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階下の庭は青く輝く  作者: 森の 緑


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5/11

下の階の住人

 小学校からマンションまでは徒歩5分ほど。かなり近い場所に学校があり、ありがたい。

 この距離であれば、学校へ行くのもそれほど苦ではない。

 

 マンションに帰り着くと、朝見かけた引っ越しトラックが止まっていて、ちょうど引っ越し作業を終えたところのようだった。

 疲れた様子の3人の男性スタッフが101号室まではられた養生テープをはがして回っていた。

 思った通り、新たな入居者は、舞子の部屋のちょうど真下だ。

 舞子の部屋は、201号室。

 中古のマンションが売りに出ていて、その時空いていた部屋が101と201号室の2つだった。

 部屋の広さは同じだったが、間取りが少しずつ違った。

 101の方は、リビングと洋室の間に壁が無く、リビングがとても広々として見えた。

 しかし、部屋数は2つ。

 それに比べると、201は壁で仕切られており、リビングは狭いものの、部屋数は3つだった。

 子供が2人いる一色家にとっては、将来1人1部屋ずつ与えるとなると、やはり3部屋は欲しかった。

 女の子と違って、男の子は年ごろになると、1人1部屋ずつ必要になる・・と何かの本で読んだからだ。

 101号室には、ベランダに隣接して、少しだけ庭がある。

 子供を遊ばせるには庭がある方がいい。

 だが、その反面、防犯面が気になった。夜寝る時には、必ず鍵をかけなければならない。

 夏はともかく、春や初秋のまだ少し暑さの残っている時期に窓を閉め切って、わざわざエアコンを使いたくはない。

 そう考えると、2階の方が安心安全だ。2階だと眺望も少し良い。

 迷った。悩んだ。

 しかし、最終的に決定づけたのは、マンションの値段だった。

 マンションは上にあげればあがるほど値段があがっていくものだが、2階の方が安かったのだ。

 庭付きか、そうでないかであろうが、100万円程度の差があった。

 今後のローンを考えると、100万円の差は大きい。

 結果、舞子たちは202号室を購入した。

 住み始めて2年以上になるが、101号室は未だに買い手が見つからないようで空き部屋のままだった。

 

 まずいな・・。

 階下に人が住んでいないのをいい事に、爽太郎にも蓮にも、部屋を走り回るのをそれほど注意していなかった。

 さすがに、部屋でボールをついた時には注意したが、周りの部屋からの苦情がくることは今までなかった。

 友人から、斜め上の部屋からの騒音がすごいと聞いたことがあった。

 なぜわかったかというと、それまで真上の部屋からの騒音だと思っていたのに、斜め上の子供2人がいる家庭が引っ越した後、ぴたりと騒音が止んだのだ。

 そして、真上の階の住人は一人暮らしだったことがわかり、騒音の主は斜め上の住人だと判明したのだとか。

 斜め上からも、あれほど音が伝わるのかとびっくりしたと言っていた。

 その話を聞いてからは、斜め下の住人からの騒音も気にしつつ生活はしていた。

 だが、真下と斜め下では、音の伝わり方も違うだろう。

 今まで以上に気を使う生活になるはずだ。

 気が重い。

 引っ越しのあいさつに来るだろうから、その時にさりげなく、子供がいて迷惑をかける旨伝えておくしかないだろう。

 これから一生付き合っていくかもしれない人なのだから、余計な波風は立てたくない。

 一生の付き合い・・と考えた瞬間、拓也くんと美和ちゃんのことを思い出した。

 あの2つの家族は、今どうしているのだろうか?

 やはり、気まずくなるのだけは避けたい。


 夕方、玄関のチャイムが鳴った。

 築十数年のマンションなので、モニターつきのインターホンではない。

 音声のみ拾い上げる旧式のものだ。

 人となりはわからないが、おそらく下の階に引っ越してきた住人だろう。

 「はーい」

 少し明るめの声をだして答えた。

 「下の階に引っ越してきた桜木と申します。ご挨拶をと思いまして参りました」

 高いソプラノのはっきりとした声が聞こえた。

 「はい、すぐ行きまーす」

 エプロンをつけていたが、わざわざ外すこともないか・・と、そのままの格好で玄関の扉を開けた。

 扉の向こうには、小柄で色白の華奢な女性が立っていた。

 京美人が、こんな感じなのだろうか。

 舞子には何を持って京美人を称するのかはわからなかったが、色白で切れ長の目で華奢ならば京美人だと思っている。

 その傍らには、3歳くらいの男の子が立っていた。

 目がくりくりとして、色白のとてもかわいらしい子だ。

 色の白さは母親似なのだろう。目の大きさは、母親とは似ていない。おそらく父親似なのだろう。

 「お待たせしました」

 そう言って、笑顔を見せた。何といっても第一印象は大事だ。

 「はじめまして。下に引っ越してきました桜木と言います。これ、つまらないものですが・・」

 そう言って、小さな箱を差し出した。

 「わざわざすみません」

 と、言いながらその箱を受け取った。

 箱の大きさ、重さからタオルだと思われる。

 引っ越しのあいさつ回りの品としては定番だ。

 舞子たちが引っ越してきた時にも、上、横の2部屋の住人にタオルを渡した。

 「本当は、主人も一緒にあいさつをするところなのですが、仕事で遅くなるそうなので、まずは子供と2人であいさつをと思いまして」

 申し訳なさそうに目を伏せた。

 「そうなんですね。ご主人がいらっしゃらないと、荷物の整理も大変ですね。何かお手伝いすることがあったらおっしゃって下さい」

 言いながら、思ってもいない社交辞令を言ってしまった自分を苦々しく思った。

 今日会ったばかりのマンションの住人に、大事な荷物など触られたいはずがない。

 そんな言葉を言う自分にうんざりする。

 「ありがとうございます。子供が小さいし主人も仕事で荷物の片づけができそうにないので、楽々パックを頼んだんですよ。なので、なんとか荷物は見た目、片付いてます」

 そう言って、彼女はふふふ・・と笑った。

 笑うと、京美人はますます美人だ。

 「そうなんですね。楽々パックって利用したことないんですけど、全部片づけてくれるんですか?」  

 テレビのコマーシャルで聞いたことはあるものの、それがどんなサービスでどれくらいの満足度があるのか興味があった。

 「そうなんですよ。荷造りと荷ほどきをしてくれるんで、基本的には何もしなくていいんです。ただ、作業を見ているだけ。聞かれたら指示するだけ・・ですかね?でも、元の家と新しい家って間取りが違うから、同じような配置にしてもらうのは難しいですね。結局、面倒くさくなって、最後の方は、『あ、もうそこに置いておいて下さい』ってなっちゃいます」

 と言って、京美人はくすっと笑った。

 その後、他愛もない世間話をして、それじゃあ・・となった時に、大事な事を思い出した。

 「うちには、幼稚園の男の子と小学3年生になる男の子がいるんです。うるさくすることがあると思います。ご迷惑をおかけするかもしれません。よろしくお願いします」

 そう言って、舞子は頭を下げた。

 「うちも男の子だから大丈夫ですよ。じっとしてないですもんね」

 傍らの男の子の頭を撫でながら、京美人はにっこりと笑った。 



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