷の治りも遅くなった。次の者へこの鍵を託す時期が来ている」と、レグナート卿(きょう)は続けた。


彼の目が、セオルを通り過ぎた。


太い革手袋へ。


黒いレンズのゴーグルへ。


さっき、荷車を持ち上げた大男だ。


「ドルガン。お前に、この金の鍵を継いでもらいたい」と、レグナート卿(きょう)は続けた。


ジノは、息をのんだ。


隣で、帳面の紙が、小さく擦れた。


ドルガンは、すぐには答えなかった。


*


机の上で、金の輪が静かに浮いていた。


ドルガンは、腕を組んだまま鍵を見た。


額に上げたゴーグルの下で、目が細くなる。


「……セオルもいるところで、俺への継承の話をされるんですか?!」と、ドルガンは言った。


「二人の前で話すべきことだ」


セオルは、父親の横へ立っていた。


帳面の角を、両手で押さえている。


ジノは、金の鍵と少年を見比べた。


「あの……金の鍵って、家族で受け継いでいくんじゃ......?」


「代々、そうしてきた。だが、血のつながった者にしか渡せないわけではない」


レグナート卿(きょう)は、机の鍵へ目を戻した。


「家に迎え、王家にも認められた者へ託す道はある。鍵を使えることと、国から継承者として認められることは別だ。私には、この国を守る任務ごと託す相手を選ぶ責任がある」と、レグナート卿(きょう)は続けた。


ジノの口が閉じた。


アレンは、男性へ向き直った。


「ドルガンを選ばれた理由を、伺ってもよろしいですか?」


「この男は、危ない場所から逃げん。堤が崩れた日、私が動けなくなったあとも、人を運び続けた」


ドルガンが、組んでいた腕をほどいた。


「自分が何をできるかを知り、必要なときに動く。すでに銀の鍵も扱っている。街の者たちからの人望も厚い。任せるなら、ドルガンだと考えている」と、レグナート卿(きょう)は続けた。


部屋が、静かになった。


セオルの指が、帳面の角から離れた。


「……僕も、ドルガンなら」と、セオルは言った。


「待て、セオル。俺がどうするかは、俺が答える。お前まで、今ここで答えを出さなくていい」と、ドルガンは言った。


少年の言葉が止まった。


ドルガンは一歩近づき、セオルの肩へそっと手を置いた。


それから、レグナート卿(きょう)へ向き直る。


ドルガンは言葉を継いだ。


「ありがたいお話ですが、すぐにはお受けできません」


「なぜだ?」と、レグナート卿(きょう)は言った。


「この街で起きていることを、自分でも確かめたいんです。金の鍵を預かるなら、何から、どう人を守るのかまで、考えておきたいので」


父親の指が、机の上で止まった。


ドルガンは言葉を継いだ。


「お返事は、それからでもよろしいか?」


「……わかった。考えておいてくれ」と、レグナート卿(きょう)は言った。


セオルは、息を吐いた。


安心したのか、違うのか。


ジノには、その横顔だけではわからなかった。


*


金の鍵は、父親の手で腰の革筒へ収められた。


使用人が椅子を用意し、五人も席についた。


アレンは、エルディアで起きている事件を話した。


村を襲った鍵使い。


銀の鍵を持つテオナを追っていた者たち。


ベルカで、鍵の取引に関わっていた男。


「鍵を集めて、売り渡していたのか」と、レグナート卿(きょう)は言った。


「その疑いがあります。取引帳は、現地の衛兵が調べています。まだ、すべての事件につながりがあるとは言えません」


アレンは手帳を開いた。


「こちらでも、似た事件は起きていませんか」


「鍵を奪われたという届けは、今のところ来ていない。ただ、街の外で、獣の目撃が増えた」と、レグナート卿(きょう)は言った。


「門でも、聞きました」と、テオナは言った。


「畑仕事を切り上げる者もいる。街へ品物を運ぶのを、ためらう者もな」


「鍵現神(クラヴィア)の可能性は?」と、アレンは尋ねた。


「捨ててはおらん。だが、見回りが着くころには、姿がない。私も現場を確かめに行きたいが……」と、レグナート卿(きょう)は言った。


レグナート卿(きょう)は、台へ載せた足を見た。


「見回りは、街の衛兵が?」と、アレンは尋ねた。


「ああ。堤が崩れた事故で足を怪我してから、現場の見回りは街の警備隊長に任せている。報告は受けているが、獣の種類すら、まだはっきりしていない」


「黒いとか、大きいとか。門にいた人も、そんな話しか知らなかったみたいです」と、テオナは言った。


「正体を突き止めねば、畑へ出る者たちを安心させることもできん」


セオルの膝の上で、帳面が動いた。


ジノは、そちらへ目を向けた。


アレンも、気づいていた。


「セオル。さっきの記録を、ここで見せてもらえるか?」


セオルが顔を上げる。


父親の目が、息子へ向いた。


「記録?」と、レグナート卿(きょう)は尋ねた。


「……門の、通行の様子と。掲示されていた、獣の目撃情報を」と、セオルは言った。


「何かわかったのか?」


セオルは、すぐには答えなかった。


開いたページを、一度戻す。


また、開く。


「外で話してくれたところからでいいよ」と、ジノは言った。


少年の目が、ジノへ向いた。


ジノは言葉を継いだ。


「ぼくも、ちゃんと聞きたい」


セオルは、帳面を机へ置いた。


*


紙の上には、街の東と西へ延びる道があった。


街の輪郭は小さく、畑や水路の位置が、その周りへ書き込まれている。


「全部を、自分で歩いたわけではありません。道は、家にある地図から写しました。ここに書いた時刻は、門の掲示の通りです」と、セオルは言った。


「実際に見たことと、写したことを分けてあるんだな」と、アレンは言った。


「……はい」


少年は、西へ向かう道の脇を指した。


セオルは言葉を継いだ。


「門に貼られていた報告には、昨日、西の畑で、荷車を引いていた人が獣を見たと書かれていました。時刻は、正午の鐘が鳴るころです」


「それが、おかしいの?」と、テオナは尋ねた。


「そこに名前のある人は、毎日のように麦を運びに来ます。僕も、何度か話したことがあって」


指が、別のページへ移る。


道の絵から、細かな数字の列へ。


セオルは言葉を継いだ。


「昨日の正午には、門の前にいました。僕の目の前で、荷車を待たせていたんです」


「同じ人が?」と、ジノは尋ねた。


「はい。今日、僕たちの前で、追加のお金を払っていた人です」


ジノは、門の列を思い出した。


銅貨を数え、もう一度財布を開いた農夫。


さっき街へ入ったばかりの、あの人だ。


セオルは言葉を継いだ。


「僕は、鐘の音を区切りに荷車の数を数えていました。そのとき、その人の荷車が、すぐ横にあったので」


「西の畑から門までは、どのくらいある?」と、アレンは尋ねた。


「地図では、門からかなり離れています。途中に水路もあって、荷車では橋まで遠回りしないと渡れません」


父親が、地図へ顔を近づけた。


「その畑なら、私も知っている。荷車で門へ来るには、相当かかる道だ」


「だから、掲示の時刻が正しいなら、合わないんです。でも、鐘のころ、というのが、本当はもっと前のことだったのかもしれない。名前や場所の書き間違いも……」


言葉が、速くなった。


自分の出した疑問へ、自分で次々と別の答えを重ねている。


「セオル」と、ドルガンは言った。


少年の口が閉じた。


「まだ、本人には聞いてねえんだな?」と、ドルガンは尋ねた。


「……うん」と、セオルは言った。


「だったら、まず聞こう。獣を見たのか。どこで、いつ見たのか」


アレンは、二つのページを見比べた。


「記録に食い違いがあるなら、そこを確かめる価値はある」


レグナート卿(きょう)は、息子を見た。


「なぜ、先に私へ言わなかったのだ、セオル」


セオルの肩が、縮んだ。


「まだ、確かじゃなかったので。ちゃんと調べてから、話そうと……」と、セオルは言った。


父親は、しばらく黙っていた。


それから、机の脇へ手を伸ばした。


「元の報告も取り寄せよう。掲示する際に、間違いがあった可能性もある」と、レグナート卿(きょう)は言った。


呼ばれた使用人が、部屋へ入ってくる。


レグナート卿(きょう)は日付と場所を伝え、警備隊へ使いを出すよう頼んだ。


「俺たちは、その農夫に会ってみます」と、アレンは言った。


「今なら、麦の問屋にいると思います。いつも、そこへ運んでいるので」と、セオルは言った。


「なら、案内してくれ、セオル」と、ドルガンは言った。


セオルの目が、父親へ向いた。


「行ってきなさい。聞いた言葉を、思い込みで変えずにしっかり記してくるんだ」と、レグナート卿(きょう)は言った。


「……はい」と、セオルは言った。


少年は、机の帳面を取った。


さっきよりも、まっすぐに。


――第20話・終

父親が金の鍵を託そうとした相手は、セオルではなくドルガンでした。


セオルの前で交わされる話は、彼にとって簡単には受け止められないものだったと思います。


ドルガンも、すぐには引き受けません。その力で何を守るのか、街で何が起きているのかを確かめようとしています。


一方で、セオルの帳面には気になる食い違いが。


彼らしい目の向け方が、ここから動きにつながっていきます。

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