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階下の庭は青く輝く  作者: 森の 緑


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30/37

桜木とのデート

 2月3日

 1日経ったとはいえ、亮介の感触が体にまとわりついていて、ふと思い出す。

 とうとうこの日が来てしまった。

 朝、亮介には、

 「ちゃんと6時過ぎには帰って来てね」

 と、改めて念押しをした。

 7時までに高崎駅に着かなければならない。

 6時半に自宅を出れば、ギリギリ間に合う。

 一日中、緊張して何も手につかないかと思っていたのだが、返って、テキパキと物事がはかどった。   今、目の前の事に集中することで、余計な事は考えないようにしていたのかもしれない。

 時間も刻々と過ぎていった。

 夕飯の支度などをしていると、あっという間に5時を回った。

 気持ちを落ち着けるために、鏡の前に立って、念入りに化粧をした。

 いつもはつけないマスカラも丁寧に塗った。

 口紅も少し赤い色を選んだ。

 爪にはマニキュアを塗りたかったが、さすがに、送別会に行くくらいで着飾りすぎだろう。

 先日買ったターコイズブルーのニットを着て、白のフレアースカートをはいた。

 スカートの下は、タイツにしようか、ストッキングにしようかと迷ったが、やはり冬にストッキングでは寒すぎる。

 新しい服を着た舞子に、

 「お母さん、新しいお洋服だね」

 と、爽太郎が後ろから声をかけてきた。

 服になど関心がないと思っていたが、舞子が着るにしてはめずらしい色合いなので、目に入ったのだろう。

 「うん。今日、お母さん、飲み会があるから、お父さんが帰ってきたら出かけるからね。お父さんと一緒にご飯食べておいてね」

 「え?お父さん帰ってくるの?やったー」

 喜ぶ蓮。

 残念ながら、蓮が喜んでいるのは、亮介ではなく、亮介が買ってくるアイスだ。

 早く帰宅する時には必ず買ってくる。

 「アイスは、ご飯の後だからね。わかってるよね」

 「わかってるよ~」

 もちろんだと言わんばかりの顔だ。

 亮介からラインが入った。

 「今から会社を出る」

 時刻は6時5分。

 これから、コンビニでアイスを買って帰ってきたら、家に着くのは6時半だ。

 少し駅まで走ることになるかもしれない。

 亮介が帰ってくるまで、何度も時計を見た。

 一分一分が長く感じられた。

 舞子は、コートを着て、すぐに出かけられるようにしていた。

 コートを着ていたのは、新調した服を見られたくないという意図もあった。

 しかも、舞子らしからぬターコイズブルーだ。下手に探りを入れられたくない。

 鏡と時計を交互に見る。

 何度見ても変わるはずはないのだが、そうせずにはいられなかった。気持ちだけが焦る。

 玄関の鍵がガチャガチャと音を立てた。

 リビングからダッシュで玄関へ向かう。

 亮介が扉を開けて入ってくるのを待ちかねたように、

 「おかえり」

 と言うが早いか、『ただいま』の言葉も言わせず、バッグを持ってショートブーツを履き、

 「ギリギリだから行くね。あと、よろしくー」

 そう言って、外に飛び出した。

 駅まで徒歩10分。少し走れば間に合う。


 高崎駅には7時少し前に着いた。

 トイレに寄って、もう一度化粧の具合をチェックした。

 駅まで走ったせいで、乱れていないだろうか。

 久々につけたマスカラがパンダになっていないか心配だった。

 南口はすぐにわかった。

 だが、ここで待っていては、高崎支社の人と偶然会う可能性もある。

 高崎支社長と前橋のパートが一緒にいては、さすがに変に思うだろう。

 少し、周りをウロウロしていると、メールが入った。

 「南口にいるの見えた。駅を出て左に曲がって百メートルほど進んだところに『楡の木』というお店がある。先に入ってるから、5分ほど待ってから来て」

 一体、どこから見ていたのだろう。

 やはり、桜木は用意周到だ。

 舞子が一人でいる事を確認した上で、メールをよこした。

 文面も、心なしか、くだけた感じになっている。

 もう『アトリエ桜木』と書く必要はなかった。


 店はすぐにわかった。

 白い外観で入り口には、大きな観葉植物が置いてあった。

 フランスの国旗がかかっているところを見る限り、フランス料理の店なのだろう。

 もちろん、舞子は初めて来るお店だ。

 入り口の扉を開けると、店主らしい年配の男性が待っていた。

 舞子が何か言う前に、

 「どうぞこちらへ」

 と言われ、個室に案内された。

 店内は、テーブル席が8つほどあった。

 そのうちの半分はカップルや女性グループで埋まっていた。

 見たところ、かしこまった格式高いフランス料理ではなさそうだ。

 少し安心した。

 個室は奥に1つあるだけだった。

 店主が扉を開け、中へ入るよう促された。

 中では、桜木が座って待っていた。

 「どうも」

 というような表情を見せた。

 「コートをお預かりします」

 店主に言われて、慌てて脱いで手渡した。

 丁寧に、椅子を引いてくれて、舞子が座るまで隣で待っていた。

 コートをハンガーにかけ、飲み物のメニューを置いて、後でオーダーを取りに来ると言って出て行くまで、息がつけなかった。

 扉が閉まった途端、

 「はあ~」

 大きなため息をついた。

 「そんなに緊張しなくても」

 そう言いながら、桜木はおかしそうに笑った。

 「だって、個室でフランス料理なんて数年ぶりで、緊張くらいしますよ」

 「いや、ここはそんなに格式ばったお店じゃないから大丈夫だよ。すぐわかった?」

 「はい。すぐわかりました。フランス料理っていうのが意外でしたけど」

 「何だと思った?」

 「居酒屋か小料理屋くらいを想像してました」

 「いやいや、最初のデートに居酒屋はないよ」

 さらりと言う。デート。

 そんな言葉を使われると、桜木を意識してしまうではないか。

 「これは、デートなんですか?」

 敢えて挑発してみた。

 「デートでしょう?一色さん、気合入ってるよ」

 そう言って、ニヤニヤしている。

 そうだ。

 こんな百戦錬磨の男性に舞子ごときがかなうはずもないのだ。

 「やっぱり、わかりますか・・」

 早々に白旗を上げた。

 「その色、似あってるよ。いい色だね」

 そんな事を言われて、どう答えればいいというのだ。

 思わず、下を向いてしまった。

 褒められることに慣れていないのだから。

 コンコンコン、とノックの後「失礼します」と言って、店主が前菜の皿を持ってやってきた。

 「前菜の盛り合わせでございます。手前からスモークサーモンのマリネ、ローストビーフ、かいわれの生ハム巻き、わかさぎのエスカベッシュになります。お飲み物は何かお決まりでしょうか?」

 「うーん。最初はビール飲みたいなー。一色さんは?」

 「私もビールで」

 「はい。かしこまりました」

 扉が閉まるのを確認して、

 「ビールでも大丈夫なんですか?雰囲気的にワインかと・・」

 「ビールは普通だよ。うんちく垂れるような芸能人じゃないんだから」

 さすがに最初からワインだと困る。

 お酒が回って、一気に酔ってしまう。

 この喉の渇きを潤すためにもビールで有り難かった。

 「そういえば、高崎駅のどこから見てたんですか?」

 「コンビニで見張ってたよ。さすがに、支社の近くだからね。一色さんと待ち合わせてる所を見られたらまずいよね」

 「ですよね。私も同じこと考えていました。だから、改札口で待ってていいのか迷ってて」

 「だから、メールしたでしょう?不安げにキョロキョロしてるから、かわいそうになって」

 そう言って、桜木はクスクスと笑う。

 「ひど~い。それって盗み見ですよ」

 そう言ってふくれて見せた。

 ノックの音がして、再び店主が入ってきた。

 小ぶりのグラスにきれいな泡が立ったビールが注がれている。

 二人で、グラスを持ってみたが、何と言えばいいのか・・。

 「お疲れさまです・・?」

 と迷いながら言ったが、

 「乾杯。でしょう?」

 そう言って、桜木は自分のグラスを舞子のグラスにコツンと当てた。

 料理は、すばらしく美味しかった。

 前菜がすべて美味しかったので、メイン料理にも期待が持てた。

 桜木は、この店の常連のようで、慣れた様子だった。

 接待に使うこともあるのだと言った。

 「ワインでも頼む?」

 「はい」

 「ボトル入れて大丈夫だよね。いける口だったでしょう?」

 「ええ。ビールとワインくらいなら酔わない自信があります」

 「変な自信だなー。そんな自信は要らないから。少しは酔っぱらってくれないと。いいムードにならないでしょう?」

 やれやれといった表情で笑っていた。

 そう。舞子もそう思った。

 やはり、最初にワインを飲むべきだったのかもしれない。

 どうにかして勢いをつけなければ、次には進めない。


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