第三章 深夜十一時の爆弾
ヒヤヒヤのランチタイムをなんとか生き延び、大学の講義が終わった後、俺はミカと一緒に帰路についていた。夕暮れ時、駅前のワクドナルド。ポテトをつまみながら、ミカは機嫌よさそうに笑っている。「それでね、昨日やってたバラエティ番組がすっごく面白くてさー。あの芸人さんがね……」赤いツインテールを揺らしながら、ミカは最近あった出来事やテレビの話を、次から次へと楽しそうに話しかけてくる。大好きな彼女の、いつも通りの可愛いお喋り。のはずなのに、今の俺の耳には、その言葉が滑稽なほど滑り落ちていった。頭の中を占領しているのは、別のことばかりだ。「ミカちゃんには、絶対に内緒。もちろん、大輝にも」朝、ベッドの中で小悪魔のように微笑んだ姫華の顔。そして、昼間に何も知らずに俺にジュースを奢ろうとしてくれた大輝の顔。罪悪感と恐怖がブレンドされた冷たい汗が、背中をじわじわと伝っていく。もしも、万が一にでもバレたら。「……ちょっと。蓮、ちゃんと私の話聞いてる?」「へっ!? あ、あぁ! 聞いてる、聞いてるよ! 芸人さんの話だろ?」ミカがストローをくわえたまま、ジト目で俺の顔を覗き込んできた。その地雷系特有の、すべてを見透かすような黒い瞳に射抜かれ、俺は思わず肩をびくりと震わせる。「……なんか、今日ずっと心ここにあらずって感じ。もしかして、まだ設計課題のこと考えてるの?」「あ、まあ、そう! そうなんだよ。模型の材料、何使おうかなぁとか、ちょっと考えちゃってさ。ごめん!」必死に話を合わせようと、精一杯の愛想笑いを浮かべる。ミカは「もう、デートの時くらい私に集中してよ」と少し膨れてみせたが、それ以上は追及してこなかった。その優しさが、今の俺には鋭利な刃物のように痛い。「あ、もうこんな時間。そろそろバイト行かなきゃ」トレイの上のスマホを見たミカが、勢いよく席を立った。スマホの画面には、これから始まる彼女の夜のシフトの時間が表示されている。「蓮、ポテト残りは食べていいからね。じゃあ、また後で」「おう、バイト頑張れよ」手を振って見送ろうとした俺に、ミカはバッグを肩にかけ直しながら、いたずらっぽくウインクをして見せた。そして、とんでもない爆弾を笑顔で投下した。「あ、そうだ。今日バイト終わったら、夜の十一時に蓮の部屋に泊まりに行くから。鍵開けといてね」「――えっ」声を失う俺を置いて、ミカは「じゃあね!」と軽快な足取りでワクドナルドを出ていってしまった。
ガラス窓の向こう、夕暮れの街へと消えていくミカの背中を見送りながら、俺は座席のシートで完全に硬直した。夜の十一時。あと数時間後だ。ミカが、俺の、あのワンルームにやってくる。昨日から今朝にかけて、姫華と一線を越えた、あのベッドのある部屋。片付けたはずの部屋に、もし姫華の長い髪の毛が一本でも落ちていたら? もしロリータ服のレースの切れ端でも残っていたら? 何より、あの甘い香水の匂いが部屋に残っていたら、勘の鋭いミカのことだ、一発で修羅場が確定する。「やばい……猶予はあと数時間しかない……!」俺は残ったポテトを口に押し込み、逃げるように席を立った。今夜十一時、ミカが来るまでに、部屋から白鳥姫華の痕跡を完全に抹殺しなければならない。時計の針は、容赦なく右側へ進み始めていた。




