↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブリアレオスの鍵使い  作者: 及川ガク
第一章『勇気が開く扉』ーエルディア王国編ー
PR
17/26

第17話 自分で開く扉

その日の夕方、一行は三葉の鍵工房へ移った。


衛兵から事情を聞かれ、手当てを受け終えたころには、通りの影が長くなっていた。


閉ざされていた工房の戸を、主人が開ける。


中には、作りかけの錠や、修理を待つ道具が残っていた。


主人は自分の仕事台を一度撫(な)で、それから椅子へ腰を下ろした。


「二階へ上がるのは、しばらく骨が折れそうだな......」と、工房の主人は言った。


「すまない。私のせいで、君まで......」と、テオナの父親は言った。


「君が脅されているのを見て、放っておけなかったんだ。もう、謝らなくていいさ」


工房の主人は、足首へ巻かれた布を見て苦笑した。


「奥の部屋に寝台を下ろしてもらおう。二人分あれば、いちいち階段を上らずに済む」と、工房の主人は続けた。


「ここへ、置いてもらっていいのか?」と、テオナの父親は尋ねた。


「落ち着くまでいるといい。君の道具袋も、そろそろ届くはずだ」


詰所に預けていた大きな道具袋は、夕方のうちに衛兵が届けてくれた。


革の口を開けた父親が、一つずつ、中身を確かめる。


テオナは、その隣から離れなかった。


アレンとジノは近くの宿に部屋を取り、明日また来ると言って工房を出た。


戸口まで見送りに出ようとしたテオナへ、父親が声をかけた。


「テオナ。少し、座らないか」


彼女は振り返った。


仕事台の上には、見慣れた道具が並んでいた。


父親の前へ戻り、小さな椅子を引く。


「聞かせてもらったよ。逃げたあと、二人と会ったことも。私を捜してくれたこともね」と、テオナの父親は続けた。


「……うん」と、テオナは言った。


「よく、無事でいてくれた」


父親の手が、仕事台の上で止まった。


口元の傷が、灯りの下ではっきり見えた。


テオナは、膝の上で右手を握った。


「あたしが、あの家で蔓(つる)を出さなかったら......」


父親は、顔を上げた。


テオナは言葉を継いだ。


「あの人に、鍵を持ってるって知られなかったら。父さん、こんなことには……」


「樽(たる)が、人に当たりそうだったんだろう?」と、テオナの父親は言った。


「でも......」


「あのとき、お前は人を助けたんだ。正しいことをしたんだよ」


テオナは、目を伏せた。


父親の声は、静かだった。


「私も、あの男を信じた。よくしてくれる人だと思って、お前を連れて泊まった。私がもっと早く気づいていれば、逃がすときに、あんな怖い思いをさせずに済んだだろう」


「父さんは、あたしを逃がしてくれたじゃない」と、テオナは言った。


「そうだな。お前は、私を助けに来てくれた」


父親が、娘の顔をのぞき込んだ。


「だから、二人で自分を責め続けるのは、よそう。私たちを騙(だま)して、傷つけた者がいる。その者たちのしたことまで、お前が背負わなくていい」


テオナは、口を結んだ。


息を吐くと、喉の奥が震えた。


「……優しくされるの、怖かった」と、テオナは言った。


右手の指が、ほどけた。


テオナは言葉を継いだ。


「また、あとで何か取られるんじゃないかって。優しい顔をしてるだけで、ほんとは違うんじゃないかって」


父親は、続きを急がなかった。


テオナは言葉を継いだ。


「アレンとジノは、ずっと……父さんが見つかる前から、あたしを助けてくれてたのに」


仕事台の端に、父親の手紙を入れた筒があった。


逃げるとき、握り締めていたもの。


開けるのが怖くて、開けずにいたもの。


テオナは言葉を継いだ。


「受け取って、よかったんだよね?!」


父親は、うなずいた。


「ああ」


その一言を聞いて、テオナは両手で顔を覆った。


父親の手が、赤い髪へ触れる。


窓の外では、見回りの衛兵が通りを歩いていた。


戸の向こうで足音がしても、今は、父親が隣にいた。


*


三日後の朝。


工房の戸には、まだ休みを知らせる札が掛かっていた。


それでも、店先で立ち止まる人は増えていた。


主人の顔を見に来る者。


食べ物を置いていく者。


修理は急がないからと、預けていた錠をそのまま残していく者。


そのたびに、父親と主人は、椅子に座ったまま礼を言った。


テオナは、窓辺の仕事台に向かっていた。


目の前には、練習用の古い錠が一つ。


細い曲がり針を差し込み、そっと動かす。


中で、金具が引っかかった。


「……また同じところ」と、テオナは言った。


「押さえに、少し力が入りすぎているな」


父親が、隣から手元をのぞいた。


テオナは息を吐き、指の力を緩める。


「そう。中の動きを、指で聞くんだ」と、テオナの父親は続けた。


「耳じゃなくて?」と、テオナは尋ねた。


「音だけでは、わからない錠もあるからね」


針の先が、かすかに沈んだ。


テオナは、その感触を確かめるように、もう一度動かした。


カチリ。


錠の留め金が開いた。


「……開いた!」と、テオナは言った。


「すごい!」と、ジノの声が聞こえた。


戸口から声がした。


テオナが振り向く。


ジノとアレンが、朝のパンを持って立っていた。


「いつから見てたのよ!」


「今、ちょうど。テオナも、開けられるんだね?!」


「練習用よ。本物の仕事は、こんなに簡単じゃないんだから」


言いながら、口元が少し緩んだ。


父親も、それを見て笑った。


アレンがパンを台へ置くと、工房の主人が皿を出した。


ここ数日、同じように囲んできた朝の食卓だった。


食事が終わるころ、アレンは上着から折り畳んだ地図を出した。


「明日、港へ向かおうと思っています」


テオナの指が、パンの端で止まった。


父親は、地図へ目を落とした。


「海を渡るのかい?」


「はい。次はアルヴェスタ王国へ。あの国の金の鍵の継承者にも、事件について聞きたいことがあります」


ジノは、アレンの指が示す海の向こうを見た。


「衛兵長さんから、何かわかった?」


「取引帳の調べは、まだ途中です。わかったことは港の詰所へ知らせていただくことになっています。グレイヴたちは取り調べを受けていますが、レグナーの行方は、まだつかめていないそうです」


テオナは、その名前に顔を上げた。


アレンは、彼女と父親を見た。


「この工房にも見回りを頼んであります。何かあれば、すぐ衛兵に知らせてください」


「ああ。あんなことは、もうごめんだ。戸の錠も、今度は私たちで確かめたよ」と、工房の主人は言った。


父親が、店の入口を見た。


二人の職人が並んで、交換する錠を選んでいたことを、テオナは知っていた。


父親の足も、少しずつよくなっていた。


短い距離なら、一人で歩ける。


遠出はまだできないが、ここには、気心の知れた友人がいる。


「お世話になりました。明日、出発前にご挨拶に来ます」と、アレンは言った。


「こちらこそ。君たちも、身体に気をつけてな」


テオナは、二人を見た。


ジノは、椅子から立つときにも、もう背中を押さえなかった。


食事を終えた皿を運び、主人の礼に、少し照れたように頭を下げている。


出発できるのだ。


二人は、明日。


*


その晩、テオナは自分の道具袋を机へ広げた。


曲がり針。


薄い押さえ。


小さなやすり。


手入れを終えたものを、一つずつ、革の仕切りへ戻す。


最後に、銀色の神律の鍵(しんりつのかぎ)へ触れた。


蔓(つる)を伸ばす姿は、今でも、はっきり思い描ける。


枝からパンを吊(つ)るすことも。


相手の手首へ、巻きつかせることも。


けれど、父親の足枷(あしかせ)は、それだけでは開けられなかった。


届ける道具がわかったのは、父親の仕事を見てきたからだ。


あのとき、初めて、自分が覚えてきたことまで、父親を助けてくれた気がした。


「考え事かい?」


父親が、奥の部屋から出てきた。


「うん。……あたし、まだ知らない錠が、いっぱいあるんだろうなって」と、テオナは言った。


父親は、彼女の隣へ座った。


テオナは言葉を継いだ。


「父さん、この前言ってたでしょ。土地が違えば、錠の作りも違うって」


「ああ。使う材料も、守りたいものも違うからね」と、テオナの父親は言った。


「見てみたい。いろんなところの工房で、どんな仕事をしてるのか。蔓(つる)も、もっと細かく動かせるようになったら、届かないところへ道具を運べるかもしれないし」


父親が、うなずいた。


テオナは、道具袋の縁を指で撫(な)でた。


「父さんみたいに、誰かが困ったとき、あたしが行くって言えるようになりたい!」


そこで言葉を切った。


明日の朝のことを考えると、胸の奥が狭くなる。


テオナは言葉を継いだ。


「……でも、父さん、まだ足が痛いでしょ?」


父親は、自分の足を見た。


「旅に出るには、もうしばらくかかるな」


「だったら、あたしも――」


「私は、ここで仕事を手伝うつもりだよ。彼も、足が治るまで困るだろうから」


奥の部屋へ、目を向ける。


工房の主人は、明日預かる修理の品について、夕食の間、ずっと父親と相談していた。


「お前も、ここで仕事を覚えられる。私と、また二人で旅をしてもいい」と、テオナの父親は続けた。


テオナは、父親を見た。


「でも、ほかに行きたいところがあるなら、聞かせてくれないか?」と、テオナの父親は続けた。


机の上で、銀の鍵が光った。


「二人と……アレンとジノと、一緒に旅に行きたい」と、テオナは言った。


声にしてから、息を吸った。


テオナは言葉を継いだ。


「アレンたちが、何を見つけるのか知りたい。ジノが、どんなふうに強くなっていくのかも。あたしも、隣で……一緒にできること、増やしたいの」


父親は、黙って聞いていた。


テオナは言葉を継いだ。


「あの二人となら、知らない街へも、行ってみたいのよ」


「事件を追っていけば、また危険な目に遭うかもしれない。それでもかい?」と、テオナの父親は尋ねた。


「……うん。怖いよ。でも、困ってる人を助けようとする二人を、あたしも助けたい。無茶をしそうなら止めるし、自分だけじゃ無理なときは、ちゃんと頼るから。もちろん、あの二人がいいって言ってくれるならだけど......」


言い終わると、父親の顔を見るのが怖くなった。


これほど離れ離れになるのが怖かったのに。


やっと会えた父親へ、自分から、離れたいと言っている。


父親は、机の上へ小さな革の包みを置いた。


「曲がり針の予備だ。お前の袋には、一本しかなかっただろう」


「……いいの?」


「持っていきなさい」


父親は続ける。


「きっと、あの二人もテオナを必要としてくれると思う」


テオナは、包みへ手を伸ばした。


開くと、細い金具が、折れないように布へ差し込まれていた。


使う順番に、一本ずつ。


父親が、いつもそうしていたように。


「行き先が決まったら、手紙をくれるか。私は当分、ここにいる。返事を受け取る町が決まったら、その宛先も書いておくれ」


「うん!」と、テオナは言った。


「見たことのない錠に出会ったら、図にして送ってほしい。帰ってきたら、一緒に考えよう」


彼女は、包みを握った。


「……うん」


父親が、その手へ、自分の手を重ねた。


「会えなくなるわけじゃない。また、仕事の話をしよう」


テオナは、何度もうなずいた。


父親は、娘の顔を見た。


「お前も立派な鍵職人を目指すなら、これから先もずっと、自分の人生の扉の錠は自分で開いていきなさい」


テオナは、包みを握ったまま父親を見つめた。


「二人には、もう話したのかい?」と、テオナの父親は尋ねた。


テオナは、首を横に振った。


――第17話・終

父親を助けられたテオナの前に、今度は「これからどうしたいか」という問いが置かれました。


父親のそばにいたい気持ちも、外の世界を見たい気持ちも、どちらも彼女の本当の思いです。


父親はその迷いごと受け止め、自分で選ぶよう背中を押しました。


道具の包みを受け取ったテオナ。


次は、自分の言葉で二人へ気持ちを伝える番です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。