第13話 その声を探して
「川の方って、どこまでですか?」と、アレンは言った。
女性は窓から身を乗り出し、路地の奥を指した。
「古い染物場があるだろう。今は使われてない、大きな煙突のあるところ」と、近所の女性は言った。
衛兵の表情が変わった。
「川向こうの、あの建物か?!」と、同行の衛兵は言った。
「ああ。男の一人が、そっちへ運べと言ってたねえ。川を渡る橋へ向かったところまでは見てるんだがねえ」
アレンは衛兵を見た。
「町の詰所へ戻って、応援を呼ぶ。人が捕らえられているなら、急いで確認しないとな」と、同行の衛兵は言った。
「場所の手がかりも、聞き取った内容も伝えます。俺たちも一緒に行きます!」と、アレンは言った。
衛兵がうなずいた。
「私が話したとは……」と、近所の女性は言った。
「名前を相手に伝えたりはしないですよ。戻ってきた男を見かけたら、すぐ知らせてください!」と、同行の衛兵は言った。
女性はうなずき、窓を閉じかけた。
途中で止まり、テオナへ目を向ける。
「あんた、その人が、あんたのお父さんなんだね?」と、近所の女性は言った。
「うん。あたしの父さんなの......」と、テオナは言った。
そう言いながら、声が揺れた。
女性は口を結び、うなずいた。
窓が閉じる。
テオナは道具袋から手を離した。
指に、紐の痕が残っていた。
「テオナ。一人で行くなよ?!」と、アレンは言った。
彼女は、路地の先へ向きかけていた。
言われて初めて、自分が一歩進んでいたことに気づく。
「うん……わかってる」と、テオナは言った。
ジノが、その隣へ立った。
「ぼくたちも、いるから!」
テオナはジノを見た。
次に、アレンを見る。
今朝は、振り返るたびに父親を探していた。
けれど、今は二人がそこにいた。
「……じゃあ、置いていかないでよ?!」と、テオナは言った。
「ああ」と、微笑みながらアレンは言った。
ジノも、うなずいた。
川の向こうに、細長い煙突が見えた。
空へ伸びた先から、煙は出ていない。
父親が連れていかれたという場所。
そして、工房の主人も運ばれたらしい場所。
今も、そこに二人がいるかどうかはわからない。だからこそ、急いで確かめなければならなかった。
アレンは、固く閉ざされた工房の戸を振り返った。
狙われているのは、神律の鍵だけなのか。
川を渡る風が、休業の札を揺らした。
*
町の詰所で報告を終えると、衛兵たちはすぐに動き出した。
父親の道具鞄は、テオナの承諾を得て、詰所で預かってもらった。重い鞄を抱えたままでは、動きにくい。
衛兵長が、川の周りを描いた地図を卓へ広げる。
「染物場は、ここの橋を渡った先だ。今は古道具や金属製品を扱う商人が、倉庫として借りている」
指が、川沿いの四角い建物を押さえた。
「今朝だけ使われた場所じゃないんですね」と、アレンは言った。
「ああ。普段から荷車が出入りしている。古い道具を直すために、職人を呼ぶこともあると聞いている」
テオナは、卓の縁へ手をついた。
「じゃあ、父さんたちを連れていっても……」
「仕事で呼ばれたように見えたのかもしれない。ただ、縛られた人間が連れ込まれたという話は、今日まで届いていない。今朝の目撃証言を確かめる」
「表の出入口は街道側。川側には、昔、布を船へ積むのに使っていた戸と、小さな荷揚げ場が残っている」
「荷車でも船でも、荷物を運べる場所なんですね」と、アレンは言った。
「重い道具を保管するには都合がいい。奥には、染料や道具をしまっていた保管室もある」
「逃げるとしたら、川側ですか」と、アレンは言った。
「そちらにも二人回す。まずは中の人間を確かめる。捕らえられている者がいれば、保護する」と、衛兵長は言った。
テオナは地図を見ていた。
細長い建物。
その中のどこかに、父親がいるかもしれない。
「俺も、表から一緒に行きます」と、アレンは言った。
衛兵長の目が、アレンの腰へ向いた。
金の鳥をかたどった持ち手が、革筒からのぞいている。
「その金の鍵......。君は、継承家の者か?」と、衛兵長は言った。
「エルヴァント家のアレンです。継承の証もあります」
アレンは外套の内側から、革に包んだ証書を取り出した。
衛兵長はそこに記された名と、王家の印を確かめた。
ジノは二人を見比べた。
「各国で代々、国を守る役目を担っている家々だ。鍵に関わる事件の調査に力を貸す者もいる。大事な立場だからこそ、本人かどうかも確かめさせていただこう」と、衛兵長は言った。
証書が、アレンへ返される。
「これはこれは、大変失礼いたしました。継承者の方とは知らず......。相手にも、鍵使いがいるかもしれませんな」と、衛兵長は続けた。
「ええ。鍵を集めている奴なら、自分でも持っている可能性があります」と、アレンは言った。
衛兵長はうなずいた。
「頼めますか。中の様子を見て、必要なら力を貸していただきたい!」
「あたしも行く!」と、テオナは言った。
衛兵長が彼女を見た。
テオナは言葉を継いだ。
「父さんかどうか、あたしならわかる。顔を見れば……」
「表の入口までは、一緒に行こう。そこからは、呼ぶまで外で待っていてくれ」と、アレンは言った。
テオナの眉が寄った。
アレンは言葉を継いだ。
「父親を見つけても、すぐに走り出さないでほしいんだ。周りに誰がいるか、先に確かめよう!」
テオナは、返事をしなかった。
「ぼくも、外で待つよ!」と、ジノは言った。
彼女が横を向く。
ジノは言葉を継いだ。
「何か見つけたら、ちゃんと伝えよう。一人で行くより、その方が助けられると思う!」
テオナは、地図へ視線を戻した。
やがて、小さくうなずく。
「……わかったわよ」と、テオナは言った。
*
橋へ差しかかると、川風が強くなった。
古い染物場の煙突は、町の建物より高く伸びている。
その下には、煤のついた壁と、板で塞がれた窓が並んでいた。
正面の大戸は、荷車が通れるほど広い。
片方だけが開いている。
建物の川側には、低い荷揚げ場が見えた。木箱を下ろした跡があり、濡れた綱が杭へ巻かれている。
街道側には荷車が止まり、建物の横では、男が木箱を運んでいた。
衛兵たちを見ると、動きを止める。
箱を置き、中へ声をかけた。
「おーい。客だ!」と、木箱を運ぶ男は言った。
アレンは足を緩めた。
衛兵長と二人の衛兵が、正面へ進む。
テオナとジノは、別の衛兵と一緒に、大戸の外側で止まった。
そこからなら、開いた戸の向こうを少しだけ見渡せた。
高い天井。
並んだ柱。
床へ埋められた大きな槽が、板の蓋で塞がれている。
昔は、その中へ布を浸して染めていたのだろう。
今は槽の間に木箱が積まれ、奥の様子を隠していた。
壁際には、欠けた鍋や古い燭台、蝶番の束が並んでいる。値札のついた棚もあった。
外から見れば、古道具の倉庫に見える。奥へ目を向けなければ、人が閉じ込められているとは思わないだろう。
革の手袋をした男が、柱の陰から現れた。
アレンの目が細くなる。
男も、アレンの腰を見た。
だが、すぐに衛兵長へ向き直った。
「何か、ご用で?」と、革手袋の男は尋ねた。
「ここへ、今朝、二人の男を連れてきたという話がある。話を聞かせてもらいたい」と、衛兵長は言った。
「二人? 誰のことです?」
「一人は、職人通りの三葉の鍵工房の主人。もう一人は、旅の鍵職人だ」
男性は少し首を傾けた。
「ああ。仕事を頼んでいる職人なら、いますが......」と、革手袋の男は言った。
テオナの指が、袋の紐へかかった。
ジノも、奥へ目を向ける。
「ここで古道具を扱っていましてね。職人を呼ぶこともありますよ。今日は、壊れた錠前を見てもらっているんです」と、革手袋の男は続けた。
「本人たちと話をしたい」と、衛兵長は言った。
「今、手が離せないので......。終わったら、こちらから伺わせましょう」
衛兵長は動かなかった。
「手を縛って連れていったところを、見られている。仕事を頼んだだけなら、今ここへ呼んでくれないか」
男の笑みが消えた。
*
アレンは、男の両手を見ていた。
革の手袋。
右手が、上着の裾へ近づく。
「おい、その手、見えるところに出しておいてくれ」と、アレンは言った。
男の指が止まった。
アレンは腰の革筒へ手を添えたが、まだ鍵は抜かなかった。
建物の中から、金属の触れ合う音がした。
キン。
続いて、奥の方から男性の声がする。
「だから、無理に回すなと言っているだろう! 折れたものを押し込まれたら、余計に開かなくなるんだ」と、工房の主人と思わしき男性は言った。
革手袋の男性が、そちらへ目を向けた。
「今の声の職人を、ここへ呼んでくれるかな?」と、衛兵長は言った。
「少しお待ちを」と、革手袋の男は言った。
男が奥へ向かおうとする。
アレンが、その一歩を遮った。
「ここから呼べるだろ!?」
目が合った。
木箱の向こうで、椅子が擦れた。
別の声がした。
「……誰か、来ているのか?」と、テオナの父親の声が聞こえた。
テオナが顔を上げた。
「父さん......」
声は、小さかった。
ジノが彼女を見た。
テオナは入口の脇の衛兵へ、急いで伝えた。
「今の声、父さんよ。あたしの父さん!」
衛兵はうなずき、建物の中の衛兵長へ声をかけた。
「娘さんが、父親の声だと確認しました!」と、入口の衛兵は声を上げた。
奥で何かが倒れた。
「テオナ! そこにいるのか!」と、テオナの父親は声を上げた。
今度は、はっきり聞こえた。
テオナが一歩進む。
ジノの手が、彼女の袖へ触れた。
強く引かず、すぐに離す。
テオナは足を止めた。
「二人を出せ! 今すぐだ!」と、衛兵長は言った。
革手袋の男性が、低く息を吐いた。
*
「……レグナーも、あの三人も。役に立たんなあ」と、革手袋の男は言った。
「やっぱり、お前が連れてきたんだな?」と、アレンは言った。
「このグレイヴ様の商売を、よくも邪魔してくれたな!」
革手袋の男、グレイヴは片手を上げた。
木箱を運んでいた男が、脇の戸へ走る。
川側へ逃げようとしたらしい。ほどなく外で、回り込んでいた衛兵たちの制止する声が響いた。
別の二人が、木箱の向こうから出てきた。
どちらも、剣を持っていた。
「武器を捨てろ!」と、衛兵長は声を上げた。
衛兵たちが前へ出る。
男の一人が、入口を塞ぐように剣を構えた。
もう一人は奥へ下がり、柱に下がった太い綱へ手をかける。
アレンは、綱の上を見た。
梁に滑車があり、その先が奥の仕切りへつながっている。
古い鉄格子の戸が、天井近くへ引き上げられていた。
その下に、二人の人影がある。
一人は、白髪交じりの職人。
もう一人は、袖をまくった男性だった。
口元に、乾いた血がついている。
テオナは、息を止めた。
間違いなく、父親だった。
――第13話・終
第13話「その声を探して」を読んでくださり、ありがとうございます。
手がかりを追い、三人は古い染物場へ。
父親を見つけたいテオナの気持ちは強くても、周りの様子を確かめずには動けません。
アレンや衛兵たちとともに進む時間は、彼女にとってもどかしかったと思います。
だからこそ、ようやく見えた父親の姿には、特別な重みがありました。
会えたところから、今度は助け出すための時間が始まります。




