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階下の庭は青く輝く  作者: 森の 緑


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8/9

苦情の手紙

 夏休みも半ばを過ぎた、ある水曜日の夜だった。

 平日の水曜日は、亮介の勤める会社の早帰り運動の一環で、社員全員6時帰宅と決められている。

 亮介も、この日は子供たちにアイスクリームを買って早めに帰って来るのが決まりだ。

 6時半を回った頃、亮介がアイスの入った袋を片手に苦い顔をして帰って来た。

 「やっぱり、苦情きちゃったよ。まずいな・・」

 そう言って、四角く折りたたまれた紙を舞子に手渡した。

 手紙を広げてみると、無造作に箇条書きに書かれた文字が目に入った。


 201号さんへ

 部屋を歩く音、うるさい

 子供の騒ぐ音、うるさい

 ボールをつく音、うるさい

 床をたたく音、うるさい

 もう、いい加減にして


 目まいがした。これは、苦情の手紙?

 夏休みに入り、家で過ごすことが多くなった子供たち。

 確かに、今までのように、走り回ったりしていた。

 注意はするものの、その場しのぎにしかならない。

 頭の片隅に、いつかこんな日が来るのではないか・・との想いも確かにあった。

 その日がついに来たのか。

 これは、桜木美咲がうちに宛てたもの?

 「201号さんへ」と書いてあり、「一色さんへ」とは書かれていない。

 普通、苗字を知っているならば、苗字を書かないだろうか?

 いや、怒りを込めて、わざと無機質に「201号さん」と書いているのかもしれない。

 差出人の名が書かれていないので、美咲だとは断定できない。

 美咲からだとわかれば、明日にでも菓子折りを持ってあいさつに行くところだが、名乗っていない以上、行くことは憚られる。

 父親が帰って来てはしゃぎまわる爽太郎と蓮に、亮介が座るように言った。

 二人は、ちょっとだけ、きょとんとしていたが、醸し出す雰囲気にただならぬものを感じたようで、おとなしく父親の前に正座した。

 亮介は、二人ににっこりと笑顔を向け、話しかけた。

 「爽太郎、蓮、夏休みは楽しいか?」

 第一声がそれで、舞子は正直面食らった。

 走らない、ボールつかない・・と約束させるのではないのか?

 本当に、亮介は子供に甘い。

 毎日、毎日、ぎゃあぎゃあと怒鳴っている舞子とは大違いだ。

 それもそのはずだ。

 亮介が子供たちに会うのは、朝起きて30分程度。

 夜は、二人が寝た後に帰って来ることが多い。

 土日も接待ゴルフだと言っては、ゴルフバッグを抱えて朝早くから出かけていくことが多い。

 子供の面倒は、ほぼ舞子が見ているといっても過言ではない。

 平日に子供の面倒を見ろ・・とは言わないが、せめて土日くらいは子供たちを公園へでも連れて行って欲しい。

 平日は、あれほど起こしても起きない2人が、不思議と土日は早起きになる。

 舞子が遅くまで寝ていたくても6時には起こされる。

 これでは、起床時間は平日と大差ない。

 そして、亮介がゴルフへ行く日は大抵晴れる。

 『なんでこんな日に限って晴れるのよー。どこにも出かけられないじゃない』と、晴れた空を見て苦々しく思う。

 それでも亮介も気は遣ってくれる。

 ゴルフに行った日は、必ず外食に連れて行ってくれる。

 支払いも家計費からではなく、亮介の小遣いの中からだ。

 とはいえ、ゴルフのプレー代はカードで引き落とされるので、後日送られてくる明細を見て、卒倒しそうになることが度々ある。

 接待ゴルフなのに、なぜ自腹ゴルフになるのだ?全く以て理解できない。

 これを追求したところ、大喧嘩になった。

 行きたくて行っているゴルフではない・・と言い張ってきた。

 家計をやり繰りし、貯蓄に励んでいた舞子にとって、これは許し難いことであった。

 日々、スーパーで安い食材を探し、光熱費の節約に励み、子供たちの習い事もスイミング1つに抑えているのに。

 そうやって、少しずつ節約した分が、このゴルフ代で一瞬にして消えるのだ。

 話し合いは平行線のまま終わった。

 いや、話し合いとは言えないだろう。

 お互いがお互いに自分の意見を言うだけの事を話し合いとは呼べない。

 自分が正しいのだと主張し合うに過ぎない。

 結局、亮介が、「もう寝る」と言って寝室に引っ込み、そんな話はなかったかのように次の日を迎える。

 そんなやり取りを数か月続けたある日、舞子は節約を止めた。

 節約をしてやっているのに、なぜ、自分が悪いかのように責められないといけないのだ。バカバカしいではないか・・と。

 それからというもの、節約のために飲むのを我慢していたビールを毎日飲み始めた。

 酒代は確実に上がったが、精神的な満足度は上がった。

 こんな事で、気持ちが切り替わるんだ・・と、舞子自信、ちょっとびっくりした。

 ビールというご褒美を自分に与えたことで、自分自身が大切にされたように思えたのだ。

 これは、舞子にとって大きな発見となった。

 そんな亮介だが、子供たちからは絶大な人気だ。

 いや、単にアイスを買って来てくれる父が好きなだけなのかもしれない。

 子供たちと接する時間が少ないせいか、滅多に叱らない。

 舞子が毎日、「早く、早く」と急き立てるのとは対照的に、子供の準備が整うまでじっと待っている。

 そんな亮介をすごいとも思うのだが、やはり日頃接していないし、時間に追われていないからだと、舞子の評価は辛口だ。

 「うん、楽しいよ。毎日、トムとジェリーが見れるから。あと、ベランダでプールもできるよ」

 と、爽太郎が満面の笑みで答える。

 トムとジェリーかよ・・と、舞子は苦笑してしまう。

 「バスが来るから早くしなさいって怒られないんだよー。幼稚園みたいにずっと座らなくていいから楽しい」

 と、蓮。

 本当に、子供は正直だ。

 そして、残酷だ。

 言われたくない一言を言ってくれるし、自分の毎日の行動をさらけ出されたようで、居心地が悪い。

 「そうか、楽しいかー。よかったなー。今度の土曜日はお祭りがあるから、みんなで行くか?金魚すくいがあるぞ」

 「行く、行くー」

 二人とも、あまりのうれしさに、立ち上がって部屋を駆け回らんばかりの興奮状態だ。

 「あ・・」

 と、舞子が注意しようとした瞬間だった。

 「座って」

 静かで太い声が響いた。

 二人は、一瞬たじろぎ、そして、また座った。

 「いいか、マンションはいろんな人が暮らしているんだ。部屋の中をバタバタと走り回ったり、飛んだり跳ねたりしたら、下の階の人がびっくりするだろう?それから、ボールもダメだ。ボールで遊んでいいのは、外だけだ。家の中では絶対に使っちゃダメだぞ。約束できるか?」

 父親の話す言葉を聞き漏らすまいと真剣な眼差しの二人。

 舞子の話を聞く時とは大違いだ。

 きっと、舞子であれば、

 「爽太郎と蓮が走り回ったり、ボールで遊んだりするから、下の人から怒られたじゃない。気をつけて。もう、絶対にやらないで」

 というような台詞を言ったであろう。

 そして、いつものように、「はーい」と条件反射のような口調で彼らは返事をするのだろう。

 次の日には、またいつも通り、駆け回り、ボールをつく子供たち。

 想像できるだけに笑えた。

 それに比べて、今の二人はどうだ。

 話を聞く態度は真剣そのもの。

 大人の真剣さは子供にも伝わるのだろう。

 一人の人間として向き合えば、こう毎日叱り続ける必要もないのかもしれない。

 日頃、子供の面倒をいていないくせに、と、いいとこ取りの亮介をズルいと思った。

 が、反面、すごいな・・と思ったのも事実だ。

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