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第二章 日常とは戦場だ

 翌日。大学の講義室は、俺にとって完全に針のむしろと化していた。建築学科の専門科目の講義。いつものように、俺と親友の大輝が並んで席に座っている。そしてその二列後ろには、昨日俺のベッドの中にいた姫華が、何事もなかったかのようにノートを開いていた。さらに最悪なことに、他大学のはずの俺の彼女。ミカが、講義終わりの教室に普通に現れたのだ。黒いミニスカートにチョーカーという相変わらずの地雷系ファッションで、俺たちの席まで歩いてくる。「ねえ、昨日さ。二人とも講義休んでたけど、どうしたの?」教室の片隅で、ミカがごく普通に、しかし品定めするような目で俺と姫華を見比べながら問い詰めてきた。心臓が跳ね上がる。まさか昨日、一日中ワンルームのベッドに二人で引きこもっていたなんて、口が裂けても言えない。「あはは、私はただ朝起きられなかったから、そのままサボっちゃった」先に答えたのは姫華だった。ゆるふわの髪をいじりながら、お人形さんのような無邪気な笑顔でやってのける。そのあまりの平然さに、俺の背中に冷たい汗が流れた。「れ、蓮は? 蓮も寝坊?」ミカの視線が俺に突き刺さる。「え、えええっと……! 俺は、その……次回の設計課題の方に力を入れたくってさ。家で図面引いたり、スタディ模型作ったりして立てこもってたんだよ」我ながら苦しい言い訳だった。だが、建築学科の課題の重さはミカもよく知っている。「そっかぁ。蓮は設計好きだもんね」ミカは一瞬で表情を和らげ、嬉しそうに微笑んだ。ちゃんとした彼女としての純粋な信頼の笑顔。それが、今の俺の罪悪感をゴリゴリと削り取っていく。助かった、という安堵の裏で、吐き気がするほどのプレッシャーが胃を締め付けた。



 昼食の時間になり、俺たちは大学の食堂へ移動した。メニューの並ぶトレイを囲み、蓮、ミカ、大輝、姫華の四人でテーブルを囲む。この並び自体が、俺にとってはいつ爆発するか分からない爆弾のようだ。大輝は昨日、俺が姫華といたことなど微塵も疑っていない。それどころか、いつも通り俺にジュースを奢ってくれようとさえしている。そんな嵐の前の静けさをぶち壊したのは、またしてもミカだった。唐揚げ定食をもぐもぐと食べながら、対面に座る大輝へ視線を向ける。「そういえばさ、二週間前に大輝と姫華、別れたんだってね」「ぶっ……!?」大輝が味噌汁を吹き出しそうになり、激しく咳き込んだ。俺も持っていた箸を落としそうになる。隣の姫華だけが、お茶をすすりながら他人事のように澄ましている。「な、なんでお前がそれを知ってるんだよ……!」大輝が顔を真っ赤にして、声を潜めながらミカを睨んだ。「え? 学科で噂になってるよ。で、理由はなんなの?」ミカは悪びれもせず、首を傾げてさらに踏み込んでいく。相手のプライベートや空気を容赦なく踏み荒らす、このストレートさ。まさに地雷系女子の本領発揮だった。「おい、ミカ……! 姫華がここにいるのに、普通そんなこと聞くか?」大輝は気まずそうに姫華をチラチラと見ながら、頭をかきむしった。「さすが地雷系だな、お前は……。デリカシーって言葉、知らねえのかよ」大輝の文句を、ミカは「だって気になるじゃん」と軽くあしらう。理由は何? 大輝に振られて、傷ついて、泣きそうだったから、俺を呼び出した。それが全ての引き金だった。当事者たちの間で、それぞれの思惑と嘘が交錯する。



 笑顔のミカ、苛立つ大輝、静かに微笑む姫華。そして、全ての真相を知りながら、生きた心地のしない俺。食堂のガヤガヤとした騒音の中で、俺たちのテーブルだけが、目に見えないひび割れを広げていた。


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