40歳を迎えた日
時計の針が、12時を回ろうとしていた。
とうとう、やってきてしまった。
時間は戻せない。過ぎ去るのを待つばかりだ。
亮介は、11時を回った頃帰ってきたが、すぐに寝てしまった。
たとえ、起きていたとしても、舞子の不安を解消してくれるわけではない。
かえって寝ていてくれた方が、自分自身にじっくりと向き合えるので好都合だ。
新年を待つカウントダウンのようなワクワク感は無い。
ただ、過ぎ去るのを耐え忍ぶのみだ。
時計の針の秒針が、コツコツと頂上を目指して進んでいく。
すべての針が一列にそろった。
そして、舞子は40歳になった。
2月1日
朝、いつものように目が覚めた。
40歳になって初めての朝だ。
確かに、過ぎてしまえば何てことはない。
見知らぬ正体に単に不安を覚えていたに過ぎない。
遅めの朝ごはんの用意をしていると、亮介が起きて来た。
「誕生日おめでとう。とうとう40歳。さらにおばさんの仲間入りだな」
嫌な事を言う男だ。
「ありがとう。とうとう40代に突入しましたよ。早いね」
ため息まじりにそう言った。
素直に喜べない年齢になったものだ。
「四十って節目だし、何かプレゼント買いに行こうか」
亮介から意外な申し出があり、びっくりしてしまった。
結婚して数年は、お互いにプレゼントを贈り合っていたが、子供が生まれてからというもの、バタバタでそんな習慣もいつの間にか消えてしまっていた。
「何か欲しいものある?」
そう聞かれたが、咄嗟には浮かんでこなかった。
昨日、服を買ったばかりで、物欲が満たされていたことも一因だろう。
「うーん、すぐには浮かばないなー。考えとく」
「うん、じゃあ、昼から子供達連れて買いに行くかな」
素直にうれしかった。
だが、同時に罪悪感が襲って来たのも事実だ。
こんなにいい人を私は裏切ろうとしているのだろうか。
亮介との恋愛時代、毎日会いたくて仕方なかった。
毎日会っていたかったからこそ、結婚した。
そして、子供を二人授かった。
少しの波風はあるものの、穏やかな日々が続いている。
それはそれで、幸せな毎日のはずなのに、人間とは、本当に欲深い生き物なのだと改めて思う。
残酷な生き物だとも。
桜木に惹かれた時点で、夫への裏切り行為なのだろうか。
抱きしめる、キスは?アウトだと思う。
だが、スナックなどでママとお客が抱擁を交わし、キス・・くらいはある。
海外ではあいさつ行為ではないか。
いや、一番残酷なのは、気持ちが夫ではなく桜木に向いているという事実だ。
あくまでも、行為はその付属物でしかない。
「時計がいいな。今使ってるのは、皮のバンドなんだけど、少しくたびれてきてるの。テレビのコマーシャルで見たシルバーチェーンの時計が素敵だったから、それがいいな」
「時計ね。わかった。伊勢崎に大きな宝飾店があったな。みんなでそこに行ってみるか」
なぜか、時計が浮かんだ。
特に欲しいと思っていたわけではない。
四十という節目が時を連想させたのだろうか。
手首を華奢に見せる女性らしいものにしよう。
きっと、ターコイズブルーのニットに映えるはずだ。
昼ご飯を食べた後、車で伊勢崎へと向かった。国道沿いにある大きな店だった。
主にブランド品を扱う店のようで、店内は、宝石、時計、ブランド品売り場と分かれていた。
店の一角では、中古品も売られていた。
舞子は、ブランド物にあまり興味を持たない。
なので、中古品を買ってまでブランド品を手にする意味がわからない。
いくら安くても、中古は中古だ。
どんな人がどんな風に使っていたのかもわからない物を、なぜそう安くも無い値段を出して買うのだろう。
見栄を張るためだけなので、気にしないということなのか。
時計は、これでもか、というくらいの種類が置いてあった。
どの辺りを見ればいいのかもわからなかった。
ロレックス、タグホイヤーなどは値段的に見ても論外だ。
今までのプレゼントの値段から考えると、2~3万円が妥当だろう。
これは、亮介のポケットマネーだ。
となると、セイコーやシチズンだろうか。
さすがに、カシオのGショックという年齢ではない。
レディース腕時計のコーナーを見て回ったが、意外にもチェーンベルトの時計は少なかった。
季節柄、チェーンは夏のイメージだからだろう。
そして、文字盤がピンク、水色、白の三種類の時計に目が留まった。
「かわいい」
思わず、そう声がもれた。どれも素敵だった。
その中でも、白の文字盤はラメが入っており、キラキラと光り美しかった。
値段は、3つの中で一番高かった。完全に予算オーバーだ。
「気に入ったのあった?」
亮介がウィンドウケースを眺める舞子の隣に来て、同じように眺めた。
「どれ?」
この3つの中で悩んでいると言った。
もちろん、値札は見えている。
亮介の懐具合を考えると、ピンクか水色にすべきだろうが・・。
「どれがいいと思う?」
こう聞く時、自分はズルいと思う。
ピンクか水色だと亮介が言えば、値段的にそれにして欲しいのだと受け取れる。
何でもいいと言えば、白も許容範囲だ。恐らく、白がいいとは言わないはずだ。
「いや、わかんないよ。舞子の好きなのにすればいいだろう」
白でもいいということだ。
「一番好きなのは、この白いのなの。他のより少し高いのよ」
申し訳なさそうに言ってみた。
「いいよ。四十の節目だし。気に入ったのを着けた方が気持ちいいだろう?」
そう言うと、亮介は、店員を呼んでこれをプレゼント用に包んで欲しいと伝えた。
舞子が時計を選んでいる間、爽太郎と蓮は店内のキッズコーナーでビデオを見ていた。
時間にして20分ほどだったが、迎えに行くと、もう飽きて待ちくたびれた様子だった。
「お母さん、遅いよー。早く帰ろうよー」
爽太郎が、開口一番そう言ったが、ビデオに大喜びしていたのは、蓮より爽太郎だったではないか。
それに比べると、蓮はまだビデオに釘づけだ。
「今日は、お母さんの誕生日なんだから、許してよ~。あとでケーキ食べるよ」
「やった~」
喜ぶ二人だが、爽太郎はケーキが苦手だ。
生クリームが甘すぎると言う。味覚が大人なのだ。
誕生日には、必ずホールのケーキを買って、年の数だけロウソクを立ててハッピーバースデーを歌う。 それは、ずっと続けている行事の一つだ。
ケーキのロウソクを一気に吹き消す。
それが楽しくて、子供達に何度もねだられる。誰の誕生日だろうが関係ない。
誰のでも、本人が火を消した後、また火をつけて子供たちがそれぞれに消す。
それが、誕生日のケーキの最大の魅力なのだ。
バースデーディナーは、毎回焼肉だ。
それには理由がある。
他の人たちのバースデーならば、舞子が本人にリスエストを聞いてそれに答えて作る。
だが、自分のバースデーは誰も作ってくれない。
外食でもいいが、お酒が飲めないし、のんびり長居できない。
結局、いいお肉を買って来て、家のホットプレートで焼いて食べるのが、一番おいしいし、落ち着けるし、お酒も飲める。
片づける手間はあるが、それでも、夕飯を作るよりはいい。
それが、舞子の誕生日の定番になった。
いつもより、時間をかけて食べる夕食。適量以上に飲むお酒。
お酒が入ると、二人ともよくしゃべる。それも楽しみの一つだ。
日頃、そこまで夫婦で会話することはない。
だが、なぜか焼肉だと会話が弾むのだ。
そして、定番はもう一つある。
それは、子供たちが完全に寝てしまってからベッドの中で行われる。
さすがに、今回、この定番だけは気乗りしなかった。心ここにあらずだからだ。
しかし、定番を断る理由が見当たらなかった。




