第14話 届かない手
【キャラクター紹介】
テオナ・ルゼリア/Theona Luzelia
15歳、身長150Cm
銀の鍵から蔓を操る、活発な鍵職人の娘。
傷ついた過去から他人の優しさをいつも疑っている。
鍵現神は、自由自在に動く植物の蔓「絡蔓のアンペロス」。
※画像はAIによるイメージです。
奥の一角が、衛兵長の言っていた保管室だった。
厚い壁と鉄格子で、作業場から仕切られている。高価な染料や道具を守るための場所を、今は職人たちを閉じ込めるために使っていた。
テオナの父親と工房の主人は、その中の作業台の前にいた。
格子のすぐ外には、積荷を運ぶための広い通路が残されている。衛兵長たちは、その通路へ出ようとしていた。
手は動かせるが、足首に細い鎖がかけられている。
鎖の端は、壁の金具へつながっていた。
金具の周りだけ、新しく石を削った痕がある。男たちは、借りた倉庫の奥を、人が逃げられない場所へ変えていた。
作業台には、黒ずんだ鉄の箱が載っている。
両手で抱えられるほどの大きさで、蓋の縁を何枚もの鉄板が覆っていた。
周囲には、細い工具と、折れた金具が散らばっている。
箱の側面には、何かの印を削り落とした痕があった。蓋の近くは何度も叩かれたようにへこみ、錠の中には金属片が詰まっていた。
「お前の父親は、なかなか仕事ができるらしい」と、グレイヴは言った。
そして、入口のテオナを見た。
グレイヴは言葉を継いだ。
「だから、もう少し働いてもらうつもりだったんだがな」
「父さんを、離して!」と、テオナは言った。
「この箱が開いたら、帰してやると言ってある」
「開けさせるために、二人を閉じ込めたのか」と、アレンは言った。
「最初に断ったんだ。持ち主の印を削った箱を、まともな依頼だとは思えない。誰から手に入れたのかと聞いても、答えなかったからな」と、テオナの父親は言った。
父親の視線が、グレイヴへ向いた。
「盗品なら、持ち主へ返すべきだ。私は、開けるつもりはなかった」と、テオナの父親は続けた。
「仕事を選べる立場だと思ったのか? 娘を逃がして、自分は捕まっているくせに」と、グレイヴは言った。
テオナが息をのんだ。
「……娘を捜し出すと言われた。箱を開けなければ、連れてきて、目の前で傷つけると」と、テオナの父親は言った。
ジノは、父親の口元の傷を見た。
拒んだあとに、何をされたのか。
言われなくても、わかった。
「娘を捜す三人と、箱を開ける職人。両方を同時に動かしていたんだな」と、アレンは言った。
「ガキにはわかるまい。人を雇うにも金がかかるのさ。ここまで手間をかけて、諦めるわけにはいかんのでな」と、グレイヴは言った。
グレイヴは箱のへこみを指した。
そして、そのまま言葉を継いだ。
「中の取引帳が要る。神律の鍵を、誰が、どこで扱っていたかがわかる帳簿だ」
アレンの表情が変わった。
グレイヴは言葉を継いだ。
「部下に任せたら、金具を折り込んで、余計に面倒にしやがった。箱ごと叩き壊して帳簿まで破られても困る。職人が捕まったのは、都合がよかったよ」
「だからといって、私まで協力すると思うか。縛った知り合いを店へ連れてきて、道具を貸せと言われて……」と、工房の主人は言った。
職人は、鎖のかかった足を動かした。
「断ったら、店へ押し入られた。私までここへ連れてきて、家族にも手を出すと言ってきたんだ」と、工房の主人は続けた。
「この人は関係ない。私が、うまく開けられなかったから……」と、テオナの父親は言った。
「お前が悪いんじゃない。こいつらが、無理やり――」
綱を持つ男が、剣の柄で鉄格子を叩いた。
ガンッ。
二人の声が止まった。
「二人とも、無理に作業を続けることはない。こちらで助け出す」と、衛兵長は言った。
グレイヴは、入口を見た。
テオナと目が合う。
「捜す手間が省けたなあ!」と、グレイヴは言った。
「娘に手を出すな!」
父親の声が、作業場に響いた。
テオナは、父親の顔を見つめた。
生きている。
朝、裏口で別れた父親が、目の前にいる。
それなのに、駆け寄れない。
足首の鎖が、動くたびに音を立てていた。
ジノは自分の両手を握った。
あの鎖を外せれば。
あの人を、ここから出せれば。
*
「話は詰所で聞く。まず、鎖の鍵を出せ!」と、衛兵長は言った。
グレイヴは、テオナの父親たちの足枷を開ける鍵束を腰から外し、左手に握った。
金属が、チャリ、と鳴る。
アレンの目が、その反対の手へ動いた。
上着の陰。
革手袋の指の間で、銅色の輪が浮いた。
「全員、下がれ!」と、アレンは声を上げた。
男性は、何もない空中へ右手を突き出した。
握っているのは、銅色の神律の鍵だった。
「解錠」と、グレイヴは言った。
作業場の中央で、光の扉が開いた。
奥から、金属の擦れるような音が響く。
最初に出てきたのは、大きな鋏だった。
厚い鉄を重ねたような殻。
地面を探る、何本もの脚。
巨大な蟹が、光の奥から身体を引き出した。
天井の高い作業場には、その巨体が収まるだけの広さがあった。積荷を運ぶための空間で、大きな鋏が開く。
――鉄鋏のカルキノス。
脚の先が床を打つ。
ガンッ。
石の床に、細い傷が走った。
衛兵たちが、左右へ退いた。
グレイヴは言葉を継いだ。
「まず、そこの金の鍵使いを潰んだ!カルキノス!」
グレイヴがアレンへ視線を向けると、カルキノスも向きを変えた。
巨大な鋏がアレンへ伸びる。衛兵たちは、その軌道から身を引いた。
剣を構えた男たちも身を引いたが、グレイヴだけは動かなかった。
鋏が、その頭上で止まる。
グレイヴは言葉を継いだ。
「金の鍵使いまで来たのは、少々面倒だが......」
グレイヴはアレンの腰を見て、言葉を継いだ。
「ここでは、好きに暴れられまい!」
その背後には、父親たちと鉄の箱があった。
*
アレンは金の神律の鍵を抜いた。
衛兵たちと巨大な蟹の間に、扉を思い描く。
「解錠!」と、アレンは声を上げた。
光の線が走った。
石の嘴が現れ、続いて美しい石の翼が広がる。
――石翼のルフ。
アレンは、ルフが自分と衛兵たちの前へ入り、奥への通路を守る姿を念じた。
振り下ろされた鋏が、石の羽へ当たった。
ガギンッ!
重い音が作業場へ響く。
ルフの脚が、床を滑った。
ルフは自ら爪を立て、踏みとどまった。
受け続ければ押し切られると判断したのか、翼を傾けて鋏の力を外へ逃がす。
鋏の先が外へ逸れ、すぐ脇の空の木箱を押し潰した。
木片が散る。
「左右の柱へ! 奥の二人から、こいつを離します!」と、アレンは声を上げた。
衛兵長はうなずき、仲間へ合図した。
一人が、入口を塞いでいた剣の男へ向かう。
もう一人は衛兵長とともに柱の陰へ回り、父親たちへ近づく道を探した。
アレンは鍵を抜き、革筒へ戻した。
カルキノスが、アレンを挟み込むようにもう片方の鋏を伸ばす。
ルフは指示を待たずに身体を横へ向け、アレンへの攻撃を翼で遮った。
アレンは、柱の陰で剣を構える男と、奥の格子へ目を走らせた。
入口の外で、ジノはその動きを見ていた。
衛兵長たちは柱の陰に留まり、格子の手前へは、まだ出られずにいる。
大きなものを出せば、それだけで勝てるわけではない。
守る場所と、避ける場所。
ルフが自分の判断で攻撃を受け流す間に、アレンは周囲を見て、仲間を助ける道を探している。
ジノは黒い神律の鍵へ手をかけた。
何をすれば、助けられる。
屋根を支える梁。
木箱の山。
父親たちの部屋。
必死に、順に見た。
*
グレイヴが、奥へ向かって怒鳴った。
「格子を下ろせ! そいつらに近づけるな!」
綱を握っていた男が、留め具を外した。
ガラガラッ。
滑車が回る。
持ち上げられていた鉄格子が、重い音を立てて下がり始めた。
父親が、こちらを見た。
「テオナ! そこから離れろ!」
テオナは銀の神律の鍵を抜いた。
逃げろ。
今朝も、そう言われた。
父親を残して、走った。
「……今度は......今度こそは」と、テオナは言った。
目の前に、小さな鍵穴が浮かぶ。
「解錠!」と、テオナは声を上げた。
入口脇に光の扉が開いた。
彼女は鍵を抜き、腰へ収めた。
細い蔓が、床すれすれを走る。
木箱の間を抜け、下がる鉄格子へ伸びた。
テオナは、格子の下端へ蔓を巻きつける姿を思い描いた。
先端が、鉄の棒を捉える。
引き止める。
蔓が張った。
けれど、格子は止まらなかった。
「止まって……!」と、テオナは声を上げた。
もう一本が伸びる。
巻きついた蔓が、鈍く軋んだ。
「下がって! ここも危ない!」と、入口の衛兵は声を上げた。
テオナは、衛兵のいる戸の陰へ身を寄せた。
視線だけは、格子から離さない。
父親の顔が、鉄格子の中の一本の向こうへ隠れていく。
ジノは、扉の前へ一歩出た。
*
大きな腕を出せば、誰かを巻き込む。
さっきまでは、それが怖かった。
今も、怖い。
でも、格子のこちら側の床には、誰もいない。
父親たちは、向こう側で下がっている。
止める場所は、一つだけ。
下りてくる鉄格子を、下から受け止める。
ジノは右腕を伸ばした。
目の前に、鍵穴を思い描く。
その先、格子までの通路には、積荷も人もいない。
「解錠!」と、ジノは声を上げた。
黒い鍵が回った。
入口近くの広い床の上に、光の扉が開く。
巨大な指が現れた。
掌。
黄金の腕輪。
布の巻かれた太い前腕が伸びる。
――巨人の腕。
ジノは、掌を上へ向けたまま、格子の下へ進む姿を念じた。
腕が床すれすれを進む。
開いた扉も、その付け根について、同じ通路を滑った。
腕は扉の奥から伸びたまま、格子の真下へ入った。
「……これが、ジノの……? なんて大きさなの......」と、テオナは尋ねた。
自分の身体を包めそうな掌が、目の前を通った。
テオナは思わず息をのみ、その腕を見上げた。
ガンッ!
下りてきた格子が、掌へ当たった。
巨大な腕が、一度沈む。
ジノは息を止めかけ、ゆっくり吐いた。
押し返さなくていい。
壊さなくていい。
この高さで、支える。
腕が止まった。
格子も、止まった。
床との間には、人が屈んで通れる隙間が残っている。
テオナがジノを見た。
ジノは鍵を抜き、腰へ戻した。
「蔓、もう離していい!」
テオナは一度だけうなずき、格子へ巻きつけていた蔓をほどいた。
その先端が、父親の足元へ向かう。
外へ引き出すための道が、まだ残っている。
*
グレイヴが、振り向いた。
巨大な掌。
そこから伸びる、淡い光を帯びた腕。
グレイヴの目が、入口のジノへ戻った。
腰にある、黒い神律の鍵へ。
「……黒い鍵だと?」と、グレイヴは尋ねた。
アレンは、グレイヴの視線を見た。
ルフの翼へ、再び鋏が迫る。
今度は横から。
ルフは頭を下げ、鋏の下へ潜り込んだ。
アレンへ向かう軌道に翼を差し入れ、先端を外へ逸らす。
鉄の先が柱へ当たり、粉塵が落ちる。
アレンは、グレイヴへ近づく隙を探した。だが、カルキノスもグレイヴの前から離れず、大きな鋏で行く手を塞いでいた。
奥では、衛兵長が父親たちへ呼びかけていた。
「鎖の鍵は、あの男か!」
「ああ! 足の錠は、同じ鍵で開く!」と、工房の主人は声を上げた。
グレイヴは、左手の鍵束を握り直した。
「テオナ、来るな。まだ、こっちへは――」と、テオナの父親は言った。
「わかってるわ、父さん!」と、テオナは声を上げた。
声が響いた。
「一人で行かない。だから、父さんも、そこにいて!」と、テオナは声を上げた。
父親の口が閉じた。
テオナはジノを見た。
「……どのくらい、支えていられる?」
ジノは巨大な掌を見上げた。
まだ、腕は震えていない。
けれど、額から汗が落ちていた。
「わからない。でも、まだしばらくは大丈夫だよ!」と、ジノは言った。
「……うん」
彼女の蔓が、父親の足首の錠へ近づいた。
ジノは、格子を支えることに集中した。
あと少し。
鎖が外れるまで。
アレンの前で、巨大な鋏が開いた。
「その邪魔なデカい腕をどけろ!」と、グレイヴは言った。
鍵束を持つ手を上げた。
カルキノスの鋏が、今度はジノへ向いた。ルフが間へ入る。
ジノは格子から目を離さず、腕に力を伝え続けた。
グレイヴは言葉を継いだ。
「父親を返してほしければ、お前たちの鍵を置いていけ!」
――第14話・終
第14話「届かない手」を読んでくださり、ありがとうございます。
目の前にいるのに、父親へ手が届かない。
テオナの焦りのそばで、ジノもまた、大きな腕をどう使うべきか迷っていました。
その腕が鉄格子を受け止め、蔓が父親の足元へ伸びる。
まだ救出は終わっていませんが、二人の力がつながる道は残っています。
グレイヴの要求を前に、三人がどう動くのか。
続きも見届けていただけたらうれしいです。




